魔法手帖五十六頁 飛べない魔法紡ぎと、繋がった縁
スポットライトが当たる。
「さあ、皆様、ここに現れるは異界の魔物。
彼女は人の身でありながら自由に空を飛ぶことができます!」
「出来ませんよ!?」
「出来るんです!…出来るよね?出来ないと、お夕飯抜きだよ?」
「くっ、卑怯な!」
お夕飯食べたい!
でも空は飛べません!
「さあ、飛んで見せましょう!さあ、さあ、さあ!!!」
十人位のピエロが輪を縮めるようにして迫ってくる。
やがて勢いを増し。
「ギャー!!ぶつかるっ…!?」
どっかーんと火花が散った。
ーーーーー
「飛べません、でもお夕飯は食べたいです!」
「は?まだ昼だけど?」
「あ、あれ?もしかして…夢?」
「いきなり叫んだと思ったら夕飯って…本当にブレないわね。」
呆れたようなサナの声。
っと、私、どうした?
ベッドから起き上がってみれば、見たことのある部屋の景色。
ここって…。
「異世界に来て最初に泊めてもらった部屋だ。」
「あ、目が覚めたみたいだね。気分はどう?痛いところはない?」
「ルイスさん!」
おお、そうだった。
砦からルイスさんの家の近くまで転移して、玄関開けたところでカロンさんにどーんと押し倒されて意識が飛んだんだっけ。
あれ、カロンさんは?
「カロンはディノさんに珍しく怒られてるところ。」
「ディノさん来てるんですか!!」
「うん来てるよ。連絡が入ったみたいで吹っ飛んできた。」
たぶん師匠だろうな、連絡いれたの。
…ついでに気遣いという名の入れ知恵してそうだ。
「そんな渋い顔して。そんなに顔を会わせるの、気が重い?」
「…って何でそう思います?」
「君は自分が思っている以上に有名なんだよ。それこそ国に対して要請したことが、末端にまで伝わる程度にはね。」
「あら、連絡いきましたか。」
「君は正しく理解している。我々が君達異世界から呼ばれた人に対して強要した場合、どう対処したらいいか、をね。そんな君に手を出さないよう隅々まで情報を流して注意を促すのは当然だよ。偶然でも不幸な事故が起こってからでは遅いからね。」
ルイスさんは苦笑いを浮かべる。
手を出したら駄目だと伝えたのだから、組織としては責任を果たしたということだろう。
「それでも君に手を出そうとする馬鹿はいるだろうから、その時は遠慮なく対処していいんだよ。君にはその権利があるんだから。」
お、危険人物扱いですか。
それは好都合ですね!
当分の間、放っておいてもらえそうだ。
「…とはいえ、君との約束が有効になるのは店に戻ってから、と聞いている。ここにいる間が直接会える最後のチャンスになるかもしれないから逃せないと思ってね。」
そう言いながら部屋に入って来たのはゲイルさんだった。
「いきなり押し掛けて来てすまない。ただ一言お礼を言いたくてな。
…俺のわがままに付き合ってくれた上に、ディノを助けてくれてありがとう。感謝している。」
ゲイルさんのいつもと同じ笑顔に安堵する。
やつれた表情も戻って、すっかり元のように健康的な姿に戻りましたね!
「そう思ってくださって嬉しいです。そういえば、あのあとディノさんはどこまで回復したんですか?」
「それは自分で確認すればいい。」
そう言って扉を大きく開けた先に。
聞き耳を立てていたのだろう、ディノさんとカロンさんの姿があった。
トーテムポールのように上下に顔が並んでいる。
さすが師弟コンビ。驚いた表情がそっくりだな!
「えっと、お帰り。エマちゃん。」
そう言って、ディノさんは照れたような、気まずそうな表情で部屋に入ってくる。
おー!!思っていたよりも顔色もいいし、お元気そうで何よりです!
しかも相変わらず半端ない色気が駄々漏れですね!
