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エル・カダルシアの魔法手帖  作者: ゆうひかんな


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魔法手帖四十五頁 踏み込めない心の内と、"ステラの海"


「逃げられたか。」


アントリム帝国七代皇帝ファルク・アントリムは執務室の机の上に山と積んだ書類を決裁し、右から左にと流しながら、目線を上げることなく騎士の報告を受ける。

「踏み込んだときに、丁度転移魔法を発動した直後のようで現場にはこのドレスだけが残っていました。」


赤とピンクのレースが混じる、派手なデザインのドレス。


「わかった、下がっていいよ。それからそのドレスも処分していい。」

「かしこまりました。」

一礼し、騎士が退出する。

若き皇帝は雑に束の上へと書類を投げ、吐き捨てるように言った。


「ホント品のないドレス。あんなものを嬉々として着るなんてバカじゃないの。」

「それ、お前が彼女に贈ったんだろう?『王子の好みだから』って。しかも王子との面会がある度に彼女へドレスを贈るから、その費用が馬鹿にならないって財務担当が嘆いてたぞ。」

「王子が派手好きなんて一度も言ってないよ。ただ、私の名前で贈っただけだ。大体、王子のことをよく見ていればあんなものを好む性格とは思わないでしょ?本人をよく知ろうともせず、他人の情報だけを当てにするからいいように踊らされるんだ。むしろ自業自得だよ。」

「でも、それだけじゃないんだろう?」

「わかる?」

それに対し、窓枠に寄りかかって報告を聞いていたシャミールは顔をしかめる。

側近の言葉にファルクは口元を緩めた。

ファルクは完全に書類を放り投げて椅子から立ち上がると、シャミールの隣に並ぶ。

「わかるもなにも、何年そばにいると思ってるんだよ。」

「実は彼女、容姿、性格共に第二王子の好みど真ん中なんだ。」

「え、そうなの?!アレが?!」

「お前は昔の彼女を見たことないからわからないと思うんだけど、彼女の母親が生きていた頃は、もっと質素な服装で性格も大人しかったんだ。それが王子の好みに合ったようでね、彼女をずいぶん気に入って私が慌てたよ。」

「なんでそのまま見守ってやらなかったんだ?」

「それは彼女がハサンの娘だからだよ。」

彼女が第二王子と結婚してしまえば、彼は聖国の後ろ楯を得てしまう。

権力を増した彼に国内の貴族が同調すれば今まで以上に勢力が割れ、それにともなって政治が混乱すれば今度は国が荒れる。

それこそ、皇帝位継承にも影響を与えかねないほど。

「さりげなく侍女を通じてドレスに合わせた派手な化粧に変えてもらったり、話しやすい話題をふって活発な印象を与えたりしたら、王子も簡単に興味をなくしたみたいだけどね。そんな時に偶然を装ってヤスミンを紹介したから直ぐに気持ちが移ったんだ。ハサンが妙な横槍を入れずに大人しくしていたらその程度で済ませるつもりだったんだけどね。」

「…一応彼女は幼なじみ、だもんな。」

「向こうの方が歳上だからね、よく遊んでもらったかな。」

「…彼女をどうするつもりなんだ?」

「さあ、どうしようか。」

外を見つめるファルクの視線は、帝都の街並みの向こう側にある思い出の景色を探している。

シャミールには、珍しく即答しないファルクの姿に彼の心が透けて見える、そんな気がした。

「失礼いたします。」

「入れ。」

静まり返った室内に侍従の声が響く。

シャミールが答えると侍従は扉を開けて一礼する。

「ブレストタリア聖国第二王子、ジョルジオ・ブレストタリア様がご到着されました。」

「気の早いことだな。」

ファルクは呟くと口元を歪ませた。

シャミールは訝しげな表情をファルクに向ける。

「お前や第二王子の姿を見ていると、人としてそういう感情を持つことは当たり前と受け入れるべきなのかも知れないとは思う。私にも欲があるからね。でも私は…伴侶を得るなら理解はあっても愛のない相手がいい、今はそう思っているよ。」

ファルクは侍従に謁見の間へ第二王子を案内するように指示を出す。

それから衣装を整えるために別室へと足を向けるその途中で、ふと歩みを止めあ。

「自分の元婚約者が明日をも知れない身になったのに、もう新しい婚約者を迎えに来るとは。事情があるとはいえ、何年も付き合いのあった相手だろうに。…なあ、シャミール。」


こんな得体の知れない感情を、人は愛と呼ぶのか?


