魔法手帖五十七頁 贈り物と、魔石の色
「そういえば、いつもエマがしていたネックレスは?」
「空間を移動する際に追跡装置だと思われたみたいで、取られてしまいました…。」
ディノさんにもらったネックレス。
金の糸を隠すために、大人しく取られるしかなかった。
残念なことに、あれを回収することはできなかったんだよね。
てっきり制服と同じ場所に処分されていると思っていたのに。
「なら、俺が改めて贈るよ。」
ふわりと私の両手を包むルイスさんの温かい手。
癒し系だよね~ルイスさん。
っと、今はそれよりも。
「でもまた取られたりしたら申し訳ないから遠慮しておこうかな。」
「いいんだ。それよりも俺が贈りたいだけだから。」
「…お取り込み中失礼するよ。ルイスも随分と男らしい台詞を囁くようになったものだね、いい傾向だ。」
「あれ、ディノさん、もうお話は?」
「今は女性陣で盛り上がっているところ。」
見ればサナはすっかりカロンさんと意気投合したよう。
「サナの評価、どうですか?」
「うん、知識は申し分ないね。彼女自身もとても優秀だ。ただ他の人間の意向もあるから、採用不採用含めどちらにしても後日回答するよ。」
「まあ、そうなりますよね。」
サナ頑張れ。
私が援護できるのはここまでだ。
「それで、ネックレスがどうって聞こえたんだけど?」
「それがディノさんにもらったネックレスなんですけど…。」
改めて状況を説明する。
本人を目の前にすると、故意にネックレスの役割を否定しなかったことが申し訳なく思えた。
「本当にすみません。」
「君のせいじゃない。それどころか、ちゃんと君の役にたったようで良かった。それにしても回収された石はどこにあるのかな?そうか、捨てられてないとすれば、それはそれで楽しみだ。」
「はい?」
「こっちの話だよ。」
ディノさん、笑顔が素敵ですね!
あまりの黒い笑みに話振ったことを後悔しましたよ。
「それなら私からも改めて贈ろうかな。」
「…ええと…そういうのこちらでは一般的なんですか?」
元いた世界の認識では、例えばネックレスのようなアクセサリーは、家族からプレゼントとして買ってもらうとか、恋人から記念にもらうとか機会は限られていてそんなに頻繁にあることではなかったような気がする。
「うん、そうだね。こちらでもそんな感じかな?でもこの世界には魔石があるから、もう少し垣根が低いかも。友人同士で"守り"として贈ることもあるんだ。これはゲイルからもらった魔石。『強化』の補助魔法がかかっている。使い方としては、エマちゃんにあげた魔石と同様に魔力を流すことで発動するようになっているんだよ。」
そう言ってディノさんがポケットから袋にいれた魔石を取り出して見せてくれる。
ん、どこかで見たことのある色だ。
「色は…薄い青色?」
「ああ、そうだね。大抵は魔力を注いだ人間の瞳の色と同じになる。
エマにあげたネックレスの魔石も緑色だっただろう?」
確かにネックレスについていた魔石の色はディノさんの瞳の色と同じだった気がする。
「一般的には、その人にとって最も相性のよい魔素が瞳の色となって現れると言われているのだけれど、残念ながらまだわからないことの多い分野でもあるんだ。例えば同じように魔石へ魔力を注いでも瞳の色とは違う人も少なからずいる。これについては何通りか説があるんだけど、最も有力なのは集めた魔素を魔力に変換する際に、一部の人間には属性を使用者に有用な属性へ作り替える機能が備わっているのではないかというものなんだよ。」
魔素は自然界で作られ、空気中にばらまかれている。
そのため自然界の持つ色合いと似た色をそれぞれの魔素は持っている、と考えられている。
水の属性を持つ魔素は青、火の属性を持つ魔素は赤、というように。
魔法と同様、魔紋様も属性を持つ以上、これに従い青、赤、など属性の持つ色に近い色をしている。
これに対して無属性の場合はどうなのか。
無属性だけに無色、と思われていたのだが、私のように無属性とされる起点の魔紋様を持つ人間もいるわけで、色がないか、といわれるとちゃんと色はついている。
そこで考えられたのが、無属性の魔法や魔紋様をもつ人は体内で属性を持つ魔素を属性のない魔力に変換して使用する何らかの器官、もしくは機能がそなわっているのではないか、というもの。
つまりディノさんがいうところの『使用者にとって有用な属性へと作り替える機能』というのがこれに該当する。
ちなみにその他の説としては魔力の濃度によって色が変わるとか、魔法と同様に血統で色が変わり、それに該当しない人は所謂『突然変異』である等の説があるそうだ。
「それでいうと、私の場合は無属性の魔紋様を紡ぐために属性を変換してるか、濃度が違うっていうところでしょうか?」
「いや、君の場合は間違いなく『規格外』だ。」
「…ディノさん、それ、誉めてませんよね?」
「あれ、そう聞こえた?で、さっきの話に戻るんだけど、流石に男同士で装飾品を贈り合うことはないけど、もらった魔石を加工して持ち歩くことはあるよ。例えばゲイルは剣の柄に魔石を取り付けている。」
「この魔石には属性を付与する効果がついているから武器に着けると攻撃の幅が広がるんだよ。」
そう言って、ゲイルさんは自身の持つ武器の柄を見せてくれる。
おお、蔦の模様の一部になっていて格好いいですね!
