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エル・カダルシアの魔法手帖  作者: ゆうひかんな


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魔法手帖七十四頁 守護と闇の精霊、とある一族の確執


『おう、昨日ぶりだの。』

「…実は親しみやすい方だったんですね。」

グレースの転移で主様ぬしさまのいる三十階層に来てみれば。

王座で腹を出し、ひっくり返っている黒い毛玉がいた。

…その腹、触ってもいいですか?


「…エマ?」

「ごめん、ちょっと浮気した。」

シロがじっとりとした視線を向けてくる。

だってさ、いかにも触っていいですよ?!っていうあの姿勢。

触らなかったら一生後悔しそうじゃないか!

『さて、昨日は色々手間をかけさせた。まさかあそこまでオリビアが衝撃を受けるとは思わなくてな。

すまん。』

おお、だ、大精霊様が謝罪した!

相変わらず腹を出したままの体勢だがな。

…本当に悪いと思ってるのだろうか。

「ええと、オリビアさんも今日は見た目けろっとしてましたし、大丈夫です。」

この答え方でいいのだろうか…あ、そうだ。

「この際なので、お願いしたいことがあるのですが。」

『ん?構わんよ。言ってごらん。』

「オリビアさんの持つダンジョン内から外に転移できるスキル、私にも下さい!」

ド直球で言ってみた。

だってやましいことに使う訳じゃないもの。


『ほう。それは書籍の管理のために使いたいのか?それならグレースのスキルで充分だろう。』

「いえ、オリビアさんの為でもあります。昨日のように倒れた場合、転移できる先がダンジョン内に限られます。それだと万が一症状がもっとひどい状態になったとき、速やかにダンジョン外へ運ぶことができません。例えば今回頭を打つことはありませんでしたが、もし頭を打っていた場合、オリビアさんをなるべく動かさない状態でダンジョン外に運び出す必要があるんですよ。」

そうなんです。気付いたのはダンジョン内で事件、事故があった場合、移動手段があまりにも少ないということ。というか、今回はグレースが偶々私と契約していたからなんとかなったけど。

ん、偶々?

偶々だよね?

うん、そういうことにしておこう。

『しかし主は一年程度で元の世界に帰ると聞いた。そんな人間に転移のスキルを授けても一年過ぎれば同じことだ。違うか?』

主様ぬしさまは体勢を変えて今度は背を上に向けてぐったりと王座のひじ掛けにもたれ掛かる。

くうっ。あの背中のなだらかな毛並みをなでなでしたい!

「…エマ?」

「すみませんでした!」

だからちょっとだけ思っただけだってば!


「ならばそのスキル、私に授けて頂けないでしょうか?」

突然、後ろから声がかかる。


「…え!?リィナちゃん!」

「ごめんね、エマちゃん。話に割って入って。」

「いつここに来たの?」

「最初からよ。その侍女さんとエマちゃんの会話が偶然聞こえて…ついてきたの。」

「…申し訳ございません、お嬢様。いつの間にかお嬢様に触れていたようで。」

確かにグレースの転移スキルに人数制限はない。

とはいえ、扉を閉めるまでの僅かな時間で私に触れることが出来るのか。

『…なるほど、汝がオリビアの"守護"か?』

「はい、お初に御目にかかります主様ぬしさま。リィナと申します。もう一人、私の片割れである、サリィと共に三年前よりオリビア様の"守護"を正式に拝命いたしました。」


守護?


「高貴な人間に付けられる護衛のことだよ。オリビアの場合は特別で、特定の家の人間から選ばれる。闇の属性に対して耐性が高く、決して魅入られたり操られる事のない稀有な家系なんだ。元々その家に生まれたものは身体能力が高く、魔法適正も高い。優秀な護衛となる素質を有し、そういった人間を数多く輩出している。」

「すごい!きっと優秀な人が多いんだろうね。」

「だけど今回の場合は厳しいだろうね。」

シロの視線が冷めたものであることが物凄く気になる。

そして。

『その技量と雇い主に対する献身に免じて命は取らずにおこう。即刻立ち去るがよい。』

主様ぬしさま、お願いいたします!どうか私に、オリビア様を守るための」

『…去れ。今すぐにだ。』

膨大な魔力の塊が膨れ上がる。

その圧倒的な力に身が震えた。

これ、当たったら確実に命が危険なレベルだ!

