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エル・カダルシアの魔法手帖  作者: ゆうひかんな


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魔法手帖五十二頁 信頼と、取引


「思い出話の続きは次回にいたしましょう。次があれば、ですけれども。」

完全にこちらへ背を向け、転移の魔紋様まもんようへと歩き出した彼女に、師匠の声がかかる。


「待ってもらおうか、クリスタ嬢。彼女に何を吹き込んだか知らないが、勝手に聖国へ勧誘するのは止めていただきたい。国民を本人の意志を無視して連れ出すことは、どの国でも禁じられている。」

「あら、私は事実しかお話ししておりませんわよ?」

「その割には、ずいぶんと推測が混じっているようだが?」

「不公平ではありませんか、耳障りのよい話ばかり聞かせては。ですからこちらの知る貴国の本音を貴国の『魔法紡ぎの女王』様に教えて差し上げたまでのこと。本人の口からは言い辛いこともあるでしょうから、代わりにお伝えしましたのよ。ああ、それから聖国に抗議なさってもかまいませんわ。出来るなら、ですけど。ここはまだ帝国内の領地。そこで勝手に何をしているのか、問題にならないといいのですわね。」

彼女は僅かにこちらへ顔を向け、口調だけは柔らかく話すものの、その表情は見えない。

再び綺麗な礼をして、彼女は魔紋様まもんように身を投じた。


そして魔紋様まもんようの輝きが消えた、真っ暗な空間のなかに、私と師匠は取り残される。


師匠が魔道具だろうか、魔石に魔力を流して灯りをつけた。

私の全身を見て、ほっと息をもらす。

「怪我はないか。」

「…大丈夫です。助けてくれてありがとうございます。それに丘の上から勝手に移動したのに、探しに来ていただいて。」

「それはいい。こちらこそ、思ったよりも手間取って遅くなってすまなかった。そんなことより、エマ」

「転移の魔紋様まもんよう、発動できました?」

「問題なく発動している。だからエマ、」

「ルクサナ様は大丈夫ですか?」

「彼女には守護結界と俺のローブを置いてきた。姿を隠しているように伝えたから、多分大丈夫だろう、だからこっちを向け!俺の方を見ろ。エマ!」

「その名前を、これ以上呼ばないで!」

「…。」

「気づいてましたよ?貴方が()()()名乗らないようにしている事ぐらい。名前を教えるような状況を、意図的に避けているとでも言うのでしょうか?異世界から呼ばれた人間でありながら、女王とも呼ばれる稀有な魔紋様まもんようを持つ私を、異質なものと師匠が警戒するのも理解できました。たぶん師匠は国の政治に関わるような偉い立場にいるんでしょう?偉い立場の人には、礼儀として自分から話しかけてはダメなんですよね?市場の露天でおじさんが教えてくれました。師匠は、私が普通に話しかけるから仕方なしに答えていただけなんですよね。だけど、普段から政治の駆け引きや社交になれた師匠ならば簡単に理解できることも私には理解できないことだってあるんです。例えば私には戦力として駒扱いされていることも、完全には理解することができません。だって、私はエイオーンとは、別の世界から来たのですから。」

