魔法手帖四十三頁 迷路と、お嬢様
師匠を送り出して暫し待つ。
お、魔紋様の設置が終わったみたいですね。
今回は「重ね紡ぎ」に挑戦した試作品です。
師匠も言っていた「重ね紡ぎ」というのは、以前ダンジョンで見たような上下二層別々の効果を持つ魔紋様を重ねて紡ぐことで効果を掛け合わせ増幅させる手法のこと。
例えば火に風を組み合わせ、広範囲まで燃やすとか。
今回は遠隔操作ができるかがテーマなので、上の層は設置が終わったというお知らせ機能と下の層を起動させるための機能しかついていません。
で、私が今握りしめているのは。
魔紋様に対して導線の役割をする魔素を紡いだ糸。
糸が透明になるように調整したので起動するまで気づかれないと思います!
何をするかって?
ちょっとばっかり賑やかにしようと思うのですよ。
この宰相様自慢の別荘のお庭を。
これには別の思惑もあるんだけれど、それは置いておいて。
今朝師匠と話ながら気付いたのだけど、この地下で私達の他に人の気配がするんですよ。
こちらに聞き耳を立てているようなそんな気配。
師匠も気がついたようで、守護結界と防音盗聴防止の魔道具を発動してました。
目視では全容が確認できない程に部屋数があって広い。
だからその人が敵なのか仲間なのかが解らないので、逃げる時にその場で判断しようと思います。
先ずは、下準備を。
昨日浴槽を使わせてもらった部屋に転移する。
「転移、"脱衣場"」
私の転移は魔紋様にそれぞれ名前をつけることで転移先を指定出来るようにしたんですよ。
もちろん、行ったことある場所にしか転移できないのはお約束です。
入口の魔紋様は一種類。
そこから先、出口として設置できるのは最大五ヶ所まで。
何で五ヶ所かって?
それは私の脳みそではそれだけ覚えるので限界だからです!
ちなみに出口のうち一ヶ所はちょっと思うところがあってすでに置いてきています。
「失礼いたします。」
万一誰かが浴槽に入っていた時のために使用人の振りをして声をかけるも、幸いなことに誰もいない様子。
ラッキーですね!
ですが、目当てのものは見つからず、そのまま部屋を出てのんびり廊下を歩いていく。
「お、あったあった。」
元々ここへ来るときに着ていた双子力作の制服を探しにきたのですよ。
たぶん洗濯物か、処分ということでゴミ箱行きどちらかだと思っていたんだけど、やっぱりゴミ箱か。
ゴミ回収されてなくてほんとよかったです。
あんないい加減そうな奴、絶対に執事じゃないだろう。
覚えてろよ、あの『なんちゃって執事』め!!
誰も見ていないのをいいことに、洗浄の魔紋様に制服を潜らせてから、乾燥。
そのあと部屋の隅でいそいそと着替える。
それまで着ていたドレスは取り敢えず収納の中へ。
さすがに所々に血がついたドレス着てたら目立つよね。
間違いなく通報されるわ。
ちなみに双子力作の制服はベースが青、そこに細い白のラインでチェック模様が入っている大人っぽいデザインのワンピースです。
スカート丈は足首くらい。正面から見るとスカートなんだけど、動きやすいように後ろはフレアタイプのパンツになっているデザイン。
作業することを前提に作っってくれたようですね。
ありがとうございます。
まさかこんな場面で役に立つとは。
廊下から窓の外を見ると、庭の一隅に東屋のようなお洒落な建物がたっている。
うん、魔紋様はあそこに繋がっていますね。
今、館にほとんど人の気配がしない。
一応東屋に人がいないか確認したのち、魔力を一気に流す。
それ、伸びろ~。植物達♪
魔力もらえる時間だよ!
魔紋様から魔素の供給を受け、蔦植物はぐんぐん延び背の高い生け垣を作り、館の庭がいくつにも区切られるれるように囲われる。
庭の草花達はあり得ないくらいのビッグサイズまで成長し建物の周りを覆い尽くす。
個人的には蔦の生け垣が一定の規則性を持って配置されていることが自慢の逸品です。
敷地の入り口である門をスタートに、館の入り口へゴール出来る迷路を作りましたよ!
