魔法手帖三十一頁 浄化の魔紋様と、…貴方は誰?
「僕の魔力を使えばいい。」
その声は私の真後ろから聞こえた。
瞬間、心拍数が急激に跳ね上がる。
…この声?
とっさに動くことができない私に代わり、声が聞こえる前に動き出したのは、サリィちゃんとリィナちゃんだった。
サリィちゃんはいつの間にやら取り出した大剣を声の主の後ろから首元にピタリと突き付け、リィナちゃんは私と声の主の間に立ち塞がる。
捜索隊の皆さんは私と同じように一歩も動けなかったが、サリィちゃんとリィナちゃんの様子を見て、一斉に武器を構え声の主を取り囲む。
「よく躾けられてるな。」
男の人の…低いけどよく通る声。
私はそろそろと振り向いてリィナちゃんの肩越しに相手の様子を伺った。
見れば顔と全身をすっぽり覆うような黒いローブを着けた男の人が、ゆっくり手を上げ、降参、の仕草をしている。
「…どちら様、かしら?」
オリビアさんは一歩前にでてリィナちゃんの隣に並ぶ。
捜索隊の一人にローブを外すよう指示を出したオリビアさんは、更に男の人へ問いかける。
「どこからこの部屋へ入ってきたの?」
「途中からは君達と一緒だ。」
「…」
パサリ、とローブが落とされ、男の人の姿形が顕になる。
思ったより若い人だった。
見事な銀髪に、同じ色合いの瞳。
整った顔立ちとの相乗効果で若いのに冷たく厳格な印象を与える。
身なりはシンプルだが仕立てが良いと判る黒いズボンに白いシャツ。
たぶん、この人は貴族階級だ。
そして胸には…
「王家の鎖…。」
捜索隊の誰かが声を漏らす。
オリビアさんは相手の顔を見て一瞬息を呑み、それから言葉と共にゆっくりと吐き出した。
「この方なら、大丈夫よ。」
「知っている方か?」
隊長さんの呼びかけに肯いて応えたあと、その方に向かって一礼した
「緊急時ですから色々省きますわね。どのようなご用事ですの?」
「ディノルゾとゲイルが迷子になっていると聞いたから回収しに来たんだ。あと、見たことのない魔紋様が出たって言うから確認しにね。まさか、禁忌とは思わなかったけど。」
確かに珍しい、と言いながらこちらに近づいてくる。
「…浄化できるの?」
「え?」
「浄化。君に出来る?」
「…」
その方は黙りこむ私に対し、いっそう冷たい視線を注ぐ。
「出来るかどうか、自信がないなら手を出さない方がいい。人の命がかかっているんだよ。実験や遊びのつもりなら、家に帰って大人しく待っていてくれないか?」
邪魔だ。
そう言ってから、興味を失ったように私から視線を外して魔紋様を観察し始めた。
なるほど、遊びに来たと思われたか。
上等だ。
話しながら気がついたのだけど、この人の魔力量なら自分の分を混ぜれば魔紋様の発動と維持ができる。
その大量の魔素を変換した魔力、ごっそりいただきたい。
それにしても、わざわざ冷やかしだけに貴族がこんな危ない場所に来るだろうか?
そしてこの人は私をわざと怒らせて反応をみようとした。
言い方がアレだけど、助けに来たというのは本当なんだろう。
ただ、私みたいな素人が場を仕切るのが面白くない、と。
子供か?
まあ、私も人のこと言えないが。
それならわざと乗ってあげる、という手もあるけどそれだと面白くない。
私は一つ呼吸をしてから、にこやかに話しかけた。
「貴方こそお帰りになられた方がよろしいのでは?」
オリビアさんがギョッとした顔で私の方を向いた。
「ちょ、ちょっとエマさん。」
「貴方の能力で浄化の魔紋様は紡げますか?もし、その膨大な魔力量を単純にぶつけて吹き飛ばす、力技を考えているならやめたほうがいいですよ。」
魔紋様に魔紋様をぶつけて相殺する技があることは知っている。
だだ、さっきも言った通り煉獄から魔物はすでに召喚されている。
動物系の魔物は狩ればいいが、例えば悪しき魂を召喚した場合はそうは簡単にいかない。
やはりどこかのタイミングで浄化が必要になる。
…って、魔法紡ぎの教本に書いてあった!
良かった〜最後まで読んでおいて。
貸してくれたオリビア様々だわ!
「貴方もこの場にいるなら一蓮托生。」
「いちれ…なんだ?」
「"逃さないよ"っていう意味で使う古き良き日本語です!」
…今だけな。
「全てを浄化出来るというのか?」
「もちろん。」
だからその膨大な魔力、貸してくださいな!
「なら、さっきみたいな不安そうな顔をするな。」
そう言ってから、すっと片手を差し出す。
「僕の魔力を使う以上、失敗は許さない。」
「はいはい。」
「はい、は一回でいい。」
「…はーい。」
…ハリセンすら世界を超えたのだ。
お約束事だって世界を超えるわよね。
このひと、絶対将来〇〇る。
よし、その時は憐れみを込めて慰めてやろう。
「…真剣にやれ?」
あ、アレ?口から出てましたか?
こ、怖いから睨まないでください!?
「…待て。一応念のため張っておくから。」
何をと、問う前にポケットから手のひらサイズ魔石を取り出すと床に叩きつけた。
叩きつけた場所を中心に広がる魔紋様。
薄暗い中、部屋全体に広がる白く温かい光。
「守護結界…。」
最上級の防御と共に、あらゆる状態異常を無効化する『守護結界』。
種類は多岐にわたるが、ここまで精密なのは見たことがない。
唖然とする私に対してその方は、「さっさとやれ。」とばかりに顎で魔紋様を指し示す。
使われている感は拭えないが、今は緊急事態だ。
…覚えとけ。
「では、いきます。」
その方の手を掴み、魔力を少しばかり融通してもらう。
優しく、温かい魔力が、手を、全身を包み込む。
この優しさを私に対して一欠片でも向けてくれたら…
「集中しろ。」
…怒られました。
ある程度二人の魔力を体内で循環させたところで、魔法手帖を取り出す。
「あれは!」
「…ほう。」
魔法手帖に魔力を注ぐ。
まずは発現。
「浄化、範囲中、効果大。」
魔紋様が発現する。
それを扉全体を覆うサイズへと調整する。
次に発動。
魔力を魔紋様に注ぐ。
魔紋様が途切れることなく、白く輝く。
「見事なものだな。」
感心したような声。
ふふふ!もっと褒めてください!褒められて伸びる子なんです!
ちょっ、睨まないでくださいよ!
集中しますから。
あとは魔力をひたすら流し、浄化が終わるのを待つだけ。
ここからは気力体力の勝負だ。
遅くなりました。
長くなりそうなのできりのいいところで失礼します。




