魔法手帖四十六頁 悪役令嬢と、幼馴染
「ありがとうございました~!」
活気ある市場の傍らで、庶民に大人気であるという食べ物屋台。
本日も各店誠意営業中です!
「まだ食べるの!?」
「もう食べないんですか!?」
あのあとあっさり合意した私達は、まず質屋さんに直行しました。
二人の髪飾りを質に出して換金。
一応、ルクサナ様にとっての思いでの品とかだったら困るので確認したところ、『売っちゃっていいわよ』と言われた。
なんでも今二人がつけている髪飾りは陛下から頂いたもので、デザインが派手すぎて気に入らないのだけど第二王子の好みだと思って仕方なしに着けていたんだとか。
「確かにおかしいと思ってたのよ。婚約してから数えるほどしか会ってないんだけど、会っても目も合わせないし、付けられる侍女は城に仕えるおしゃべり好きのいい加減な者ばかりだし。」
侍女がお喋りに夢中で、いい加減な対応しかしないから、仕方なしに注意し、細かく指示を出した。
それが目に付いて王子から嫌われ、侍女から陰口を叩かれるようになったのだという。
「それ偉い人に言わなかったんですか?例えばお父様とか。」
「言ったけど、そのあと一度もお会いできる機会がなくて。」
「それ、謀られてましたね…。」
「今思うとね。」
ルクサナ様と今の皇帝陛下は幼なじみなんだそうで、彼が帝位に着くまでは仲良くしていたのだとか。
だからそんな相手が自分を騙しているなど夢にも思わなかったらしい。
まあ確かに無条件に信頼できる相手っていますよね。
「エマには幼なじみ、いないの?」
「いましたね~。ずいぶん昔に別れたきりですけど。」
「別れた?離れたではなく?」
「いろいろありましてね。」
ぼかしたのは、まだそこまで仲良くないのもあるけれど、何となく説明するには随分と勇気が必要で。
ルクサナ様はそれ以上聞くこともなく、屋台の喧騒と人の波を真剣に見つめている。
「そう言えばルクサナ様、一つ思ったんですけど。」
「なにかしら?」
「お父様を見つけたとして、その後どうされるんですか?」
巷には、もう宰相様の不正や失脚のあれこれが面白おかしく噂として流されている。
気になったのは、ルクサナ様も知らない不正や事件も全て宰相様のせいになっていること。
つまり後ろ暗いことはこの際全てを押し付けようとする見えない力が働いているような気がするのだ。
それを考えると恐らくこの二人はこの国にはもう居られないんじゃないかと思う。
「亡くなられたというお母様のご実家を頼られるのですか?」
「…もうないのよ。」
そこそこ名家であったルクサナ様のお母様のご実家は、随分と昔に借金のせいで離散しているそうだ。
だから現状頼れる親戚はいない状態。
屋敷はおそらく国に接収されるだろうし、だからと言って荷物を取りに戻ればルクサナ様の身が危うい。
…積んだな、宰相様もだけど、ルクサナ様も。
「一応、貴重品は身に付けているから今すぐ資金に困るわけではないけど、お父様のことを考えると…。」
「確かにいろいろとお金の掛かりそうな思考してますよね。」
ルクサナ様がおしゃれなブレスレットをしているなと思ったら実は魔道具で、収納(制限あり)なんだそうだ。
魔力を流せば収納したものを取り出せるけど、時間の経過を止めることはできないそうなので主に物や書類を仕舞う程度なんだとか。
「ところで、お父様は見つかったの?」
「いや、いろいろと歩き回ってはいるんですけど…。」
人目につかない場所で魔法手帖を開く。
そこにはここから半径十メートル以内の建物の地図が表示されている。
濃いめの赤い点が城内部を中心に点在し、うっすらと赤い点が帝都の貴族が住む一帯を中心に散らばっている。
今回私はこの国の人特有の『血に魔力を纏わせる』ことが出来るという能力に目を付けた。
魔力の質はひとそれぞれに個性があり、ルクサナ様の話だけでも元いた世界でいうところのDNA並みに個人差があるそうだ。
だからルクサナ様に血と魔力を提供してもらって、両方の質が近ければ近いほど赤い点が濃くでる様に魔紋様を紡いだ。
さすが王族の血を持つ者。
城にある赤い点は血の繋がりが近いようで濃く出たが、宰相様は城から放逐されているから可能性は低い。
騎士が多く出入りしているという屋敷にも近づかないだろうし、館のある貴族が多く住む地域も除外。
とすれば、庶民の居住区辺りが潜伏先として有力なんじゃないか、ということでうろうろ歩き回り現在に至る。
いやー、魔力ものすごい使いましたよ。
一瞬意識失いそうになりましたもの。
辛うじて残った魔力量がどうやらギリギリのようなので、手っ取り早く魔素を吸収するため屋台で買い食い大会となったわけだ。
決して食い気が勝ったわけではないですよ。
魔力補充のために、牛の串焼きやら、鶏肉のパン粉焼きやら、パンケーキのクリームのせを食べただけです。
ちょっと予定通り…失礼、予定外の出来事はあったものの、魔紋様は発動できて順調に宰相様を探す計画は動き始めたのだが、帝都には何万人と人が住んでいるのだ。
フィルターをかけたとはいえ、反応が多々出てしまっては見分けがつかない。
不安に思ってルクサナ様に聞いてみたところ、そこは問題なしと言われた。
個人差があるとはいえ、やはり血の継承はあるそうで、その能力を持つのは貴族に多く、庶民には殆ど発現しない。
また魔力の質についても親子間では近しい傾向を持つことが多いらしいから、魔力の質でふるいに掛ければ精度は上がるだろうとのことだった。
「…ルクサナ様、魔紋様のこと詳しいですね。」
「婚約がなければ、帝国の魔導研究所に就職したいと思ってたから。」
帝国は元々初代皇帝の奥様が魔法手帖を初めて発現させた人間であり、現代でいうところのキャリアウーマンであったから、女性であっても能力が高ければ研究員や官僚に就職することも特に問題視されないのだとか。
「魔導具を作る技術は一通り学んだし、魔紋様も転移以外は知識だけなら持ってるわよ。」
「ルクサナ様、優秀だったんですね…。」
「当たり前よ。努力は義務だもの。」
貴族だからってサボっていい訳じゃない。
そう言ったルクサナ様はとてもかっこいいのだが。
「本当にあの宰相様の血、引いてるんですか?」
「…そのようね。」
なんでも優秀な学者を排出した母方の血が濃く出たようで、あまり争いは好かないのだと言う。
学園での成績は学年トップで皇帝陛下からも将来は側近として欲しいと言われていたそうだ。
派手な容姿に、成績優秀、侍女の指導もできるから恐らく品行方正。
まさに乙女ゲームの悪役令嬢の設定そのものだな。
「それなのにいつまで経っても声が掛からないのは、宰相として父もいるし、権力が集中してしまうからだと思ってたけど、皇帝位継承から今回の父の失脚までの一連の流れを考えると、父の血を引く私も同時に排除しようとしたみたいね。私は完全に駒の一つだったみたい。」
屋台のひとつで買った揚げ菓子を頬張りながら、寂しそうな表情を見せるルクサナ様。
信頼していた幼なじみからの駒扱いは確かに切ない。
そう思った、まさにその時。
「っと、ルクサナ様!反応でた!」
「どこに!」
「その青い屋根の屋台が建ってる辺りの路地を曲がったところ!」
私の声に駆け出そうとしたルクサナ様を遮ったひとつの影。
「ここから先は君が見るものではないよ、ルクサナ。」
お待たせしました。屋台でご飯、食べられましたよ!




