魔法手帖四十一頁 地下牢と、『チャンス到来』
地下牢に朝が訪れる。
皆様、おはようございます!
朝起きたら、目の前に生き物がいました。
枕の脇に座ってこちらを見下ろしています…。
黒い毛並みに青い瞳の猫。
おおっ、もふもふですね~。
「…おはようございます?」
上体を起こし、ベッドに腰かける。
言葉に反応した猫は、わずかに首をかしげ、上目遣いで無言のままじっと見てくる。
か、かわいい…モフりたい。
朝日が髭や産毛にあたって銀色にひかる。
でも、あれ?
青の瞳の、この色合いって…。
「もしかして師匠?」
すると猫は、とん、とベッドの端を蹴って器用に空中を一回転した。
すると見慣れた黒いローブが翻り、師匠が相変わらずの無表情でベッドの脇に立っていた。
「師匠…もしかしてそういう趣味が…。」
「ほう?どんな趣味か聞かせてもらおうか。」
「イエ、ナンデモゴザイマセン。」
しかしすごいですね!!
魔法でそんなこともできるのですか!
「それ、私もできます?」
「ああ、魔力量は申し分ないからやろうと思えばな。あと、戻れなくなるやつがたまにいるからそこは自分で工夫しろよ?」
ちなみに師匠はこの牢から出入りするためにこの姿になったらしい。
確かに、出入口らしいところは明かり取り用の小窓くらいしかないからね。
今も朝の散歩がてら偵察へ行った帰りなんだとか。
散歩って…。
敵地のはずなのに、どんだけ馴染むのが早いんですか?
「で、これからどうする?」
「その相談もかねて、ご飯食べながらでも昨日の行動を確認したいんですけど。」
「食事ならディノルゾから携帯食は預かってきているが。」
「あ、それは師匠が預かっててください。私個人としてはガツンと食べたい気持ちなんです。」
皆様、お忘れかと思いますが、私、昨日昼夜食べておりません。
昼は女王様に体をバトンタッチ、夜は魔道具の解除のために体力を使い果たして撃沈。
食事食べ損なうなんて、絶対人生損してますよ!?
権利ですよ、権利!!
いや、食べられる環境なら食事は義務だよね!!
そう力説し、収納からチーズ入りハンバーグを取りだし、それを野菜と共にパンに挟む。
ケチャップは試行錯誤した私のお手製です。
あと、オリビアさんから華茶を分けてもらっていたので、収納の水差しから水をポットに移して満たしそれを紙に転記した魔紋様の上に置く。
「点火、設定温度八十度。」
一瞬にして水から湯気が立つ。
そこに茶葉を投入。
茶葉が開いたところで二度目の魔力を流し、消火して終了。
イメージは電気コンロです。
火も出ず、安全第一で本日も食事が出来そうです。
ん、師匠が頭を抱えていますね?
「全ての魔法紡ぎが目標としている"重ね紡ぎ"をそんな地味なことに使うなど…。」
って、地味って何よ?
日々の食事が安全確実に食べられること以上に大事なことなんてあるかい!
そしてそのご飯が美味しければ、なお幸せだ。
「師匠もよかったらどうぞ。」
「…こんな様相の食べ物は初めてなんだが。」
「ハンバーガーですよ。あと付け合わせにフライにした芋ですね。それとも違うものが食べたいですか?」
「…いや、いい。試してみよう。」
師匠は意外にもあっさり食べ始めた。
そして何口か食べた後ぽつりと言った。
「何だか、懐かしい味の組み合わせだな。」
「あ、食べたことありましたか!?」
「どこで食べたか定かな記憶はないんだが…。」
「もしかしてあそこじゃないですか?オリビアさんが言っていた珍しい料理を出すお店。」
「タミヤ食堂か?」
「おいしいお店だそうですね。一度行ってみたいんですよ!」
「…今度王都に来ることがあれば、店に連れていこうか?」
「お願いします!」
よっしゃ、待ってろ!醤油!
ああ、醤油の仕入れ先、教えてもらえると嬉しい。
食事を堪能した後した後は、早速打ち合わせに入りました。
先ずは私から。
昨日の出来事をざっくりと話した後、牢に入れられてからの魔法の解除までを話す。
師匠、『うちの国民に好き勝手しやがって覚えてろよ』を笑顔で言うのやめませんか?
勝手に魔素が反応して室温下がってますよ?
「ちなみに師匠もお気づきとは思いますが、この場所はアントリム帝国の宰相様の別荘だそうです。」
「警護の人間の話から予測はついていたが、使用人も少ないし、別荘なら納得だ。」
「それにしても地下牢に閉じ込めた囚人がいるにも関わらず見回りも寄越さないなんて、変ですよね?」
更にいうと、徐々に上から伝わってくる人の気配が減っているのだ。
少ない使用人の数を更に減らして大丈夫なのだろうか?
