魔法手帖三十九頁 悪役登場と、装身具
カーテン越しに先程私を連れてきた彼…執事さんでいいか、が声をかけてきた。
「もう入ってもいいか?」
「大丈夫ですよ。」
一人でも着られるデザインのドレスでよかった。
さすがに男の人に着るのを手伝ってもらうのは抵抗があるからね。
執事さんは脱衣場のわきにあった椅子に腰かけて待っていた私の後ろに回り、ドレスに合わせて簡単に髪を結い上げる。
「上手だねー。ありがとう。」
「こういう仕事をするなら、なんでも出来ないといけないからな。」
なんでも出来るわりに、不機嫌そうな表情の方は隠しもしないとは。
それらしい格好しているけれど本物の執事さんなのかな、この人。
私の不安をよそに、彼は私の手を引くと、主が待つという部屋へと案内した。
いよいよ悪の親玉とご対面か。
「お連れいたしました。」
ノックをし、許可を得ると彼に連れられて入室する。
テーブルのない、豪奢な内装の部屋。
これまた派手な赤と金の装飾が施された絨毯が部屋を縦断する。
もしかすると謁見のために用意された部屋なのかな?
絨毯の中央で跪くように促される。
無理やり連れてきたのに、なぜここまでしなきゃならないのかな?
まあ目的もあるし、騒ぎになったら面倒だから従うけれど。
顔を見たいけれど許しを得ずに顔をあげてはいけないと執事さんに言われたせいで、動くに動けない。
とりあえず、頭を下げたままでいると近くへ寄ってくる人の気配がした。
「顔をあげてみよ。」
視線の先には上品な仕立ての衣装を纏った太めのおじさまが立っている。
歴史の資料集で見たことのある中世の貴族みたいな感じかな?
うわー。パツパツ過ぎて服がかわいそう。
典型的な悪役仕様。でも実はこの態度の裏には悲惨な過去が…無さそうだな、うん。
「これがサルト=バルト二ア王国で魔法紡ぎの女王と呼ばれる娘か。ふん、随分地味でみすぼらしい容姿をしているものだな。女王などと呼ばれるなど、名前負けして逆に憐れなものよ。どうだ、そんな扱いを受けるくらいなら儂のもとで働かぬか?今よりもずっと贅沢な暮らしを約束しよう。磨けば多少は光るかも知れぬし、儂のもとで働きたいという庶民は山ほどいるのだからお前は運がいい。儂は元々際立つ才能のある人間でなければ使わぬと決めておるのよ。それもこのように直接声をかけることなど皆無。光栄に思ってよいぞ。」
太めのおじさまはドヤ顔で勧誘?をしてくるけど、全然心が動かない。
ていうか誉めてないよね?私のこと?!地味って言ったな?
でも今の私の心は寛大。
何故なら地味な嫌がらせが君には待っているからさ。
では、そろそろいいかな?
「恐れながらお伺いしたいことがあるんですが…。」
太めのおじさまが見た目に反して滑らかな口調で話す自慢話が切れないのため、空気読めない子になってぶったぎる。
おう、一気に不機嫌になったね。
「不躾な庶民風情が。まあいい、言ってみろ。」
「恐れながら申し上げます。私はいきなりこちらに連れてこられ、状況もわからないままに身の振り方を決めるように言われております。この国がどこなのか、あなた様がどなたかもわかりません。先ずはそこから教えていただけないでしょうか?」
「そんなこと、あいつに聞けばよかっただろう。」
じろりと執事さんを見るも、彼は視線を下げていてその表情は見えない。
「まあ、いずれ知ることになるのだ、直接教えてやろう。ここはアントリム帝国にある儂の別荘だ。お前のような身分のものが訪れることなど出来ない、選ばれた者のための場所。そして儂の名は、ハサン・オラ・アントリム。このアントリム帝国の先帝の弟であり、現在は宰相として国に尽くしておる。」
バックにどーんとか、ババーンとか、が入りそうな勢いで自己紹介いただいた。
ありがとうございます!
それでは早速…。
「ハサン・オラ・アントリム様。」
「うむ?」
「そのお申し出、お断りします!」
よーし。言ってやりましたよ!
