魔法手帖六十九頁 テストと、魔法手帖の在り処
我に示せ。
汝が後継者となるに相応しいと。
ちらりとオリビアさんに目を向ける。
彼女は僅かに首を振ってみせた。
管理者にすら伏せていたということは、どのように判断すればいいのか。
しばし思考の海に沈む。
きっとこの時点で試されているのだろう。
テストは苦手なんだけどな…。
「二点ほど、確認していいですか?」
『ほう、二点でいいのか?』
ニヤリと笑う主様。
まあ、そう簡単には教えてくれないよね。
「とりあえずは。考えを整理するともっと出てくるかもしれませんが。」
『いいだろう。二点質問を受け付けよう。何でも答えてやるぞ。』
今度は私がニヤリと笑う。二言はありませんね?主様。
「では一つ目。それが為されたのはいつですか?恐らく五年前ではないですね?」
私の言葉に主様は目を見張る。
そんなに出来が悪そうに見えたんだろうか…私。
『これは、これは。想定外だからこそ、楽しみがある。…そう、それが為されたのは10年近く前の話。少なくともあの事件の時ではないな。』
面白そうに身を乗り出す主様。
でも残念、そう余裕な顔をしていられるのはここまでですよ。
さあ、どんな反応を示すか。
この問いに怒りを露にすれば私の勝ち。
…私のノミの心臓が持つかは別の次元の話だけれど。
「では二つ目。…主様は嘘をついてますよね。」
どーんと。
その場に落ちる沈黙。
まあ、そうなるでしょうね。
「エマさん、今すぐ主様に謝罪しなさい!位の高い精霊に対して嘘つきと侮辱するなど、殺されても文句は言えないのよ!」
オリビアさんの怒号が響き渡る。
ごめんなさいオリビアさん。
心配してくれるところ嬉しいのだけれど、これだけは譲れない。
だって魔法手帖は私のものなのだから。
違和感もなく、そう信じるこの気持ちは何なのだろう。
シルヴィ様の記憶の残渣か、それとも。
『…この小娘が!!!愚弄しおって!何が後継者よ!今すぐ出ていけ!』
主様の怒りが精霊魔法となって私に襲いかかる。
闇属性、ということしかわからないな。
異世界人特典の結界で間に合うだろうか?
万が一のために防御の魔紋様を発動させようとしたところで、間にシロが飛び込む。
「シロ!」
「大丈夫、慣れてる。」
そう言って虹色に輝くドーム状の守護結界をあっさりと発現させた。
結界に黒い触手がぶつかって、弾ける。
うん、異世界人特典の結界だけじゃ無理だったな。
シロに感謝しよう。
「落ち着け、闇の。まだ彼女の問いに答えていないぞ?」
シロは結界を解くと私と主様の間に座ったまま問いかける。
『…ふむ。度胸は合格だな。技術面はまだ未熟なようだが。我の存在に惑わされることなく真実を求める姿勢は気に入った。主の問いに答えよう。答えは『是』だ。』
「な、主様?!」
あっさりと怒気を納めてくれる主様。
こ、怖かった…。
一方で呆然とした表情のオリビアさん。
きっと今まで主様がオリビアさんに偽りを教えることがなかったのだろう。
大好きなシルヴィ様の子孫だもんな。
孫とかひ孫とか見守るお祖父ちゃん的な気持ちだったんだろうね。
というか、主様お歳はいくつなんだろう?!
『どの部分が嘘だかはわかったのか?』
「恐らくは、ダンジョンに隠したが嘘。後はあえて言わなかった点がいくつか。」
『そう判断した基準は?』
「皆が教えてくれました。魔法手帖は基本的に"本人以外が持つと霧散"し、初代女王の魔法手帖は"持ち主以外が触れると、自動的に魔紋様が発現し消えてしまう仕様になっていた。"と。そんな扱いの難しいものを、しかも所有者でない人間の手で、ダンジョンまで持ち出す事が物理的に可能とは思えない。ならば持ち出したと見せかける方が現実的だし合理的。本一冊くらい隠せる場所なんてお城の至るところにあるでしょうし。」
『ちなみに今誰が持っているか、予測はついているのか?』
「おおよそ、ですが。」
あまりにも当たり前すぎるけど。
どう考えても現時点での所有者はお城にいる誰かしかありえない。
あ、しまった。
「もう一つ質問の数を増やしておくべきでした。そうすればストレートに今誰が持っているか教えてもらえたのに。」
『その質問をしたからと言って、闇のが正しく答えたとは限らないよ。『なんでも答える』とは言ったけど『正しく答える』とは言っていない。だから怒らせて本音を引き出したのは正解。』
そういいながら足元にじゃれついて、ごほうび!抱っこー!という仕草を見せるシロ。
かわいい…可愛いじゃないか!
