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エル・カダルシアの魔法手帖  作者: ゆうひかんな


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魔法手帖五十五頁 審査官の正体、取引と思いつき

結論からいうと、あっさり入国できました。


この関所は、他国の入国審査よりは格段に厳しいという。

入国審査を待つ列で前に並んだ商人のおじさんが教えてくれました。

今帝国と王国は停戦状態のため、商品の流通が滞ることが多い。

だが、こういう厳しい審査を潜り抜けてでも商品を持ち帰れば、驚くほどの高値で売れるとか。

さすが、商売人。

商魂たくましい。


とはいえ、こちらはただの一般人です。

びくびくしながら身分証明書を提示すると、書記官を従え正面に座る審査官の顔がわずかに驚きの表情を浮かべる。

だけどそれだけで、証明書の裏にいくつかの判子を押し、すんなりと証明書を返却してくれる。

「ようこそ、サルト=バルト二ア王国へ。歓迎するよ。」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします!」

日本人のさがですかね、ここはとりあえず礼儀正しくご挨拶をしておこう。

審査官は厳しい雰囲気はそのままに口元を緩め、微笑む。

ゆるく波打つ金髪を短く切った髪型に、淡い茶色の瞳。

よくありがちな色合いながら、存在感が半端無いな!

ん?この感覚、どこかで?


「次の方、どうぞ。」


審査官は私から視線をはずし、次に控えていたサナ、続いて師匠を審査する。

サナは優美な仕草を添えて挨拶をすると続く質問にもすらすらと答えていく。

…皇帝陛下、グッジョブです。

確かに商家のお嬢様でもなきゃ、平民でこんなに洗練された人はそういないだろう。

これが普通なら違和感ありすぎだよね。


師匠の審査は簡単に終わった。

まあ、チラリと首もとから覗く王家の鎖とやらの威力だろう。


「ではこちらから退出してください。」

書記官に促され、兵士の控える扉から出るよう指示される。

緊張しっぱなしだった私はぎこちない動きで扉をくぐる。

悪いことしてないよ?私はね?

でもサナが…そう思ってチラリとみれば本人はしれっとした顔で退出していく。

さすがです、お嬢様!

そこの腹黒、笑いを噛み殺さない!

右手右足同時に出てるって?

そんなの気付かれなきゃいいだろう?!

「君、右手右足同時に出てるよ?歩きにくくない?」

そばに控えていた兵士の方に指摘された。

く、バレてる…。

とはいえ、無事に審査が終了し、入国できました。

砦の反対側の出口から外に出ると遠方に見たことのある街並みが一望できる。

おお、パルテナだ!


「帰ってきたー!」

自分のいた世界から迷い混んでたどり着いたこのパルテナ。

いつからだろう、他人行儀だったこの街が今では私の帰る場所になった。

再び帰ってこられたことが、これほど嬉しいと感じるほどに。


「君はあの街に住んでいるのだろう?」

振り向けば、さっきの審査官が後ろから歩いてくる。


「もう、お仕事は終わったのですか?」

「審査する内容で仕事を分担している。私の担当する分は終わったからね。」

「そういうものなんですね。」

「君は…。」

「はい?」

「君は奇跡を起こせるのか?」

…この人、いろいろ大丈夫だろうか?

あまりの忙しさに、頭のネジが緩んだに違いない。

とも思うけれど真剣な表情と口調に茶化さない方がいいかな、とも感じる。

さて、なんて答えようか。


「起こしませんね、そんな傲慢なものは。」

「傲慢?」

「奇跡は、願う人の心の中にあるもの。それを叶えるか決めるのは神様の領域です。私は自分の欲望に忠実な普通の人間ですから、自分の欲望を叶えるように魔紋様まもんようを紡ぎますが、それを奇跡とは呼ばないでしょう?」

