魔法手帖七十三頁 ステータス(その4)、教本とオリジナル
この部屋は繭の中。
一筋の光を求めて、魔法を紡ぐ。
…ガチャン!
「あー。もう一時間たったのか。なかなか予定通りにはいかないね。」
紡いで伸ばした魔素の糸が空気に溶けるように消えていく。
開いた窓から差し込む光の明るさに経過した時間の長さを知る。
「わふん?」
「あ、ごめん。シロはもうお腹すいた?」
「わふーん。」
「もうちょっと待ってて。あの窓がもう一回開いたらお昼にするから。」
入り口の近くまで移動したシロが私の声に反応して再び丸くなる。
「魔力の残りは半分くらいか。もう少し頑張ろう。」
窓から差し込む光を頼りに魔法手帖のステータス表示を確認する。
ーーー
エマ / Age17
HP:9562/11085
MP : 8521/16893
攻撃:5(+)
防御:5(+)
魔法攻撃:55(+)
魔法防御:82(+)
〈戦闘スキル〉
神聖魔法:Lv.3 / 火魔法:Lv.2 / 風魔法:Lv.1 / 水魔法:Lv.2
/ 土魔法:Lv.1 / 闇魔法:Lv.2
〈生活・生産スキル〉
魔法紡ぎ:Lv.MAX / 料理:Lv.4 / 掃除:Lv.4
〈固有スキル〉
完全防御 / 空間魔法(収納)/ 全言語翻訳・全言語通話(一部解放)
/ 全能力向上:Lv.2 / チャンス到来:Lv.2 / 魔法手帖:Lv.3 / 女王の魔眼 /
〈契約精霊〉
精霊(光属性): グレーステレジア・ロザリンド・ウィンザ・オーロスティファール
大精霊(光属性): シロ(一部解放)
〈ギフト〉
魔法手帖(未開封) /
ーーー
「…しかし驚いたわ。」
項目が二つも増えていました。
しかもシロが大精霊で、いつの間にか二体と契約も成されていたなんて。
「契約は魔法とか、呪文とか必要ないの?」
「うん。精霊が望んで魔力を貰うことによって成立するんだ。人間側の意思は関係ないよ。」
こそこそと小声で話しかけると同じように抑えた音量で返してくる。
一応誰か来るかもしれないからね。
「光属性って私は持ってないんだけど、どんな力を使えるの?」
「浄化、それから回復。あとは生物の育成を助けたり、自然由来の動植物を生み出す手助けをしたりかな?
この辺りの力はちょこちょこ使ってるね。居心地のいい世界は大好きだから。
だけど一番得意なのは。」
圧倒的な、破壊。
「え?」
ほんわかした生き物が、いきなり物騒な言葉を吐いた。
シロはニヤリと笑う。
「光は生命を育むもの、その認識に間違いはない。でもその恩恵はあくまでも一部。人間側がこぼれ落ちた光の力を都合よく解釈しているとでも言うのかな?純粋な光の力はもっと残酷で暴力的だ。
日照りで枯れた土地を思い出してごらん?人間側の都合なんてお構い無し、だろう?我は出来るのだよ。圧倒的な光の力で。視界に広がる世界を塗り潰すことが。」
ああ、もしかして。
「その見た目は仮の姿っていうこと?」
「当たり。このユルい姿だと油断するでしょう?そこで相手の本質を見極める。…エマとおんなじ。」
「私はこの姿が本物だよ?」
「でも、いつも自分というフィルターを通して相手を観察している。今エマは自分という人間と魔法紡ぎの女王の肩書きを並べて、誰に自分を委ねるべきなのか見極めているところ。そうでしょう?」
精霊って心も読むの?
