名もなき賢者の世界⑥
後半部分です。
過去の自分を振り返る描写には個人的な意見が含まれております。
ご注意ください。
行くか、戻るか。
迷いながらも私は魔道具に手をかざした。
そして鶴の置物に魔力を流す。
ここはシルヴィ様を信じよう。
彼女は私に国を救うための手段を残した。
そして賢者様はシルヴィ様が引き合わせた人…本人はだいぶ嫌がってたけどね。
私のためではないとしても、シルヴィ様のためなら我慢ができる人なのだ。
ならば私を害する気はないはず…少なくとも、今の状況ならば。
結果、魔道具は発動し、私を未来のダンジョンにある部屋へと送り込んだ。
初めて見た時と同じ、質素な造りながらも居心地の良い家具に、ソファに、机…。
その机上には、見慣れたものが置かれていた。
ダンジョンに置かれていたのと同じ『専用転送機(亀)』。
そしてその脇に、見たことのないデザインの魔道具が置かれている。
ただ見たことはないなりにも、何となく使い方の想像がついた。
「録画再生機かな?転送は…ついてないか。」
機能を付けないことで使用者の幅が広がる。
転送する機能を削れば安価に仕上げることができ、たくさんの人が手にすることができるもの。
"付加機能として好意的に迎えてくれるならそれでいい。それを強要するのは傲慢というもの。繋がらない事を選ぶ権利もまた、使う人にあると思う。"
これは宝石箱に新機能として"お知らせ機能"を付加するか検討した際に私が希望としてサナに伝えたこと。
もしも…、もしもこの魔道具を未来にある研究所の誰かが作ったというのなら。
サナがその輪の中にいるのかもしれない。
もしくは全く知識の蓄積のない中からこの世界の誰かが作り上げたものか。
それか、もしかしたら私以外に異世界へと呼ばれた誰かが未来にいて、協力した想定外の別ルート?
…だが一番可能性が高いのは、私の存在した現状世界から、賢者様かシルヴィ様が持ち込んだ可能性だ。
わざわざこの世界にないはずの魔道具を置いて私の注意を引いた。
少なからず彼女が私に伝えたい情報はここにあるはず。
中身を見てみれば一番早いけれど、それは無事に戻ってからの話だけどね。
…もしくは戻れなかった時に見るものかも知れないけれど。
「無事に元の世界へ戻れますように。」
祈るようにして、机の上に置かれた亀の置物に魔力を流す。
途端、空間が歪むような気配がした。
ぐいと引き戻されるような慣れない転移の感覚に心拍数が上がる。
そういえば、主様の作った専用転送機は黒い空間を潜って転移するもの。
こんな強引に空間を移動させるものではなかったはず。
これは見た目だけ同じ、あの魔道具とは異なる理論で転移させる別の魔道具だったのか。
そんな大切なことに今更気がつくなんて。
しまった、見た目に騙された!!
そう思うも一度動き出した魔法は止まらない。
ドサッ!!
「ギャー!!いだだだだだだ。」
最後は床に投げ落とされるようにして転移は完了した。
勢いよく打ち付けた腰からお尻にかけてが強烈に痛い。
擦りながら視線を前に向けると、ちょっと前に見た机の脚らしきものが視界に入る。
目線を上げていけば、忘れもしないあの忌々しい顔が呆れたような表情をこちらに向けていた。
「潰れたカエルみたいな奇声を発しおって。もっと優雅に美しく着地できないのか?」
「貴方って…、貴方って人はっ!!」
転移の辿り着いた先がこの場所である時点で、賢者様との意味不明な問答の理由と正解がわかった。
溜めていた怒りが爆発する。
「あのトンデモ魔道具、貴方が作りましたね!!」
専用転送機鶴亀の贋作を作ったのが賢者様。
で、あの場所に置いたのがシルヴィ様と。
シルヴィ様が開けた時に入り口から先の世界を覗いたことはある、けれど入らなかったから、入り口から先の世界を全て見たことはない。
シルヴィ様が魔道具を置いたところを見たことはない、だが作成者としてなら魔道具を見たことはある。
正解は、二人の共同作業でした。
「あの緊迫した局面で微笑ましい舞台裏の情報なんかいりませんよ!!」
「だから凡人は遊び心が足りないのだ。我々レベルになるとな、あえて裏の裏を読むもの。人間関係の肝とされる"相手を持ち上げて、叩き落とす"という技を、さらに進化させた"叩き落としておいてから、持ち上げ、相手の喜びを煽る"という奥義。それをさらに昇華させたのが"相手を持ち上げて、思いっきり叩き落とす"というこの魔道具なのだよ!!それを実現させてしまう知性と才能。ああ、なんと素晴らしい発想力!!さすが私は天才だな!!」
「だからその発想がややこしいんですよ!!裏の裏なら普通に表じゃないですか、面倒くさい!!」
シルヴィ様の言っていた『色々面倒だけど』という言葉が蘇る。
ああ、おうち帰りたい。
人というものは呆れ果てると途端に冷静になるもの。
もういい、治療方法の手掛かりは見つけたし、とっとと帰ろう。
「さあ、速やかに私を素敵な現実世界に戻してください。」
今は全力でシロの毛をモフりたいのだ。
おどけた調子で両手を広げる私に対し、一転、真剣な表情を見せた賢者様。
憂いを帯びたような視線はなんの感情も映すことなく、私を真っ直ぐに見つめている。
おや、まだ何かあるのかしら?