難易度的には中級から上級者向けにしたので大人も楽しめます。
何せ外から建物に入るには必ず迷路を通らないと入れない仕様にしましたから!
城への秘密の出口?
そんなもの、師匠から場所聞いてとっとと上書きして潰しておきました。
みんな迷路を楽しんでくれると嬉しいな(棒読み)。
…ああ、今ここにドローンとかあれば上空から迷路の繊細な構造が堪能できたのに。
なんて考えていたら庭先から悲鳴が。
あ、あれ、威力が思ったより出てしまった?
巨大な花が何語か喋っている…。
あ、あの植物、衛兵さんをかじって…ん、見なかったことにしよう。
やっぱり事前に実験は必要だな。
どこで実験しようかな?
今度師匠に相談しよう。
「どうしたの?!」
「何があった!!」
館の中から護衛とメイドさんが飛び出してくる。
よしよし、しばらくそこにいてくださいね。
廊下で様子を伺いながら急いで地下へ向かって階段を降りる。
あ、人の声がする。
「ちょっと、今の悲鳴は何なんですの?誰か、誰か居ないの!?」
おお、女性のようですね。
ちらっと覗くと貴族っぽい豪華なドレスに派手な化粧。
似合って…はいないけど顔の造作は整っていてきれいな人だ。
美人多いな~この世界…。
はあ…羨ましいことで。
よし、ここは通りすがりの使用人のふりだな。
気が強そうだし、深く関わるとめんどくさいタイプだ。
そそくさと背を向け、下りてきた階段を再び昇ろうとした、その時。
「待ちなさい!!そこのお前!!」
秒でバレました。
「お前は誰?ここの使用人ではないわね。」
「なんかよくわからないんですけど、庭で何かしら事故があったようで…。」
ハイ、私がやりました。
ついでに使用人ではないこともバレました。
メイドさんと制服のデザインが違うからかな?
「なんですって!!庭で事故…。とにかくここから出しなさい!!私が指示を出します!!」
偉い人なのかな?
まあ、危害を加えられそうになったら速攻で転移しよう。
で、鍵はどこかしら。
「あそこの柱の影よ。」
ああ、ハイハイこれですね。
鍵を使い牢を開ける。
「先ずは上にいくわよ。」
するりと牢を出た女性が階段を目指し歩き出す。
擦れ違うときに仄かに香水のいい香りがした。
このひと、やっぱり滅茶苦茶身分の高い人なのでは…。
「で。」
「で?」
「お前は誰なの?」
「通りすがりの使用人です。」
「違うわね、見ない顔だもの。」
「じゃ、そういうことで。」
「逃がすとでもお思いなの!」
がっちり腕を掴まれました。
力業は困ります…非力な女子高生には抵抗できないので。
「えー。貴女は私のお陰で逃げられたんですよ、牢屋から。それでいいじゃないですか。」
「貴女からは危険な香りがプンプンするのよ!すでに何かやらかしてるでしょう。」
す、鋭い…。
「全部顔に出てるわよ。白状なさい!」
「なんでですか?!お母さん?貴女は私のお母さんなの?!」
っと、そんなことよりも。
「…そういう貴女は誰ですか?」
「語るに落ちたわね。私が誰か知らない者なんて、この館の使用人にはいないわ。」
スッと瞳の色がが醒めたものに変わる。
ああ、この目付きどこかで…。
「本来は自分から名乗るものよ。でもいいわ、助けてもらったお礼に教えてあげる。」
恐らく綺麗に結い上げられていただろう黒い髪は乱れ、元はつるりとした褐色に近い肌も化粧に隠されては美しいとは言えない。
それでも血脈が繋いだだろう気高さは容姿の乱れなど簡単に覆い隠すものなのか。
「私はルクサナ・アントリム。宰相、ハサン・オラ・アントリムの娘よ!」
どーんとか、ババーンとか、背景に浮かびそうなこの感じ。
記憶に新しいのですが。
ちょっと、宰相様!
娘が牢屋に閉じ込められてますよ?!
西洋風のお庭にある生け垣を利用した迷路を想像してください。
エマおおはしゃぎw
次回は帝都を散策します。




