魔法手帖四十四頁 悪役令嬢と、衣装部屋
不愉快な表現が多々有ります。
不快な方は読み飛ばしてください。
帝都散策は次回に延期になりました…。
楽しみにしていた方はすみません。
窓から爽やかな風が吹き抜ける。
庭では大人達のはしゃぐ声(エマ限定脳内変換後)が聞こえる賑やかなお昼時。
楽しそうで何よりだ!
さて、お昼、なに食べようかな~。
「ちょっと、貴女何無視してるのよ!失礼でしょ?名前ぐらい名乗りなさい?!」
いや、まあ、そうなんだけどね…。
出来れば、関わりたくない…。
「返事なさい!」
「…エマと申します。」
とうとう名乗ってしまった。
名を聞いて一先ず満足したのか、鷹揚に頷くルクサナ様。
「では行くわよ。」
「はい?どこへ?!」
「私の身分で侍女の一人も付けずに出歩くなどみっともないわ。雇ってあげるからついていらっしゃい。」
「いえ、結構です。」
うん、もう、いいかな。
取り敢えず目的も果たしたし、逃げよう。
一階に上がると窓の外にある迷路の隙間から見えた、小高い丘の木の根もとの辺りを目標に設定する。
「転移、座標"目視"」
緊急事態なのでその場で魔法を紡いでそのまま発動する。
魔力をごっそり持っていかれたが、仕方ない。
「なに、貴女!?」
「逃げます。一人で頑張ってくださいね!」
ルクサナ様の驚く声が聞こえるが、かまわず転移する。
一瞬でたどり着いた木の根もとに腰を下ろすと、魔法手帖を取り出した。
「はー、疲れた。さて、次はと。」
「ちょっといきりなにするのよ!?危ないでしょう!」
はい?!
「ルクサナ様?!」
「そうよ、なに驚いてるのよ。私に決まっているじゃない。」
「いや、なんでここにいるのかなって…。」
ちょんちょん、と腕をつつくルクサナ様。
そういえば、腕を捕まれたままだったっけ…。
がっくりと膝をつく私に対して勝ち誇ったように笑うルクサナ様。
「貴女、魔法紡ぎね!しかも魔法手帖持ち!大変だわ!陛下に報告しなければ!」
「ちょ、ちょっと、何言ってるんですか!」
「アントリム帝国憲法にあるでしょう。『"魔法手帖"を持つ者は、この国を外敵から守り、打ち破りまたは国民の生活を富ませるために力を振るわねばならない。』」
「知りませんよ、そんなもん!」
「…貴女、この国の人間ではないわね。」
これだから権力をもつ人間は苦手だ。
一般人には太刀打ちできないほどこういうやり取りに慣れている。
私が単純すぎるのもあるんだろうけど。
「…貴女の要求は何ですか?」
「頭の回転が早い人間は嫌いではないわ。」
ルクサナ様はにっこりと微笑む。
それから、ふむ、と顎に手を当て暫し考えた後に言った。
「先ずは城に行くわよ。お父様の事が心配ですもの。そのついでに貴女を魔法紡ぎとして陛下にご報告するわ。きっとお誉めの言葉を頂けて、婚約の話も進めていただけるはず。」
彼女が私の腕を掴む手に力が籠る。
ああ、所詮この人もあの宰相様の娘。
愚かとは言わないが、人の事がまるでわかっていない。
その条件では私に全く"利"がないじゃないか。
力業だか、地位だかわからないが、どちらかによって私が動かせると思っている。
「ずいぶんと人をバカにしてますね。」
「調子に乗らないで。口答えを許した訳ではないわ。」
「良いことを教えてあげます。私の情報源によれば貴女のお父様が前皇帝時代に犯した不正が現在の皇帝と側近に発覚しました。しかも同時に投資していた穀物の相場が暴落。貴女と近隣国の王子の婚約も破棄されたそうですね。全て昨日の午後に起こったことですが、貴女はどこまで知っていらっしゃるのですか?
「それは…。」
「ついでに私の情報源は言ってましたよ。貴女のお父様は『政治的にも、経済的にもダメージを受けた』と。今、貴女が城にいけばどうなるかくらい。聡い貴女なら察せるはずです。。」
貴女には、今、どんな力が残っているのか?
「それでも貴女が城に行くというのなら止めませんよ?ただ私は行きません。なぜなら自分の身が一番かわいいですから。」
私の言葉は、確実に彼女を傷付けただろう。
ルクサナ様は血の気の失せた顔でじっと私を見つめる。
でも、彼女は現実を知らなければならない。
彼女のためにも、そして私自身のためにも。
「…わ。」
「はい?」
「私は信じないわ。その情報は、敵である貴女がもたらしたもの。簡単に信じるわけがないでしょう。」
「なんで私が嘘をつく必要が?」
「私を人質にして、国や父から身代金や有利な条件を引き出すため。」
「だからさっき言ったでしょう!貴女のお父様は…。」
「ねえ?」
ルクサナ様の声色が変わる。
その声の甘さに背筋がゾッとした。
振り払うのも難しいほどに、手が強く握られる。
一体、彼女は何をしようとしている?