「一応確認しておきたい。君は答えを見つけた、その答えで未来を変えるつもりか?」
「はい、そのつもりです。」
「それは君が未来を変えることによって新たに生ずる問題を承知した上での判断なのかな?例えば君が治療方法を手に入れたことで、多くの王国の民が救われるだろう。それが全て善人なら良いがな、そこに悪人が含まれていたらどうする?窃盗団、強盗、強姦魔に殺人鬼。病によって絶たれるはずの憂いの種が生き残った結果、彼らが罪のない民を傷付け、奪い、殺したとしたら、未来を変えた事による新たな罪を君は背負えるのかね?眠り病により、たくさんの命が失われる。そのことはとても悲しいことだ。だが流行り病の前では老いも若き者も、善人も悪人だろうと平等である。その選択に君が関与することはない以上、君が罪を負うことも、一生負い目を感じ生きていくことはない。それこそが君達の凡人が望む平穏で安全性の高い生き方というものではないのか?」
賢者様の容姿が一気に歳を重ねたように見えた。
死にゆく善人を救う道が、悪人すら救うという矛盾。
生かすべきか、死なせるべきか。
正しい答えは、どちらなのか。
おそらくそれは長い年月の間に、彼自身が何度も繰り返してきた問答。
未だ答えを探すような彼の言葉の言葉を心底うらやましいと思う。
私には彼のように迷う時間すら与えられなかったというのに。
「そんなの、今更ですよ。賢者様。」
この局面で私にできることはただひとつ。
善悪に関わらず民を全て救う、ということ。
私には、それ以外の選択肢は選べない。
「それに、とても平穏で安全性の高い生き方だと思いません?」
そして限りなく平等だ。
生き残る機会は平等に。
戦い、身を守るは自身の力で。
生命を繋いだ上に、見ず知らずの他人の安全まで保証をしろ、と?
冗談じゃない。
私にそれ以上の優しさなんて求めないで欲しい。
なぜ私がそこまで彼らを守らねばならない?
彼らを守るべき存在は他にもあるはず。
その最たる存在であるはずの国が、いつまでも脆い状態では、また誰かが身を犠牲にせねばならなくなる。
シルヴィ様や、師匠のように。
「誰かが犠牲にならなければ救われないような国に尽くす価値はありませんよ。」
この台詞、シルヴィ様や師匠が聞いたら怒り狂うかな…もしくは悲しむか。
それに気付かないことが罪なのではなく、気付かないふりをすることが罪だ。
言葉とは裏腹に賢者様が"凡人が望む平穏で安全性の高い生き方"を憎むのはそのため。
彼の表情が一気に変わる。
感情が昂ぶると若返ったように見えるのね。
今、賢者様を支配するのは怒りか悲しみか、それとも違う何か。
私の起点の魔紋様が司るのは善悪の先にあるもの。
願いを叶え、生き残った未来で、彼らは…国はどんな選択をするのか。
皆の描く未来とは違うかもしれないけれど、新たな選択肢を手に入れるために、私が立ち止まるわけにはいかない。
ふと与えられた役割に準じたような感覚に襲われ、眉を顰める。
まるで誰かの黒白の盤の上で、私という駒が新たな局面を創り出そうとしているみたいだ。
…気のせいだと思うけどね。
初めてのお茶会で自身の持つ魔紋様の効果を語るシルヴィ様の言葉を思い出す。
『そうねえ、敢えて言うなら、運命にちょっとだけ干渉できる、ということかしら?』
『そっちの方がすごくないですか?』
『あくまでも付加するとか、それた道を元に戻すため補正を加えるとか、だけよ。道すじを変える事はできないわ。不確定要素に左右されて時に思わぬ結果を生むこともあるし。それに人の寿命や生死に直接干渉する事もできないわ。』
彼女の"人の寿命や生死に直接干渉することはできない"という言葉には、台詞の頭に"彼女の起点の魔紋様が持つ効果では"という言葉がつく。
だけど彼女の力の一端を受け継ぎ、眠り病の治療方法を手に入れた私は、間接的にではあるけれど、それができてしまう。
未来の世界を垣間見ながら、そのことに気がついた私は愕然とした。
これも計算のうち、なんて言わないよね?