視線をそらした私に、面白そうな表情を浮かべるシロ。
「我は精霊。善悪、人の感情など然程に興味はない。…求めるのは、ただ魅力ある魔力のみ。」
白い毛玉がするりと身体を擦り寄せる。
「そんなこと言って、さりげなく魔力持っていかないでくれる?」
「ん?おやつー。」
これからまだお仕事があるんだけどな。
手触りのいい真っ白な毛並みを撫でる。
うーん。思考は物騒なんだけど癒されるわ。
「…ねえ、もし私がこの国を出るって言ったらついてきてくれる?」
「エマが、エマである限り。この世界ならどこへでも。」
「ふふ、ありがとう。」
アリアドネ・ルブレストのように。
たかが一年間とはいえ、身の安全のために囚われ続けるのはやっぱり辛いものがある。
いつかは自由にこの世界を見て回りたいな。
「まあ、色々言ったけど安心していいよ。契約した以上、この力はエマのものだしエマに向けることもない。暴走したとしても闇のがいるから世界が光で塗り潰されることもない。」
「闇の、って主様?」
「うん。ああ見えて性格は温厚で理性的なんだよ。闇は夜と眠りと生死を司る。色々な生物と関わりを持つから分け隔てなく優しいし。我と対になるように生まれたから力も互角なんだ。」
さすが、主様と呼ばれるだけありますね!
…ガチャン!
休憩時間が終わり、明り窓が閉まった。
真っ暗な部屋の中、ぼんやりとシロの毛並みだけが闇に揺れる。
さ、一日でも早く自由を獲得するためにお仕事頑張りますよ。
「わふ?」
「ん?次は何を紡ぐのかなって?」
「わん!」
「依頼された分の残り一つと、一番低い効果のもの、魔力が残りそうなら中程度の効果のものかな。」
最初はオリビアさんから見本をもらい、その編み目を模倣して魔紋様に効果を付与するやり方を教わった。
普通魔法紡ぎの新人さんは、先ず座学で教本から編み目と付与できる効果を覚え、それを自分の起点の魔紋様に繋げて紡いでいく。
私も最初はこの紡ぎ方だったんだけど、どうしても集中力に左右されて糸の太さにばらつきが出てしまう。
その部分は発動する際に必要となる魔力量が多くなり、当然のように無駄が出る。
滞ることなく魔力は流れるから失敗作ではないが商品としての価値が低い。
だけど女王の魔眼を手に入れてからは、魔眼で読み取った効果を編み目に拘らずに紡いで付与していくやり方を試してみた。
まさに教本で教えているやり方と真逆の手法。
結果出来上がったのは、同じ効果を持つ完全オリジナルの魔紋様。
元々持っている生産スキルがLv.MAXなのだ。
それに導かれるように紡げば当然出来映えのランクが違う。
試しに出来上がった魔紋様に魔力を流してみると、オリジナルの方が十分の一以下の魔力量で同じ効果が発動することがわかった。
オリジナルを紡ぐのは許可を得てから、とオリビアさんには言われていたのだけれど、紡ぐスピードも出来上がる魔紋様の数も一桁違うのだから仕方がない。
怒られること覚悟で同じ効果を付与した別々の編み目の魔紋様を並べてみたら、最初は厳しい顔をしていたオリビアさんだったが、検証するうちに段々困った顔になってきた。
それはそうだよな~。
オリジナルの方が圧倒的に出来がいいんだもの。
努力でなんとかなる、というレベル越えてるし。
一つため息をついてオリビアさんは言った。
自分のやり易い方で紡いでいいわよ、と。
それ以来、オリジナルで魔紋様を量産するようになった。
ただ一方で困ったこともある。
さっきも言ったとおり、私の魔紋様は発動するために使用する魔力量が少なくて済むのだが、一般に流通している同じ効果を付与した魔紋様と比べても、魔力の消費が少ないことがわかったのだ。
それも他のお店に勤める魔法紡ぎさんが真っ青になるレベルで。
今、オリビアさんの元には昼夜を問わず業者やら商家のお偉いさんやらが押しよせている。
単純に商売の話ならいいのだが、そこにはどうやら大小様々な厄介事のタネも含まれていたみたいだ。
夕方になり、無事に一日の作業を終えた私は指定された箱に本日分の商品を納める。
魔力残量がギリギリだったけど、何とか指名依頼の分と効果が低いものが二十枚程度、中程度の効果のものが十枚程度出来た。
休憩の度にシロが魔力を吸っていくから、それがなければもっと枚数が稼げたのかもしれないのに。
お腹へったー、というシロにお菓子を与えて抱っこしながら台所へとやってくる。
さて、晩御飯はパスタにしよう。
冷蔵庫を開けて挽き肉を取りだし、鍋にオリーブオイルとニンニク、その後刻んだ玉ねぎを炒める。
挽き肉を投入してさらに炒めた後、塩と黒胡椒、手作りのトマトソースで味付け。
ボロネーゼ風ソースの出来上がりです!
