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エル・カダルシアの魔法手帖  作者: ゆうひかんな


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魔法手帖四十二頁 宰相様の末路、『魔法紡ぎの女王』と聖女様



「どういうことなんだ…。」

ハサンは茫然として固く閉じられた城門を見上げる。

何がどうして、いきなりこうなったのか。

一日にして地位や名誉、資産の全てを失うとは。

「だ、大丈夫だ。私にはまだ手はある。『魔法紡ぎの女王』が手元に駒としているではないか!」

彼は自身にそう言い聞かせると、雑踏へ向け走り出す。

その背中を冷ややかに見つめる鳥の目があることを知らずに。


ーーーーーー


時は遡る。



『至急登城せよ。』

その知らせを受け、なにが起こったのかと慌てて登城した彼を迎えたのは城の人々の冷たい視線だった。

よそよそしい態度の兵達に囲まれ謁見の間に到着してみると、すでに王を中心に重臣、そして自分の取り巻きたちが脇に控えている。

「陛下、これはいったい…。」

「宰相、いや、ハサン・オラ・アントリム。汝を本日付で宰相の任から解く。」

「な、何の冗談を仰いますことやら。私になんの落ち度が…。」

「シドラー騎士団長。」

皇帝の呼ぶ声に応じ、壮年の目付きの鋭い男性が進み出る。

「先日、依存性のある薬物と盗品を売買する現場を部下が押さえました。その際に捕らえた者の中に、貴方の派閥の貴族が混じっておりました。彼らが証言したのです。あなたが一連の売買に関する首謀者であると。」

「な…!」

思わず側近であったものたちを見れば、全員視線をそらしている。

そして無関係である貴族は、ただひたすらに蔑むような視線を注ぐだけ。

いつまでたっても自分を庇ってくれる声は上がらなかった。


「へ、陛下、私は知りません。あの者達に嵌められたのです!!」


仕方なしに、自身を弁護するため声を上げる。

皇帝は椅子の肘掛けに肘を付き、眼を閉じている。

やがて決意したように眼を開くと、()()()()()()()()()()()憐れみを込め、ハサンに告げた。

「叔父上は父にとてもよく仕えてくれていた。そして未熟な私に政治の基礎を教えてくださったのも貴方だ。教育を授けてくれたことに対する感謝の念は今でも変わらない。」

「そうでしょうとも!!恩を仇で返すなど、獣にも劣る行為です!!」

「だが今や私は皇帝という立場がある。証拠や証言があるにも関わらず、恩ある相手だからと不正を見逃す訳にはいかない。父を欺き、先帝の時代から不正に手を染め、国庫から税金を掠め取った盗人を許すわけにはいかないのだ。私はこの国のために全てを捨てると民に誓った者でもある。その誓いを破ることこそ、獣にも劣る行為だと思わないか?だから()()()()()()()()貴方には真摯に罪と向き合い、償っていただきたいのだ。それがこの国のために尽くした貴方の教えに報いることでもあるから。」

自身を鼓舞するかのように、心の内を語る若き皇帝。

肉親に裏切られながらも気丈に振る舞う姿は、いつの間にか謁見の間に居並ぶ人々の同情を集めていた。


「裁きを言い渡す。ハサン・オラ・アントリム、この時をもって、宰相の権限及び公爵位の剥奪、それから不正に貯めた蓄財を含む、全ての財産を没収する。」


一息に言い切って、若き皇帝は深くため息をついた。

その表情は取り繕っても伺い知れてしまうほど悲しみに満ちていた。

唯一、残った身内である叔父に信頼を裏切られた哀れな少年の姿がそこに浮かび上がる。


「それでも、今まで受けた恩に報いるため貴方の命だけは助けてあげたい。この者のせいで理不尽にも命を奪われた者がいるのに甘い処罰だと思われるかも知れないけれど、皆からの異論がなければ、未熟な私のわがままを聞いてはもらえないだろうか?」