それとも機会を与えることで選べと言っているのか。
未来を変えるべきか、否か。
シルヴィ様、人生経験の浅い私にその選択は荷が重いです。
「賢者様は、どちらが正しいと思います?」
「これは正解のない問だ。人の数だけ答えがある。」
「ならば私は自分が正しいと思う道を選びますよ。」
誰もが、答えを持っている。
だけど正解はない。
それなら私が選ぶ答えは、誰のものでもない、私自身が選ぶべきもの。
何をどう選んでも、私が一生背負っていくものなのだから。
「それに誰も彼も救えると思うほど私は傲慢ではありません。手が届く範囲にいる人を救うだけで精一杯の凡人ですよ。」
私は皆を守り導く存在ではない。
初めから言っているように、私は私のために魔紋様を紡ぐ。
国や民を救うとは一言も言っていないでしょう?
たまたま生き残るための道すじの延長線上にサルト=バルトニア王国があった、それだけだ。
「シルヴィ様が救世主のような献身を望んでいたとしたら、できませんと答えるところですかね。」
私は、私のために魔紋様を紡ぐ。
それは生き抜くために手を尽くすのと同義だ。
生き残りたい。
至極、人間らしい感情ではないか。
そんな本心からの私の言葉は賢者様の持つ何かに触れたらしい。
怒りに震える彼の容姿が一瞬少年のように見えた。
「お前はそんな安易に稚拙な答えを出そうというのか!!世の中は単純にできてはいないと、そんな簡単に操作できるものではないと、そんな基本的なことすら理解できないのか。この、愚者が。」
『本当に、愚かな子。』
賢者様の憎しみを込めた瞳には見覚えがあった。
彼らは雁字搦めと呼ぶに相応しいほど怒りと悲しみに囚われている。
抜け出せないのだ。
喪失感という、檻の中から。
りっちゃんのお母さんも、賢者様も、…私も。
大切な何かとの繋がりを絶たれたが故に、忘れることを拒絶する。
時が経てば記憶と共に痛みも自然と失われていくものなのに。
救われない怒りや悲しみは心のどこかにあって消せない。
人間だからこそ、忘れられないのだ。
「どうせ逃れられないのなら、私は背負って生きていこうと思います。」
「ふん、綺麗事を。」
「今は綺麗事でも時間が経てば汚濁に塗れて私の生きた証となる。綺麗事を言ったとして何が悪いのです?これから先の生き方は私が一から決めなくてはならないというのに、他人の使い古した生き方をなぞらえ、誰かのために不幸を選ばなくてはならない理由など私にはありません。」
私は、すいと賢者様の前に立つ。
この世界で出会って、初めて彼と真正面から向き合う。
数多の結末を見てきた彼の瞳は、何も映してはいなかった。
貴方こそ初めからそのつもりだっただろうに、綺麗事ばかり。
私はすこぶるいい笑顔を浮かべながら言い放つ。
「何もしようとしなかった、貴方に従う理由はありません。」
書籍の精霊体にとって、知っていることはできること。
つまり彼は眠り病の治療方法が存在することを知っていた。
本当にシルヴィ様の願いを叶えたいのなら、人化する術を知っている彼が人々を導き、眠り病の蔓延する世界を救うこともできたのに。
彼は何もしなかった、何もしないことを選択した。
傍観者。
彼を一言で表すならばこの言葉が相応しい。
彼はシルヴィ様と共にあらゆる世界を見て、数多の貴重な知識を身につけ、さらに情報を手に入れた。
だからこそ彼は動けない。
自身がその気になれば世界を簡単に変えることができてしまうから。
死から解き放たれ自由を謳歌しながらも運命に縛られている者。
シルヴィ様が彼を賢者と呼ぶならば、賢者とはそういう者なのかもしれない。
「それでは、実のところ根は真面目な賢者様。私を元の世界に戻してください。」
「…もし私が元の世界に戻さないと言ったらどうする?」
