幕間 女王様とわたし②
不愉快な表現を含みます。
「うふふ、驚いた?」
いたずらが成功したみたいに無邪気な笑顔で笑うシルヴィ様。
「だいぶ、驚きました…。」
「未来視、というようなものじゃないわよ。
そうねえ、敢えて言うなら、運命にちょっとだけ干渉できる、ということかしら?」
「そっちの方がすごくないですか?」
「あくまでも付加するとか、それた道を元に戻すため補正を加えるとか、だけよ。道筋を変える事はできないわ。不確定要素に左右されて時に思わぬ結果を生むこともあるし。それに人の寿命や生死に直接干渉する事も出来ないわ。」
初代女王については政治的な功績は数多語られていても、彼女が発現させた魔法紡ぎとしての技量は謎のままだという。シルヴィ様の表情を見る限り、それはあえて秘匿していた、と考える方がいいのかもしれない。
「私はかつてこの国で『魔法紡ぎの女王』とも呼ばれていたの。例えば優れた魔法紡ぎの女性を帝国では『始祖』、聖国では『聖女』と呼ぶのと同じように、ね。」
『アリアの花冠』は他に追随を許さないその高い能力と有用性から、その魔紋様自体を『魔法紡ぎの女王』と呼ぶことがあるという。
研究者曰く、王国に彼女の存在があったからこそ、馴染み深い称号である"女王"という呼称にちなんだという話だけど、シルヴィ様が優れた魔法紡ぎであったのなら、その説はあながち的外れではないのかもしれない。
「とはいえ、アリアドネ=ルブレストの発現させたという「アリアの花冠』みたいに汎用性はないから、攻撃や防御に転換できる魔紋様は紡げないわ。だから私の側にはいつも"剣"か"盾"がいたの。」
「"剣"と、"盾"、ですか?」
その瞬間、シルヴィ様がおっそろしい形相で目を見開いた。
「貴女にそんな大事なこと伝えていないの!?あの頭でっかちで融通の利かない若造は。」
なんかものすごくお怒りです。
女王様の地雷踏んでますよ、国の偉い人。
というか、この怒り具合からいって、私もしかして命の危機に晒されているのかな?
「『アリアの花冠』を発現させたアリアドネなんかほぼ教会に隔離状態で一生過ごしたそうよ?!誘拐、暗殺、幾多の命の危機に晒されて、従者も長く勤められずに辞めていくから結婚するまでそれは寂しい人生を送ったそうよ。結婚してからは子孫にも恵まれてそこそこ賑やかな生活が送れたけど、それでも教会の敷地と婚家以外は外出出来なかったんですって。」
マジですか。
「それだけ、貴女には価値があるのよ。王国が保護するっていう大義名分がなければ、貴女を誘拐してでも手に入れたい国はいくらでもあるわ。敵対国もだけど、残念ながら友好国にもね。」
ため息をついて困ったような顔をするシルヴィ様を見て、何だかんだ言って心配してくれているのがわかって嬉しかった。
「ちゃんと住むところなんかは配慮してくれてますよ。王都ではないけれど店舗兼住居の一角に間借りしてます。多分私の自主性に配慮してくれているんだと思いますよ。私は異世界から呼ばれた人間なので、色々と強制できないと聞いてますから。」
第一、例え立派な王城でも閉じ込められるのは御免だ。
寧ろ精神的に病んでしまいそうだし。
「そうだとしても、すぐ近くに"盾"がいるんだから、王を守るのは騎士団に任せて女王を守護すべきよ。」
「"盾"がいるんですか?」
「貴女が師匠(仮)と呼んでいる少年がそうよ。」
「え!師匠(仮)がですか?!」
「このあだ名、呼びにくいわね。まあいいわ、あの彼が"マグルスマフの盾"を継承したの。だから間違いないわ。」
魔法は血が繋ぐもの。
だから家族をみれば大体魔法の傾向は予想がつくのだそうだ。
だが魔紋様は違う。
起点の魔紋様はランダムに、血筋や地位、家柄に関係なく継承するものなのだとか。
どの程度の加減かというと、大陸を違えるかもしれないし、国境も関係ない。
