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エル・カダルシアの魔法手帖  作者: ゆうひかんな


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魔法手帖二十四頁 ハリセーンと、雇用条件

人間が目で捉えられる限界の速さでオリビアさんが動いた。

その手には…見慣れたアレ、そう「ハリセン」が握りしめられていた。

鮮やかに翻る手首の動きに合わせて、快音が響き渡る。

それも三回。


あとには物言わぬ…


「お、オリビアさん!流石にそれ以上はマズイです!」

「あら、いつも大丈夫よ?直ぐに目覚めるわ。」

「いや、オリビアさん、だって今、急所にストライクきまって…」

「…オリビアさん!それは幻の『ゲンゾウモデル一号』!」

「…見たものに愛と幸せを運ぶという、魔道具の中の秘宝といわれる逸品!」

「…あああ〜触っていいですか御利益、御利益、御利益。」

むっくり起き上がり、いきなり叫びだす三つの塊。


…なんかいいや、もう。


「ほら、貴女達、エマちゃんドン引きしてるわよ。そろそろ抑えておかないと嫌われるわよ。」

「「「イエス、マム!」」」


…マジでイヤ。おうち帰りたい。


そんな寸劇のあと、なんとか落ち着いた三人に話を聞くと、カロンさんは私の様子を見に来ただけで、サリィちゃんとリィナちゃんはあの短時間で制服を仕上げたから試着してもらおうとしたのだとか。

皆さん普通に来てくださいよ、普通に。

それにしても、『ゲンゾウモデル』再びですね。

しかも一号がハリセンってどういうことでしょうか?

それだけツッコむ必要に迫られたということか?


わかります、今なら心底同意しますよ!


「ちなみにゲンゾウモデルって、いくつまであるんですか?」

「よく聞いてくれましたね!ゲンゾウモデルは全部で二十五種類あります。勿論、類似品はもっとありますけど、オリジナルは大抵秘蔵されていて見ることも難しいんです。今では誰が名付けたのか、この奇跡のようなオリジナルの魔道具を総称して『二十五の涙』と呼ばれています!」

うん、なんかそんな名前の日本映画、あったよね?

「そして世界に散らばったオリジナルの魔道具をすべて集めると、三つの願い事が何でも叶うと言われています!」

う、うん、そんなお約束のあるマンガ、あったよね?

それらの設定、絶対あとから同郷の人(にほんじん)が面白がって話を盛ったんだろうな。

「オリビアさんの振るった『ハリセーン』はゲンゾウモデルとしては珍しい武器タイプの魔道具で、所有者の基礎能力の飛躍的な向上、本体に魔素を貯めることによる硬化、そして一番すごいのが魔道具自身の自己修復能力で、この能力は所有者にも及びます。だから魔道具自身が攻撃を受けても、所有者が攻撃を受けても自己修復能力の限界値を上回らない限りは壊れることはありませんし、怪我も魔道具の自己修復力が働いて治療されるんです!」

