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エル・カダルシアの魔法手帖  作者: ゆうひかんな


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魔法手帖七十五頁 お米様と書庫の管理方法、怨念?


時計から響く音で目覚める。

アサの六の鐘か。

ちょっとのんびりしたかな。

軽く伸びをしてから起きる。

腕から落ちたシロがむにゃむにゃ言いながら体をすり寄せてくる。

相変わらず見事な毛並みですね!

「着替えたら朝御飯食べに行くよー。」

シロは朝御飯という言葉に反応して口がモゴモゴ動いている。

可愛いねえ。


顔を洗って着替えた後に半分寝ぼけているシロを抱っこしたところで、グレースが畳んだ洗濯物持って書籍の部屋から姿を表すと、更にテーブルの上へお茶の準備を整えていく。

その姿は優雅で上級侍女といっても通用するのでは?というくらいに挙措は美しい。

「お待たせいたしました。モーにょんグッ、ティです。」

噛んだ。

しかも恐らく二回。

「…無理しなくていいからね。」

「何の事ですか?お嬢様。」

しかも爽やかな笑顔を添えて誤魔化した。

何でかな?砂糖いれたはずなのに紅茶がしょっぱい。

お茶を飲んだ後、昨日と同じくグレースに転移で入り口まで送ってもらう。

「朝食食べたら戻ってくるから、そしたら主様ぬしさまのところに連れていって。」

「本日はダンジョン内の書籍の整理と聞いておりますが?」

「うん、断らずにうろうろするのは失礼だから先ず挨拶を、と思って。」

そしてちゃんと手土産もご用意してますよ!

父様が言っていた。差し上げる物に困ったときは消えもの(・・・・)だって!

シロに聞いてバッチリ用意してますよ!

「じゃまた後でね。」

「はい。いつものように鈴を鳴らしてお呼びください。」


頭を下げるグレースに見送られ、扉の外に出る。

さて、今日のご飯は何にするかな?

「あ、エマちゃん。おはよう!」

「あ、リィナちゃん!おはよう!」

台所には一足先に起きていたリィナちゃんがいた。

そういえば昨日はお店に泊まったんだもんね。

「いつも作って貰っているから、今日は私が代わりに作りましたよ!お口に合うといいんだけど。」

お鍋からは湯気が立ち上ぼり…とってもいい香りがします!

蓋をとって中を見せてくれた鍋の中にあった食材。それは。


「…米。こ、コメだー!!お米様だー!!」


お肉と野菜のお粥が丁度いい具合に煮えている。

立ち上る湯気にほんのり甘い香りが混じる。

元いた世界でいうところのリゾットですね!

「…リィナちゃん、貴女は神ですか?」

「えっと?エマちゃん…え、え?神?」

「私、三ヶ月ぶりの米食なんですよ!」

鍋で煮ている白い粒々を指差す。

「ああ、これは雑穀の一種なんですけど、私たち家族の故郷周辺の地域でよく採れるんですよ。食感が面白くて、たまたま近所のお店で見つけたのでたまにはいいかなと。

故郷でよく食べた味付けにしてみました!」

完璧ですよ!!ついでに雑穀仕入れたお店紹介してください!

リィナちゃんにお店の場所を聞きながら台所のテーブルに食器類と、そして水差しを用意する。

今日からカロンさんも朝食を食べに来るとのことなので、食器は四セット必要かな?

「それじゃあオリビアさんに声かけてくるね!」

「あ~ええと、エマちゃん、店長は私が起こすね…その、寝起きが悪いから。」

「うん、わかったよ!それじゃあ、お鍋見てるね。」

やんわりと断られた雰囲気は感じるけど、全く気にしませんよ!

雑穀の魅力の前にそんなのは些細な出来事だ!

リィナちゃんがオリビアさんを起こしに行ってからおよそ十五分。

丁度良さそうなとろみがついたところで火を止める。


うーん、オリビアさんがまだ来ない。ついでにリィナちゃんも。

様子を見に行くか、そう思って椅子から立ち上ったところで玄関の扉を叩く音がする。

お、カロンさんかな?


「はーい、お待たせしました!どちらさまでしょうか?」

「おはようエマちゃん!私よー!ご飯食べに来た!」

「あ、おはようございます、カロンさん!今開けますね!」

弾むようなカロンさんの声がしたので急いで扉を開ける。

「エマちゃん、ちょっとぶり!後頭部とオリビアさん大丈夫だった?」

「また微妙に答えにくい質問を…。」

「何が答えにくいのかしら?」

あ、あれ、室温が下がっていく?