この国のために身を捧げた皇帝陛下が、無念に思い、心の痛みを隠しきれず願った助命。

その場に並ぶ貴族はその慈悲深い言葉に感銘を受け、口々に同意の声をあげる。


「「「異議ございません。」」」

部屋を揺るがすような人々の声が謁見の間に響いた。

ここで、ハサンはやっと気づく。

これは仕組まれた調和(・・・・・・)であると。

この部屋に揃う貴族は、全て計画に添って行動し、発言している。

全ては取り巻きを足掛かりに自分を失脚させるための罠だったのだと。

この様子だと、すでに関連機関への根回しもすんでいるに違いない。

そして仕組んだのはあの皇帝(小僧)…。

「それでは、ハサン。汝は本日この時よりハサン・オラ・アントリムと名乗ることを禁ず。名乗ればどのような罰が下るかわからんぞ?衛兵、この者を王の御前より城の外へ叩き出せ!」

騎士団長の号令に衛兵が殺到し、抵抗し喚き散らすハサンを謁見の間から城外へと連れていく。


そして謁見の間に訪れる静寂。




ーーーー


「…陛下、発言をお許しいただいてもよろしいでしょうか。」

「許そう。」


騎士団長は後ろを振り返ると、ハサンの取り巻き達を指す。

「この者達の処罰はいかがいたしましょう?」

「爵位をひとつ落として財産の三分の二を没収。不正に貯めた金なんだから痛くも痒くもないはずだよね。あと、警告しておくけれど、()はないから。今まで自分達がしてきたことを思い返せば、どうなるかなんて言わずとも察するだろうけど。」

若き皇帝が彼らを見つめる視線はどこまでも醒めたもので、一片の温もりも見つけられなかった。

何かを仕出かさなくとも、切り捨てられる。

理由など後付でいくらでも拵える事ができるのだから。

取り巻きたちは自分の身も安全ではないことに、ようやく気がついたらしい。

真っ青な表情で震えている。

皇帝はすでに興味を失ったようで、視線を彼らから外すと、手を一振りして主だった臣下や兵を謁見の間から下がらせた。

傍らには騎士団長と、椅子の影に隠れるように佇んでいた側近の一人だけを残して。


「よいのですか、あの程度で。」

「処罰が甘いというのだろう。」

無言で頷く騎士団長に対し、皇帝はわずかに表情を緩めた。

悲哀に満ちた表情が一転、無邪気なものに変わる。

それこそが彼の見慣れたいつもの表情だ。

「今まで身内だろうと国のためにならない者は容赦なく切り捨ててきたからね。多少は甘いところも見せておかないと、人がついてこなくなる。」

「確かに、そうなのですが。」

「見ようによっては甘いだろう。でも、考えてごらん?金を失った貴族ほど惨めなものはないと思うよ。特に贅沢に慣れた者ほど、ね。」

「しかし…。」

「人身売買にまで手を染めていたというじゃないか。供給者や購入者を炙り出すには、できる限り広く泳がせておいて、餌に寄ってくる後ろ暗い者達をつり上げる方が簡単だ。本当は芋づる式に捕まえたかったけれど、全ての金の流れを調べるには時間がなかったから、こういう処分になっても仕方ないよね。」

「そのことについては力及ばず申し訳ありません。」

「ああ、責めている訳ではないよ。無理やり奪わずとも、彼らの命がいつまでも無事なわけがないと言いたかっただけ。仲間からの口封じでしょ、それから物取り、被害者からの復讐、今まで静観していただけの他国の反対勢力からの干渉もあるかも知れないねぇ。」