「まだちょっと痩せてますよね?無理しちゃだめですよ!!」
「なかなか食欲が戻らなくてね。でも病気の類いではないから大丈夫だよ。それよりも…。」
ベッドに腰かける私の隣に座り、こちらの表情を覗き込む。
「私が寝ている間に起こったことをゲイルに聞いた。君の方こそ、大丈夫だったのかい?」
「はい、元気ですよ!!なかなか波乱万丈でしたが、特に傷つけられた箇所はないです。」
私は意図してニコリと微笑んだ。
そして、なんちゃって執事に連れ去られ、ディノさんの眠る部屋から別荘に行き、師匠が迎えに来てここに帰ってくるまでの経緯を簡単に説明する。
だけど首に魔道具を付けられ地下牢から出るまでの一連の出来事については封印した。
もちろん男の人に襲われ、シルヴィ様に救われた件も。
だってこの話をしたら、傷つく人が多すぎる。
私を巻き込んでしまった負い目のあるディノさんやゲイルさんだけでなく、直接関与したわけではないが拉致した側の人間であるサナも。
それに必要であれば、地下牢のことや黒天使とのやり取りは師匠が話すだろう。
…自分の黒歴史は除いて。
あの黒歴史、いつか何かの勢いを借りて喋っちゃおうか…。
あ、あれ?寒気が…。
「そんな思いまでさせた私が言うのも何だけど、君がこうして無事に戻ってきてくれて良かった。」
ディノさんが私手を取り、そのまま手の甲に口づける。
あ、あれ、ディノさん、その行為は感謝の気持ちの現れ?そうですよね?!
違いますって…?どうしたらいいんですか?!
「ディノ、エマが混乱しているぞ。無駄に色気を出すな。」
「失礼だね、ゲイル。女性に対する感謝の気持ちを言葉だけではなく態度に表しただけだというのに。」
「時と場合と相手によるだろうが。それに命を助けてもらったんだぞ。茶化さずに、ちゃんと真剣に向き合え。」
「わかってはいるんだが、どうにも、ねえ。」
途方にくれたような表情のディノさん。
いるよね、素直に気持ちを表すのが苦手な人。
だけど今回はその気持ちをちょっとだけ利用させてもらおう。
「それなら、一つお願いを聞いてもらえませんか?この子は、サナといいます。もしかしたら私が倒れている間に挨拶したかもしれませんが。」
「うん、俺が部屋まで案内したときにね。」
ルイスさんが答え、サナが頷く。
サナは立ち上がってディノさんとゲイルさんの方を向く。
「はじめまして。サナ・ボルドワーズです。よろしくお願いいたします。」
「こちらこそよろしくね。サナちゃん、でいいかな?私はディノルゾ、彼はゲイル。それで、エマちゃん。お願いって彼女に関わることかな?」
「はい。私は彼女と帝国内で出会いました。彼女は帝国にある魔導研究所で研究員として働きたかったそうですが、ちょっと縁あって王国に連れてきました!とっても真面目で優秀なので働き口を紹介してあげて下さい!よろしくお願いします!!」
どーんと。
売り込みは完璧だ。
非の打ち所など、あるまい!!
「「「…。」」」
「ん?」
反応がないため周りを見渡すと。
皆様、表情が面白いことになってました。
ディノさんとゲイルさんは呆気に取られた表情で、カロンさんはなぜか不信感丸出し。
ルイスさんは「天然だね、エマは。」と言って微妙な表情を浮かべている。
そしてサナは…。
「終わった…。」
膝をつき、天を仰ぐ。
何で泣く?!変なこと言ってないよ?
むしろ都合の悪いことを、ゴッソリはしょってみたらこうなっただけで!