「その欲望の結果、多くの人を救ったとしても、かな?」

「当然です。私は貴方(・・)のように特別な人間ではありませんから。」

私はアントリム帝国でサナのお父様を救うことができなかった。

奇跡という名の付くものが起こせるのなら、私はきっとお父様を救い、改心させたうえ、鮮やかに他国へ脱出、二人を幸せに暮らせるようにサポートする出来るだろう。

ほら、そう考えてみれば私が出来たことなど微々たるものだ。

これで奇跡を起こしたなどと、烏滸がましいにも程がある。

「だから、期待しても何もしませんから(・・・・・・・)、私は。」

「そうか。邪魔をしたね。君の友達が探しているようだよ。」

「あちらの方が格段に上品ですが、一応使用人です。」

対外的にはね。

手を振るサナへ笑顔を添えて手を振りかえし、彼とすれ違うときにそっと囁く。

「住込みで働いているお店に戻ってから先、接触をしないように師匠と約束しました。

…守ってくださいね。」


国王様?


口の形だけで伝えたけど、意味は通じたようだ。

不敬罪?そんなものは知らないよ?

だって、国王様はお城にいるものでしょう!

私の勘違いかもしれないね!


振り向くこともなく、そのまま歩き続ける。


「大丈夫だった?」

「大丈夫だよ!今後どうするのかについて聞かれただけ。」

心配そうなサナに向かって笑顔で答える。

彼女はこれから平民として人生を切り開いていく。

もう政治に関するあれこれで辛い思いをすることがないといい、そう願って口を閉ざす。


出口に寄りかかったままこちらを見ている師匠に声をかける。


「じゃあ、帰りますね。サナも一緒に!」

「あら、彼も一緒に帰らなくていいの?」

「このあと、たぶん仕事があるんじゃないかな?」

私の声に頷く師匠を見て、サナが不思議そうな顔で聞いた。

仕事の内容は暈したまま、彼女の手を掴む。

これから大忙しだろうし、私にかまっている時間はないと思うしね。


「じゃ、行こうか。」

「一緒に行っていいの?」

「もちろん!紹介したい人がいるんだ。」

さて、先ずはルイスさんのおうちだ。

魔法手帖を取り出して魔力を流す。

ヨドルの森の手前、街道が西市場へと続く分岐点の辺りを座標に定める。

「転移 座標"目視"。」


そこから西市場の方向を目指して歩いていく。

だんだん見えてきたルイスさんの家。

「あそこの家で少し休ませて貰ってから、市場に買い物に行こう。」

「真っ直ぐに住込み先へ帰らなくてもいいの?」

「そうすると、きっと後で拗ねる人がいるから。」

主にカロンさんとか、カロンさんとか。

そうなると突撃されて押し倒される未来しか見えてこないもんな。

「…私も行っていいの?」

「不安なら私に無理矢理連れて来られました、って、言えばいいよ。」

遠慮がちに聞いてくるサナにそう答える。

さて、着きましたよ!


