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エル・カダルシアの魔法手帖  作者: ゆうひかんな


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魔法手帖三十七頁 空間の向こう側と、金の糸


ぺらり、と裂けた空間の向こう側。

何度か瞬きをする度、エマの意識が覚醒する。

ディノさんを助けたいと願う私の気持ちを口にしようとしたとき、意識の中で肩をポンと叩かれたような感じがした。

『お待ちなさい、選手交替よ。』

優雅にドレスをさばき、颯爽と光の方へ進んで行く女性の背中。

見送った後の景色は幕の上がった舞台を木枠の外側から眺めるようだった。

「かっこよかったな~。」

「な、おま…」

「さっきの誰かとは…違うな。」

「うん、こっちが私。…貴方もそれが素なのね。」

上下左右真っ黒な空間の中を、ただ手を引かれ、歩むだけのつもりがぽろっと声が漏れる。

簡単に剥げたわねー、猫の皮。

上品な服の雰囲気は変わらないままに、中身だけ一気にやんちゃな方向に一皮むけた感じ。

役柄によって性格を使い分けるなんて、器用なことするわね。

「そういえば、貴方の髪と瞳の色。両方とも黒いなんて珍しいわね。」

「ああ、こっちの国では普通だよ。茶や金色の髪も瞳もいるけど、そんなに多くはない。…というか、あんまし聞くな、気軽に喋るな。一応お前人質なんだぞ。」

「あー、やっぱりそれ扱い?」

「だからしゃべんなって!」

たぶん彼は誰かのお手伝いなんだろうな。

手玉にとられて、いいように扱われ、ここまで連れてこられました的な演出必要かしら。

彼の方が手玉にとられた上、回復薬も巻き上げられた、なんてかわいそうで言えない。

そんなことを語ってみたら、憐れみを込めた目で見られた。

「本当の中身は残念なんだな。」

って、残念て言うな。


「俺の心配より、自分のこれからの心配をした方がいいんじゃないのか?」

「そうだね。先ずは貴方の言う"主"とやらに会ってから考えるよ。」

「…余裕だな。」

「あるわけないじゃない。虚勢よ、虚勢。」

「嘘だ。」

そのまま壁ドンならぬ、空間にドンされた。

あれ?壁があるんだ、ここ。

「そういえばさっきのやつが印がどうこうとかいってたな。」

黒い空間の中、じっと見つめる視線の先にディノさんからもらったネックレスが光る。

「これか。」

ぶつっと嫌な音がしてネックレスが切れ、彼の手元に残る。

「ふん、顔色が変わったな。やっぱり当たりだな。…さっさと黙って歩け。」

無造作にポケットへ入れると再びエマの手を握って歩き出す。


…よかった。本命の方は気付かれてない。




ーーーーーー



「器用なものですね。」


"盾"と呼ばれた少年が呼び出されて見せられたのが金色の繭。

昼寝の途中で呼び出されたために機嫌は最悪だ。

「いくら魔力量が多いとはいえ、国と国を跨ぐ糸を繋げるのは無理です。ですから空間魔法の応用で起点となる場所の最寄りに『転移』の魔紋様まもんようを残したのですね。この繭から繋がる糸はエマに繋がり魔紋様まもんように吸い込まれていたそうです。恐らくですが、終点となる場所の近くにも同じように『転移』の出口側が設置されていることでしょう。」

「単純に転移の魔紋様まもんようを残していったらもっと楽でしたが?」

「本人の近くに終点となる魔紋様まもんようが設置できればいいですけど、そこから離れた場所に監禁でもされたら結果的には二度手間ですからね。それに監視の目があった場合、魔紋様まもんように気づかれてしまう可能性があります。この糸はどうやら我々にしか見えないようにうまく細工されているようですし、バレにくいからでしょう。」

エマが残していった糸は、光の繭に魔力を注ぐことで糸の行き先が認識できるようになっていた。

こんな複雑なやり方を選択したのは彼女の姿を借りた誰かの可能性もあるけれど、消費されている魔力は間違いなくエマのもの。

「こういう細かい設定が得意ですね、彼女は。」

「以前に本人に質問したら『でじたる世代だから。』って答えてましたね。ちなみに用途は知らない土地で迷子になった時のためにって考えたらしいですよ。」

「技術力の無駄使いとしか思えませんね。」

「昼寝のためだけに要塞級の結界を紡いだ貴方に言われたくないと思いますよ?」

「…普通に会話していますけど、ディノルゾ、貴方の体調の方は問題ないのですか?」

「はい。すっかり。回復薬の力はすごいですね。空腹でフラフラする以外は目覚めもスッキリです。」

「今回の騒動の引き金になったという認識は?」

「"双星"の進退についてはゲイルも含め、すでに裁可を王に委ねております。いやー。今回はエマの魔法紡ぎの検証のためとして、貴方が授けて下さった記録用の魔道具が大いに役に立ちましたよ。あんな出来事、私でさえ説明できる自信がないですから。」

「確かに。」

映像に残る、エマの姿を借りた()()の存在。

今、城では王を中心に重鎮達がエマの処遇について頭を悩ませている。

そしてもう一つの問題は、なぜ、エマが拐われたのか。

それは彼女の存在を巧妙に他国へバラ撒いた者がいたからだ。

すでに王の周辺を固める貴族とは別の一派に属する貴族が()()()()他国へ漏らしたのが今回の元凶ということは判明しており、トカゲのしっぽ切りならぬ処分もされていた。

だから表向きは片付いていたこともあり、双星の処遇についてはやんわりと王と重鎮達に進言しておいた。

使える手はいくらあってもいい。

むしろ今回の失態を挽回する機会を与えて、今まで以上に励んで貰えばよい、と。

例えばこんなふうに。

「今後は上手く排除に動けそうですね。そのためにこれ(記録用の魔道具)作ったんでしょう?大丈夫ですよ、報復もかねて貴方が戻るまでにはたっぷりと仕掛けておきますから♪」

「…ほどほどにな。」

目だけ笑っていないディノルゾの笑顔が何故か眩しい。


「それでは、捕らわれのお姫様をお願いいたします。」

表情を真剣なものに戻したディノルゾから食料や薬、機材を受けとる。

それを空間魔法で収納しながら少年は微妙な表情になる。

「あいつはどちらかというと王子様だな。やることの規模や内容がやんちゃすぎる。」

そう言って少年は糸の先にある魔紋様まもんように魔力を流した。

「…ご丁寧に僕の魔力を認証するように作ってあるか。この辺りは女王の仕業だろう。」

この魔紋様まもんように魔力を流すことはすなわち彼女を助けに向かうということ。

よほど少女のことを大切に思っているようだな。

次代の魔法紡ぎの女王、そして初代女王の予言した"彼女の後継者"となるかもしれない異世界からきた少女。


転移の魔紋様まもんように躊躇いもなく踏み込んだ少年はまだ知らない。

終点を彼女(女王)がどこに設置したか、を。












壁ドンならぬ空間にドン。

エマが鮮やかにスルーしました。



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