魔法手帖六十一頁 名もなき賢者の魔法手帖と、乙女ゲーム?!
長くなったのでキリのいいところで切りました。
「エル・カダルシアの魔法手帖、ですか?」
随分とすごい名前がついていた。
魔法手帖って名前つけると何かあるのかな?
名前で呼ぶと走ってくる…うん、ダンジョン内で試そう。
「初代女王がそう呼んでいたそうよ。ちなみにエマさんは魔法手帖に名前つけているの?」
「イエイエ、なんか付け方間違えたら恐ろしく恥ずかしいじゃないですか。」
それに機能で言ったら本というより完全にスマホやタブレット寄りだ。
いっそそんな名前を付け…止めておこう。
黒歴史が追加され、ステータスオープン(笑)の二の舞になりそうだ。
「それより質問、いいですか?」
「ええどうぞ。」
「王家の恥になること、ってなんですか?」
その瞬間、オリビアさんはものすごい嫌そうな顔をした。
あれ、もしかしてやっちゃった?
「えと、話したくないなら話さなくても…。」
「ああ、ごめんなさい。そうじゃないのよ。あのバカ共のことを思い出したら無性に腹が立って、腹が立って。」
それはもういい笑顔でいい放つ。
そんなオリビアさんのセリフにサリィちゃんもリィナちゃんも激しく同意している。
おい、誰だか知らんが、なにやった?
「ねえ、エマさんは『乙女ゲーム』って言葉知ってる?」
「あ、わかりますね。ハマっている友人がいましたから。」
…ん?この展開に、この話の振り方ってまさか。
「もしかして、異世界から呼ばれた人のなかにいましたか?思考がお花畑な人。」
しかも容姿はかわいくって、頭もよくて性格は真面目だけどちょっと天然、でも一生懸命頑張る姿にやがて周囲の人間が魅了されていく、みたいな子。
そんなまさかいるわけ…。
「いたのよ。」
…いましたか。
「エマさんと同じヨドルの森で保護された子なんだけどね。ルイスとカロンがペアを組む前のことだから、担当したのは別のペアだったのだけど。」
そのペアを足掛かりに次々と男性を虜にしていったという。
彼女自身、この世界がその『乙女ゲーム』とやらの世界で自分は主人公だと疑いもしなかったそうで、さかんに"好感度"だの"イベント"だの呟いていたという。
「うわ、恐怖感が倍増しました…というか、ああいうものって矛盾だらけの展開じゃないですか。攻略された人達も、どこかおかしいと思わなかったんですかね?」
「それに気付ける精神状態なら、周りに迷惑かけないわよ。」
「それは、まあ、そうですよねー。」
あれを現実にされると、本人達は夢のように素晴らしい世界かもしれないけど、周囲の人間にとっちゃ悪夢この上ないよね。
しかもオリビアさん曰く、身分やスペックの高い男性がそのハーレムの中に複数含まれていたようで。
「この話の流れでいくと…、王子あたりが含まれてましたか。たぶん勘ですけど他に宰相の息子、騎士団長の息子に新進気鋭の魔術師、とかどうでしょう?」
「半分当たり。そういうのって、お約束として設定があるものなのかしら?第一王子と、宰相の息子はどっぷりだったわね。騎士団長の息子は当時アントリム帝国との境にある砦にいたから巻き込まれなかったわ。新進気鋭の魔術師…は近くにいたけど、年も彼女より随分と下だったし、引っ掛からなかったみたいね。彼女が『私の魅力が通じないなんておかしい』とか言って悔しがっていたから。」
最後の言葉、背筋のあたりに悪寒が走りました。
本当に、この世界をゲームと思い込んでいたんだね。
私みたいに死にそうな目にあってみれば嫌でも現実と思い知らされるのに。
ちなみに"攻略"されたのはその他にもいて、優秀だったけど遊び人だった伯爵家の息子、身分は平民だが商才豊かな青年、堅物で有名な将来を嘱望されていた学者の卵と。
ベタだな。
本当にここが乙女ゲームの舞台です!って言われても納得しそうな位、個性的な人材が揃ってますね。
逆に言えばそれだけ個性的で優秀な人材の多い、期待できる世代であったのかもしれない。
本来なら。
「その後、どうなったんですか?」
「まあ、見苦しいくらいに皆自分の立場を忘れてやりたい放題。