そう思いながら抱っこしてみれば、魔力を吸われている感覚がするけど。
そうか、密着しながら魔力を吸収するのか。
今度から抱っこするタイミングには気を付けよう。
「時期的なものから推察するに…当時お城にいた王族のうち誰か?」
『質問の仕方に抜けもあったし、まだまだ精進が必要だの。』
師匠辺りに聞けば色々知ってそうだけど。
接触を拒んでいる現状でこれ以上の推察は無理です。
それでも持ってる情報から整理すると、正解は『十年ほど前に、所有者の手で城の内部に隠された。』だ。
五年前の余りにもあっさりと受け入れられた、不自然な状況。
あっさり受け入れられたんじゃなくてそうなるように圧力がかけられたのだろう。
下手に詮索されることでまだ城の内部にあると知れたら不味いからね。
それにオリビアさんが言っていたシルヴィ様が干渉したのではないかという認識。
私も最初はそう思ったし、おおよその展開は彼女が計画した通りなんだろうけれど、逆に不都合なことひっくるめて彼女の持つ魔紋様による干渉のため、そう思わせることが本当の目的だったんじゃないかな。
普通に魔法が使える世界ならではの思い込み。
魔紋様で未来の道筋に鑑賞したなんて現代社会でそれを言ったら寝言は寝て言え?!とかって罵倒されそうだ。
とはいってもシルヴィ様も言っていた通り、多少の誤差は発生する。
それを望む結果になるよう軌道修正をしたものは他にいる。
それがたぶん、主様だ。
だとすると。
「…もしかして、今の所有者って現国王様?」
『なぜそう思う?』
「シルヴィ様大好きな主様が手を貸す以上、王族が関わっているのは間違いない。だから消去法で考えました。王女様は他国に嫁にいく可能性があるからひとまず除外。第一王子様もその後の未来で他国に追放されてるから同じく除外。当時からずっと元国王様が持っているという考え方も出来るので、この方については保留。ただ高齢で退位した際に誰かへ引き継いでいる可能性も考慮する。」
そこでオリビアさんに視線を向ける。
こうなってくるとオリビアさんが持ってる説もあるんだが、魔法手帖を私へ渡すために、こんな茶番を繰り広げる意味がわからない。
試された…にしてはやり方が雑すぎる。
私、シロがいなかったら大ケガどころか死んでたかもね。
それに彼女は私を指導する立場。
それなら練習の段階を踏ませて、実力がついたと判断した時点で渡すだろう。
そういう真面目な考え方をする人だ。
たぶん、本気で魔法手帖がダンジョンに隠されてると思ってたんだろうな…。
敵を騙すにはまず味方から。
ちらっと主様に目を向けると、にやっと笑った。
だから除外。
と、なると。
「第二王子様は、十年ほど前…なら十二、三歳位。もしかしたらありえるかな?って。」
魔法手帖は所有者を指定できる。
シルヴィ様が干渉したとしたらまさにここだろう。
次代の所有者を第一王子から第二王子へ。
それから、私に引き継がせる。
直接引き継がなかったのは誰が真の後継者となるかまでは、干渉した運命の辿る道筋に情報として含まれてなかったから。
「そしてもう一つ。継承した本物の魔法手帖は十年前の時点で隠した。さすがに行方不明になる直前に管理していた部屋に出入りすれば自分が関与してます!と言ってるようなものですからね。魔法手帖の閲覧を制限、もしくは禁じていたというなら、すり替えも可能でしょう。後には偽物でも外装のよく似た書籍を置いておけばいい。」
偽物でもそこにあった、という事実が残ればいいという簡単な仕掛けだ。
それなら、侍女が持ち出せたという事象も説明がつく。
あとは持ち出された理由か。
「ここは勘なんですよね。」
さすがに当時の状況の詳細な情報がないのでこれ以上は無理です。
ただ、目的はわかっている。
一つは単純に偽物の書籍の回収。
そしてもう一つは。
このダンジョンに魔法手帖が隠されていると思わせること。
「魔法手帖のために私を嫁にする!とまで言った国一番偉い立場の人がいまして。そんな馬鹿なと思いつつもそれだけの事をしてでも手に入れたい価値がある、と考えたら自ずとそういう結論に至りました。城に魔法手帖が保管してあると知られている以上、第二、第三の犠牲者が出るかもしれない。それならばダンジョンにあると思わせて、状況に応じて自身が敵を排除すればいい。…そう思ったんですよね、主様は。」
一番の違和感は紛失の状況が不自然になってしまった原因。
明らかに王の手元に届いた後の書籍の扱いが雑すぎる。
一応、決裁済みとはいえ城の内部にあった書籍だよ?
もしかしたら超重要な書物の可能性もあるよね?
なら城の書庫に戻す一択だろう。宮仕えなら特にそういう危険な橋は渡るまい。
おそらく、シルヴィ様の干渉の範囲では城に書籍が残ったままになる。
そこに主様が干渉したことで城の外に持ち出されたような状況を作り出した。
さっき攻撃された時に感じたのだけど、あの黒い触手、その手の効果を含んでいそう。
何?シロ??…あそう、『精神干渉』の効果が付与された精霊魔法でしたか。
あれにかかると思い通りに相手の思考を支配できると?
またなんていう恐ろしいものを私にぶつけようとしたんだ、主様。
で、肝心の魔法手帖の現在地ですが。
「私のいた世界に『木の葉を隠すなら森の中』っていう言葉があるんですよ。だからお城に魔法手帖があるなら書籍があって違和感がないところじゃないですか?それか保険かけて王様の書棚にさりげなく収まってたりして。」
自信なさげな表情になってしまうのは見逃してほしい。
王城へ探しに行くわけには行かないのだ。
今更、師匠の利用する気満々の笑顔なんて恐ろしいものを見たくはない!
『ま、その程度推察がつく頭が備わっているならいいだろう。ギリギリ合格だ。…持っていけ。』
少々不満は残るようだが、主様に及第点をいただけたようだ。
黒い毛玉が何もない空間にごそっと短い手をいれて、ぽいっと放り投げてきたものは。
薄い灰色の背表紙に、『貴族名鑑第十二巻』と印字されている古びた書籍。
表紙を開いて内容を確認すると、そこには未知の魔紋様がびっちりと記されている。
「「ま、魔法手帖!」」
マジですか?!
あ、オリビアさんが白目向いて倒れた。
一章が長くなってしまったので途中で切りました。
ちょっと消化不良な内容でしたが、ご容赦ください。




