混沌と混乱 sideロイト・ゲルター混成捜索隊隊長(仮)
初めから、何かがおかしかった。
この地下迷宮『初代女王の大書庫』は前半の十五階層まではそこまで難易度が高くない。
ある程度の実力者を揃えれば三日あれば踏破できる程度。
このダンジョンの目玉商品である錬金術の書籍から生み出された金銀や宝石、魔石は小ぶりながらもこの程度の深さででも回収できるため、一回潜ればそこそこの稼ぎになる。
ただ、残念なことにロイトの扉を繋げる魔法はこのダンジョンでは使えないので、実入りの良い階だけ回るということは出来ないから、地道に一階層ずつ踏破していくしかない。
では、なぜ三十階層あるうちの十五階層までしか踏破されていないのか。
それはダンジョンの"管理者"から通達により十五階層より下は『管理者、もしくは国の許可無くば何人たりとも立ち入ることを禁ず』とされているからだ。
何でも、この階層より下は管理者にも踏み込めない場所があり、ガラリと様相が一変するらしい。
曰く、『混沌』だと。
今回、あの実力者である二人ですら飲みこんだ、ダンジョンの十五階層から下を捜索する隊長に指名されたことは名誉であると思う一方で、なぜか嫌な予感がして、わずかの時間でも混乱したことは否定しない。
だから実際にダンジョンへ潜ってみてダンジョン内の雰囲気ががいつもと違うことにすぐに気がついた。
管理者のいないダンジョンはこうはいかないのだが、管理者のいるところの魔物は、実は管理者の意向を汲み、統制がとれていることが多い。
このダンジョンの目的が実は市場にドロップ品を流すための仕掛けなのではないかと言われるほど、ダンジョン内で人が死ぬことが少ないのだ。
挑戦できる実力以下の冒険者や冒険者目的の盗賊団など、ダンジョンには付き物の排斥対象と判断された者たちはどうなるのか。
このダンジョンの名物『百鬼夜行』で入り口まで追い立てられる。
想像してほしい。
薄暗いダンジョン内を何百といる魔物にギリギリ殺さない程度の攻撃を加えられながら追い立てられ、しかもすんなり入り口から出してくれることもなく、普段見かけないはずの死の騎士や不死の魔物までがどこからともなく湧いてきて、嗤いながら列に加わり更に執拗に追いかけてくる様を。
しかも何らかの犯罪を犯している場合は、管理者から通報され入り口でそのまま警ら隊に縛されるオマケつきである。
この『百鬼夜行』は対象者にのみ適用されるため、他の冒険者に対して被害が及ぶことはない。
稀に初めて潜った冒険者が偶然鉢合わせし、恐怖のあまり攻撃して死なない程度に反撃されたり、『百鬼夜行』中は各層から魔物が極端に減るためドロップ品が少ないといった残念な事象はあるが、問題のない冒険者からすれば年に何回かある『見たら不幸な事があるかも』程度の扱いだった。
そして、今までと同様、十五階層までは特に問題なく通過できた。
魔物の数がいつもより少ないと感じられる程度。
ところが。
「なんだ、この夥しい魔物の数は!」
「まさか、『百鬼夜行』?!く、来るぞ!」
十六階層から魔物の様子が一変した。
本の魔物だからと侮っていたわけではない。
ただ、我々は気づいてしまった。
十五階層までは手を抜かれていたことを。
本の姿をした魔物は魔法を操り攻撃し、実体化できる魔物は錬金術で生み出された武器を携え襲いかかる。
彼らは、十五階層までと違う方向に連携がとれていた。
それは彼らを確実に仕留めるため。
「当たってほしくない予感ほどよく当たるものだな。」
この時すでに隊長である彼は万が一の場合は撤退することも視野に入れていた。
確かに彼らはロイト・ゲルター両組織において精鋭とされる者の集まり。
他のダンジョンにも必要があれば潜ったし、そういう場所での魔物との戦いにも慣れているが多い。
それでも、数の暴力というもので計れば確実に未知の領域だった。
何度も撤退を考え、徐々に人数を減らしながらも、なんとか辿り着いた十八階層。
各階層と同じように階段から降りた先にある十八階層へと続く扉を開けようとした。
そこで我々が見たものは。
「…なんだ、この、魔紋様は…。」
すぐさま通信用の魔道具を取り出し外部へと連絡する。
通信を妨害するものはなかったようで、待機している組織の人間に繋がった。
「すぐに上層部と連絡を取れ。至急魔紋様の解析と解除が出来るものを寄越すように伝えろ。…これは、尋常なやつの仕業じゃない。」
匂いで彼は気がついてしまったのだ。
黒々と見えた魔紋様が大量の血を使って書かれた物であることを。
ちょっと短めです。