支離滅裂な台詞しか言えない、自分の未熟さが悔しい。

失ったはずの熱と怒りが戻ってくる。


「全く傷つかない訳じゃないんです。魔法紡ぎの女王なんて大層な名で呼ばれても、人間ですから。」


信頼されてないと気づいてしまった。

嘘でもいいから、名乗ってほしかった。


だけどそれだけで、こんなふうに相手を責めるのは良くないとは思う。

師匠にも事情があるかも知れないのに。

だけど意味がわからず襲われ、殺されそうになり、逃げた先で拐われかけて。

「信用してないくせに、訳のわからないことに私を巻き込まないで。」

日々張り詰めていた気持ちが限界を迎えていた。


絶対に泣くもんか。

不本意にも滲む目で師匠を真っ直ぐに見つめる。

ローブを置いてきたという師匠と真っ正面から向き合うのは久しぶりだ。

混じり気のない、綺麗に澄んだ青い瞳と視線がぶつかる。

その空の色を宿した瞳には、どんな感情も見つけることはできなかった。


傲慢な女だと呆れているかも知れないな。

こうして向かい合うことは、もう二度と、できないかもしれないけれど。

それでも全てを瑣末なことと、寛容に許せる余地が今の私には残されていなかったから。


「師匠、取引しませんか?」

「取引?」

「この場所の情報を差し上げます。」

「…対価は?」

「私が元いた世界にもどるまでの政治的な意味での身の安全の確保と。」

「安全の確保と?」

「今後、一切の接触を拒否します。」

「!」

「国からの援助も辞退します。ありがたいことに就職先も見つかりましたし、魔紋様まもんようの対価で懐具合は豊かなので、一年弱は余裕で暮らせますから。」

「接触を絶ってどうする?」

「ダンジョンに籠ろうと思います。」

「それは、どうして?」

「女王様と約束したんです。彼女には命も救ってもらいましたから。」

「…。」

「それでは、対価をお渡しします。」

大人気ないなと思いつつも、一方的に会話を打ち切る。

師匠の答えを待たずに私は魔法手帖を取り出した。


「今回ディノさんの部屋から、あのなんちゃって執事の空間魔法の通路に入って別荘の建物に出るまで、随分と歩かされたんですよ。」

「…歩かされた?」

開いた時は別の形を作っていた唇が想定外の台詞により、別の言葉を紡ぐ。

謝罪なんていらない。

全ては終わったことだ。

「転移を魔紋様まもんようでしか経験したことがないので、そんなものかと思っていたのですが、途中でハプニングがありまして、空間にこう、ドンと。」

経験したように壁へ手を付く真似をする。

「空間に壁だと?」

「ないですよね、普通。それで、気になる辺りに転移の出口となる魔紋様まもんようを残しておいて、後で時間があった時に調べようと思ってたんです。」

魔法手帖から貯めておいた魔力を引き出す。


「偽装解除、範囲…大。」

足元から沸き上がる金色の糸をつかい、魔紋様まもんようを紡ぐ。

程なくして、両手を広げたサイズくらいの魔紋様(まもんよう)が出来上がった。

それを躊躇うことなく目の前の黒い空間に叩きつける。

黒い空間に魔紋様まもんようを中心とした金色の亀裂が入る。


何かが、派手な音がをたてて割れた。

その後に姿を現したものが、私の知りたかった答え。


「これは、土壁でしょうか?」

「地下に掘った横穴か。古い時代のものだな。」

「さて、ここで師匠に質問です。この横穴、どこからどこまで続いているでしょうか?」

「…まさか。」

「ここから先は調べてから言おうと思ったんですけど、多分どちらかの入り口は王国まで続いていますよ。私を空間魔法で転移させてここまで運ぶ。その後ある程度歩かせてから再度転移して別荘へ。理由は不明ですが例えば極力魔力消費を押さえるため、でしょうか?これは推測ですけど彼らの使う転移は効果が高いせいで魔力消費量が多いのかもしれませんね。」

オリビアの店に突如現れた空間。

店に掛けられた結界を潜り抜けるには、それなりの強度のものでなくてはならない。

そもそもルクサナ様が丘の上から城にある衣装部屋に転移していただけで、あれだけ息を切らしていた事が気にはなっていたのだ。

「血を対価に」なんて物騒な事を言っていたけど、足りない魔力の分を血で補完していると考えれば辻褄が合う。

まあ、理由はそれだけじゃなさそうだけどここから先は頭のいい人達が考える領域だ。

「さて、本当はここまでを対価にしようと思ったんですけど…。」

私の顔に苦笑いが浮かぶ。

「師匠には随分と魔力を融通してもらいましたから、おまけしておきます。」

魔法手帖に魔力を流す。


地図マップ、範囲半径百キロメートル」

ルクサナ様用に作り替えた魔力を探知するタイプのベースにした魔紋様まもんよう

この魔紋様まもんようのおすすめポイントは、自分を中心に平面ではなく立体的な円を描くよう範囲指定できるようにした事。


つまり、地下にいてもバッチリ地上の様子が探れますよ!

逆のパターンも可能です!

魔法手帖の空白の頁に、地上にある凹凸と僅かに集落の様子の一部が写し出される。

そして地下にある道がうっすらとした線で魔法手帖に写し出される。

よかったわ~。成功した。

「範囲を広げられるか?」

「二段階までなら。「範囲半径二百メートル。」」

再び魔法手帖に魔力を流す。

重ね紡ぎにしたので、魔力を流して再び範囲だけを指定する。

集落の大きさが判別できる範囲まで拡大した。

割りと大きさのある町、そして町の先には道が繋がり、更に建物と思われる表示が増えていく。

反対側の恐らく帝国へ繋がると思われる方は、真っ直ぐに伸びて頁からはみ出ているため、終点は見えていない。

「もう一段、範囲を広げてくれ。」

師匠の声が、わずかに低くなる。

表情も暗く、顔色も悪い。

「範囲半径三百メートル。」

それに合わせて、ついでにあれも追加しておこう。

「熱源表示オン。」

範囲が広がった地図に赤い小さな点が無数にばらまかれる。

熱を発するものを表示するから人口が多い都市部は特に赤い点が増える。

帝国側と思われるは赤い点の増える場所の手前、つまり人口の多い場所の手前で途切れていた。

そして王国側は。


「多分、ここは王都でしょうね。」


町から王都に繋がる街道の更に先、そこまで道の先は続いていた。

「師匠、参考までに聞きますね。師匠の設置したという『王座の守護石』の効果は地下まで及ぶのでしょうか?」

「答えられない。」

そう答える師匠の表情が私から見ても答えになっていた。

表情を取り繕うことも忘れるほど、余裕がないらしい。

地図を表示させている魔法手帖の上に紙を何枚か置く。

転写コピー。」

魔法手帖に魔力を注いで何枚か複写をする。

カロンさんの転写を見て、自分なりにアレンジした。

「今は鮮明に印字されていますけれど、このまま空気に触れていると薄くなりますからお気をつけて。あと、直射日光に当てると一気に退色しますからそれも気をつけてください。」

参考にしたのは"熱転写"という専用の紙に熱を利用してプリントするという手法。

おじいちゃんの家に遊びに行ったとき、埃を被った機械があって、なんだろうな…と思って見ていたら実際に使うところを見せてもらえた。

インクを使う転写だと、インクの扱いをどうしようということと、インクで汚したら意味がないということで、こちらを採用した。


「どうぞ。これが対価です。私がここからオリビアさんのお店に戻って以降、一切の国からの接触をお断りします。約束は守ってくださいね。」

そう言って転写した地図の紙を渡す。


「感謝する。」

「師匠…私は異世界から来た何者かもわからない人間を保護し、国から援助を与え、暮らしが成り立つように配慮してくれた、優しい一面をもつこの国を否定する気は全くありません。むしろこちらこそ感謝しています。でも…そうですね、もしひとつだけ心残りがあるとすれば。」



師匠に信用してもらえなかった、その事だけでしょうか。








エマ、王国に帰ります。長かった…。


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