一つ一つ指を折りながらハサンの末路を数え上げる。  

まるでただ盤の上にある駒の動きを予測するかのような言葉の軽さは、彼の過去を知らぬ者には酷薄とも思える程に感情が籠もっていない。

「失礼ながら陛下のなさりようは、盤上の遊戯の延長ではないかと思われます。」

「大差はないよ。そうでなくては皇帝なんてやっていられない。」

「それにね、今回の裁定をしって、詰めが甘いと侮ってくれるなら嬉しいじゃないか。甘く見て噛み付いてくれる布石となるならば好都合だよ。」

仇なす者を炙り出す恰好の餌。

若き皇帝は無邪気な表情のままに、満面の笑みを浮かべた。

その表情は彼が本気である証。


「差別は良くないからね。その時は人だろうと国だろうと平等に骨まで喰らってあげるよ。」


大口を叩くだけの若造と言い切れないところがこの男の怖いところだ。

今のところ、彼が望み、叶わなかったことはほとんどない。

分が悪いと思われていた皇帝位すらも、人々の予想を裏切り、彼に譲られた。

先帝はハサンを重用しており、生前は彼に譲位すると言っていたにも関わらず、だ。

親子関係の方は年々悪化の一途を辿っていたのに、どう覆したのか。

まるで一瞬のうちに黒い駒の陣地を白一色に塗り替えたかのよう。

今のところ国の運営に不満はないが、今後彼がどう舵をとるつもりなのか全く読めない。

策に溺れ、足元をすくわれない事を祈るばかりだ。

騎士団長は抱く不安を覆い隠し、指示を受けるために頭を垂れる。

「それでハサンが拐かしてきた『魔法紡ぎの女王』の処遇はどういたしましょう?」

「余計なものを抱え込んだよね。あの人が対処を誤るから穀物の相場が前代未聞の下げ幅となり、投資していただけのこっちも大損だよ。」

さてどうしようかな、そう言った後、急に閃いた様子で王は顔を輝かせた。

弾けるような笑顔は、途方もないことを思いついたからに違いない。


「よし、会いに行こう。」

「は?」


無理だ、全く思考回路が想像つかない。

騎士団長は隣に立つ陛下直属の側近に視線を向ける。

少なくとも彼の方が歳近い分、わかり合えるものがあるに違いない。

期待に満ちた視線を向ければ、側近は首を振る。

彼の理解できる域も超えたらしい。

だが騎士団長に視線で促され、仕方なしに口を開く。

「どうして彼女に会う必要があるのでしょうか?」

「だってどんな人物かがわからなければ、このまま囲うか、丁重にお帰り願うか決められないじゃない?」

「会わずとも、国の責任を問われる前に普通にお帰りいただけばいいのでは?」

「連れてきたお前が言うなよ…というか、いつまでそのしゃべり方でいるわけ、気持ち悪いんだけど?もういいんだよ、シャミール。"執事"の仕事は終わりでいいから、もとのしゃべり方に戻して。」

「…まあ、いいっていうなら戻すけど。」

呆れたような視線で、皇帝陛下は不機嫌な声を上げる。

急にくだけたしゃべり方になった彼は堅苦しい上着を脱いで、ため息をついた。

「こういう格好、ほんと窮屈で嫌になる。」

「で、シャミールは『魔法紡ぎの女王』に会ったんだろう?どんな子だった?」

「驚くくらい地味な子だよ。見た目もパッとしないし、ワガママだし。腹の底では何考えてるかわからない俺が嫌いなタイプ。きれいで優しい聖女様とは大違い。」

「シャミールは()()()の崇拝者だからね。初めて会ったときに一目惚れしたんだっけ?」

「彼女は素晴らしい人だよ。能力に奢ることもなく、いつも民の事を考えている。」

「それに容姿もそれっぽいしね。」

「清楚で優しい上に、視線が奪われるくらいの美人なんて男の理想だろう?」

「まあ…ねぇ。彼女はそれだけじゃなさそうだけど。」

シャミールは頬をほんのり赤く染め、表情を緩める。

夢の世界に旅立ったシャミールを放っておいて、陛下は騎士団長に指示を出す。

「シャミールと出掛けるから、不在の間はいつも通りに。」

「かしこまりました。」

謁見の間を出て皇帝陛下とシャミールは執務室へ、騎士団長は訓練場へと向かう。

そして誰もいなくなった謁見の間。


先程まで若き皇帝が座っていた椅子の後ろで何故か揺れるカーテン。

隠れるようにして黒猫が一匹、優雅に寛いでいた。







欲望に忠実なシャミール君。

エマ、中身がばれています。

次回、エマサイドです。

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