魔法手帖三十頁 禁忌『煉獄からの使者』と、双子の強さ
何時間たっただろうか。
階段下の踊り場は、休むには広さがありにセーフゾーンのようで魔物の姿はない。
入ってきた時の約三分の二まで減った捜索隊のメンバーに順次食事と休憩を摂らせながら、彼は通信機を何度も確認する。
彼が連絡して以降、着信が入ることはなかった。
誰も扉の方を向こうとはしない。
あれだけの血の量だ。
おそらく、二人は、もう…
その瞬間、十七階層から降りる階段側の扉が開く。
「敵襲!」
隊長である彼の声に捜索隊のメンバーはすべてを中断し武器を構える。
その開いた扉の先にいたのは…
「お待たせしましたー!」
場違いに元気な…ワンピース姿の少女の声が響く。
その場にいた誰もが固まる中、次々と入ってくる…女性と少女があと二人。
「ごめんなさいね〜手間取っちゃって!」
よくよく見れば魔道具を扱う商店『黒龍の息吹』の店主であるオリビアだった。
残りの少女達も店の販売員だ。
一人だけ見慣れない少女がいるが多分あの子が噂の新入りだろう。
「何故、君たちが?」
確かに応援を頼んだが、まさか彼女たちが…
まだ、混乱から抜け出せない彼に対してオリビアはにっこり笑って言った。
「望んだのは魔紋様の専門家、でしょう?」
確かに、確かに彼は魔紋様の解析と解除の出来る者を頼んだ、だが彼女達は…
そこまで言ってから彼は気が付いた。
彼女達は階段を降りてきたよな?
「君たちはまさかその人数で十七階層まで踏破して来たのか?」
その問には微笑むだけで応えずに、オリビアは少女のうち二人には怪我をしている者に対する治療を指示した。
それから、血で書かれた魔紋様の前に立つ少女の方へ近づいて行く。
「…」
「どう?」
「オリビアさん、コレはあってはならないもの、です。」
「解除出来そう?」
「解除なんて…」
彼女は意志を込めた瞳で真っ直ぐにオリビアを見つめ返した。
余りに強い怒りで、無意識のうちに集められた魔素が彼女の周りを渦巻く。
「…こんなもの、私が塗りつぶしてやります。」
ーーー
時は遡る。
十六階層の管理者用入り口からダンジョン内ヘの侵入を試みたオリビア達は、次々と襲い来るダンジョン内の魔物達を蹴散らしていた。
「まさか私がダンジョン内で結界を張るなんて目に合うとはね。」
ふふ、なかなか新鮮だわ、と楽しそうに笑うオリビアさん…目、全然笑ってませんよ!
オリビアさん達の様子を見るに、これはあってはならない緊急事態ということか。
しっかし、強いわぁ〜この双子。
双子だけに連携に長けているというだけでなく単純明快に強い。
サリィちゃんは大剣を軽々と振り回し、複数の魔物を一撃で豪快に斬り伏せていく。
一方でリィナちゃんは細身の剣を二本使い舞うように鮮やかに斬り抜け、更に状況に応じて魔法を放ちサリィちゃんを援護する。
二人揃って蹂躙した後は、あれだけ大量に湧いていた魔物はこれまた大量のドロップ品を残して姿を消していた。
オリビアさんは自分と私の周りに結界を張り、その中でリィナちゃんの撃ち漏らした魔物を狩りつつ正気に戻した魔物に対してはドロップ品の回収と、暴れている仲間を連携して狩るように指示を出していた。
ちなみにドロップ品の中には金銀宝石、魔石に、武器、更にはこのダンジョンならではの稀少な書物や魔法書もあった。
書物については国が買い取り城の書庫へと収蔵されるそうだ。
オリビアさんの指示の下、ちっこい魔物達がわっしょいわっしょい言いながらドロップ品を回収する様は、こういう状況になければなんだかちょっと可愛らしい。
しかも正気に戻った瞬間、オリビアさんにペコペコする姿は妙に共感するものがありましたよ?!
