幕間 女王様とわたし①
「はじめまして。次代の魔法紡ぎの女王。」
「は、じめまして…?」
目の前には、にっこり笑う白いドレスの女性。
見事な金髪を結い上げ、華奢なアクセサリーを品良くつけている。
細めた瞳の色は薄いグレー。
全体に淡い色合いなのに、存在感が半端ない。
あれ、確か店の自分の部屋にあるベッドの上で眠ったはずなんだけどな…。
なのに今はふわふわなワンピースを着て白い猫足の椅子に腰掛け、テーブルには茶器と美味しそうなお菓子とケーキ。
まるで映画に登場するお茶会のワンシーンのよう。
見たことのない花が咲き乱れる美しい庭の一画で私は女性と向き合っていた。
「えっと…。」
状況が飲み込めないままに困ったような顔をすれば、向かいに座る女性が申し訳なさそうな表情をする。
「ごめんなさいね、こういうやり方でしか貴女とゆっくり話せないのよ。」
そう言って器用に茶器を扱い、自らお茶を入れてくれる。
香りを吸い込めば、華茶よりももっと深い香りがする。
以前どこかで飲んだ記憶のある「ウバ」と呼ばれる茶葉で入れた紅茶の香りにとても近い。
「いい香り。」
「そうでしょう!やっと交易が軌道にのったから、記念に取り寄せてもらったの。」
それから彼女の身の回りに起こるあれこれについて、面白おかしく話してくれる。
自分のこと、友人のこと、趣味のこと、最近起きた事件について、経済のこと、政治についての考察、国に対して思うこと、など。
話の上手な人だなあ、と思う。
話題は多種多様、相手の反応を見て話題を変える臨機応変さも持っている。
そして、何より声が美しい。
いつまでも聞いていたいけど、先ずは。
「私はエマといいます。それで、貴女は誰ですか?」
私の言葉に、女性はにっこりと笑う。うわ、笑顔がものすごく可愛らしい。
「貴女のその柔軟性、とても素敵よね。人当たり良く接することもできるし、そこそこ会話にもついていく器用さもある。でも私の話に飲まれることはないし、自分が信用に値すると判断するまで、相手を決して信用しない。」
「そうですかね?人によってはものすごく嫌がられるタイプではあると自覚はしてます。」
「万人に好かれるのは難しいわ。どんなにいい人と言われても一握りはその人を嫌う人がいるもの。むしろ皆に好かれているとか、全く嫌われていない人がいたら、魅了魔法とか警戒すべき裏の顔を疑った方がいいわよ。」
もちろん、本当に好い人もいるけどね、そう言ってからお茶のおかわりとお菓子を薦めてくれる。
お菓子…甘くて美味しい。
「嗅覚や味覚が働くもんなんですね。夢の中なのに。」
女性は面白そうに口元に笑みを浮かべる。
「そう判断した根拠は?」
「ベッドで寝たところまでは記憶にあるんですよ。だからその先にあるものと言えば夢かなって。あと、貴女が問いに答えてくれませんから。」
夢の中で願いは叶わないもの、そう相場は決まっている。
「貴女は色々あるからね、そう思うのも仕方ないけど。」
一瞬思案するような表情を見せるが、再び笑顔に戻る。
「残念、不正解。正解にはちょっと足りないわね。」
彼女曰く、ここは夢の一歩手前にある現実との狭間なんだとか。
想像を膨らませた先にある夢とは違う魂の拠り所であり、思い出に繋がる場所でもある。
「貴女と私の距離は今、とても近いからちょっと通り道を繋げさせてもらったの。」
この場所は彼女の魂の拠り所。
思い出に繋がる、大切な場所にご招待いただいた、というわけか。
「さすがに味覚や嗅覚には干渉できないから、貴女の思い出から補完しているわ。」
おお、そんなことも出来るんですね。
「貴女とは、お話ししたいと思っていたのよ。だから私の名前を教えるわね。」
私はシルヴィ・セドラージュ。
「随分時代も移り変わって、名を呼んでくれる人も少なくなったわ。今は"初代女王"と呼ばれることの方が多いかしら。」
「おお、女王様ですか!」
「二人きりの時はシルヴィと呼んでくれる?」
その方がお願いしやすいから、そう言ってにっこり笑った女王様、もとい、シルヴィ様。
「お願い、ですか?」
「そう、とりあえず、現状を把握させてもらってもいいかしら?」
そこで異世界から来た云々は割愛して、ディノさん達がダンジョンで行方不明となり、ダンジョン十八階層での魔紋様の上書き、更に救出されたにも関わらず、ディノさんが目覚めないということまで説明した。
ふんふん言っていたシルヴィ様が無言になり、やがて目が座り、無表情になった。
…これ、ヤバイやつですよね?!
あはは、私の命、短かったな…。
こうなったら冥土の土産に一応聞いておこう。
「それで、シルヴィ様の願いって何ですか?」
「私の願いはダンジョンにある愛しい本(子供)達が安心安全に暮らすことよ!」
そういい放ち、ぶつぶつ言いながら王がどう、盾がこう、とか言っている。
うちの子って言い回し、どこかで聞いたような記憶が。
…って、あれ?
「でも、大書庫がダンジョンになったのって、亡くなられた後でしたよね?」
「そうよ、でも、大書庫を建てたのは生きていた時だもの。」
ということは。
「もしかして、大書庫の下に魔素の穴があること知ってて建てたってことですか?」
「そうよ、地質学の権威に確認したの、魔素の吹きだまりがある場所を。ついでに魔素の穴に書籍が落ちたらどうなるかもね、大体予想はついてたわ。」
「なんで、書籍を魔物に?」
それまでとは一変して悲しそうな表情になったシルヴィ様は頬に手を当てため息をついた。
「国のため、とはいえあの子達には可哀想な事をしたわよね。この国には、元々目立った観光資源がなかったのよ。例えば知識として取り入れた酪農や活字印刷、私が亡くなった後に進めてきた工業製品としての魔道具製作は政策として将来的に国を潤す見込みはあったの。でも、税金だけではその事業を軌道にのせ、維持する事はできないわ。子孫の代で資金が枯渇することは目に見えてたの。だから先行投資として先ずはダンジョンの元になる大書庫を建てたのよ。そして予想通り、魔素の吹きだまりの上にたまたまあった大書庫を基礎にしてダンジョンが産まれた。やがて魔素の影響で意思を持つようになった彼らは資源を産み出すようになり、その資源を輸出することで国は資金を得る。まあ、十五階層より下の混沌は私にも予想外だったけど。」
そのあとシルヴィ様はお茶を飲みながら言った。
「一応、対外的にはこうなってるわね。」
一瞬覚えた違和感。
優雅に茶器を扱うシルヴィ様の表情は全く読めない。
それはもう、予想通りという次元を越えてはいないだろうか?
本当にたまたま大書庫があっただけ、なんだろうか?
それではまるで…
未来が予知できたみたいだ。
遅くなりました。
今後の展開のために、女王様との件を整理する内容にしました。
ほんとは一話で終わらせるつもりが随分長くなったのでキリのいいところで切りまして、もう一話幕間があります。




