魔法手帖五十三頁 国境のテントと、萌え
「それでは師匠。帰りましょうか!」
努めて明るく振る舞う。
これからルクサナ様と合流するのに、ギクシャクしていては心配をかけるしね。
それにもう会うことはないかも知れないのだ。
ならば空気読めないと思われようが、いつも通りに接して何が悪い。
「仕方ないな。」
不機嫌そうな表情で渋々応じてくれる師匠。
師匠も大概大人気ないな。
彼に設置してもらった出口に転移するため魔法手帖を取り出す。
「転移 座標"地点C"。」
到着してみると転移した場所は空き地の一画。
石が積み上げられた武骨な壁が、なだらかな曲線を描き、見渡す限り続いている。
砦のように見える、ここは国境とかかな?
「ここは帝国との国境。お前の住むパルテナ、ヨドルの森の更に先にある。」
「今いるのって、王国に入る手前、つまりまだアントリム帝国にいる状態ですか?」
師匠は頷く。
「一晩、ここで夜を明かして、朝になったら関所が開くから身分証を使って入国しよう。…彼女には入国したという事実が必要だからな。」
「確かに。そうですね。」
私のように一年後には存在自体がない人間は万が一何か不都合があっても「もう王国にはいない人間なんで、しょうがないよね?!」という言い訳が使えるけど、ルクサナ様は王国に住む予定だし、国を出なければならなかった理由を考えると、あまり不自然なことがないほうがいい。
そう思いながら砦とは反対方向にある林へ歩いていくと、かすかな声が聞こえる。
「…エマ?」
「えっと?ルクサナ様?」
「エマよね!」
姿は見えないが、今度は近くではっきりと聞こえた。
「エマーーー!遅いわよー!」
何かを脱ぎ去ったかのように彼女が姿を表す。
手に触れる、滑らかな布地。
ん、あ、黒いローブ。師匠のか。
抱きつかれた拍子にそのまま押し倒された。
首を捕まれガクガクされる。
「ぐ、ん、るくさな、さま…しに…。」
「…ルクサナ嬢。下敷きになった生き物が苦しそうなんだが…。」
「はっ、エマ、ごめんなさい!つい!」
ルクサナ様、つい、ってなんだよ?!
そう思って見れば、彼女の顔は涙でぐちゃぐちゃだった。
うん、心配かけちゃったね。
「遅くなってすみませんでした。大丈夫、ですよ。」
「いいわよ、普通にしゃべって。貴女、敬語そんなに得意じゃなさそうだもの。」
「バレた?」
「かなり前からね。」
さすが筋金入りのお嬢様。
言葉遣いの不自然さで育ちが丸わかりらしいです。
「まずは場所を移動しよう。」
再びローブを纏った師匠に促され、一度林の中を抜けてから開けた場所へと歩いていく。
そこにはいくつかの簡易テントが張られ、野営をしている人々の姿が見受けられる。
おお、キャンプみたいですね!
「ここで一晩過ごして明日朝関所に向かう。」
そう言った後、師匠は隅のほうの目立たない場所に収納から出した古びたテントを置いた。
「師匠…一応聞きたいのですが、まさか女性陣は外で寝ろ、とか言いませんよね?」
いやまあ、最悪私はそれでもいいが、ルクサナ様がダメだろう。
というか、すでにもう、テントの段階で顔面蒼白なんだが…。
「そうしたいなら、それでもいいぞ。…嘘だ。中に入ってみろ。」
貴方、私に地下牢で言われた「床で寝てください」なやりとり根に持ってましたね。
大人気ない…まあ、まだ少年と呼ばれる年なのかもしれないが。
折角だから中を見せてもらおう、そう思ってテントの中を覗いた途端。
「「すごい!」」
中はテントの大きさからは想像できないような広さ。
部屋が二つにリビングとキッチンという感じかな?
しかもキッチンには魔道具だろうか、水回りもしっかり完備されている。
そして。
「お風呂ー!トイレもある!」
実はこの世界、ちゃんとお風呂と水洗式のトイレがあったりするのだ。
もちろん、魔道具扱いなので設置するには高いお金を払わなくてはならないから、整備されているのは豪商や貴族の家に限られるけど。
たぶん過去に異世界から呼ばれた人が我慢できずに広めたんだろうな。
うん、その気持ち、すごくよくわかる。
「師匠!お風呂、お風呂入りたいです!」
ああ、貴重なお風呂が目の前に…。
トイレは当然の権利だからあえて言わないよ!
「お前、属性に水、持ってるか?」
「はい!」
「じゃあ、魔力をここと、ここに足しておけ。そしたら使っていいぞ。ちなみに湯を使いたいなら、火属性…持ってそうだな。そしたらここにもだ。」
「了解です!ちなみに、夕飯提供しますからルクサナ様もいいですか?」
「ハンバーガー、だったか?あれがいい。ただし火は使うなよ。火事になったら色々面倒だ。あと、俺は食べたら寝るから絶対外に出るな。外には結界が働かないから。」
「わかりました!」
師匠には皿に盛ったままのハンバーガーを渡す。
ふと振り替えると、ルクサナ様が師匠の食べるハンバーガーをじっと見つめている。
「ルクサナ様、食べますか?」
「え、いいの?」
「うん、残りひとつだから半分こだけど。」
「い、いただいてもいいかしら?」
疑問系だけどすでに視線は釘付けだ。
お腹すいたよね、確かに。
時間帯からしてもう夜食になるんだろうな…うう、夕飯食べそびれた…悔しい。
「そういえば、ルクサナ様、お菓子食べました?」
「ええと、まふぁよ?」
早速ハンバーガーを小さく千切って上品に食べ始めたルクサナ様だったが、口に食べ物入ったまましゃべるのは如何なものかと…まあいいか、もう関係なさそうだし。
「あれ、好きじゃなかった?あのお菓子。」
「…って。」
「ん?」
「一緒に食べようと思って。」
デレた。
「キター!」
私の叫び声(控えめ)に師匠とルクサナ様がビクッとする。
「どうした?!」
「ちょ、ちょっとエマ?!」
「これが叫ばずにいられますか?いいですか、これが萌え、萌えですよ!世界を越えたんですよ!師匠、何でわかんないんですか?!」
「なんでだろうな。」
「そんな冷静に返せてる時点でわかってませんね!いいですか?萌えとは」
「病気か。」
「いや、そんな『納得ですね!』みたいな顔をしても逃がしませんよ?!」
「もう寝たいんだが。」
「あ、お皿そのままでいいです、後で纏めて洗うんで。それで、萌えとはですね」
心を込めて説明したのに、右から左に受け流しさっさと収納からベッドを出して魔紋様に魔力を流してとっとと寝てしまった師匠。
おかしい、何でこの熱い思いが伝わらない?
ルクサナ様も「魔力流すの面倒だから、ここと、ここと、ここにも早くして。」とか冷たいよね?
さっき分かりあった仲じゃないですか!?
夜の帷が降り、人々が寝静まった後で。
女子会(エマ限定)は賑やかに続いた。
エマ暴走w




