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エル・カダルシアの魔法手帖  作者: ゆうひかんな


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魔法手帖三十三頁 ディノさんの容態と、ゲイルさんの思い

地下迷宮(ダンジョン)で気を失って丸一日経ってから私は目覚めた。


ディノさんとゲイルさんは生きていた。

二人は二十七階層から二十八階層経へ降りる手前の空間で発見されたという。

オリビアさんがゲイルさんから聞いたところによると、皆の予想通り一週間に一階層ずつ補給をしながら潜るつもりで、十八階層の入り口の扉に魔力を流したところ別階層へ吹っ飛ばされたそうだ。

運が良かったのは扉の重さのせいで、二人がかりで扉を押していたこと。

お陰で二人とも同じ階層へ飛ばされた。

運が悪かったのは飛ばされた階層にいたモノ。

アルカイク・ドラゴン。

煉獄で最も古い種であり、その力も体の大きさに比例して強い。

そして厄介なのが闇魔法を自在に操るということ。

しかも他に人型の煉獄の使者がそこかしこにいたようで、未知の階層を文字どおり逃げ回りることで難を逃れたという。


通常これらの種を倒すには浄化など光魔法で対抗するのだが、二人には光魔法の適正はなかった。

またこのとき着けていた装備も闇属性の上位種を相手にするには十分なものではなかったそうだ。

それでも、何度も強固な 結界を張り替え、やっとのことで階層を抜けセーフゾーンにたどり着いたのだけれど。

そこで倒れ込んで以降、ディノさんは目を覚まさない。

保護された今もベッドの上で眠り続けているという。

ゲイルさんも初めはディノさんは魔力切れで倒れたと思ったそうだ。

魔法に関してはディノさんの方がゲイルさんよりも実力は上で、二十七階層ではディノさんの張る結界が頼りだったという。


このため、魔素を充分に取り込めば自然と目覚める、そう思っていたそうだ。


だから何かおかしいと思い始めたのは、眠り続けて半日程たったとき。

以前、私が無意識に二日酔い改善の魔紋様まもんようを紡いだとき 、扉を蹴破ってゲイルさんが突入してきたことがあったけど、ゲイルさんは魔素の流れが読めるそうなのだ。

アルカイク・ドラゴンから逃げるときも、物陰に身を潜めながらドラゴンの吸収する魔素の流れで居場所を特定していたそう。


そのゲイルさんが、ディノさんにはほとんど魔素の動きがないことに気が付いた。

人の呼吸とおなじように吸収と排出を繰り返す魔素の動きが細く、弱い。

「大切な人が弱っていくのに、何も出来ないまま側にいるだけの一週間は辛かっただろうな…。」

辛うじて魔物 からは逃げきったものの、今度はいつ死ぬかわからない友人の残された時間との戦い。

だから浄化の光が届き、魔物の声が聞こえなくなったとき、本当に嬉しかった、と随分と窶れた様子のゲイルさんからお礼を言われた。



そして、もうひとつ変わったこと。


一時的にダンジョンの魔物が姿を消した。

黒い魔紋様まもんようを消した後、十八階層に突入したサリィちゃん達が見たものは、真っ白く輝く壁や光輝く家具類、天井辺りから降ってくる白い羽根といった、あの薄暗く汚いダンジョンのなかとは思えない景色だった。


そして、あれだけわしゃわしゃいた書籍の魔物達はただの本として大人しく本棚に収納され、辛うじて生き残った魔物達も居心地悪そうに家具の影からこちらをじっと覗いている無害な生き物へと変わっていたという。


え、浄化の光を浴びたんだもの、そうなっても仕方ないよね(棒読み)。


お陰で現在、ダンジョンは大陸中から集まった学者さん達で、千客万来、満員御礼状態だそうだ。

書籍は持ち出せないけれど、魔物を気にせず読み放題なのだ。

これで街は活気に溢れ、人も商品の出入りも活性化し、国の財政も潤っただろうな。

…よかった。月々のお手当てを気兼ねなくもらえる。

まあ若干一名、「私のかわいい魔物達(りょうみん)がー!!」って涙目で叫んでいる人がいたけど。


知らないったら知らない。

私のせいじゃないもん(棒読み)。

勿論一時的なものなので、しばらくすれば元のダンジョンの姿へ戻るそうだ。

良かったね、オリビア(飼い主)さん。



というわけで、ディノさんのことを除けば、穏やかとはほど遠いけど日常に戻れる、このとき私はそう思っていた。


ーーーーー


コンコン


ノックのおとが響く。

扉を開ければ、そこにはオリビアさんが立っていた。

そして、その後ろにはゲイルさんの姿もある。

「エマさん、今、お話ししても大丈夫かしら?」

「はーい、大丈夫ですよ。」

…なんか最近私の部屋に集合、多くないか?

ふふん、ですが大丈夫ですよ!

こんなこともあろうかと、リィナちゃんからお店の椅子を借りておいたのです!


ささ、お入りくださいな!

お茶も入れちゃいます。


「で、どうしたんですか?」

華茶をいれたカップを二人に渡してから用件を聞いてみる。


「ディノの件なんだが…。」

歯切れの悪いゲイルさん、珍しい。


と思った瞬間に。


世界を越えた文化、再び。


『ザ・土下座』。


ちょ待て、げいるさ、誰に聞い…ってもしや素敵な子弟関係(ルイスさん)?!

「君のいた世界ではこれ以上ないくらい懇願する気持ちを表す行為だと聞いた。」

って言うか、ルイスさん、いったいどんな教えかたしたんだい?!

しかも使い方は間違ってないから微妙に違うって言えないよね!


「ゲイル、思ったよりも引いてるからそのぐらいにしたら。」


ナイスです!オリビアさん。

あのままですと私、心折れてました。


「助ける、といっても、私はお医者様ではないんで、医療知識は皆無ですよ?」


そう、私が無意識にディノさんを避けていた理由はそこなのだ。

私とて魔法紡ぎLv:MAX様のお力を使えば治癒の魔紋様まもんようは紡げる。

でもそれは知識として症状の原因がわかっている場合に限るのだ。

分かりやすくいうと、私が二日酔いを改善させる魔紋様まもんようを紡げたのは、知識としてアルコールを飲みすぎたという原因を知っているから。

ならばアルコールを抜けばいいよね、という発想になる。


でも、ディノさんを見たお医者さんは、原因はわからないけどもしかしたら…ということで魔素を吸収する器官に損傷があるのかもしれないという見立てなのだ。

もしかして、もしかしてだけど、その見立てが間違っていたら?

…私は自己満足のためのに、人ひとり殺してしまうかもしれない。

今なら師匠(仮)が言っていた遊びや実験ではないという気持ちがよくわかる。


「それでも、もう頼れるのが君の力しかないんだ。」


最後にあったときより、さらに一回り小さくなったゲイルさん。

その瞳がディノさんの命と私に頼むことの重さの間で揺れている。

ああ、この人は懇願する今も私に頼むことを間違っている、そう思っているんだ。

私は巻き込まれてもいいとは思っていたけれど、巻き込まれたその先で人の命を預かる事態になるなど思ってもみなかった。

結局、私は覚悟が足りなかったのだ。

そんな子供じみた後悔につけこむことを、この人はこんなにも恥じている。

そして、そう思ってくれることが、私は涙が出るほど嬉しかった。

「ひとつ提案があるんです。」

ならば、私に出来ることはひとつ。


「うまくいくかはわかりませんが、今の私なら見えるかもしれません(・・・・・・・・・・)。」







お待たせしました。

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