「契約違反ですね。そんな初歩的な条件をシルヴィ様が契約に盛り込まない訳がないじゃないですか。」
そもそも私の存在を疎んじている彼が、ここへ私を閉じ込めておく理由などありはしない。
必要以上にウロチョロされないため、魔道具の終点を自身に設定したのだから。
賢者様は真剣な表情から一転、再び憎たらしい表情に戻る。
「君はわざわざ私の元に戻ってくるような小細工をしたが、あの魔道具まで辿り着けばこれは不要だったわけだ。まさに無駄な労力というものだな。」
賢者様はニヤリと笑い、私が渡した魔石を空に放り投げ、再び受け取る。
はいはい、浅はかでしたね。
万が一のときのために私を回収する手段をシルヴィ様が残しておかないわけはないだろうに。
なぜだろうか、素敵な笑みを浮かべた彼女に『キリキリ働け?』と言われているような気がしないでもない。
賢者様は立ち上がると手近にある扉を軽く叩く。
舞台役者のような大袈裟な仕草で彼は扉を開き、嫌味たらしく腰を折る。
「こちらへどうぞ、お嬢さん。」
導かれるままに扉をくぐると同時に意識が遠のき、身体ごと吸い込まれる感触がした。
ぼやける視界とは裏腹に、賢者様の声がはっきりと響く。
「また近いうちに会おう。」
「私は嫌です、賢者様。面倒ごとに巻き込まれる予感しかしませんし。」
「…それを君が言うのか?」
「うるさいですよ。」
意識が、覚醒する。
むくり、と身体を起こした。
ーーーーー
「これにて第一幕は終演。」
パン、と手を叩くと男は椅子から立ち上がる。
彼は扉に記された魔紋様に手を這わせた。
「好き勝手に改変してくれる。それで失敗したら我が身体に傷がつくというのに。」
最悪の場合、記憶が消える。
重要な箇所が白紙化すれば、我が価値も目減りする可能性があるのだが…。
「さすが魔紋様の最高峰、魔紋様の女王と呼ばれるだけある。」
アリアの花冠を起点とした魔紋様の効果は、きっちり願いだけを叶え、願わぬ事は一切干渉することはなかったようだ。
そこにあるのは、代謝を繰り返すことなく、ただ時を止めただけの扉の姿。
彼女は魔紋様の効果が限定的であることをよく知っているらしい。
扉をひらけば、外側に広がるのは来たるべき未来の世界。
その時が訪れれば過去に繋がる扉は破棄され、新たな分岐点に至る扉を生み出すはずであった。
それがどうだ。
彼女の魔紋様の効果により、扉が固定されてしまったではないか!!
おかげで意図せず過去に繋がる扉を手に入れてしまった。
「きっとこの結果をエマは気がついてはおらぬだろうがな。過去に繋がるなど、破格の力を与えられたアリアの花冠位しか紡げる魔紋様は存在しないだろう。」
実際のところは、エマの魔法紡ぎとしてのレベルが高いのも一因なのだが、そこまでは賢者と呼ばれる彼も知らぬ。
「ああ、シルヴィ。君とは比べ物にならない、実に凡庸なお嬢さんだったよ。」
考え方も能力も、人間の枠を外れるものではなかった。
再び深々と椅子に腰掛け、ため息をついた。
「ただ手掛かりは掴んだようだし、まあ人間ならば及第点だな。」
シルヴィに比べれば、誰がどれだけ努力しようとも及第点にしかならぬ。
机の上に置かれた瓶を掴むと、静かに揺らす。
そして瓶の中を覗き、くつくつと笑った。
しかし、あれではまるで生き急いでいるみたいだ。
このエイオーンにいる間だけしか生きられないかのように、自身だけを拠り所に立つ痛々しい姿。
「早々に擦り切れなければいいが。」
せめて厄災の時にまでは無事に生き残ってもらわねば、シルヴィが悲しむ。
そのために、君は呼ばれたのだから。
いかがでしたでしょうか。
更新が滞っていてすみません。
※12/3 賢者様の独白の文章を追記しました。