庇えないような罪を犯したものもいたわ。
王が早々に見限ったから、各々罰を受け、身分を剥奪、国外追放になったところで表向きはすぐに沈静化したんだけど、裏では次代国王を支えるはずの優秀な人材が一度に失われたことで一時的に混乱したわ。」
「まあ、そうなるでしょうね。」
「彼らには婚約者もいたんだけど、令嬢側から皆早々に婚約破棄したの。
彼らが邪険にした、というのもあるけど異世界の少女から『貴女が悪役令嬢なのね!』って言われたことで何だか嫌な予感がしたそうよ。」
お嬢様方、グッジョブです。
きっとそのまま行けば婚約破棄イベント(笑)起こす気だったろう。
やらかしたのが同郷の人だったら申し訳なさすぎる。
「…どうしたの?エマちゃん。微妙な表情だけど。」
「いや、まあ、ちょっと大人げなかったかな…と。」
異世界から呼ばれた少女に国の政治を一時的にせよ混乱させられ、優秀な人材を失う羽目になった。
王家や国を運営する立場の人間からすれば、面白いわけはない。
そりゃ私を警戒するのも仕方がない、ということか。
一国の王子が異世界の少女に恋をした、挙げ句立場を忘れて婚約者にも見限られ、なんて確かに王家の恥だしな。
ん?第一王子?
「今の王様って随分若いみたいですけど、もしかして最近世代交代されたんですか?」
「あら、誰かに聞いたの?継いだのは一昨年よ。先代の王には子供が三人いてね、王子が二人に王女が一人いるわ。そのうち一人が今話題に上った第一王子。噂ではとても仲の良いご兄弟であったようね。本来は彼が継ぐはずで準備も進んでいたのだけど、失態のせいで第二王子が継いだの。先代の王が高齢でね、世代交代することは前々から決まっていたから婚約者の方は同盟国の王女でいらした方だったのよ。後ろ楯を得ることと両国の仲を深めるためにこちらからお願いした縁組みだったから、それはもう揉めて揉めて補償なんかもして大変だったのよ。お陰で王国の評価はがた落ち。現国王の頑張りと"盾"がいなかったらもっとひどい状態になったでしょうね。」
「そうなんですか?」
「彼自身が政治的な根回しに長けていて、現王族や側近と共に上手く取り繕ったから最悪の結果を免れたの。さらに"盾"として防御結界の魔紋様を各国に提供したからこそ、同盟各国もそれなりに納得した。まだ同盟を組む価値はある、と。」
師匠、頑張ったんだな…。
それだけにあの愛想のなさと腹の底で何を考えてるかわからない表情も頷ける。
アントリム帝国で皇帝陛下としゃべっている時なんて、全く笑顔に見えなかったもんな。
「彼は当時十四歳だったそうよ。ちなみに現国王は十八歳を越えていたかしら?それ以来の仲だから、王が最も信頼を寄せているのは先王の時代からの側近を除くと彼になるわね。」
そのセリフには、二人が乗り越えてきた苦労と絆の深さを思わせる響きを伴っていた。
「王位は第一王子が継ぐはずだったから、継承権争いを無駄に起こさないために、第二王子は早々に彼を支える立場をとっていたのよ。一応万が一のために王になるための勉強はしていたけれど、当時はすでに内務を補佐するための勉強に入ったところだと聞いていたわ。それだけに、第一王子の行いは衝撃的だったでしょうね。」
『君は奇跡が起こせるのか?』
問われたのは、何についてなのだろうか。
第一王子がつつがなく王になり繁栄していく未来か。
不本意な現状を鮮やかに解決する現在か。
それとも第一王子と異世界の少女が出会うことのなかった、過去。
「第一王子は…その後?」
「異世界の少女がやって来て、一年後。彼女はこの世界に残ることを選択した。でも当然この国に置いておくことはできないわ。他国の目もあるから責任をとらせるという意味で、身分剥奪の上、彼女と共に国外追放とした。」
異世界の少女的にいえばバッドエンド、といったところか。
それとも恋に落ちた相手と堕ちたのだからハッピーエンドなんだろうか。
あれ、もしかして。
「この国の人の一部が、異世界から呼ばれた人を歓迎しない理由って、もしかして。」