閻魔様降臨再び(プラス小鬼一匹)。

「おはようございます!オリビアさん!早速ですが今月分の食費です!ついでに朝御飯食べに来ました!」

寝起きで若干機嫌の良くないオリビアさんの圧力を笑顔で受け止めて、しらっと流した。

さすがですカロンさん。よし、私もそうしよう。

「お、オリビアさん、早かったですね!」

「何が、かしら?」

「何でもございません!」

ムリムリ。とっとと食事して仕事にかかろう。

四人揃ったところで台所まで移動する。

お皿に盛ったお粥を前に思わず笑顔がこぼれた。

両手を合わせる。

この世界の農家さん、心から感謝します。

スプーンで掬って一口、仄かに雑穀の甘味が広がる。


「…おいしい。」

久々に食べる地味深い味わい。

この地域は小麦が主食だし、食べられるだけ幸せと満足していたつもりだけど、時々こういう食事が恋しくなる。

雑穀、といっていたけれど麦に近い食感と味だな。

土鍋で炊けば麦飯だ。

…ヨドルの森辺りに山芋自生してないかな?

我が家はすり鉢にすりこぎで滑らかになるまで山芋をすりおろしたら、出汁を入れて仕上げる派だったんだよな。

出汁か…鰹節に、昆布…とろろ飯…。

「エマちゃん、そろそろいいかしら?」


はっ!


「すみません、ちょっと夢が膨らんでました。」

「わかるわー。これ美味しいわよね!」

見ればオリビアさんもカロンさんもそれぞれに幸せそうな顔をしている。

そしてそれを見ているリィナちゃんも嬉しそうな表情だ。

食事は少なからず人を幸せにする。

世界を違えてもこういう小さな喜びは同じ。

親しい人とこうして食卓を囲むことのできる幸運に感謝しなければ。

暫し、皆で雑穀の味を堪能する。

美味しいもの食べると話も弾みますね!

「そういえば、エマさん。今日のお仕事のことなんだけど。」

オリビアさんの言葉をきっかけにカロンさんとリィナちゃんが揃って席を立つ。


「あ、じゃあ食べ終わったので私は研究所に行きますね。」

「私も開店の準備してきます。」

「「いってらっしゃーい!」」

二人は玄関に向けて廊下を歩いていく。

その背中を見送ってから。

「…書庫の管理に私も一緒に行っていいかしら?」

「もちろんですよ!」

早速書庫の管理方法をオリビアさんと相談する。

正統な管理者はオリビアさんなのだ。

私はあくまでも管理者(仮)の立場。

そこのところを間違えてはいけない。

今後色々細かな作業を引き継いでいくにしても、オリビアさんの方針に合わせた方がスムーズだろう。


というわけで。

臨時の作戦会議となりました。


「従来通り、盗難防止の魔紋様まもんようを書籍へ転写、それによってダンジョン外の持ち出しを制限する、というやり方は引き継ごうと思っているんですよ。」

収納から魔紋様まもんようを転写した紙を出す。

先日オリビアさんへ提示したセキュリティゲートに引っ掛かる仕様のもの。

更にそこへ自己修復機能と書籍に個別番号を付与できる機能を追加した。

「自己修復機能についての説明はオリビアさんの方が詳しいので省きますね。ちなみに効果の程度は保証しますよ。魔紋様まもんようがダンジョン内に満ちる魔素を常に吸収しているので損傷を受けると自動的に機能が発動します。わずかな書籍の汚れや破れから、本の真ん中からベリッといった不幸な傷まで修復できました。更にすごいのが…失われたはずのページまで復元出来たんですよ。」

「それはまたすごい効果ね!」

オリビアさんもビックリの高性能。

このレベルなら、それこそ書籍が焼けて魔紋様まもんようが消滅でもしない限りは自己修復出来るのではないだろうか。

ちなみに実験はダンジョン内の本棚に収まっている不幸な子達を回収し実施した。

…そこに先日私のライフを大幅に削ったカメモドキが含まれていたのは偶然だ、偶然。

修復後の彼らは元の場所で静かに眠っている(グレースの監視つき)。

ただし、いいことずくめに思えるこの魔紋様まもんようだけど、問題点が二つある。

「一つは問題というか、今後そうなったら困るな、ということなんですけど。」

シルヴィ様の部屋からカサカサ動き回る魔物達を観察していて気付いたのは、魔物化する書籍の傾向は大きく二つに分けられていること。

ひとつは古く価値の高い書籍であること。

そしてもうひとつは…書籍自体に切られたり、破られたりした欠損があること。

「あくまでも可能性ですが、もし私が観察した通り、このダンジョン内で魔物化する条件の一つが欠損部分を持つことであったのなら、今後書籍の修復が進むにしたがってダンジョン内にいる魔物の数が減ってしまうかも知れません。」