「精霊に好かれやすい人間がいるのなら、逆に嫌われる人間もいる。あの子の祖先は嘗て闇の精霊を滅ぼす寸前まで追い込んだ。だから臭いを覚えられていてね。断言してもいい。闇の精霊は決してあの一族には力を貸さない。」

何だって?

「一方でそれは闇の属性に対して耐性が高い事の証明でもある。闇の精霊は光の精霊と共に古より続く種でありその分力も強い。その闇の力を退けてきたのだから相当だろうね。特にあの少女…と片割れは、一族の血を濃く受け継いでいる。彼らの不愉快になる臭いがぷんぷんするよ。あの温厚な闇のが今にも爆発しそうな怒りを懸命に押さえているのがいい証拠だ。」

確かに。

魔力の濃度と怒りが比例するのなら、私がぶつけられたものなど試しに過ぎなかったことがわかる。

主様ぬしさまはリィナちゃんが動じていないのをみてとると、更に魔力を膨らませる。

球状の黒い塊が時折稲妻を発し、リィナちゃんの脇を何度も掠める。

それを結界を張ることもなく静かに受け続ける彼女の髪を一房、稲妻が切り裂いた。

「リィナちゃん!なんで?結界は?!」

「だって主様ぬしさまはオリビア様の敵ではないもの。」

まるで凪いだ海のようだった。

リィナちゃんは主様ぬしさまの怒りを、穏やかな、それでいて真摯な態度で受け止める。

揺らぐ事のない真剣な眼差しは主様ぬしさまにだけ注がれている。

突然攻撃が止んだ。

王座には姿勢を正した黒い毛玉が座っていた。

『良いだろう。その覚悟に免じて転移スキルを授ける。』

「ありがとうございます!」

『但し、条件がある。』

「はい。何なりと。」

『このダンジョンにおる魔物を一匹でいい。従えて見せよ。』

「…。」

『できぬと言うならこの話はなかったこととする。』

リィナちゃん達にとって、最も難易度の高い条件。

だってそうだろう。

闇の属性に嫌われる彼女達が、闇の魔力が強く漂うこのダンジョンで生まれた魔物を従えるなど可能性としてはゼロに近い。

それでも。

「その条件、お受けします。」

受けちゃうんだろうな、リィナちゃん。

オリビアさん大好きな感情が極まった、とでもいうべきか。

『うむ。その代わり期限はもうけぬ。…そのくらいのオマケはつけてやらねばオリビアに怒られる。』

さすが祖父(仮)。(オリビアさん)に嫌われるのが一番堪えるか。

『少々しゃべりすぎたの。話は以上だ。もう帰っていいぞ。』

再びくるりと背を下にして腹を出した体勢で寛ぐ主様ぬしさま


「…。」

「エマ?!」

「まだ何も考えてませんて!」

シロよ。

いくらなんでも飼い主の扱いがひどくないか?


