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エル・カダルシアの魔法手帖  作者: ゆうひかんな


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魔法手帖十八頁 "魔法手帖"と、"まほうてちょう"

遅くなりました。

『創造神は人びとを導くため"魔法手帖"を聖女へ授けた』

ー『ブレストタリア聖国建国記』よりー



ブレストタリア聖国シリス大聖堂内。


「魔法手帖!!本物ですか?大司教様!」

巷では当代『魔法紡ぎの女王』と呼ばれる"聖女"クリスティーナは、大司教レイモンド=ロウェイルに対し、許しを得ていないにも関わらず話し掛けてしまった。

淑女として礼儀知らず、はしたないとされる行いに対し、通常ではあり得ない程に鷹揚な態度で大司教だけが使える豪奢な机に座りレイモンドは頷く。

なぜなら、彼女が夢にまで見た"聖女の魔法手帖"を彼は手に入れたというのだから。


腰から下まである金髪の三つ編みを無造作に跳ね上げ、空色の瞳を潤ませながら、今度は許しを得てシンプルな白のドレスを揺らし立ち上がると、震える手で机に置かれた魔法手帖を手に取る。


彼女のほっそりとした指が魔法手帖のページを捲る。

造作の整った顔から徐々に血の気が失せていく。


「これは…。」

「すごいだろう。些細な日常の補助系から守護系、治癒系、それどころか攻撃系まで、あらゆる系統の高度な魔紋様まもんようが記されている。収集されている数から言ったらこの大陸一だろう。」

流石奇跡の聖女(きせきのせいじょ)と言われたアリアドネ様の魔法手帖だ、と言うとクリスティーナを冷めた灰色の瞳で見つめる。

「お前はずっと家族から冷遇されてきた。魔法紡ぎの名家に生まれながら碌な魔紋様まもんようが紡げす、魔素を集める量だけが多い出来損ない、と。そして文字通り捨てられたお前に私が淑女としての教養を与え、今また魔法手帖を与えた。」

すかさずクリスティーナはレイモンドに臣下の礼をとる。

「私は魂までレイモンド様のもの。ブレストタリアに繁栄を。聖国王の悲願でもある聖国の第三大陸統一による人々の魂の救済に、私の力を思うがままにお使いくださいませ。」

レイモンドは満足そうにうなずく。

「ブレストタリアに繁栄を。おめでとう。これで君が"聖女"だ。」

それに対しクリスティーナが感謝を込めた表情で最上級の礼を返す。


下げられた頭の陰で。

クリスティーナの口元がニィと歪んだ笑みを浮かべる。


…さあ、やっと舞台は整った。


ーーーーー


「で、まほうてちょう、って何ですか?」

あのあと、暴走しかけたカロンさんを正気に戻して、ルイスさんは先ず朝ごはんを食べてから話の続きをすることを提案した。

流石ルイスさん。朝ごはんは大事です。

今日の朝ごはんは、ミルクにパンを浸して、バターで焼いた王道のアレですよ!

フレンチトーストにハム、野菜スープに搾りたての牛のミルクでした。

食材の名前は違っても製法は割と近いようだし、味も元の世界のものと比べても遜色ないと思ったら。

はい、異世界から呼ばれた人々の努力の賜物でした。

私だって、まだこの世界にきて三日目にも関わらず、すでに米、味噌、醤油が恋しい。

ああ、今なら米に味噌汁ですらごちそうです。

…はっ!意識飛んでた。


とはいえ、今は三食食べられる事だけで充分です。

ああ、ゆっくり食べる食事のなんて幸せなことか!

ついでにルイスさんとカロンさんの普段の食生活について聞いてみたら、普段は朝晩二食が多く、ルイスさんは商家の護衛+書類仕事、カロンさんは今は領の研究機関に勤めていて食事も個々に空いたタイミングで摂ることが多いとか。

今後は私が居るので隔週で一人は家の事+護衛、一人は仕事に行くということで暫くは交代しながらサポートしてくださるとの事です。

はい、お世話かけます。


そこで、私からの提案です。

「このお家にお世話になる間は、食事とお掃除はどんと任せて下さい!」

祖母よ、まさか異世界で貴女のスパルタ教育が役に立つとは。。

あの努力は今日この時の為だったんですね!