…オリビアさんに頼んだら一体くらい貸してもらえないだろうか。
そうしてあっという間に十六階層を抜け、十七階層でも同じことを繰り返すと、目の前に十八階層へ降りる階段のある扉が見えてきた。
「各階層の扉は魔素を流すと開く仕様なんですか?」
「そう、一応各階層を繋ぐ階段と扉の前のスペースはセーフゾーンになっているのよ。その関係で魔物がうっかり迷い込まないように扉には仕掛けがしてあるのよね。だから、魔素を流し込まないと開かない仕様なのよ。」
なるほど、オリビアさんの言うとおり、階段前には魔物は居なかった。
扉を開け、階段を見下ろしてもやはり魔物はいない。
ただ、今までと違うのは階段の下に人の気配がすることか。
「お待たせしましたー!」
ババーンとばかりに元気よくサリィちゃんが階下の扉を開ける。
大剣はいつの間にやらどこかに収納された模様。
今度聞いたら教えてくれるかな…。
唖然とする人達の中で、いち早く正気に戻った隊長らしき人とオリビアさんが話している間に、問題の魔紋様をじっくり観察する。
と、その瞬間に、血が逆流するほどの強い感情を覚えた。
…コレハ。
コレハナンダ。
コンナモノノタメニ。
…チカラヲツカウナ!
この感情の名は、怒り。
自分でもコントロールできないくらいの、強い怒り。
何故扉の魔紋様が読めるのか、そんな事はどうでもよくなる位の。
自分でも、枷が外れたのがわかった。
無意識のうちに集められる魔素。
「これは何なのか、エマさんわかるかしら?」
オリビアさんの問いに唸るような声で答える。
「この魔紋様は上下二層で構成されています。下の層は魔素を流したものをランダムに他の階層へ飛ばす魔紋様。しかも転移先はご丁寧に十八階層以下と指定されてますね。恐らくディノさんとゲイルさんは扉を開けようと魔素を流した瞬間にこの魔紋様に巻き込まれ、この階から下の階層に飛ばされたはずです。そして問題は上の層です。』
禁忌『煉獄からの使者』。
血で書かれた魔紋様は血の量だけ生け贄を捧げた証拠。
そして対価に見合うだけ、煉獄から堕ちた魂が召喚されるという闇属性の魔紋様の一つ。
発動させるには闇属性を持つ魔力と他にも条件が必要だ。
それだけに、発動すれば大きな力を持つ。
救済を望む魂に罪を重ねさせ、更に彼らに殺された人間の魂を煉獄へ引きずり込むという鬼畜仕様にさらに怒りが募る。
「ですからこの扉の先にはそういう類の魔物が待っています。」
僅かにだが、扉の向こう側から唸り声と蠢く何者かの気配がする。
さてどうするか。
この魔紋様を解除出来たとしても、一層下にはランダムに下の階層へ飛ばされる転移魔法、それを更に解除出来たら今度は煉獄から召喚した堕ちた魂を持つ魔物たちが待っている。
「…好き放題してくれるじゃないの。」
オリビアさん、お気持ちは察しますが被った猫剥がれてます。
隊長さんが隣でびびってますよ。
「それで、解決策はある?」
ちょっと考えてからオリビアさんに小声で確認する。
「オリビアさんは煉獄から召喚された魔物が消えればディノさん達を探すことができますか?」
「多分管理者の権限でどうにかなるわ。」
あの子たちもお仕置きされると正気に戻るみたいだから、そう言ってオリビアさんは口元だけに笑みを浮かべた。
お仕置きって…うん、今はスルーしておこう。
ならば力技でなんとかなるかな?
「私の魔紋様で上書きします。」
魔法手帖に浄化を目的とした魔紋様を紡いでおいた。
扉の範囲は広くないからこのままで使えるはず。
ただ…
「完全に浄化するために大量の魔素が必要になるかもしれません。だけど私の使える魔力量はあまり多くないんです。この血の量を見るに沢山の人が犠牲になっているはず。多分途中で足りなくなります。」
情けないことだけど、はっきり言ってまだ発展途上の私の魔力の器は小さい。
「私の魔力を足しても足りないかしら?魔力を融通しあう方法は教えたでしょう?」
「私のも使って!」
「私のも!」
オリビアさん、双子も協力を申し出てくれたけど、まだ足りない。
「私の魔力も使ってくれ。」
話を聞いていた隊長さんが協力を申し出て、更に捜索隊の人たちからも俺も、私も、と声が上がる。
でも、まだ足りない。
途方にくれた私の後ろから、突然声が聞こえた。
「僕の魔力を使えばいい。」
二話続けていきます。




