花の香り sideルイス
この世界で"門番"という職業は二種類ある。
ひとつは、国境や主な街道から町や村のなどの入り口で、監視や治安維持のために活動する者達のことを指す。
そしてもうひとつは、かつて世界が一つであった頃に使われていたという古語で"門番"の意味をもつ「ロイト」と呼ばれる組織。
組織名がそのまま職種の名称として通用している稀有な例だ。ルイスが所属するのはこちらで、言葉の通り、この世界と他の世界をつなぐ門の維持と、そこからの出入りを監視してる。
ロイトは同じく古語で管理人を意味する「ゲルター」の組織の人間と二人一組で活動し、異世界から呼ばれた人が現れる場所を事前に特定し、そこで彼らを保護、国に馴染めるよう手助けする。
実は、この二つの組織には謎が多い。
そもそも、ロイトとゲルターはなぜ存在するのか?
いつから異世界から呼ばれた人々は存在したのか?
そしてゲルターに与えられる、異世界から呼ばれた人の情報や、彼らの現れる場所の情報はどこからくるのか。
これらの組織の根幹となるだろう問にさえ、答えを持っていない。
そして、答えを持たない問いに対し答えるとき、彼らはこう返すという。
理は古より始まり、やがて古へ帰る。
これは、初めてロイトがペアとなるゲルターに会った際、ロイトとしての身分を証明をする言葉としても利用されている古くからある言い回しだ。
ルイスがロイトとなれたのは、才能もあったが、運もあったからだと思っている。
彼は孤児であり、物心ついた頃から貧民街で暮らしていた。自分と同じような境遇の子供達と身を寄せあうように暮らしていたが、運悪く体調を崩しひどく衰弱しているところを、たまたま通りかかったロイトの組織の人間が保護したのだ。
異世界から呼ばれた人を保護した帰り道で、保護した異世界人が医療の知識を持っていたこと、しかも自身の扱いに対する不安や動揺そっちのけで懸命に看病してくれたからこそ、間違いなく今の自分は生きていられている。
そういう経緯もあって、ルイスは幼い頃から異世界から呼ばれた人と触れ合う機会が多かったように思う。彼らに対して、この国には悪感情を持つ人が少なくはない割合でいるのだが、レオンがそういう負の感情を持つことはほとんどなかった。
のだが。
最近、やってくる異世界から呼ばれた人の扱いに少々困る事が増えてきた。
「まさかの、異世界転移?え、もしかして、俺が勇者?キタコレー!」的なのはまだマシな方。
基本、異世界から呼ばれた人は、国や自治体で最低限の生活を保証しているが、ロイトやゲルターについては、あくまでも異世界から呼ばれた人がこの国に馴染めるようサポートするだけであるにも係わらず、生活費が足りなくなると彼らに援助を要求したり。
挙句、逆ハーだとかハーレムだとか、ワケの解らない理由で容姿の整った異性や、異種族に熱烈に迫ってきたり。
カロンなんか笑顔で消えろていってたな。
あれ、そういえばあの後奴を二度と見ることはなかったな。…ナニソレコワイ。
ちなみに彼らのいた世界に『魔法』という概念があることをルイスに教えてくれたのは、こんな困った人のうちの一人だった。
彼らが勘違いしているのは、この世界の住人が彼らを召喚したのではないということ。
彼らはこの国でもうひとつ別の名で呼ばれている。
迷い人、と。
そう、世界をまたいだ壮大な迷子、が彼らに対するこの国での認識なのだ。
さらにわかりやすく言うと、保護してあげるし、子供っぽいワガママなら多少言っても許そう!だって迷子だから!である。
…そういえば、彼女はホントに迷子みたいだったな。
闇に溶けるような黒い髪と黒輝石のような黒い瞳。
必死に冷静さを保とうとする態度と、隠しきれていない不安げな表情。
カロンの言った通りの特徴を持つ、見た目は平凡な10代後半位の少女。
だが、彼女の足元から湧き上がる魔紋様は、最低限の知識しかない彼でも知っている最高ランクのものだった。
極めれば魔紋様を望みのままに紡げるという「アリアの花冠」。
破壊と再生を司る「サルヴァ=トルアの剣」、叡智と節制を司る「マグルスマフの盾」と共に魔紋様の最高峰にして、別名「女王」とも呼ばれる最高傑作。
ちなみに、この魔紋様は創造神が紡ぎ、人に与えたものとされている。
…だから思わず、魔法を紡いで貰いたい、と言ってしまった。
本来、彼らに何かを要求する、ということは禁忌とされていた。
命に係るような不都合がない限り。
だが、彼女は格が違う。
あくまでも本人の意志が必要だが、彼女がその気になれば国単位で人が動く。
自分より頭ひとつ背の低い彼女を見下ろしながら、彼女が歩むだろう険しい道を思うと胸が痛む。しかし、この事実を上の人間に伝えなければ、彼女は魔紋様の効果を知った悪意を持つ人間達にどのように利用されるかわからない。
ふと、"名付け"の儀式をした時のことを思い出す。
彼女に名を尋ねたのは一時的にだがこの世界に魂を定着させるため。
ロイトしか使えない古き魔法の一つ。
あの時、揺れる空気の間から、わずかに花の香りがした。
異世界の花、だろうか?
見知らぬ花の香りは、彼女の孤独を、存在の危うさを感じさせるのに充分だった。
それに。
とても美しかった。
足元から湧き上がる光に照らされた白い肌が。
風に煽られ、輝く星を纏うように散らばる黒い髪が。
そして、揺れながらも強さを滲ませた黒い瞳が。
…囚われるなど、刹那の時さえあれば充分だと思い知らされた。
容姿に淡い色合いを持つ人の多いこの国において、明らかに異質な異世界の少女。
それでありながら、神はこの世界の人ではない彼女に最高の力の一つを授けた。
…彼女のことを誰に伝えるかは慎重に選ばなければ。
頭の中に何人か思い浮かべながら、カロンに促され、食堂へと向かう彼女を静かに見送った。
ルイスは苦労人にしました。いい人枠で終わってくれたら助かります。