ーーー
「…。最近耳が遠くなったのかな。もう一度返事を聞かせてもらえるか?」
「ハサン・オラ・アントリム様。そのお申し出、お断りします。」
「ほう、一応理由を聞こうか。」
「私は今現在充分に幸せなので。これ以上の富や名誉は要りません。あと、王国には大切に思う人達が出来ましたので、これ以上の人脈は不要です。ですからハサン・オラ・アントリム様。私を王国へ帰してください。」
よし、言い切ったな。
なんだろう、この清々しい気持ちは。
「…命が惜しくないのか?お前も、お前の大切な人間も、儂が許可を出せばすぐにでも命が奪えるのだぞ?ブレストタリア聖国の魔法紡ぎの女王は民に対する愛に溢れ、聖女の名に恥じぬくらい美しかったが、醜く、儂の申し出を受けぬ愚かなお前など、魔法紡ぎの女王を語る偽者に過ぎぬな!」
そこで彼はニヤリと笑った。
「だが、寛大な儂はお前が持つ魔法手帖を儂に献上し、その身を粉にしてこの帝国のために働くというのなら、命だけは助けてやらぬわけではないぞ?」
「…それは脅しですか?」
「これだから若いものは思慮が足りぬのよ。儂は互いの幸せのために提案をしているだけだというのに。」
ニンマリと笑い、表情を歪めると離れたところに立つ執事さんを呼んだ。
あら?
なぜか寒気がするわ。
「このお嬢さんには考える時間が必要だ。そうだな、地下に眺めがよく風通しの良い場所があったであろう。そこでしばらく過ごしてもらえ。きっと考えも変わるだろうて。あと、あれを忘れずにつけておけよ?騒がれるとうるさくて気が休まらないからな。」
そう言い残して扉から部屋の外へ出ていった。
あれって、なんだろう?
疑問に思う私の後ろで、いつの間にか近付いてきた執事さんがため息をつく。
「…お前、馬鹿だろう。あんなに煽りやがって。何をたくらんでるか知らないが、この国であの人に逆らうと生き残るのは難しいぞ。」
「そうなんですか?あまり実感は湧かないのですが。」
身分の高い人なのはわかるが、どうして偉いのかが理解できない。
あんな選民思想に染まった人が宰相で、国を纏めることはできるのだろうか?
政治のことはわからないけれど身分の差だけでその人の全てを判断するのは幼稚な気がするのよね。
執事さんは上着のポケットからチョーカーのような装身具を取りだし、私につけようと手を伸ばす。
嫌な予感がして、それが良くないものだということをなんとなく理解した。
「…っ。まあ、弾かれるよな。」
ですが、そこは安定の完全防御の魔紋様様が仕事をしてくれました。
ん?じゃ、装身具を攻撃と認識したわけね。
「もしかして装着者の寿命を吸い取る、とか?で、偉い人に付け足しするとか?」
「そんなことするかよ。与えた天命を奪う行為は神に対する冒涜だ。」
そういう認識なのか。
性格はガサツそうだけど、信心深いらしい。
だが、その後の行動は完全に予想外だった。
執事さんはいきなり刃物を取り出すと自分の反対の手で握る。
滴る血が床を濡らし、チョーカーへと絡み付く。
「何をっ!」
そのまま腕を捕まれ、かちりという音と共に首にチョーカーが取り付けられる。
一気に魔力が抜けていくのがわかった。
急に襲ってきた倦怠感に、足の力が抜け座り込みそうになる体を執事さんがふわりと抱き上げる。
ゆらゆらと揺れる視界は下へ降りる階段をとらえ、やがて空気の質が湿ったものへと変わった。
どうやら地下へと運ばれているらしい。
「…すまないな。だが仕事なんだ。」
ゆっくりとベットの上に寝かされる。
ガシャン、とけたたましい音がして鉄の扉が閉められた。
宰相様が示した場所というのがここか。
…確かに、眺めがいいわね。
それに風通しもいい。
そりゃそうよね、ここって地下牢だもの。
地下牢で探検出来るかな?!