「それは…。」

切られたり、破られたりした傷というのは恐らく戦闘行為でついたものだろう。

魔物であると狩られ傷つけられた書籍が持つ負の感情。

それはいつしか意思となり"怨念"となる。

グレースの言う『負の意思によって作られた魔物』という表現は、こういう類いのもののことを指していたのだろう。

実際、数は少ないけれど損傷を受けていても魔物化していない書籍もあるし、逆に目立った損傷がなくとも魔物化している書籍もある。

もちろん闇の魔素に満ちたダンジョン内だからこそ負の意思を持ちやすい傾向もあるのだろうが、ある程度書籍自体の意向も関係しているのかもしれない。


とはいえ自己修復機能で欠損が直ってしまえば負の感情を持ち続けることが難しくなる。

そうなることで魔物化する書籍が減ることを私は懸念していた。


「怨念…ねえ。」

なんて力説してみたものの、オリビアさんにはイマイチしっくりとはきていないようだ。

なんかこう、解ったような解らないような、微妙な表情をしている。

うーん、似たような文化を持つ世界でも、やっぱり感覚の違いってあるんだね。

欠損部分(怨念)を持つことが魔物化する条件となるという認識は元いた世界の知識によるところが大きいのかもしれないな。

四谷怪談とか、番町皿屋敷の話はしないでおこう。余計に混乱する。

「ちなみに書籍の修復によって魔物が減るということは、オリビアさんからするとどうなんでしょう?」

「正直、判断に迷うわね。」


まあそうだろう。

魔物が消えたとき『うちの子が~!』と叫ぶオリビアさんだ。

書籍を我が子のように可愛がっていることは想像できる。

それが修復され、失われたページまで元に戻るのだ。

そうしてあげたいという管理者としての気持ちは強いだろう。

一方、国に係わる立場としては魔物が落とすドロップ品が減り、ダンジョンからの収益が見込めなくなる。

平和な時代はまだいい。

混乱する時代となったとき、貴重な財源を失ったことを後悔することになっても困る。


「私はあくまでもこの国に迷い込んだだけの人間です。この国の将来に係わることはこの国の人が決めること。無責任に思えるかもしれませんが、このスタンスだけは譲れません。充分に検討して決めてください。」

念のため、シルヴィ様の紡いだ魔紋様まもんようと同じ効果を持つ盗難防止と状態保存の魔紋様まもんようを紡いでおいた。

シルヴィ様の状態保存の魔紋様まもんようの効果は変わっていて、時を遡るように修復される仕様だ。その遡る終着点というのはシルヴィ様の指定したところによると"ヨドルの時"となっているから、そこはそのままに引き継いでおく。

「検討している間、各階層の整備を先に進めますね。」

「ええ、そうしてもらえると助かるわ。」

オリビアさんの憂うつそうな表情から、

私が帰るまでに決まらなくても仕方がないかな、と思う。

きっと、さんざ会議とかに引っ張り出されるんだろうな。

がんばれー、中間管理職。

それでもオリビアさんの手元には魔紋様まもんようが残る。

後はどちらでもいい方を使ってもらえばいい。

シルヴィ様にはそう伝えておこう。


「やりたいように進めるのかと思えば、意外に慎重ね。」

「当然ですよ。この国には、この国で暮らす人の営みがあるんですから。」

功名心や、一時の感情に流されて道を誤ったとして、そのツケを払うのは私じゃない。

この国の人達だ。

乙女ゲームに出てくる、異世界知識をフル活用したチート持ち少女達はそこのところを理解できていない。

残念ながら私もそうだったから、あまり偉そうなことは言えないけど。

ステータスの魔紋様まもんようを紡いだところまでは良かったが、その後でなんの警戒心も持たず、その持つ危険性を指摘することもなくカロンさん達に乞われるがまま提供した。

結果、起こったのがディノさんのステータス情報流失によるダンジョンの煉獄召喚事件だ。

ディノさん達からすれば管理体制に問題があった自分達に非があると思っているのだろうが、情報という武器を測る手段を不用意に手放した私の咎でもある。

今思うと、ある程度情報を制限した状態で公表した国の判断は間違っていない。


誰だか知らないけど、感謝しております。


そういう気持ちの一方で。

国のために良かれと思って振るった力が、それとは違う方向に働いてしまったとき、彼女達はどんな思いを抱いて償うのだろう。

乙女ゲームに出てくる主人公の少女達は皆とても親切で優しい(もちろん例外はいるが。)。

その親切心や優しさは決して間違いではないはずなのに。

誤りである、と指摘された彼女達には一体何が残るのだろうか。


…それが憎しみや復讐という負の意思でないことを、心から祈るばかりだ。








大変遅くなりました。

私事で多忙なのもあったのですが、一度気分が乗って、ほぼ書きあげていたものが保存する前にタブレットの電源が落ち、全て消去され心が折れました。

先に赤い鳥シリーズの番外を投稿して思い出しつつ書き直したため、若干脈絡が整っておりませんがそれは少しずつ修正します。

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