「エマちゃん。邪魔して本当にごめんなさい。」

「ううん。いいよ、リィナちゃん。後日でいいから話を聞かせてもらえるかな?」

「うん。サリィも連れてきて話をするね。」

緊張が解けたのか若干疲れを滲ませるリィナちゃんを連れて、グレースに入り口まで送ってもらう。

扉の外で時間を確認するともうヨルの十の鐘が鳴る頃だ。

流石にこの状態で帰らせるのは忍びないな。

「今日はお店に泊まることにするから大丈夫だよ。」

一応仮眠室のような部屋があるそうで、そこに泊まることにするそうだ。

忙しい時期などは利用することもあるので、家には通信用の魔道具でそう連絡するとのこと。

「エマちゃん、今日のことは自分で報告するからオリビア様には内緒にしておいて。」

そうささやくリィナちゃんに。

小さく頷いて返すことしか出来なかった。

ふんわりと笑顔を溢してお店の奥に消えていく彼女を見送る。

部屋に戻ると一足先に戻っていたシロがすり寄ってくる。


「…偉かったね。エマ。」

「ん?なんで?」

「一応、闇のに貸しがあるから、それを振りかざして承知させることも出来ただろうに。」

「うん、でもそれだと互いに納得しないよね。」

あの二人(正確には一人と一体、かな?)にはそれぞれ背負うものがある。

そういう者は自分の"生き方"に誇りを持っているもの。

下手するとその誇りに傷を付け、話が拗れる結末しか見えてこなかったんだよね。

「それにあそこでエマが口を挟めば闇のは必ずエマの介入を阻止しようとする。」

「たぶんそういうことになっただろうね。」

「手伝う気なんだろう?」

「手を貸して、と言ってくれたときに貸せる手を用意しておくだけだよ。」

暫くは双子も自力で何とかしようとするだろうし。

様子見だな。


「それにしても、いやとは言わないんだね。手伝いに駆り出すかもよ?」

「積極的には関わらないから、それでいいならいいよ。元々、あの一族との確執は闇の属性を中心とした精霊が激しく抵抗したから拗れた面もあるんだよね。」

「そうなの?」

「うん。理由はあまり覚えてないんだけど…闇の精霊側が先にちょっかいをかけたことは確か。」

「それで?」

かたあの一族が精霊を追い詰めた。それに最後まで抵抗したのが闇の一族。』

当時はまだ精霊の属性を分ける学問が発達していなかった。

どれが闇の精霊か判別がつかないため、長引けばこの争いで他属性の精霊が巻き込まれ命を落とす可能性があったという。


そして追い詰めている人間の側も徐々に追い詰められていた。

闇の精霊が司る領域は"夜"と"闇"と"眠り"。

闇の精霊を敵に回す彼らに安らかな眠りは訪れなかった、という。

安息の時間が訪れないがために、肉体的に、精神的にも均衡を崩すものが増えていく。

長引けば、精霊側に分があったろう。

ただ、そうなるまでに精霊側は随分と数を減らしている。

双方共に深い傷を負い、共倒れとなるか。

それでも引くに引けない双方に仲裁を申し出る者がやっと現れた。


「それこそが、初代女王だ。」

シルヴィ様は戦場のど真ん中に立ち塞がり、女王の名にかけ、互いに手出しはさせないと約束したそうだ。

その上で、身体能力には優れるが忌避されてきた一族を厚遇し社会的な地位を与え、さらに闇の精霊には力が弱まりつつあった彼らが力を取り戻すための手伝いをする場を提供した。

「それがこのダンジョンなんだよ。」

「シルヴィ様、かっこいいですが…またなんというヤンチャを。」

それに比べれば私のなんか可愛いもんじゃないか。


「"剣"も"盾"も必死の形相で止めてたね。『貴方達が根回しがどうとかノンビリしてるからこんなことになったんでしょうが!!』っていわれて項垂れてる姿に妙に共感するものはあったけど。」

「その時、主様ぬしさまは?」

「我と闇のは生まれたばかりだったんだよ。その時の精霊は大した力を持たない。時間をかけゆっくりと魔素を吸収していくことで力をつけていくんだ。ただ、ゆくゆくは一族の主となる器だったから闇のは女王と契約したんだよ。この大書庫がダンジョンとなった暁にはそこの主になることを。」

律儀なことだよね。

そう言うとシロは一つ欠伸をした。


「エマ、眠い。抱っこ。」

「明日起きられないと困るからほどほどに吸収してね。」

うとうとするシロをベッドに置いて、体を拭って着替えて…と寝る準備をする。

ベッドに潜り込むとシロを抱っこしてモフモフを堪能、瞬く間に眠りに落ちた。


『…夜の闇は魂の寝床。

安らぎに満ちた眠りは魂への報酬。

闇の精霊を介して世界へ平等に与えられる優しき祈り。

闇の精霊が失われた世界には絶望が満ちる。

その希望の失われた世界を望むとは、人という生き物は何と愚かな。』


心を震わすような、悲しみに満ちた誰かの声を最後に。











この辺りでちょっと話の筋を整理しようかと思っています。

皆様の方でご意見があったら伺えたら嬉しいなと思っております。

とはいえ、メンタルが豆腐なので厳すぎるご意見はご容赦ください。

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