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エル・カダルシアの魔法手帖  作者: ゆうひかんな


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名もなき賢者の世界⑤

誤字報告くださった皆様、感謝しております。


『アリアの花冠』のような高位の魔紋様まもんようを操る魔法紡ぎが、この場にいたら。

その言葉の持つ意味に気付いた私は、身動きすらできない。


どうしよう。

それらしき存在がいますけど、ここに。


え、もしかして呼ばれたら出ていくべきなの?

それとも様子を見るべき?

というか空気を読む限りでは、私、今ここに居ちゃいけないのではありません?

これ以上どうしろっていうのですか!?


丸投げ過ぎです、シルヴィ様。

私は頭を抱えた。


「…ああ、申し訳ございません、愚痴ばかり申し上げました。確かにそう考え続けた時期もありましたが、もう過ぎた事です。それにばかり囚われていては、またリアン様に叱られてしまいますね。」


悲しみに満ちた空気が、一転、穏やかなものに変わる。

彼の言葉に深い意味はなかったのかも知れない。

確かに今姿を現したとしても何を今更だよね。

完全に機を逃したこの状態で私が出てきたら、残された人達の悲しみを深めるだけだし。


「本日、全ては終わりました。先程手続きは完了し、初代女王陛下により建てられたこの国は帝国の領土のひとつとなり、王は一領主として皇帝陛下にお仕えすることとなります。解呪と復興資金の援助の見返りとして、王が全ての責を負う覚悟でお決めになりました。そのため、この城も明日には相手方へと引き渡され、ゆくゆくは取り壊される予定となっております。」


そこで彼は一息つく。

やがて逡巡の後、彼が再び言葉を紡ぐ。


「ここに報告書を置いていこうと思います。彼らがこの城を取り壊す前に、この部屋にある資料と報告書に気づけば眠り病の治療方法は彼らの手に。ですが知識諸共この国の歴史を地中深くに埋めるだけであれば治療方法は土に還ります。なぜ、こんな回りくどいことをと思われるかもしれませんが…私は帝国の人間も学ぶべきだと思うのです。自国の文化だけを尊び、他国の文化を劣ると侮って粗末に扱う愚かさを。そして治癒魔法や魔紋様まもんように頼り切るだけの医療の危うい現実を。本当は報告書ごと姿を消すつもりでしたが、私も医師の端くれ。眠り病が再び蔓延するかも知れない可能性を思うと何もせずにはいられなかったのです。念のため、王には清書したものを一部お渡ししてありますが、こちらは原本。清書には書かれていない試行錯誤の様子やその結果も含まれています。本来ならこちらを王に渡すべきなのですが…これは、これだけはどうしてもリアン様に捧げたかった。貴方が私達を信頼し、力を尽くしてくださったからこそ、得られた結果ですから。」


中途半端とも思える行動は、医師としての挟持と、人としての感情の間で悩んだ末に出した結論。

そして親しみを込めた言葉から彼と師匠の築いた関係の深さを伺わせた。

ずいぶん師匠を慕ってくれているようだけど、この方は誰だろうか?

この状況で、私は話す相手の姿を見ることはできない。

話し声だけが情報源となる私には、会話の途中で名乗らなければ話し手は誰かということがわからないのだ。

ああ、できれば誰か知りたい。

だけど覗き見ることはできない。

葛藤するうちに再び背後から衣連れの音がする。


「これで、お別れです。もう再びお会いすることはないでしょう。私は眠り病に対する魔法以外の治療方法を探るためバルザック公国で研究を続けるつもりです。場合によっては、この第三大陸を出て、他の大陸に渡るかも知れません。ですが離れても、この国で培われた知識を民に広め、滅びゆくこの素晴らしき国の名を、しかと彼らの記憶に刻んでまいります。国が人々の心の拠り所となるようにと願い続けた、貴方の望みを叶えるために。」


もし彼の願いが叶い、苦労が報われたとしても、なんと悲しい結末だろう。

取り戻せない過去があるからこそ描かれた未来の夢。

彼にとってその未来が救いとなるか、解けない呪いとなるのかはわからないけれど、叶うならば未来のどこかには誰かのためでなく彼自身のための幸せが用意されていればいいと、そう願った。