全く魔紋様の知識がない人間がどんな属性なのか、どんな効果を持つものなのか知らぬままに継承するといった具合に。
だからこの国の人間が再び"剣"と"盾"の魔紋様を継承できるか、わからなかったのだ。
本来ならば。
シルヴィ様が亡くなる前、『自国の運命』に対し、"剣"と"盾"が関わるよう魔紋様を使い指定したという。
その内容はかつて彼女が後世のためにと残した言葉の一部に伝えられている。
『魔法紡ぎの女王の後継者には、付き従うように"剣"もしくは"盾"を持つものが顕れる。』
彼女は魔法紡ぎの女王を中心に剣もしくは盾が集うことを願った。
「おかげで何とか盾はこの国で育った人間に継承したけど、剣の方はそうはいかなかった。」
剣の方はアントリム帝国の少年に継承されたという。
その情報は王国や周辺国を揺るがし、さらに帝国自身の大陸制覇という野心に火を着けることになったという。
「今更な質問ですけど、ある日突然、魔紋様が発現することってあるんですか?」
「何言ってるの。貴女がそうじゃない。」
「あ、確かに。」
「貴女の場合は、まあ特別だけど、過去にその事例がなかった訳ではないのよ。」
かつて高位の魔紋様を持つ人と魔力が共鳴し、ある日を境に突然魔紋様を発現させた人物がいるそうだ。
例えばシルヴィ様の側近であった騎士団長は着任の儀式の最中、攻撃に特化した魔紋様を発現させた。
また、ある時は最年少で宰相となった男性がシルヴィ様の魔紋様に共鳴し守備に特化した魔紋様を発現させたのだという。
ちなみにこの二つの魔紋様は、発現させた者の家名を冠し、さらに二人の象徴である"剣"と"盾"になぞらえ、こう名付けられたという。
『サルヴァ=トルアの剣』、『マグルスマフの盾』と。
「まさか自分の回りでそういうことが起こるとは思っても見なかったのだけど、アントリム帝国に突然発現した"剣"というは多分この例だと思うわ。」
「"剣"と"盾"が揃ってこの国に生まれるように指定は出来なかったんですか?」
「さっきも説明した通り、人の生死に関わることは付与出来ないのよ。」
「"剣"もしくは"盾"が魔法紡ぎの女王に付き従うように、としたのは?」
「ちょうどいいと思ったのよ。次代の"魔法紡ぎの女王"がこの国に現れたときに私の時のように守護する存在が必要だと思って。だから『国の運命』に対して"女王"と呼ばれる存在が現れたときに剣と盾が存在するよう効果を付与したの。でも、何か予定外の要素があったのね。」
これだから不確定要素の多い事柄に、条件を付与する魔紋様は紡ぐのに苦労するのよ、そう言ったのち、私に向かってにっこりと笑って言った。
「でも、貴女が『アリアの花冠』を起点の魔紋様に持つとわかって安心したわ。
貴女は闘える女王様、なのね。寧ろそれなら"剣"がいない方が気が楽かも。私の"剣"は腕の方は確かで基本いい人なんだけど、いい加減で大雑把で、付き合う女性は取っ替え引っ替えする、それってどうよ?っていう人物でもあったわ。」
それはまた…私もそれだと困ります。
なんかもう、いがみ合う未来しか見えない。
「魔法紡ぎの女王って、"剣"と"盾"にとってどんな存在なんでしょうね?」
「"剣"と"盾"、二つの魔紋様は対局にあるの。色々と実験したんだけど、両方の魔紋様を同時に使おうとすると、それより高位の魔紋様を持つ人間か、魔素を吸収する量の多い人間が側にいることが必要になるようなのよね。」
実際、シルヴィ様不在の折、騎士団長と宰相が模擬戦を行ったことがあるのだが、全く勝負がつかなかったという。
「何故か、同時に魔紋様を発動すると効果が相殺されてしまうのよ。」
もちろん個人のみが戦闘に参加するのは問題ないのだが、何故か共闘や逆に敵対するような闘い方をしようとするとうまく発動しないのだとか。
互いに通じ合うことのない、剣と盾。
故事の『矛と盾』じゃないけれど、どっちが強いんだろうな?
