魔法手帖五十四頁 旅立ちに、幸多かれ
おはようございます!
朝日が眩しいですね!
ルクサナ様が欠伸を噛み殺しながら近づいてくる。
「何でそんなに元気なのよ…。」
「おはよう、ルクサナ様。」
「ん。おはよう。」
昨晩はお風呂に入ったらあっさりと寝てしまった彼女。
色々あったもんね、お疲れ様です。
私は一人女子会ならぬ、一人作戦会議でした。
収納から出したお菓子を食べつつ、リビングで魔紋様の仕込みをちょっとばかり。
魔力に若干残りがあったので、それを空にしようと魔紋様を紡ぐ。
先ずは、魔法手帖に貯めた魔力をずいぶん使ってしまったので予備電池をもうひとつ。
それから紙に転移の魔紋様を量産。
今回使ってみて、これが結構便利だった。
使い捨てって、ゴミになるしもったいないと思ってたのだけど、状況によってはこれがあるとないとでは選択肢の幅が違う。
というわけで、魔法手帖から紙へ複写をひたすら繰り返し、最初の頃よりは慣れたみたいで、だいぶ早くできるようになった。
今度はどんな魔紋様にしようかな、なんてことを考えていると、するりと後ろで布が動く気配がする。
たぶん師匠かな。
「おはようございます!師匠。」
ちょっと不躾ですが、振り向くことなく挨拶を。
今日で師匠と会うことはない、と思うと微妙な気持ちで顔を合わせる勇気がない。
そうするって自分で決めたのにね。
「ああ、おはよう。」
私の葛藤など気付くことなく、師匠は軽く返事をすると外の水場へと向かう。
顔を洗いがてら、偵察するって言っていた。
仕事熱心ですね!
「あ、そういえばルクサナ様。着替えって持ってる?」
「何枚かもっているけど…ドレスばかりだから。」
「あ、じゃあ私の貸すから使って。安物だけど大丈夫?」
「構わないわよ、これからはそういう暮らしなんだし。」
それでは、と収納からワンピースを何枚か取り出す。
私も制服を着ていたけど、ここだと目立つだろうと普段着のズボンとシャツに着替えた。
「エマって…。顔は地味だけど体つきはとっても女性らしくて魅力的よね。」
「だけは、ってどうなんでしょう!中身だって立派な女性ですよ。」
「初耳だわ。」
くうっ、悔しい。
確かにルクサナ様、顔よし、スタイルよしだから言われても仕方ないけど、思春期の女子を捕まえて皆が言いたい放題するよう、お父さん!!お母さん!!
貴方たちの娘は世界を違えても地味って言われてます!
「…あれ、ルクサナ様、意外に質素な服を好むんですね。」
「そうかしら?」
ワンピースを選び終わったルクサナ様がそのうちの一枚に着替える。
生成りというんだろうか。白に近い黄色の綿素材のワンピース。
すこし褐色がかった肌によく似合っている。
足元は華奢な靴から収納に仕舞ってあったブーツに替えてもらって、同じ色あいの茶色のローブを羽織る。
うん、ルクサナ様の格好が完全に旅仕様になった。
そういえば。
「もしかしてこのドレス、ルクサナ様のですか?」
収納を見ていて、昨晩ついでにと洗ったベージュのシンプルなドレスを取り出す。
血の跡がきれいに取れるか心配だったんだけど、そこは『魔法紡ぎLv.MAX』クオリティ。
きれいに取れたうえ、ほのかな花の香りが追加できました。
「ああ、そのドレスはお母様のよ。」
きれいにしてくれたのね、ありがとう、そう言ったルクサナ様がドレスを手に取る。
その表情はなんだか嬉しそうだった。
「じゃあ、そのドレスはルクサナ様のものだね。持っていって下さいな。」
「いいの?」
「私はきれいに洗っただけだし。」
本当は拘束されたときにこれに着替えさせられて血付けました、なんて言いませんよ!
そこはいくらなんでも空気読みます。
大切そうに魔道具の収納へドレスを仕舞うルクサナ様を見ていると、師匠が戻ってくる。
「準備はいいか?そろそろ行くぞ。」
「はい、大丈夫ですよ!」
「ってお前、その格好…。」
「変ですか?」
「いや、意外だっただけだ。」
不意に目を逸らす師匠。そんなに似合ってないかな…楽なのに。
それをルクサナ様は興味深く眺めていた。
「外に出る前にルクサナ嬢と俺達の設定を決めておこう。」
師匠の一声でルクサナ様の旅券と身分証明書を改めて確認する。
実は心配していたことがひとつあるのだ。
「ルクサナ様、アントリム帝国から来たって言ったら、嫌がらせとかされないかな?」
停戦中とはいえ、元々は敵味方に別れ、戦争をしてきた国同士だ。
積み重なった怨み辛みがあるだろう。
「なんか、それは大丈夫そうよ。」
ルクサナ様の身分証明書には出身国が「バルザック公国」となっている。
どこ、そこ?