「昔からそういう感情がなかったわけではないけど、これがきっかけで一気に表面化したのは確かね。」
「色々納得しました。」
この国の人は比較的温厚だ。
熱くなりやすい性質でもなく、どちらかといえば理性的で争い事を好まない。
その性質が、時おり私に対して妙に攻撃的な態度を見せるのが気にはなっていたのだ。
「それで、もしかして故意に隠された魔法手帖ってその辺りに原因があります?」
たぶん隠したのは異世界の少女か、第一王子辺りだろう。
そんな私の予想に反してオリビアさんの答えは、はるかに斜め上だった。
「初代女王よ。」
「でも、亡くなっているひとですよ?」
「そうね。でもそうとしか思えないの。第一王子が身分剥奪となったのは、他国に配慮しているだけじゃない。不用意に魔法手帖を許可なく見せたから。王族だから全てが許される訳じゃない。
それほどに魔法手帖は魅力があるの。時に人生を狂わせるほど。」
第一王子は乞われるままに魔法手帖を異世界の少女に見せたという。
後で調べたところ、このとき少女は他国の諜報員と繋がっていた可能性があったという。
彼女曰く、『この魔法手帖をきっかけとして、他国の王子と出会い続編の恋が始まるの』と言ったそうだ。立派に電波な発言だが、諜報員が話を合わせたんだろうな。
例えば『魔法手帖を持つ美しい貴女にお会いすることを皇太子は楽しみにしております』とかどうだろう。
それだって、半分嘘ではないかもしれない。
だっていつぞや誰かさんが仰っていたじゃないか。
「魔法手帖を持つものには価値がある」と。
裏を返せば魔法手帖を持っていれば誰でもよかったってことだろうな。
うん、この他人を利用する気満々の発言に心当たりがある。
…皇帝陛下、この当時おいくつだったんだろうな。
まさか、…うん、やってないと信じたい。
「それで、彼女は魔法手帖を持ち出したんですか?」
「流石にこのときは大人しく帰ったようなんだけど、後日第一王子に会いに来たという理由で、城に入り持ち帰ろうとしたようなの。そしたら…。」
「なかった、と。」
驚いた彼女の立てた物音で発覚。
偶々上司に呼ばれその場を離れていた兵士に確保された。
彼女はあくまでも『道に迷った』と言い張ったようだが。
「魔法手帖は前日に侍女が持ち出した、そう兵士は言っていたそうだわ。
でもその時点ですでにおかしいのよ。」
魔法手帖は持ち主を指定することができる。
そして、持ち主以外が触れると、自動的に魔紋様が発現し消えてしまう仕様になっていた。
そう、私の魔法手帳にルイスさんが触れた時に起きた状況と同じように。
「ところが、侍女は持ち出せている。」
「その侍女は特定されているんですか?」
「城の上級侍女だったそうよ。それこそ王妃や王女付きになれる位の。
ただ、本人は『王に指示を受けた』と言って譲らなかったそうね。
それに王自身も指示を出した記憶はあったようなの。
側近もそのときの状況を覚えていたそうだし。
ただ、王には"何で指示を出したのか"そちらの記憶はなかったそうよ。」
「持ちだされた魔法手帖は、どうやって大書庫に?」
「多くの人の手を渡ったわ。侍女から王の側近に、王の側近から王の決裁書類の箱の中に。その後掃除に訪れた侍女が処理済の書類と間違えて、未処理の箱を処理済として文官に渡し、文官が魔法手帖を不要になった書籍と判断し、処分に困った文官が友人の研究者に譲り渡し、研究者は解読のため冒険者と共に大書庫へ。
…そこで魔法手帖を失くしたそうよ。」
不自然極まりない状況と、偶然にしては出来すぎな展開。
それを納得させるものがあるとすればそれは。
未来に干渉できる力が働いたのではないかという、推測。
本人が手を出したのかはわからなくとも、そう思わせることができたら十分。
そして、時が過ぎて真相は闇の中。
彼女の考えそうなことだ。
やりましたね、シルヴィ様。
このお話を書き始めたときから入れようと思っていた乙女ゲーム要素。
異世界にきて、ゲームの中にいるような感覚で世界を見る少女。
悪役令嬢ものもいつかは挑戦してみたいです。




