魔法手帖六十頁 金貨の部屋、初代女王と厄災
「エマちゃん!こっちですよ!」
「あ、待っててくれたの?ありがとう、リィナちゃん。」
荷物を整理して『金貨の部屋』へ向かう。
廊下の途中でリィナちゃんが待っていてくれた。
「はい!だってエマちゃんは『金貨の部屋』に入るための言葉の鍵を知らないですよね?」
「ああ、そうか。あの部屋はそれが必要だったよね。」
『金貨の部屋』は最もセキュリティレベルが高い部屋。
部屋にはいるため金属製の鍵と、後から入る人間には合言葉が必要となる。
廊下を歩いて部屋の前につくと、早速彼女が軽く扉をノックする。
「リィナです。」
「貴女の探し物は?」
「『バンゴルデメゴスラピリオン』です!」
「…。どうぞ。」
「さ、エマちゃん開きましたよ!お先にどうぞ!」
ばんごるでめどぴ…?
「リ、リィナちゃん、今の何?」
「バンゴルデメゴスラピリオンですか?話すとスッゴク長いですけど…。」
「うん、今は大丈夫!また今度ね!」
「とっても美味しいんですよ!」
食べ物かい!?
「リィナ、エマちゃん引いてるよ~。もっと普通の合言葉にしな。」
「え、でも意外性があってバレにくいじゃない。」
「毎度毎度覚えるの大変なんだよ、リィナが決めると。」
サリィちゃん、大いに賛同しますよ!
これはリィナちゃんが決めたときにはメモでもとって…。
「あ、紙に書くのは禁止です!」
くっ、禁じられた。
サリィちゃんが扉に鍵をかけると、わずかに空気を震わすような振動がして再び結界が張り巡らされる。
これが魔道具による結界の効果。
思い付く限りの、ありとあらゆる要素が付与されていて面白いな。
お茶を入れるのを手伝いながらチラチラ結界の作りを観察する私をよそに、リィナちゃんがてきぱきと四人分のカップに華茶を注ぐ。
華茶が配られたところで、オリビアさんが口を開いた。
「先ずは貴女に一つ謝らなければならないの。
そのために、貴女が連れ去られた後の話をするわね。」
私がシルヴィ様と選手交替し、空間の切れ目に身を投じた後。
シルヴィ様が残した金の繭、と見せかけた私の迷子探査用魔紋様を目印に師匠が追いかけてきた。
その裏で。
回復薬の効果で程なく目覚めたディノさんは、状況を把握すると体調を気遣う周囲のサポートを受けながら、先ずゲイルさんと共に組織の上層部に連絡を取った。
現在の状況を報告、その後組織内で原因に思い当たる節があるかを聞かれ、研究所で色々検証していたという。
「何日も寝たきりだったんでしょうに、いきなり動いて大丈夫だったんですか?」
「もちろん止めたんだけどね。本人が納得しなくて。」
思い出したのか困った顔をするオリビアさんの様子に何となく状況を察した。
その理由は、シルヴィ様の残した一言。
『この少女を案じて自分を責めるより、これから起こる厄災を凌ぐための研究をしなさい。』
運命に少しだけ干渉できる魔法紡ぎであったシルヴィ様。
「初代女王は自分の魔紋様が干渉したその先に、起こりうる可能性のある出来事をかなりの精度で予測していたようなの。そしてその内容を手書きで魔法手帖に残していた。覚え書きのようなそれを、はじめは当然誰も信じなかったわ。ところがそれらの出来事は彼女が亡くなった後に、いくつも現実のものとなった。」
例えば、国を揺るがすような大災害。
例えば力をつけた他国からの侵略。
彼女は手記の中でそれらの出来事を『厄災』と呼んでいたという。
王家は長い間、その事を魔法手帖の存在と共に秘匿してきた。
懸念したのは、女王が運命に干渉したが故に厄災を招いたと思われること。
そうなれば、政治手腕から国民に絶大な人気を誇っていた彼女の評価は地に落ちる。
その一方で、彼女の言葉をなぞるように現実となる厄災を乗り切るため、準備を進める必要を感じていた。
秘匿されてきたために、どのような力を発揮するのか証拠は残ってはいないが、初代女王はいくつも新たな魔紋様を紡いだ優秀な魔法紡ぎであったというのが共通している言い伝えだった。
そこで彼女に"魔法紡ぎの女王"という呼称をつけ、その呼び名だけを利用することにした。
いざとなったとき、初代女王の人気と優秀な魔法紡ぎであったという言い伝えを利用して国民の理解を得、厄災に備えることができるように。
