幕間 暗躍する者達の宴
不愉快な表現を含みます。
本編は読まなくても通じるように構成していますので、不要なかたは読み飛ばしてください。
第十章 "魔法手帖"はこの国に起源をもち、国に尽くすため始祖ステラにより発現される。
故に"魔法手帖"を持つ者は、この国を外敵から守り、打ち破りまたは国民の生活を富ませるために力を振るわねばならない。』
ー『アントリム帝国憲法』よりー
「ふうん。浄化されたんだ。」
つまらなそうに片肘をついた姿勢で少年はつぶやく。
「"聖女の魔法手帖"なんて言ってたけど、大したことないんじゃないの?」
盤の上の駒を見つめながら、机上に置かれた報告書にはすでに興味のない顔をしている。
「しかし、陛下。」
傍らに立つ初老の男が、手の仕草で王の面前から兵士を下がらせる。
「当初の目的通り、"魔法手帖"の実力を測るという事、それから、あの計画のため魔紋様が使えるかどうかを試すことについては、我々の手の者がきちんと結果を出しておりますぞ。」
「ふん、結果ね。大して被害をもたらすこともなく事態は収束。"盾"がそこそこ優秀でした、という報告がきちんと出した結論だとすれば、役に立つ情報と言えるのかい?…あの、聖国の古狸、魔紋様の話、盛り過ぎなんじゃないの?」
「…ひとつ忘れてますぞ、陛下。あの場所には『魔法紡ぎの女王』がいたと報告にあったではないですか!」
「…まあ、確かに。それは少しだけ、興味があるかなぁ。」
「では、早速その者を我が国に」
表情をにこやかなものに変えて男は身を乗り出したが、自分を見つめる少年の冷めた視線に開いた口を慌てて閉じる。
「ねえ、宰相。」
「は?」
「誰が進言を求めた?」
「し、失礼いたしました。」
慌てるようすを見た少年は面白そうに口元を緩めると、手振りで宰相に部屋から退出するよう促す。
「ああ、言い忘れてた。」
扉を閉めようとした宰相に少年は声をかけた。
宰相が何事かと下げていた視線を上げると、鋭い視線が彼に突き刺さる。
「あまり欲をかかないようにね。」
全身が凍りつくような冷ややかな声。
何を、と問おうとした時にはすでに少年の視線は盤上の駒に注がれている。
少年から逃げるように宰相は扉を閉めた。
「さて、釘は刺したから失敗したら責任は彼と彼の一族に取らせよう。」
盤上から駒がひとつ落とされる。
「こちらは、とりあえず、まずは使えるか試そうか。」
白く優美な形をした駒が新たに盤上に加えられる。
「ようこそ、盤上の椅子取りゲームへ。歓迎するよ!」
魔法紡ぎの女王様。
ーーー
…その頃、執務室へ繋がる廊下では。
「ちくしょう、ちくしょう!馬鹿にしやがって!」
宰相が目を血走らせ、廊下の真ん中を足早に歩いて行く。
仕事中だった侍従や侍女は、慌てて廊下の端に避け、頭を深く下げる。
それには見向きもせずに執務室へ入ると、荒々しく扉を閉め、直ぐ様呼び鈴を掴み激しく鳴らす。
「お呼びでしょうか、ハサン様。」
呼び出された側近は、茶器の準備をしながら鮮やかな手際で入れた茶をハサンに勧める。
「お茶と甘味をお持ちいたしました。お召し上がりになってはいかがでしょう?落ち着かれますよ?」
渡された茶を味わうこともなく、ぐっと飲み干したハサンは呼吸を整え彼へ指示を出した。
「サルト=バルト二ア王国にいる手の者に伝えろ。
儂の前に『魔法紡ぎの女王』を連れて来い。…生きたままだ!」
誰が真の王に相応しいか見せてやろう。
全く、腹立たしい。
本来なら、前の王が亡くなった後、弟である自分が王位につく予定だった。
兄上は仰っていた。
「それが順序だ」と。