「ちなみに決着が着かなかったんですか?その騎士団長様と宰相様の勝負。」
「それがね。」
どちらかシルヴィ様を守護する場合は別なのだという。
別の機会にシルヴィ様同席のもと実験をしたのだとか。
彼女を擁する方は問題なく魔紋様は発動出来、対する方は発現はできるものの、威力が弱く全く歯がたたないのだとか。
「『まるで魔紋様に女王を守るという意思があるように思える』と宰相が言っていたわね。」
たくさんの思い出のつまった話に、昔を思い出したのかシルヴィ様は視線を遠くにやり、茶器を意味もなく動かしながら暫し思考に沈む。
一瞬、落ちた沈黙。
「それで、話は戻るのだけど、私からのお願いがあってね。
叶えてくれるかどうかそれは貴女が決めていいわ」
しばらくしてシルヴィ様は何事もなかったかのように笑顔を取り戻すとこう提案された。
シルヴィ様の願いはダンジョンと、ダンジョン内にある書籍が安心して過ごせるように管理すること。そのために現在の管理者であるオリビアさんのお手伝いをしてほしいのだそうだ。
何でも、シルヴィ様の時代から時間が経ちすぎて、そろそろ書籍をダンジョン内に封じておく魔紋様が解けかけているんだそう。
それをかけ直して、更に十五階層より下の階にいる魔物を手懐けて欲しいそうだ。
「その中にお気に入りがいたら、対価として手下にしちゃっていいわよ。」
「やったー!その仕事、受けます!」
「え、いいの?その程度の対価で。」
シルヴィ様は私の勢いに苦笑いしながらも、さらに政治的な駆け引きの助言と、今後私の手に余るような事態になったらお手伝いしてくれると約束してくださいました。
「ちなみに、私、あと一年しないうちに元いた世界に戻る予定なんですけど、書籍の管理のお手伝いは出来るところまででいいですか?」
「もちろんよ。その間に管理者がやり方を覚えていくはずだから。」
あの子はそういう子だもの、そう言ってシルヴィ様は誇らしそうに胸を張る。
ダンジョンの魔物を守るため自らに連なるものの血の濃さを求めた、と言ったシルヴィ様。
一方ではとても不幸な生き方を子孫に押し付けているとも見える。
でも本当に願ったのは、もっと違うこと。
自らの子孫に対して魔物が自ら従うような、強さと優しさを持つことを求めた、その結果なのかも知れない。
オリビアさんの名前を紡ぐ、柔らかい声と愛情溢れる表情を見て、そう思った。
ーーーーーー
唐突に始まったお茶会は、やはり突然終わるようだ。
どこからかぼんやりとした薄日が射し込み、鮮やかな庭の景色が白く、淡く色を変えていく。
「契約してくれたお礼に、ディノという方が目覚めるお手伝いをするわね。
もしかしたら、貴女の器をちょっと借りるかも知れないけど。」
「いいですよ。でも返してくださいね?」
「もちろんよ。異世界から呼ばれた人を騙すなんて愚かな真似はしないわ。」
そのあと、シルヴィ様はニヤリと笑った。
「そうそう、もしかしたらアントリム帝国から意味不明なお誘いを受けるかも知れないから、そしたら盛大に断ってやりなさい。しかも相手の名前つきで。」
「名前を、ですか?」
「そう、名乗ることは、相手に存在を知らしめること。裏を返せば、名乗った相手に狙いを定めて魔法をかけることができる。だから異世界から呼ばれた人に強要するとどうなるか、実験もかねて貴女は何もしないで見守っているといいわよ。」
…シルヴィ様はとても優しい人なんだな、と思う。
私に対して帝国の誰かが何かを強要すれば、その誰かを中心とした事故や事件が起こる。
そこから引き起こされた悲劇を知れば私が傷つくかも知れない。
だけど私が何もしていなければ。
それは他人の不幸な出来事。ひとつの事象に過ぎない。
私はただ傍観者でいられる、傍観者でいてもいいよと彼女は言ってくれているのだ。
ただし、別の方向からみれば、とても残酷な人でもあるけれど。
「それではごきげんよう。次代の魔法紡ぎの女王。」
「はい、またお会いしましょう、シルヴィ様。」
テーブル越しに挨拶を交わし、やがて景色と共にシルヴィ様は光の向こうへ消えていく。
コンコン
ノックのおとが響く。
扉を開ければ、そこにはオリビアさんが立っていた。
そして、その後ろにはゲイルさんの姿もある。
「エマさん、今、お話ししても大丈夫かしら?」
「はーい、大丈夫ですよ。」
時系列的に、三十三頁の途中にあった出来事のお話です。
①で長くなりそうな予感がしたので、途中キリのいいところで公開したのですが、今回の方が倍くらい長い…
長すぎて、読みにくかったらすみません。