ふざけた名前のくせに無駄に高性能でした。

さすがゲンゾウクオリティ。

おや、そういえば。

「皆さんお昼ご飯ありますけど。」

「「「いただきます!」」」

あ、さいですか。


とりあえず、開店してカウンターには呼び鈴を置き、皆で奥の通路にある部屋へ移動することになった。

私は作ったお昼ごはんを三人分運び『銅貨の部屋』へと入る。

この部屋はノックの回数で扉が開く仕様なんだとか。

"開く"合図のノックは三回。

三回目のノックで部屋の扉が自動で開いた。

「お待たせしました〜。」

ミートソースのかかったパスタを見てサリィちゃんとリィナちゃんが目を輝かせる。

「いい香り〜!」

「美味しそうね!」

「上から細かく砕いたチーズなんかかけても美味しいですよ。」

カロンさんは皿が来たとたんにパスタを黙々と食べている。

何でも、研究に没頭して丸一日くらい食べてないんだとか。

研究者ってそんなものなのかもね、さあ、たんとお食べ。


三人が食べている間に、オリビアさんから雇用条件について説明を受けました。

まず、週七日のうち週休は二日で、お店の定休日とその他に一日もらえるそう。

勤務時間はアサ八の鐘からヨル五の鐘まで。


お給料は毎月金貨五枚。

初めの頃はコントロールを学ぶために、オリビアさんが指定した魔紋様まもんようを量産。

慣れてきたらオリジナルに挑戦しても良いとの事。

オリジナルは性能と商品化できるかどうかで買取価格を決めていく。

うん、頑張らないと。

更に朝晩のご飯は私が作り、お昼は各自で好きなように食べることになった。

材料は週二回ペースで買い出しに行き、サリィちゃんかリィナちゃんと同行するように言われました。

カロンさんからも出来れば作って欲しいと言われ、月々食費を納める代わりにこのお店で朝晩一緒に食べることになりました。

そうでもしないと、平気で一日くらいは食事を抜いてしまうそうだ。

なんてもったいない。

「朝晩作るのは大丈夫なんですけど、調味料が限られているので品数が増やせないんですよ。なるべく飽きないようには工夫しますが。」

「調味料?どんなのが欲しいの?」

「例えば、胡椒という香辛料なんですけどね。」

粒状で、色は黒と白があって、と説明していく。

「独特の香りと辛みがあるんです。」

出来れば、中華料理に挑戦したいんです。

塩は高めだけど多少は手に入るので、後は胡椒があれば料理の幅が広がると思うんですよ。

と、力説したら考え込んでいたリィナちゃんが言った。

「…多分あるよ、それ。」

名前は違うけど、独特の香りと辛みというあたりでなんとなく心当たりがあるそうだ。

「確かにその香辛料はこの辺りではあまり見かけないわね。王都なら手に入るんじゃないかしら?」

オリビアさんにもなんとなく商品がわかったみたいだ。

サリィちゃんとリィナちゃんの出身地は、隣国の一つに接していて、その国からの輸入品にそういう食材があるそう。


「て、手に入りますか?」

値段も気になりますが、まずそこです!

「大丈夫なんですけど、輸入される量は少なめなんですよ。」

量を手に入れたいなら隣国で直接手に入れたほうが安いし種類も豊富なんです、と言うリィナちゃん。

「行きたいですけど、遠いですよね…。」

この第三大陸は大きいから、まず国単位で領土が広い。

それこそ国を横断するだけで何ヶ月とかかるレベルらしい。

「あら、エマちゃんの場合は大丈夫よ。」

カロンさんは素敵な笑顔で言い切った。

おや?心当たりがないんですが?

ルイス()がいるじゃない。」


おお、ルイスさんの扉を繋げてもらう手がありましたか!

「…今、完全に忘れてたわよね。」

「今朝まで一軒家に二人きりで暮らしてたわよ。」

「「ルイスさん、かわいそうに。」」

「たぶんこのこと知ったら軽く寝込む位にはショックだと思うわ。」

いや、忘れてたわけでなく、扉を繋いでもらうっていう発想がなかっただけですよ?

私を"ひとでなし"のように言わないでください?!


「ルイスさんに頼んでも大丈夫ですかねー?」

「まあ、今すぐは無理だし、どちらにしてもまずは仕事に慣れてからね?」

オリビアさんが苦笑いしながら言う。

確かに。まずは仕事を頑張らなければ。

先立つものがなければ、お買い物できませんもの。

あ、呼び鈴がなっています。

店頭にお客様ですね!

「じゃ、エマちゃん頑張ってね〜!」

カロンさんはそう言って研究所に帰って行きました。

「私が接客するから、二人はこのままエマちゃんの試着をさせてみて。」

オリビアさんが店頭に向かい、私とサリィちゃん、リィナちゃんが残りました。

「私が制服持ってくるわ〜!」

部屋を出て行くサリィちゃんを見送ってふと気がつく。

「あれ、ここで着替えるんですか?」

「もちろん?」

笑顔で首を僅かに傾げながら言うリィナちゃん。

かわいいなぁ、…じゃなくて。

「ちょっと人前は恥ずかしいんですが。」

私のなけなしの抵抗に対して、リィナちゃんが悲しそうな顔をする。

「やっぱり、ダメでしょうか…私、自分の作った服を他人が着る姿を一度でいいから直接見てみたいんです。」

瞳を潤ませる姿に、ぐっときてしまいました…。

これ、断ったらひとでなしだよね…?


「わかりましたから…」

「…さあ、サリィ!お着替えタイムですよ!」

「ラジャ!リィナ!」

扉が開いてキラキラした笑顔のサリィちゃんが飛び込んできた。

リィナちゃん、さっきまでの澄んだ瞳はどこいったの?


…くっそう、嵌めたな!





ちょっと長めです。

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