魔法手帖六十八頁 黒い何かと、三十階層の主様
「てなわけで泊めて。サナ。」
「断る。」
「えー!何も言わずにかっこよく去っていった友が帰ってきたんだよ?!」
「だが断る。」
ただ今絶賛交渉中です。
『もしかしたら二度と会うこともはないでしょう(涙)』なんていうテンションで、このお家を後にしたのが二日前。
我ながら早いと思うんだけどね。
泊まる宛が他にないの。
だから泊めてー。
「どう考えても戻ってくるのが早すぎるでしょうが!少しだけ貴女に感謝して、感動の涙を流した私の時間を返してよ!!」
「だってまさかこんなピンポイントで侍が発動すると思わなかったんだもの!それにしても…。」
「何よ?急に笑顔になって。」
「友が、ってところは否定しないんだ。うふふ。」
「今すぐ出ていきなさい!!」
サナ、そんなに怒るとシワ増え…。
ぐふっ!拳で殴るな、痛いから!
「二人とも、仲良しなんだね。」
「はい、そうなんですよ!」
「いいえ、不本意ですわ!」
お仕事から帰ってきたところだそうで偶々家にいたルイスさんの感想を、肯定する私に、真っ向全否定するサナ。
おかしい、何でこの気持ちが伝わらない?
そう思ってじっとりとした視線で見つめていたら、サナが折れた。
「ハア。先ずは店主さんに謝ってきなさい。…そしたら泊めてあげるから。」
なんですと!異世界で初の女子会ですね!
「私も参加したい!」
「もちろんですよ!サリィちゃん!」
「何故に貴女が返事をするの?!部屋の持ち主は私でしょうが!」
「ダメですか…?」
うるっとした瞳でサナを見つめるサリィちゃん。あ、これは…!
「う…ダメじゃないけど。…いいわよ。」
落ちた。
…双子揃って涙の威力、すごいな。
「ありがとうございます!さ、エマちゃん、とっとオリビアさんに謝ろう!」
「あ、あれ?そういえば私、オリビアさんから逃げてきたんじゃなかった?」
「覚悟を決めて!早いか遅いかの問題でしょう!さ、行くよ?!」
「ああ、オリビアの店なら扉繋いであげるよ。」
「ルイスさん、流石です!仕事のできる男は違いますね!」
あ、ルイスさん、ほんのり嬉しそう。
サリィちゃんにのせられて、さくっと扉繋いでくれましたよ!
「私、まだハリセーンで切られて死にたくありません!」
「あはは、エマは面白いこというね。ハリセーンの素材は紙だって聞いているよ。」
私だってそう思いましたよ?!でも侍が振り回すんですよ、ソレ!
どう考えても切れるとしか思えないじゃないですか!?
うう、誰も味方がいない…。
ダンジョンに置いていかれたとはいえ、レディに侍はやり過ぎだと?
そ、それは、まあ…。
う、うん、ならとりあえずオリビアさんに謝ろう。
謝ってしまえばいいよね!
そう覚悟を決めて玄関の扉を開けた私の視界に飛び込んできたのは。
頭から肩まですっぽりと黒いベールが覆った喪服の女性が…無言で私を手招きしている姿だった。
ボンヤリとした明かりが照らして禍々しさを更にパワーアップさせてますね、じゃなくて。
バタン。
「るるるるいすさん!いいいいい、いま、今の!」
「わー。何か今、見えちゃいけないものが見えちゃったね。」
ルイスさん何ほのぼの返事してるんですか!
真夏の肝試しでもなかなか見ませんよ、あのレベルは!
ドンドンドンドン!
ひーーーーー!!
扉の向こうで黒いのが扉を叩いてる気配がしますよ!!
「へー。店主さんてスタイルいいね。しかも珍しいデザインの服着てる。」
「あ。あれは店主独自のデザインで、魔紋布使っているんですよ。汚れを弾いてシワになりにくく、外気温にあわせた体温調節機能付きです。うちの店の看板商品ですよ!」
「オリビアの店の魔紋布は質がいいからね。一枚持っておくと色々便利だよ。」
「個人的に効果を追加されたい場合は個別注文もお承りしております!」
「あら。じゃあ、こういう効果付けられる?」
「もちろんです!毎度あり!」
ちょっとそこの双子の片割れ。
何営業してるんですか!
こうなったら手段を選んでいられませんよ!
とりあえず、先ずはサナに泣きついてみる。
「サナ様!何でもいうこと聞くからしばらく泊めて!」
「ダメ。店主さん、いい人そうだからちゃんと謝れば許してくれるんじゃない?」
サナよ。黒いアレのどこを見て、そう判断した?!
よし、ならば最後の手段よ!
もう一度ルイスさんに扉を繋げてもらって、向こうから扉が開くと同時に土下座した。
「申し訳ありませんでした。もうしません!」
その瞬間、オリビアさんにキラキラとした光が降り注いだ。
ゆ、許されましたか!!