祖母がスパルタだったのはキャリアウーマンの母が壊滅的に家事ができなかったから。

私が小さい頃は祖母が一手に引き受けてくれていたが、流石に歳で段々しんどくなってきた様子だった。

ちなみに父親の方も余り家事は得意でなかったようだ。

弟妹のため、見様見真似で始めたお手伝いが祖母の『母親のようにしちゃマズイ!魂』に火をつけて、とにかく出来ることからコツコツ教えてくれた。

普段は優しく愛嬌もある可愛い雰囲気の祖母がいきなり豹変するんです。

熱血系体育教師に。

あの豹変ぶりを見て、私は察しましたとも。

「あ、これが母の料理が壊滅的な理由だな。」と。

かあさまは持てる運、縁、スキルあらゆる手段を使って逃げに逃げまくったらしい。


私の場合は、立場上あねとして逃げづらいし、おばあちゃん子だったから早く"お茶目なお婆ちゃん"に戻してあげたくて祖母からの指導だけでなく、参考書からレシピ集まで頼れるものは全て使って、祖母が太鼓判を押す家事スキルを手に入れた。

今では熱血教師から元のお婆ちゃんに戻り、近所のハワイアンダンス教室でハワイアンダンスにのめり込んでいる。

今思うとのめり込んで周りを翻弄するあたり、母と祖母はやっぱり母娘だなと思わせる出来事だった。


それはさておき。


突然の提案にも関わらず、二人には大歓迎された。

先ず、ルイスさんは護衛としての仕事で野営も経験しているため、ある程度は出来るそう。だが、あくまでも最低限で得意ではないらしい。そしてそれはお掃除に関しても同じだとか。

そして、カロンさん。掃除も料理もそこそこ出来るけど、それをなるべく早く片づけて魔紋様まもんようの研究に全力投球したいの!とのこと。

ブレませんね、カロンさん。

そこで、食費やその他掛かる費用はルイスさんとカロンさんが持つ代わりに、私は労働力を提供する事がその場で決まった。


すっきり役割分担が決まったところで朝食が終了し、最初の質問に戻る事になる。


早速私が台所の器材の使い方を教わりながらお茶の用意をしたところで、カロンさんから"まほうてちょう"について説明をしてもらった。


『魔法手帖』。

"魔法紡ぎの女王"もしくは他国でもそう呼ぶに相応しい人物が発現させる、彼女達が紡いだ魔紋様まもんようの覚書。魔紋様まもんようを紡いだ後、余剰魔素の力によって手帖に紋様が書付けられると考えられている。手帖本体は彼女達が持つ能力に由来しているとされ、手帖の装丁は彼女達の個性により異なるらしい。

現存するものは二冊、それぞれ別々の国の王室が管理しており、第三大陸の歴史上魔法手帖が現れたのは、すでに失われたとされる『聖女アリアドネの魔法手帖』を含めても三冊しかないそう。

この魔法手帖に書付ける事で、どんなに高度で複雑な魔紋様まもんようであっても紡ぐ時間をショートカット、必要な魔素の量を注げば瞬時に発動出来る。

そして、この魔法手帖の重要なところは所有者が生存している間は所有者しか使えないが、亡くなる間際に次の所有者を指名できることにある。

つまり所有者になれば第三者であっても使用できることになるのだ。

とはいえ、魔素の量を多く使う紋様もあるため、現実には縁故があっても使いこなすのは難しい。

よって先の現存する二冊のように子孫が受け継いだものを王家に献上し、王家の者が所有者として代々引継いでいるのだそうだ。


…そんなすごいものなんですか、これ。

確かに、ページをめくると既に二つの魔紋様まもんようが書付けられている。

しかもご丁寧に解説付きで。

ひとつは治癒系の魔紋様まもんよう。二日酔い改善のために生み出されたアレですね!

そして、もうひとつは。


「これ、発動させるために合図が決まっているタイプね。」

カロンさんから鋭い指摘が入る。 

「へぇ、術者の持つ能力を表示させる魔紋様まもんようか。面白いものを考えるね。」

試しに発動してみてよと、期待いっぱいの顔でルイスさんから要望が入る。


「…あの、これ、実演しないとダメですかね?」


「「是非!」」


ああ、キラキラした瞳で見ないで。

断れないじゃないですかぁ。

「一度だけですよ…ハァ。」

「「もちろん!」」



「…ステータスオープン!」

この日、新たな黒歴史が生まれた。

数時間前の浮かれた自分を殴ってやりたい。









魔法手帖を求める側。

魔法手帖を与えられた側。

魔法手帖を中心に別々のサイドから見るお話を書きたくてこうなりました。

ついでにステータスオープン(笑)が書けて嬉しいです。

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