それなのに、蓋を開けてみればあの忌々しい小僧が、すっかり周りを取り込んで、初めから自分に継承権があったように遺言を細工してしまった。
自分の派閥の者たちも徐々に離れていっている。
ここで巻き返さねば半年もたたずに我が陣営は瓦解するだろう。
「機会は今しかないのだ。…しかし良いときに出てきてくれたものだな、女王とやら。」
桁違いの力を持つと言う、魔法紡ぎの女王と魔法手帖。
折角の人材なのに、王国は保護することを躊躇っていると聞く。
なら、我が国が、儂が手元において存分に使って何が悪い。
民とはそういうためのものだろう。
政治とは、そういう影を持つものなのだ。
「大した力もないくせに、血筋だけで若造が王となる国の民も憐れよ。」
さあ、後は女王が来た後のことを考えよう。
彼の描く甘美な夢はどこまでも彼に優しい。
ーーー
その頃、サルト=バルト二ア王国。
「成る程、魔法紡ぎの女王は浄化の魔紋様を紡いだか。」
執務室の隣にある部屋で報告を受けながら、アンドリーニは背後に控える少年を振り返る。
「お前から見て、かの女王の人となりはどう映る。」
「…能力を度外視すれば、普通の少女といってよいかもしれません。あれだけ思考が顔に出ては政治には向きませんね。」
「他国の手前、今までは静観していたがそこまで有用な力を持つとなれば、国が保護せずにはいかないだろう。…そういえば、少女は異世界から呼ばれていたのだったな。一年後はどうするつもりか、意向は聞いているのか?」
「はい、ディノルゾからは一年後には元の世界へ戻る、と聞いております。」
「…ディノルゾはまだ目覚めないのか?」
その問いに答えたのはゲイルだった。
「ギリギリまで魔力を使ったようで、いまはまだ生命を維持するだけの魔力しか回復していません。…医者いわく、魔力を吸収する器官に何らかの損傷を受けたのではないか、と。」
「貴公の怪我の具合は?」
「私の怪我は治癒魔法で治せますから。」
そうか、といい僅かの時間思考するとアンドリーニはゲイルに告げる。
「本人の意向にもよるが、速やかに王都ほ居を移すことを検討させよ。女王には命の危機が迫っていると伝えてな。」
「…命の危機ですか?」
「アントリム帝国のご老体が、また何やらな。」
「あの方も、前王であった兄君を支える立場としては非常に有能ではありましたが。ご子息である王太子を支える立場になると逆に厄介ですね。」
ご自身も野心家でいらっしゃるから、そう言ってから少年はアンドリーニに向かい礼をとる。
「早急に彼女の住居などを手配いたしましょう。」
「…お前自ら動くのは珍しいな。」
「少々思うところがありまして。」
「大概にしとけよ、嫌われるぞ。」
「望むところです。」
興味ありませんから、そうすっぱり言いきっった後今度はゲイルに向かう。
「ディノルゾの症状について、彼女の意見を仰いでみてはいかがですか?」
「しかし…。」
「あくまでも、意見をうかがうだけです。そのついでに彼女が治療したとしても彼女の自由では?」
「…お前のその発想、嫌すぎる。」
「私を利用するのはあなたも同じでしょうに。」
アンドリーニのため息と共に吐き出された台詞に表情を変えることなく答えた少年は、ゲイルに結果の詳細は王へ報告するように、とだけ言って退席する。
さて、女王はどんな手を使うのか。
最後に彼のことを師匠と呼んだ彼女の笑顔を思い出す。
「お手並み拝見といくか。」
結果次第では、さらに強固な警備が必要となるだろう。
ならばあそこに住まわすのが最適だ。
そう思う彼の顔に浮かぶのは、柔らかい笑顔。
久しぶりに面白いものを見つけた、そんな笑顔だった。
こういう背景があるというだけの章です。
次回からまたエマサイドに戻ります。