するり、とベールが引き下ろされる。
顔を上げて確認すると、そこには。
…普通の頭のオリビアさんがいた。
「ふふふ。エマさん。どうしたの?土下座なんかして?まるで何かに心当たりがあるようじゃないの?」
「いえ、何一つ!」
"ござる"の呪いも解けたか。
でも目、は合わせませんよ?
怖いから!
その時。
「わふーん?」
「あ、シロ!」
今までサリィちゃんの膝の上で寛いでいたシロが突然動きだし私の脇に座る。
シロを見た瞬間、顔を上げて確認しなくてもわかるくらい、オリビアさんが固まった。
「オリビアさん、どうし…。」
「…主様?」
はい?
いやいや、主様は三十階層に…。
「あ、オリビちゃん!ダンジョン荒らしが出たときぶりだね!」
ちょっと待て?
こ、声が。
シロから普通の人語が。
しかも声がイケボだ…蕩けそうなほど麗しい男性の声。
「エマさん、ちょっと来て下さる?…それからここに至るまでの全てを話せ?」
「イエス、マム。」
オリビアさん、途中から余裕なくして命令口調になったな!
ええ、むしろ現実直視したくないから喜んで全部ペロッと話しますよ?
そのままシロとダンジョンの三十階層に連行されたのは言うまでもない。
ーーーーー
ここは三十階層。
管理者権限て本当にすごいですね!
身近な場所から転移して、あっという間に最下層、三十階に到着しましたよ。
そして到着した瞬間にボス部屋の入り口と思われる重さも厚みもある扉に、さっさと魔力を流し片手でバーンと扉を開けたオリビアさん。
かっこいいな!
でもその扉って大人の男性が何人掛かりかで開ける重さと大きさがあるやつですよね!?
後ろで震えている私には目もくれず、真っ暗な玉座に向かいオリビアさんが声をかける。
「主様!」
その瞬間、玉座にスポットライトが当たる。
『突然どうした?オリビア。』
真っ黒な毛並みのシロと瓜二つの容姿をした犬が、半端ない存在感と共に横たわっている。
こちらもイケボ…しかも冷たく響く声が甘い声に聞こえるレアなやつ!
この世界、声の好みだけで言えば犬がダントツぶっちぎりなんだが。
『今は休憩時間のはずだが…。』
「主様…良かった。ご無事でいらっしゃったのですね!」
『また、随分と剣呑なことをいう。どうした、何があった?』
オリビアさんがここまでの経緯を説明し、シロを見せる。
『おお、相方ではなか!久しいの。どうした?精霊界に戻ったのではないのか?』
「うん久しぶりー。何かこのダンジョンから珍しい魔力が感じられたんで、ちょっと覗いてみたら面白そうなことになってるから来てみた~。しばらく同居させてもらっていい?」
『いいぞ、好きなだけいればいい。…しかもお前、"名前持ち"になったのか。』
「うんそう。この子が今のご主人様。」
そう言ってシロが私を短い腕でテシテシ叩く。
か、かわいい…じゃなくて。
「はじめまして主様。ふつつかものですが、よろしくお願いいたします!」
第一印象が肝心ですよね!
『ほお、この気まぐれで、そのくせ精霊界では一、二を争う精霊魔法の使い手に選ばれるとは。…確かに濃いな、魔力の質が。』
「でしょー。だから精霊界にいなくてもすぐお腹一杯になるの!」
まあ、あれだけお菓子食べてたらすぐにお腹一杯に…。
「魔力で!」
そう魔力で、って、ええ?
「いつの間に魔力食べてたの、シロ!」
「一日三食。出会ってから、朝昼晩に一回ずつもらってた!あ、さすがにグレースが空にしたときは遠慮したよ?アレ以上は死んじゃうから。」
シロ、気遣いありがとう。グレースめ、やっぱりギリギリまで吸いとってたか!
『なんと!グレースが復活してしまったと!?当分はないと思ったのに。』
「あ、それは私がうっかり魔力を吸いとられたからだと思います。すみません、曰く付きの本だと気付かずに。」
『…まあ、初見では普通気付かぬだろう。それで、オリビア、この者を連れてきたのはもしかして…。』
「はい、お連れするのが遅くなりまして申し訳ございません。初代女王が"後継者"と呼んだ者ではないかと思いまして。夢の中でも初代女王に会ったとのことです。」
『だろうな。繋がった気配が微かに残っておる。…懐かしいな。』
主様がふんわりと笑った気配がした。
愛されてますね!シルヴィ様!
『とはいえ、我もダンジョンの主である以上、認めるかどうかは己が目で確かめる。』
「何をすればいいですか?」
『潔いの。それでは、手に入れてきてもらおうか。」
私がこのダンジョンに隠した、エル・カダルシアの魔法手帖を。
女王の後継者足る証として、な。
遅くなりましてすみません。
イケボにはお好きな方の声をあててお楽しみください。