「貴女、転移魔法が得意のようね。…奇遇ね、私もなのよ。」
彼女は髪飾りで手に傷をつけると、血を垂らし、空中に線を描く。
線は彼女の願い通りに魔紋様を紡ぎ、それが転移魔法であることに気づいた。
「覚えておくといいわ。この国の人間は血を操れるの。自らの血を対価に願いを叶える。」
魔法手帖を開く間もなく、私はぱっくりと開く黒い空間に吸い込まれた。
これ、二回目なんだけど…と思った瞬間、きらびやかな色の溢れる室内へと放り出された。
「ここは…衣装部屋?」
隣には一気に魔力を使ったのか、呼吸の荒いルクサナ様がいた。
なるほど、彼女は城に来るとき先ずは衣装部屋に転移していたのか。
身綺麗にしてから人と会う、という気遣いね。
女子だなあ…。
変なところで感心していると、ルクサナ様が自身を奮い立たせるように勢いをつけて立ち上がる。
私の腕を掴んだままなので、私も引っ張り上げられた。
「…さあ、立ちなさい。これから陛下のところへ…」
「ねえ、聞きました?ルクサナ様のこと。」
知らない女性の声がクローゼットにかかるドレスの向こう側から聞こえる。
ピタリと黙ったまま聞き耳を立てるルクサナ様と私。
先程までの勢いはどこへやら、二人して目立たないようにと腰を下ろす。
「聖国の第二王子とのご婚約、予定通りに破談になったんでしょう?」
お気の毒にねぇ、そう笑い合う女性達の声。
この話し方と内容なら、たぶん城務めの侍女さん達だろうか。
「元々、コルサコフ公爵家のヤスミン様を見初めた第二王子様が婚約を求めたのに、あの豚宰相が散々邪魔したって言うじゃない。うちの娘を是非にって。」
「そうそう。で、上手くいかないからって段々嫌みを言ってくるようになった豚宰相をヤスミン様が怖がってしまって王子に会うのを躊躇うようになったから、陛下が第二王子に仮の婚約を結んでもらって、豚宰相を失脚させると同時にヤスミン様との婚約を整えるお約束をされたのよね。」
「第二王子様ったら、ヤスミン様に夢中なのよ。甘い声で『私の真珠』って呼んでるのを聞いて興奮しちゃったわ。」
「だって第二王子様、上品でおしとやかな女性がお好みなんでしょう?ヤスミン様なんて理想のお姿そのままじゃないの!それなのにルクサナ様ときたら…。」
「いつもビラビラした下品で派手な衣装ばっかりお召しになって、しかもあの化粧でしょう!あれをみて王子様何て言ったと思う?」
まるで道化だな。
侍女達の蔑むような笑い声が聞こえた。
そっと隣を見ればルクサナ様が血が滲むほどきつく手を握りしめている。
その手を、私は掴んだ。
茫然としたまま微動だにしない彼女は、ずいぶんと頼りなく思えて私よりも幼く見える。
結ばれない二人を結びつけるための悪役を割り振られたのか、ルクサナ様は。
確かに彼女には色々思うところがあるけれど、芯から悪い人には思えないのよね。
「でもこれでヤスミン様が陛下の思惑通りに聖国の第二王子様に嫁げば、国同士の繋がりも強固なものになるし、時代に取り残されたサルト=バルトニア王国なんて直ぐに廃れていくわよ。そうすれば、属国のひとつとしてまたこの国が一回り大きく成長出来るわ。さすが賢く思慮深い陛下ね。その繁栄のため犠牲になるなら、ルクサナ様も本望でしょ。」
どうせ彼女が死んでも誰も悲しまないわ。
吐き捨てるような侍女の言葉にルクサナ様がきつく唇を噛む。
「そういえば豚宰相が姓を剥奪されて平民に落とされたって言うじゃない。門の外でみっともなく喚いていたそうよ。」
「それならルクサナ様も平民になったてことね。これから町で見かけたら扱き使ってあげましょうよ!!だって仕事がなくちゃ可哀想でしょう?」
再び起こる笑い声。
なんと、醜い。
こいつら殴ってやろうかしら?!
立ち上がりかけた私を悲しみに満ちた表情のルクサナ様が止める。
「もういいわ、…解ったから。」
ほどなくして侍女達が衣装を抱え賑やかに出ていった。
互いに黙り込んだまま時間が過ぎる。
なんとも言えないな…。
平民に落とされた理由は宰相様の娘だからであってルクサナ様本人の行いは全く関係ないように思える。
気分を変えなくては動けないかな。
なら、とりあえず…。
「帰ろっか。」
「そうね。」
泣きそうな表情を隠して無理矢理笑おうとするルクサナ様は随分としおらしい。
そういえば折角の衣装部屋だし、気分転換にルクサナ様を着替えさせよう。
いくらなんでもこのゴージャスビラビラドレスは目立ちすぎる。
衣装部屋で一番シンプルなワンピースを選んで、化粧も落とした上でナチュラルな雰囲気に仕上げる。
おお、これは!
なんとも寂しげな表情が男心をくすぐる透明感溢れる美人さんがそこにいました。
貴女どなた?って言うくらい別人です。
突っ込みどころ満載ですが、今は置いておいて。
「居場所、バレたっぽいですね。」
廊下を走ってくる複数の足音が響く。
ルクサナ様と今度はしっかり手を繋ぐ。
「もう二度と来ることはありませんが、心残りはありませんか?」
「ええ、ないわ。」
「じゃ、行きましょう。転移、座標"目視"。」
全てを失ったのに、それをむしろ喜んでいるようにも思える。
化粧とともに、今までの険しい表情が拭われたルクサナ様の笑顔はとても美しかった。
聖国の第二王子とやら、見る目ないな。
魔法手帖が煌めく。
と、同時に扉の開く音がした。