「ただい…」

「エマちゃん!!!」


どっかーんと体当たりしてくる物体がひとつ。

盛大に玄関から庭先へと吹っ飛ばされる。


「無事だったのね!良かったわ~!」

「カロン!!エマが潰れてるよ?声出ないみたい。」

「はっ!ごめんなさい!?」


おかしい…押し倒される未来を回避したはず…。

ぐ、息が…きゅう…。


「きゃあー!エマちゃん!」

意識が途切れる。

私の行動予定はこのあと大幅に修正されることとなった。





ーーーーーー



同じ頃。

砦の兵士に指示を出し、申請のあった結界の綻びを張り直すと少年は主の元へと向かう。


「いかがでしたか、『魔法紡ぎの女王』は?我が王。」

「思っていたより聡明だったな。私が誰かも気付いたようだし。」

その言葉に少年は口元を緩める。

あれは勘だけなら野性動物並みに鋭いのだが。


「政治には向きませんよ。思っていることが表情に駄々漏れですから。」

「そのようだが国政に口を出す愚も犯すまい。」


彼女が消えていった、街道の先に見えるパルテナの町を見下ろす。

視線を固定したままの主に、坦々と到着してから帰るまでの出来事を報告する。

彼女と何を約束し、何を対価として得たかについても。


「今さら謝罪もないだろうな。」

「…申し訳ございません。私が不信感を持たれたばかりに。」

「それは名を教えるな、と言った私の指示に従っただけだろう。過去の事例に囚われすぎたな。本人を見ずして判断を下した私の咎だ。」

腰を折り頭を深く下げる臣下に対し、王と呼ばれた彼、アンドリーニは自嘲する。

珍しく声色にわずかばかりの後悔が滲む。

「ひとつ助言をしても?」

「許そう。」

「報告した通り、彼女は国政に関わる者が彼女と接触することを禁じました。聡い彼女のこと、オリビアは私を知っている時点で国と関わりがあると判断し、雇用主とは認めていても隙は見せぬでしょう。双子も恐らくは彼女の護衛である以上は同様。もし接触できる可能性があるとすれば…。」

「"双星"か?」

「あの二人もダメでしょうね。ダンジョンで私が"回収に来た"、と言ってしまっていますから。」

常にはないその報告にアンドリーニは思わず少年の方を向く。

視線を反らし年相応に幼い表情を見せた彼に笑みがこぼれる。

「珍しいな…。必要以上のことは面倒だからと話さないお前が。」

「ちょっと気を取られたんですよ、魔紋様まもんように。」

「そういうことにしておこう。それで?」

「ルクサナ嬢、今はサナと名乗っていますが。唯一繋がりが持てるのは彼女です。だから取引を持ちかけてみようと思います」

そう語る少年にアンドリーニは渋い顔をする。


「しかし、それ(取引)を知ったら"女王"は良く思わないのではないか?」

「怒り狂うでしょうね。」

自分を師匠と呼ぶ少女の、容赦しない一面を知っているだけに余計にそう思う。

結局、一瞬の隙をつかれた『祝福』は彼の全力をもってしても解けなかった。

…こうなったら全力で国内の怪しい動きを阻止するしかない。

「それがバレたら私もお手上げですが…たぶんそうはならないと思いますよ。彼女が自分の思いつきを実行するつもりなら。」

「思いつき?」

「話はそれますが、双星の二人の処遇はどうなりましたか?」

「三ヶ月の減俸、それ以上は咎めないこととした。」

「英断です。でしたら二人に伝えておきます。

『エマから提案されたら(・・・・・)受け入れるように』と。」

「提案、か?」

「後ほど、城に帰りましたら改めて報告しますがらそんなに待つこともなく二人から報告が上がると思います。本当に思っていることが顔に出る性格はわかりやすくて助かりますね。」


「楽しみに待っていればいいのか?」

「そういうことです。」

アントリム帝国でのやり取りを思い出したかのように、少年の顔に笑みが浮かぶ。

それから二人は一転して厳しい顔つきになる。


「それよりも我々には、先にやることがありますから。」

「そうだな。アントリム帝国との関係回復と、国内政治の安定。よく、彼から譲歩案を引き出したな。」

一足先に魔道具で知らせた内容を受け取ったらしい。

「"女王"のお陰ですよ。彼が彼女を信頼したから、ルクサナ嬢を彼女に託した。あの方(皇帝陛下)と利害が一致することなどほぼあり得ませんから、運が良かったとも言えますが。」

「皇帝になるために全てを捨てた者だからな。」

「あれで年下とは考えたくもありません。」

「誓約についての詳細は、担当者に任せよう。ちなみに国内の方は、お前の作った魔道具のお蔭で証拠はほとんど揃った。」

「そういえばディノルゾが張り切っていましたね。」

キラキラした笑顔でせっせと怪しい所に魔道具を仕込む姿を思い描く。

うん、楽しそうで何よりだ。


「"女王"の信頼を取り戻すためにも、急ぎ取りかかろう。…五年も掛かると思われるのは心外だ。我が盾よ、今年中に全てを明らかに。」

「仰せのままに。」

日を置かずして、サルト=バルトニア国王アンドリーニは大規模な反対勢力の粛清を行う。

と同時に、かねてより準備を進めていたと思われる、大胆な人材登用策を実施し停滞していた国政の改革を推進した。


そこに少なからず影響を与えた少女の存在があったことは語られることはなかったけれど。





後半、少し説明が入りました。

次回、エマ復活します。

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