歩き出す音がして、やがて扉の閉じる音がする。

私は動かす、そのままの体勢で、人の気配が途絶えるのをじっと待つ。


結局、彼には何もしてあげられなかったな。

許されるなら、付与してあげたい恩恵は魔法手帖に紡いであったけれど。

今更救いの手を伸ばしても私は誰も救えない。

彼のすがった神でもない私が、親切を押し売りするのは傲慢というもの。

ああ、彼の願ったような高位の魔紋様まもんようを持っていても、今の状況ではこんなにも無力だ。

気配を消していた魔紋様まもんようの効果を解除して立ち上がる。

…ここにいたのがシルヴィ様なら、違う選択をしたのだろうか。

師匠なら、賢者様なら…。

そう思ったところで、緩く首を振った。

だめだ、誰かと比べるから迷うというのに。

あの時も今も、その場に私しかいないのに私がどうしたいか決めなくてどうするのよ。

身を隠していた書籍の山を抜けて、机上に積まれた報告書を眺める。


『眠り病の治療方法について』。


非常にシンプルな表題を読み深く息を吐いた。

探していたものは、たぶんこれだ。

数多の命が失われた後だからこそ、得られるもの(治療方法)があったということなのだろう。

彼の言うとおり、まさに血と魂の結晶が目の前に積まれていた。


「師匠。貴方が救いたかった人々を助けるために、答えをいただいていきます。

そして過去の私達が未来を変えるために、これから為すことをお許し下さい。」


黙祷を捧げたのちに、報告書を丸ごと収納に仕舞う。

この行為が意味するところは理解していてたけれど迷いはなかった。

魔紋様まもんようを使い複写をすれば、報告書の原本を残したままに情報だけを持ち帰ることができるだろう。

ただこの報告書の山を全て複写するには現状の魔力量が心許ない上に、どのくらい時間が掛かるか見当もつかなかった。


捧げ物を勝手に持ち帰る行為についての謝罪は、捧げられた本人に直接伝えることにしよう。

そう決めて、背後を振り返ると、今度は山のように積まれた書籍を見つめる。

これも持ち帰りたいな。

報告書だけでは足りない知識がここに記されているかもしれない。

まずは収納から取り出した使い捨ての魔紋様まもんようを床に置き、魔力を流す。


「"範囲指定"。」


書籍の山が全て金色の光に包まれたことを確認して魔力の供給を切る。

ごっそりと魔力が削られる感覚がした。

仕方ないよね、やることが大掛かりだもの。

今度は魔紋様まもんようの一部だけに魔力を流す。

隠し紡ぎだけど、鍵となる言葉を省略した。

隠された箇所と効果だけを知っていれば、あとは魔力を少し足すだけで発動できる。

効果は、"集束"と"収納"。

こちらは師匠とグレースの魔法を参考にして魔紋様まもんようとして紡いだもの。

空中に集められた書籍が金色の結界に包まれたまま収縮し、収納へと吸い込まれる。

なんとか上手くいったみたいで良かった。

床に置いた魔紋様まもんよう全体で収納するものの範囲を指定する。

目視で指定すると視界に含まれるものは全て収納されてしまうからね。

隠し紡ぎで指定した品物を集めて、そのまま収納する。


綺麗さっぱり、空となった部屋を見回した。

この魔紋様まもんよう、引っ越し業者さんに販売したら売れるかな。

魔力と引き換えに、部屋の家財道具を丸ごと収納できるからね。

…ただ今回の場合、丸ごと持ち帰ったことで過去にあってはならない情報が記された書籍が含まれていたらどうしよう。

もしあったら、主様ぬしさまに相談して機が熟すまでダンジョンに隠してもらうかな。

…化けて出てきたらどうしよう。

それがダメなら最悪、オリビアの店にあるナイナイの箱に隠すか。

…辿り着くまでに越えねばならない検閲の壁(オリビアさん)が厄介なのだが、仕方ない。


そう腹を括って最後の作業に取りかかる。

作業というか、最後は破棄する予定だから実験かな?