「サルト=バルト二ア王国から見るとアントリム帝国を挟んで向こう側にある国だな。芸術品と食材の宝庫だ。」
なんと、食材!?
「絵画、工芸品、美術品などの市場や、各国から集まる食材の品揃えは大陸一だな。」
こちらの思いを知ってか知らずか、師匠が背中を押す一言を。
よし、決めた。
ダンジョンの本の整理が片付いたところで食材買いにいこう。
「王国との関係はどうなんですか?」
「書籍が取り持つ縁、とでもいうのか、互いに帝国からちょっかいをかけられているせいともいうのか…。まあ、良好だな。」
「…あの皇帝陛下、何が目的なんでしょうね?」
「どうしてそう思う?」
「書類上とはいえ反目しあう他国の国籍を簡単に用意できるんですよ?あの人、たぶん王国の身分証明書も用意しようと思えば出来たと思いますね。」
「…。」
師匠は思うところがあるのか、思考の海に沈む。
とりあえず、私とルクサナ様で大まかな設定を決めておこう。
「身分証明書の設定は商家のお嬢様だね。やっぱり私は使用人かな?」
「エマは使用人というにはちょっと躾がねえ…。」
「じゃあ、知り合いとか?」
「そもそも貴女、身分証明書持ってるの?」
「はっ!持ってない。」
「設定もなにも、一緒に入国できないじゃない。」
「そうでした…。」
「身分証明書ならあるぞ?お前の分。」
思考の海から浮上した師匠が収納から四つ折りにした厚手の紙を出す。
「あるんですか?!」
「お前が魔紋様の対価に要求したと聞いているが?」
違うのか?と怪訝そうな顔をする師匠。
あ、思い出した、あれか!
ステータスの魔紋様を国に売却したときに、カロンさんがおまけしてくれたオプション!?
そういう話にしたんですね、じゃあ、合わせないと。
「おお、そうです、それですよ!」
待ってました!とばかりに受けとると、早速中身を確認する。
ほう、これはまた…。
「なんかこう、ざっくりですね。」
「本当、ざっくりね。」
これって身分証というのかな?
確かに王国の印鑑のようなものは押してあるし、紙には透かしも入っているけど。
そこには私の名前と、保証人としてのオリビアさんの名前と問い合わせ先、そして一言。
『この者について問うことを禁ず。』
それだけだった。
「言っておくが、この身分証について照会されたときは、もれなく国に連絡がくる。」
「何でですか?」
「国が連帯保証人だからだ。」
つまり、この人は国が責任を持って保証するよ、だから安心して受け入れていいよ!(意訳)ということらしい。
「国か…。」
渋い顔をする私に、師匠が苦笑いをしながら教えてくれた。
「この身分証明書を提示すれば、入国できない国はないし、他国の重要とされる場所にも大体入れるぞ。」
この身分証明書は各国共通のもの。
ルクサナ様が知らなかったのは、単に見る機会がなかっただけのようだ。
それだけ発行されるまでに厳しい審査があるということ。
当然、各国ともに発行された枚数はほとんど無いと言ってもいいらしい。
「普通のがいいんですけど…。」
「まあ持っておけ、いつか役に立つから。」
今回はこれがないとルクサナ様と入国できないっていうならしょうがないかな…。
他国に行ったときの反応が怖くて、使えなさそうなのが辛い。
「そんな豪勢な身分証明書持ってるなら、私が使用人のふりして入ったらいいんじゃない?」
「出来るの?ルクサナ様?」
「出来ない訳がないでしょう。使用人を管理する側なのよ、私は。」
ふと耳をすますと、遠くから木の板が軋むような音が聞こえた。
人々の話す声と馬車の動きが慌ただしくなる。
「それじゃあ行きましょうか!」
ルクサナ様がテントからふわりと飛び出す。
「ちょっと待って、ル…。」
「サナ、よ!!」
「え?」
「私は、サナ・ボルドワーズ!」
くるりと軽やかに身を翻したルクサナ様…サナは輝くような笑顔と、弾むような足取りで関所の審査を待つ人の列に近づいていく。
「ボルドワーズ…。語源はボー・デュ・ワーズか。」
今の彼女に相応しい、いい名前だ。
そう言うと、目を細め眩しいものを見るような視線でサナを追う師匠。
「そうなんですか?」
「確か古語で、意味は…」
"旅立ちに、幸多かれ"
未来を感じさせる雰囲気の章が書きたくて、こうなりました。