「今では魔紋様の研究が随分進んでいて、恐らく初代女王はスキルか、もしくは魔紋様の効果で干渉した運命の先で何が起こるのかを高い精度で予測ができていたと考えられているの。だから、その当時の研究者の水準で考えたときには王家の懸念はあり得ることだった、というだけで実際はそんな心配はいらなかったということね。」
「その事にディノさんや、ゲイルさんはどう関わってくるんですか?」
「彼らがというよりは組織が関係あると言った方がいいわね。」
それというのも綴られた内容には最も重要なことが記されていなかったから。
それは厄災がいつ起こるのか、ということ。
初代女王は、生前自身の魔紋様の効果を尋ねられた際、『未来視は出来ない』と言っていたと伝えられている。
うん、それは確かにお茶会の時にシルヴィ様自身で言っていた。
これについても、あくまで仮説だが"いつ起こるのか"については彼女の魔紋様が干渉できる範囲には含まれていなかったのではないかということだった。
そこで王家は当時すでに協力関係にあったロイト、ゲルター両組織に厄災を防ぐための協力を依頼し、契約を結んだ。
組織と契約してしまえば時を経て、人が変わっても協力してもらえると考えたのだろう。
「組織としても動いているけれど、それとは別にディノも色々思い当たる節があるようで、随分と熱心にダンジョンに籠って調べものをしていたわ。」
「そういえば、ダンジョンの魔物達は、どうなったんですか?」
「まもなくダンジョン内に魔素が満ちるから、そろそろ一気に復活するでしょうね。
十五階層以下はすでに立ち入り禁止にしてあるの。」
ディノさんとゲイルさんは自発的に十五階層以下の層にも潜っていたのだが、目的の物は見つけられなかったそうだ。
自分達が散々な目にあったというのに、再びダンジョンに潜るなんて、勇気があるというか、なんというか。
これこそが研究者魂?
カロンさんと、サナの顔がよぎる。
うん、二人がそうなったら止められる自信ないな。
「とりあえずディノさん達が『厄災』を警戒して調査をしている事はわかりました。
それが私にどう繋がってくるんですか?」
「それは初代女王の残した言葉に関係してくるの。」
"私の後継者たる『次代の魔法紡ぎの女王』が現れたら、警戒しなさい。
最大の『厄災』は輝石とともにやって来る。
そのために、私は持てる力を全て使います。
この魔法手帖は次代の魔法紡ぎの女王へ"
この言葉以降、初代女王の魔法手帖の頁は空白であるという。
この他に次代の魔法紡ぎの女王へ宛てたと思われる言葉を記したあと、彼女が魔紋様を紡いだ形跡はなかったそうだ。
「この"警戒しなさい"という言葉が、次代の魔法紡ぎの女王を警戒するという意味にも受け取れることから、該当する人物が現れたとしても、国が問題ないと判断されるまでは全てを明かさないようにと受け継がれてきたわ。」
そこまで話したところで、カップを手にしたオリビアさんは静かに華茶を飲む。
私はただ無言で彼女の次の言葉を待った。
「貴女に謝らなければならないことがある、と言ったわ。それは王家の恥を晒すことにもなるのだけれど…私達、管理者には、あるときからもう一つ使命が加わった。
それは故意に隠された初代女王の魔法手帖を探すこと。
「故意に隠された、ですか?」
「そう、それを見つけ出して、貴女に渡すことが管理者としての務め。何故なら初代女王の魔法手帖の原本がこのダンジョンのどこかにあるとされているから。…でも、見つけられなかったの。ごめんなさい。本当はもっと早く話してあげたかったのだけど。」
たぶん、王家辺りから圧力かかってたんだろうな。
本当に私が信用されてなかったことがよくわかる。
微妙な表情になった私に、申し訳なさそうな表情を浮かべたオリビアさん。
それから一つため息をついたのち、まっすぐに私を見て言った。
「事情は全てお話しするわ。質問にも答えられる限り答える。だから貴女にも探してもらいたいの。
彼女の発現させたといわれるエル・カダルシアの魔法手帖をね。」
やっとこさ、題名までたどり着きました。
いくつか登場させる場面を考えていたうちの、一番早い段階での登場です。
ちなみに最終話に登場するバージョンもありました…