滅多にない機会だからせいぜい利用させてもらおう。

魔紋様まもんようの別の箇所にもう一度魔力を流した。


「"複製"。」


音もなく、先程までとは寸分違わぬ書籍の山が部屋に映し出される。

もうひとつの隠し紡ぎ。

隠して紡いだ魔紋様まもんようの持つ効果は、鍵となる言葉どおりに複製だ。

ないものを、あるように見せ掛ける偽装の一種。

そして、この魔紋様まもんようの優れたところはもうひとつある。

手元にある、書籍に手を伸ばし、手に取った。

そして頁をめくる。

ここに積まれていたのは、どうやら専門書と呼ばれる類のものらしい。


「うーん、文字は読めるのだけど内容は全く理解できない。」


形状と内容を忠実に再現した、時間制限のある模造品。

今回は数時間で複製された品物が自動的に消滅するよう紡いだものだ。

精霊達に厄災の双子と呼ばれている彼らの片割れが持つ力を魔紋様まもんようとして紡ぐとこうなる。

これで無機物については複製できることが確認できた。

だけど実験が成功したはずなのに、逆に落ち込むのはなぜだろうね。

どれだけ似せても偽物には変わりないから、だろうか。


ため息をつき、床に置いた紙媒体を破いた。

紙媒体に記された魔紋様まもんようを強制的に破棄するにはこうするのが手っ取り早い。

複製された書籍の山が霧散して、再び部屋が空になったことを確認する。

中途半端に机や書棚を残しておくと、何かしら持ち出された可能性が疑われてしまうからね。

未来の世界で生き残ったお城の関係者の皆様に不利になるようなことはしたくない。


この部屋には初めから何もなかった。

そう思わせるために、家具すら残さず撤去したのだから。

あとはこの部屋を出て、自分の部屋に戻るだけだ。

印のついた扉で賢者様の元に転移すればいい。


…はずだったのだけど。

自分の部屋の扉を開けて固まる。

この世界に繋がった時は部屋の内部に背を向けていたから気が付かなかったのか。

未来の王城で、客間の机の上に置かれていたのは、本来ならばそこにはないものだった。


『専用転送機(鶴)』。


主様ぬしさまが、私に(・・)贈ってくれた魔道具。

私という存在がいないはずの未来で、なぜこの魔道具がここに置かれているのか。

そう思ったところで、ふと気がつく。

現実の世界では対となる『専用転送機(亀)』がダンジョン内にあるシルヴィ様の部屋、現在の私の部屋に置かれている。

まさかこの魔道具、発動するのだろうか。

もしかしたら未来の世界に残されたシルヴィ様の部屋に転移できるのかも?


そこには、一体何があるというのか。


深く、深く思い悩む。

私が元の世界に戻れば、再びこの時間軸にたどり着くことはないだろう。

だって私は過去に還り、眠り病そのものを癒やすつもりなのだから。

つまり病が蔓延したが故に王国が滅びるという未来への道すじを潰す。

これはこの世界に辿り着ける最後の機会かも知れない。

こんな手を使ってまで注意を引きつけたのだ、私に見せたい何かがあるのかもしれない。


行ってみる価値はある。

だが疑えば、そう思わせた罠という可能性もあった。


賢者様の歪んだような笑みが脳裏に浮かぶ。

私を、二度と現実世界に戻さないようにするための…。

その時、ポケットにしまった魔道具が光った。


『…っる、…君は、何をしてい…る?帰って来な…いのか?』


呼ばれることを想定した訳ではないだろうに、タイミングよく賢者様の声が聞こえる。

相手の言いたい事はなんとなく聞こえる、だけど背後に雑音が多いな。

やはり空間を違えるということは場の干渉を受け易く、同じ部屋にいる状態とは違うということか。

対策が可能かサナに相談しようと決めて、魔道具越しに私の行動の全てを監視していただろう賢者様に話し掛ける。


「賢者様、先程私が使った入り口の先の世界を見た事はありますか?」

「あるといえばある、ないといえばないな。」


…どっちだよ。

なんという意地悪な回答だ。


「なら、ここに置かれた鶴の…翼を広げた鳥の形をした置物を見たことはあります?」

「あるといえばある、ないといえばないな。」

だからどっちだよ。

これは答える気がないということだな。

ならばここから先は、賭けだ。

一瞬チャンスの神様にお願いしてみようかとも思ったが、これが私の部屋に置かれていたということは、これは私が決めるべきことなのだろう。


さてどうしよう。

行くべきか、それとも戻るべきか。






本当は全五回で終了する予定が、長くなったために切りました。

次話は明日七時に公開予約してあります。

遅くなりましてすみません。

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