「どうみても、私が悪いことしたのを庇ってるか、洗脳してるとか見えないでしょうが!」
「してないし、されてないでしょう!」
「してないし、されてないけど、そう見えるって言ってるのよ!」
「してないし、されてないけどって、あれ?」
拐われて連れ戻された私が、見ず知らずの第三者を絶賛している。
…見ようによってはそう見えるのか。
「あら?だったら、ごめんなさいね?!」
「あら、じゃないわよ!?不信感持たれまくりの私に誰が就職先を斡旋してくれるのよ!ちょっとそんな可愛い顔して謝っても全然可愛くないわよ!?」
「可愛いって、そんな…!」
「良いところしか聞いてないよね?肝心な部分を聞き流すのは貴女の悪い癖よ!」
「あ、えっと、お嬢さん達?」
修羅慣れしていそうなディノさんが珍しく困惑している。
すみません、前置きもなく他薦してしまって。
「帝国の研究員を目指していた、というからには王国の研究所で働くことを希望しているのかもしれないけれど、それには当然専門知識が必要なわけで、とりあえず知識としてどの程度のレベルかがわからないと簡単には紹介できないよ?」
「そうですよね、わかります!さあ、今ここでどんどん聞いてください!」
「え、今?!」
おお、皆さんの声が揃いましたね!
にこやかな笑顔を浮かべ、サナを指差す。
彼女の口元が盛大に引きつっている気がしたが、それは見えないふりをした。
「ダメですかね…。」
ここは空気読めない子&だめ押し作戦でどうよ!?
サナの場合、後日…と言われたら完全に機会を逃す気がする。
だって父が言ってたもの。
「就職で枠を埋める場合、他県の人間と同郷の人間がいて同じレベルなら絶対同郷の人間を採る」って。
理不尽だが、それも人の感情のひとつであると。
だから彼女の場合、ここで少しでも興味を引いておかねば、次はない気がするのだ。
考えを読まれたようで、苦笑いしながらもディノさんがサナの方を向く。
「じゃ、少しだけ時間をとろうか。」
パアッとサナの表情が輝く。
お膳立てをしたのだから、あとは見守ることしかできない。
「帝国で、ということは魔道具が専門ということかな?」
「は、はい。あと魔紋様も独学ですが少しだけ。」
「今、作品を見せられる?」
「小さいものですが。」
彼女はブレスレット型の収納から小型の魔道具をいくつか取り出す。
「そのブレスレットも魔道具だね。」
「自作です。まだ改良中ですが。」
「なかなかいい腕だ。で、これは?」
「複写と画像の転送ができる記録装置です。
任意の画像と音声を録画し、指定した先に転送します。
転送先の指定は5ヶ所まで、さらに…」
一度説明が始まれば、あとは専門家の領域。聞いたことの無いような言葉の羅列。
ただ、カロンさんが「うそ、最新技術じゃない…」と呆然と呟いた言葉だけはわかった。
あ、サナ、すごく楽しそうな顔してる。
うん確かに。この表情を見てしまえばどれだけ魔道具を作りたいか、研究者になりたいか、わかってしまうな。
皇帝陛下、切なかろう…好きな人が近くでこんな表情をしたら。
大丈夫だよ。
貴方の献身のおかげで、サナはもしかしたらこの国で研究者になり、やりたいことが出来るようになるかもしれない。
ふと隣に人の気配を感じる。
ルイスさんだ。
「良かったね。君の判断は正しかったよ。」
「…わかりました?」
「さすがにいきなり研究員になるのは難しいから、もう少し実績を積んでからだろうけどね。あんな嬉しそうな彼女の表情を見たら、誰もが研究者になりたかったことは理解すると思うよ。」
ルイスさんはポンポンと頭を軽く叩く。
嬉しいな。
この手はいつだって温かい。
「改めて、お疲れさま。そして『おかえりなさい』エマ。」
「お帰り。無事で何よりだ。」
そう言って迎えてくれたルイスさんと、ゲイルさんの師弟コンビに。
少し離れたところで、議論を戦わせるディノさん、カロンさん、そしてサナ。
欠けることのなかった大切な人と、新しく繋がった縁。
順に顔を見回して思わず笑顔がこぼれる。
「はい!ただいま帰りました!」
遅くなりました。ちょっと長めです。