師匠は私の顔をじっと見ていたが、なにか察したものがあったようで目を細めた。
おや?顔に出てましたか、そうですか。
「もしかして、お前の言っていた何もしなくて正解というのは、コレか。」
「はい、異世界から呼ばれた人に無理矢理言うことを聞かせると不幸になる(本人と、その周囲限定で)を利用させていただきました。その対応に皆様、奔走していると思われます。」
折角なので、どの程度仕返しできるかを検証しています。
また、その他に師匠には言ってないけどけど、実はスキル『チャンス到来』も利用してるのですよ。
女王様からスキルの使い方を教わったので、こちらも使い勝手を検証してみました。
『チャンス到来』。
ふざけた名前だけど、例えばリレーの時に一番を走っていた子が急に転んだため、偶然一位になる、そういう状況を作り出すスキル。
そう、非常に意地の悪いスキルでもあるわけだ。
一定の魔力を消費する代わりに、ランダムに20%から最大100%の確率で『使用者にとって幸運な状況』を手に入れることが出来るそう。
幸運な状況というのはあくまでも神様のさじ加減だから、「スキルレベルをカンスト」とか、「なにもしなくても世界最強になれる」とかいうほどの強力な加護はないそうだ。
ちなみに使用制限はあって一日二回まで。
珍しいスキルではあるようで別名『創造神の微笑み』とも呼ばれているそう。
知れば知るほど微笑みではなく、悪巧みではないかと思うくらいには鬼畜なスキルだった。
説明を聞いて納得したように師匠は頷くと、今、何が起きているかを教えてくれた。
「おそらく、お前を閉じ込めたと思われる時間の後、王城から使者が到着して宰相が慌てて出ていった。それと使用人たちも出たり入ったりと忙しい。」
「ちなみに何があったんですか?」
「前王時代に犯した不正が王と側近に発覚して、しかも投資していた穀物の相場が暴落。しかも決まっていた近隣国の王子と宰相の令嬢の婚約が破棄された。」
マジで。
「主が出頭して釈明している間に、心当たりのある使用人達が我先に逃げたと考えるのが妥当だろう。おかげで監視の目が緩み、こうしてのんびりと相談できる訳だから呪いと悪巧みに感謝しないとな。」
「ええと、神様の名誉のために言わせて欲しいのですが、私からすれば呪いじゃないし、悪巧みでもありませんよ?恩恵と加護です。」
「結果によっては仲間みたいなものだろう?それで、どうする?黒幕の一人である宰相が経済的にも政治的にもダメージを受けた。お前がある程度仕返しができたと判断するならば、このあとどうするかは時間もないし、二択だ。」
残るか。
逃げるか。
「女王はなんと言っていた?」
「『後は好きにしなさい』って。いいんですか?って聞いたら、『嫌がらせの上乗せになるならなお可!』って笑顔で叫んでましたけどね。ちなみに師匠の情報収集はうまくいきそうですか?」
「当然だ、抜かりはない。」
うわー可愛くない…。
なんでもできそうな顔して本当になんでもできるタイプですか、アナタ。
「今回設置した魔道具は回収するんですか?」
「このあとの対応次第だが…。いくつか残して後は回収が一番安全ではあるな。」
「じゃ、回収して即逃げましょう。」
ホントは宰相に『ごめんなさい』させて正々堂々別荘の正面玄関から出ていく方針だったんだけど、嫌がらせの度合いが思ったより深刻なんで、切羽詰まって手段問わず薬とか使われたら洒落にならない。
いいんですよ、帰りがけに嫌がらせのちょい上乗せぐらいはしていきますから。
「俺はいいが、お前はどうやって牢から出るんだ?」
「転移で。この別荘に来る途中、魔紋様設置してきましたから。」
「どこに?」
「戻ってきたら話します。」
納得はしていないようだけど、渋る師匠を送り出す。
執事みたいな人に襲われないかと心配してくれたみたいだけど、心当たりのある使用人が逃げているなら、彼は間違いなく悪事に加担してそうだから真っ先に逃げているだろう。
今は襲われる心配よりも、逃げ道を確保する方が大事だ。
ふと思い付いて師匠に建物へ魔紋様が転写できるか聞いてみる。
「紙かなんかに転写したものがあれば出来るが。」
「これ、建物の外にある建造物、例えば噴水とか門とかモニュメントとか、とにかくこの建物以外の場所に設置しておいてください。」
私の収納から思い付きで作った魔紋様を取り出す。
どうなるかはお楽しみということで説明は省略しました。
早々に諦めたようで師匠は再び猫の姿をとる。
「じゃ、師匠、先に脱出してますから、金の糸辿って追い付いてくださいね。」
猫の姿になった師匠は一声鳴くと器用に家具を足場にして明かり取りの窓から出ていく。
ふふ、ディノさんの怨み晴らしてやりましょう。
さて、どうする?
宰相様?
年度の節目でバタバタして遅くなりました。
今後もよろしくお願いいたします♪