「そうだとすれば、たぶん私には一生かけてもわからないよ。」

振り向くことなく、別室の扉が閉まった。

友人とはいえ踏み込めない心の内。

情よりも皇帝であることを選んだ彼の選択は誤りではないとシャミールは思っている。

それでも。

ずっと以前から聞きたいと思っていたことがある。


「なあ、ファルク。…お前は誰を愛しているんだ?」



ーーーーー


城から見えた、帝都の一角で。

エマは、今、生命の危機を迎えていた。

「ちょっと貴女、何て所に転移するのよ!」

「あああああ…ガクガクしないでくださいー。首絞まってます~息できませ…。」

ここはベージュ色のレンガの配列が美しい教会…の赤い屋根の上。

だって慌てて目視で設定したから転移先がたまたま屋根の上だっただけですよ!

世界越えてきた異世界人からしたら転移先としては全然問題なし!


「わあ、風見鶏が物凄く近くにありますね!」

「今、旬な話題はそこじゃないわよね!早く下ろしなさいよ!」

「だってすごくないですか!帝都一望できますよ!」

住居も施設の屋根も赤系統の色で統一されていて、壁はレンガを組んでいて浮かぶ模様がグラデーションをになっている。濃いベージュから白へ、白からまた濃いベージュへ。

「海じゃないのに、波がたっているみたい…。」

「そういう風に作られたのよ。」

始まりは帝国として統合される前のいくつもの国が争う時代であった頃。

戦火に焼かれなかったレンガを集めたとき、偶然、色の違いに気付いた者がいた。


ムスタ・アントリム。


のちに国々を纏めあげ、初代皇帝となる男である。

彼は騎士であったが、常に傍らには彼の妻となる女性の姿があった。

「始祖ステラ」と呼ばれる、歴史上初めて魔法手帖を発現させた魔法紡ぎである。

彼女はムスタの意を汲み、魔法手帖と魔紋様まもんようを駆使して荒野に一区画ずつ戦火から逃れた人々のための居住区を整備した。

彼女は一区画ずつレンガの色を変え、波模様を作る。

海から遠いこの土地にいる子供達に見せてあげたいと、そう願って。

荒野に居住区が完成する頃、ムスタは他の勢力を抑え、この地を治めることとなった。

それがアントリム帝国の栄光の始まり。

そして、この帝都は始祖ステラの偉業を称え、古語で"ステラの海"という意味のセスタワと名付けられたという。

「この地は経済の中心地であると共に、国を主導として学門の普及にも努めているのよ。大きな学校や研究所もここにあるわ。」

「へー、すごいね!」

誇らしげで、無邪気な表情を見せるルクサナ様に思わず、口元が緩む。

本当は素直で可愛らしい人なんですね。

「これからルクサナ様はどうされますか?」

「そうね…先ずは屋根から下ろして。」

「ロマンのないひとですね。」

「なんでかしらね、貴女に言われるとえらく腹が立つのよ。」

仕方がないので再び人目の少なそうな路地に転移する。


「で、どうします?」

「もちろん、父を探すわ。」

あんな人でも肉親だから、そう言って寂しそうに笑う。

一人っ子でお母様はもう亡くなられているそうなので、ホントたった一人の肉親なんだ。

うーん、それならば。

「探すの手伝いますよ。」

「え、いいの!?」


「だから交換条件にこんなの、どうですか?」





やっと帝都まで到着…

スローペースですみません。

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