「ちなみに魔石に紡いだ魔紋様で効果を付与することって、私にも出来ますか?」
「たぶん、君ならできると思うけど。…魔力を魔石に注ぐ方法はカロンから聞いた?」
「はい、聞きました!機会がなくて練習はまだしてませんけど…。」
「なら丁度いい。練習用の魔石を持っているからやり方を教えてあげる。試しにやってみてごらん。」
「ありがとうございます!」
ディノさんは、ポケットから白い石を一掴み取り出して机の上に置く。
それは小指の先くらいのサイズがあり、透明度が低くて…うん、氷砂糖みたい。
「魔石は大きく透明度が高いほど良質とされているんだ。倒した魔物から取れるものと、鉱山から採掘されるものと二種類あってね、魔物から取れるものは既に属性を持っているから相性のいい魔法や魔紋様を刻んで使う。採掘されたものの方は属性がついてないから今回使うのはこちらの魔石だね。」
練習用、というのは一度使用し付与した効果が切れたものや、元々魔石としての価値が低いものを使うとのこと。
「元々脆いものだからね、魔素を集めて注ぐまでの工程に集中力が必要なんだ。」
魔力の出力を一定に保つ必要もあるから練習にもなって丁度いいかも。
先ずディノさんは手のひらで包み込むように握ると練習用の魔石に魔紋様を刻む。
魔石の表面を魔力の糸が這うようにして美しい紋様が刻まれる。
「私の魔紋様の特性は『干渉』。無機物なら何でも使えるんだ。今刻んだものは『相手と会話ができる』効果を付与した。」
そう言って一粒渡された石は淡い緑色。
同じものをもう一粒作った後、片手で握り込むと魔力を流す。
僅かに石の中で魔力が循環する様子が見てとれる。
「同じように握って魔力を流してごらん。」
ディノさんに促され、私は両手で包み込むようにして魔石を握る。
先ずはカロンさんが言っていた通り、薄く全体を膜で包むように魔力を当てる。
「パキン!」
割れた…。
「わ、すすみません!ディノさん!」
「良かったー。」
「はい?」
「いや、一発で成功したらどうしようかと思ったよ…。普通は練習して出来るようになるものだから。」
「そういうものなんですか?」
「君は魔法紡ぎとしてのスキルはずば抜けているけど、魔素の吸収と魔力の扱いは素人だったよね。なんか色々な方向に突き抜けてるから、たまにそこのところ忘れそうになるんだよ~。だから安心して。皆そんなものだから。」
そう言ってディノさんは無造作に練習用の魔石を掴むと一気に魔力を流し、握り込んだ全ての魔石に魔紋様を刻み込む。
それから淡い緑色に輝く魔石を静かに机の上に戻した。
「すごい…。」
「君に言われると光栄だね。…じゃあちょっと席を外すから、魔力を流して出来たと思ったら石に呼び掛けてみて。離れた場所にいる私に声が聞こえたら成功だから。」
「はい!」
これはやりがいのありそうな練習ですね!
よし、頑張って成功させるぞ!
できれば速やかに!
そんなやる気の満ち溢れていた時もありましたね…。
「で、出来ない…。」
「意外よね、無駄に器用なタイプなのに。」
足りなくなったので急遽ルイスさんが買ってきてくれた練習用の魔石に、サナが転移の魔紋様をひょいひょいと刻み込んでいる。
ディノさんは一気に魔石に魔紋様を刻むという芸当を見せてくれたが、サナはそれが出来ない代わりに、一個一個刻み込む速度がとても速かった。
ちなみにサナの魔力の色は紫。属性は珍しい『雷属性』なんだとか。
彼女の持つ魔紋様は『移動』に特化しているため、汎用性はない代わりに転移や運動速度の向上など限られた範囲で最大限の効果を発揮する。
そんなわけでディノさんに作ってもらった練習用を使い果たし、サナに再び同じ量だけ作ってもらうも、半分くらい駄目にしたところで完全に集中力が切れた。
「…旅に出ようかと思います。」
「あら、現実逃避?お昼ご飯出来たんだけど。」
どこからか、神の声神の導きが聞こえた。
「…やっぱり、食べてからにします。」
わーい。
今日はミートボールだ!
しかもトマトソースにフライドポテトもついてる!
連休の魔法にかかって遅くなりました。
ルイス、イマイチ影が薄い…。