出来立てに特産のチーズをかければ、とろけてよくからまって匂いだけでも美味しいわ。
「あ、エマちゃん。お疲れ様です。」
「リィナちゃんもお疲れ様です!あ、リィナちゃんも食べていきますか?」
「出来たてですね!是非!」
「あれ?オリビアさんは?」
「まだ商談中なんですよ。『銀貨の部屋』から出てこないんです。」
「あらそうなんですか!…待ってたほうがいいよね?閉店作業もあるし。」
「そうですね…店頭の担当さんが帰る時間まで少し余裕がありますし、先に食べてしまいましょうか?」
そういう訳で先に食事を済ました私とリィナちゃんは店頭の担当さんと交替して、オリビアさんを待つ。
やがてヨルの八の鐘が鳴ったところで。
「では、よろしくお願いいたします。」
「毎度ありがとうございます。」
表情を取り繕ってはいるが若干苦い顔をした五十代位の男性と、普段通りの笑顔のオリビアさんが『銀貨の部屋』から出てくる。
男性はカウンターの脇を通りすぎて玄関に向かう。
「「毎度ありがとうございます!」」
同じく笑顔で挨拶をする私とリィナちゃんを、苦い表情のままちらりと見て男性は出ていった。
身なりが整っていたから貴族の人かな?
「ダングレイブ商会の方よ。」
「ああ、あのやり手と評判の。」
オリビアさんとリィナちゃんのやり取りに耳を傾ける。
リィナちゃんが言ったやり手の、という言葉は好意的なものではないな。
一先ず記憶の片隅に留めておこう。
そう思いつつ二人の話が一段落したところで。
「オリビアさん、お夕飯食べます?」
「ええ、頂くわ。おなかがすいてしまって。今日は慌ただしくてお昼食べ損なってしまったの。」
「あ、じゃあエマちゃん、私閉店作業してくるから店長にお夕飯出してあげてください!」
「了解です!」
オリビアさんと二人で台所へと向かう。
「ああ、エマさん。明後日お休みでいいわよ。お買い物に行くならリィナ連れていってね。」
「ありがとうございます!っと、その辺りも含めて相談したいのですがいいですか?」
「もちろんよ。」
ソースを温め、パスタを茹でながら交渉する。
結果私のお休みは水の日と花の日、お仕事は月の日と金の日、火の日と木の日は書庫の整理となった。
これによって月の日はサリィちゃん、金の日はリィナちゃんのお休みと決まった。
「いいんですか?一番下っぱの私のお休みにあわせてもらって。」
二人にも予定があるだろうに、私にばかり合わせてもらうのは心苦しい。
そう言ってみたら、オリビアさん曰く、先日来たお爺ちゃん先生の言葉が心に響くものがあったようで、自力で何とかしようという気持ちを尊重したいのだ、と言ってくれた。
ありがとうございます!
頑張りますね!
今後の予定も決まったし、ほくほくした顔でダンジョンの入り口まで戻るとグレースが待っていた。
どうしたの?
「主様がお話しされたい事があるとのことで、お迎えに上がりました。」
なんと、呼び出しがかかりましたか!
更新遅くなりました…
お待たせしてすみません。




