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エル・カダルシアの魔法手帖  作者: ゆうひかんな


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名もなき賢者の世界②


「とまあ、こんなふうにするだけで、未来は簡単にその道すじを変える。」


選択肢を減らすことで望む未来に導くと。

しかもこのやり方なら、内容によっては最小限の労力で大きな効果を上げることができる。


賢者様は軽く手を振った。

その手には燃え落ちたはずの書類が握られている。

彼はそれを何事もなかったかのように書類の山に戻す。

思わず床に視線を落とすも、燃えた紙の滓は欠片もなかった。

「手品みたいですね。」

「タネはあるがな、大掛かりな仕掛けはないぞ。」

「意外ですね。魔法を手品呼ばわりするとは失礼な!!…などとは怒らないのですね。」

「魔法も手品も人が奇跡を求めた結果生み出されたものであることに違いはない。」

ただ結果が永続的なものであるか、一時的なものであるかの違いであると。

奇跡の結果ね。

それにしては、なんかこう…。

賢者様はニヤリと笑う。

「やり方が地味だと思ったか?」

顔に出ましたか、まあそうですよね。

私は今更誤魔化しても無駄と悟り、頷く。


「意外にも地道だなとは思いましたよ。」

「この程度のことであっても、未来は簡単に姿を変える。過去、シルヴィが、あまりにも変わらぬ未来に腹を立ててな、王族のみが閲覧できる書庫の書籍を丸ごと隠したことがあってな。」

「それはまた大胆ですね。」

王城が蜂の巣を突いた後のような大騒ぎになったらしい。

なんでだろう。

視界の先で右往左往する城の皆様と不機嫌丸出しにした上層部の姿が浮かぶ。

「あれはかなり楽しかった。」

賢者様が真面目な顔で頷き、グッと親指を立てた。

…この表情が楽しかったという顔か?

「結果どうなりました?」

「次の代で国が滅んだ。どうやら書庫に国の命運を左右するような大切な書籍が隠されていたらしいな。」

「結果だけみると大失敗ですね。」

一気に流れを変えるようなやり方が最善とは限らないのか。

試行錯誤しながら少しずつ調整していくやり方がコントロールしやすい訳か。

賢者様の言葉を信じるなら、シルヴィ様の魔紋様まもんようが刻まれた扉は私が開けられるもの。

人には直接干渉できないらしいから、扉の先にある情報を操作する一択だろう。

算段をつける私の傍らで賢者様が唇を歪めた。


「それからもうひとつ選択肢がある。最終手段、というやつだ。」

「…その前置き、なんだか聞くのを躊躇いますねぇ。」

「なら言わないでおこう。私は全く困らない。」

「嘘です、教えてください。」

それはもう素っ気ない態度で帰ろうとするから必死で止めた。

賢者様のテンションが低すぎて、うっかり冗談も言えないわ。

彼は『気分が盛り上がらないけど仕方ないな…』とかブツブツ言いながら、ノックをして扉を開け、再び白い部屋へと戻ってくる。

なるほど、この部屋が基点となるのか。

それから彼は別の扉を発現させる。

今度のものはどちらかといえば質素な、一般的な家庭で多くみられる装飾のない扉だ。

促され、私は扉に魔力を流した。


「…紋様が、浮かび上がらない。」

「その扉はシルヴィが開けなかった扉だ。つまり、彼女が干渉しなかった未来の道すじに繋がる。」

「では、開かないということですか。」

「その言葉は正確ではないな。」

私が扉から手を離すと、賢者様が私の代わりに扉の前に立ち、軽く扉に触れる。

扉に起点の魔紋様まもんようが広がる。

カチリ。

鍵が開いた。

紋様から効果を読んで、弾かれたように私は賢者様を見つめる。


「なんで、それを、貴方が?」

「やっぱり君の目は、『女王の魔眼』か。つまりシルヴィの眼が持つちから、そのもの。」

「そうではないかもとは、言いましたよね?」

「いいや、間違いはない。『この眼と同等の力でもなければ、起点の魔紋様まもんようの効果は読めない』と彼女は言った。そして当時、彼女から起点の魔紋様まもんようの効果を教えてもらったのは彼女の剣と盾、そして私。つまり時が流れた今、正しい効果を知るのは私だけ。」

「それでは、それはやっぱりシルヴィ様の…。」

私の混乱を嘲笑うかのように、賢者様は口元に皮肉な笑みを浮かべた。

まるで舞台に立つ役者のように、大袈裟な身振りと手振りを添えて身を震わし、哀しみを顕にする。


"彼女が女王である限り、孤独でなくてはならなかった!!

隣に忠誠を誓う臣、そして自身を敬愛する民があろうとも、それすら彼女にわずかばかりの温もりすらもたらさぬ。

女王としての権勢の対価にもたらされたのは陰謀の応酬と狂騒、嫉妬と恨み。

ああ、憐れな女性よ。

秘密を守るために、彼女の孤独は深まるばかり…"



どうやら歌劇の台詞を引用したようだ。

本人は出来に至極満足そうだが、なんとも嘘くさい。

「…全く説明になっていません。それから補足しますが、シルヴィ様は国のために愛する書籍すら捧げた人です。そこまでできる彼女なら孤立しようとも自身の選択を悔やむことはないでしょうね。」

そんな可愛らしい思考をしていないことは様々な場面で体験済みだ。

シルヴィ様は女王であることが孤独であったとしても、それと自身の選択を切り離せる人。

他人だろうと、それが世界を違えた異世界人だろうと、国を守るために必要なら手厚く保護して駒とする。

そういうかけがえのない存在が別にあるからこそ、本来は無条件で自分を守ろうとする存在(家族)を追い出してでも、国の安定を図ろうとした。

「シルヴィ様は自身の願いを叶えるために孤独であることを選んだのでしょう?平凡で幸せな家庭に育った私に何らかの負い目を負わせることを期待しているのなら、それはありませんよ。シルヴィ様は喜々として困難な道に私を放り込んだんですから。むしろ巻き込まれたのはこちらの方、遠慮して指示に従う私を期待するなど無意味です。」

「…ふむ、図太いな。」

「失礼ですねっ!!意外と繊細なんですよっ!!」

私の"繊細さ"は慎ましいので、自主的に出てこないだけです!!

今は体のどこかで眠っているはず。


「まあ、正解はおおよそ見当はついてるだろうけどね。彼女が秘匿した魔紋様まもんようを私が継承した。」


そう言って、彼は扉に再び魔力を流す。

扉に紋様が浮かび上がった。

実際に開かずとも、感覚的に干渉できそうなことがわかる。

「継承した私には扉が開けられるのだよ。」

「継承って、どうやって?魔紋様まもんようは引き継げないのでは?」

「秘密だ。彼女との契約に関わるからね。」

いくらなんでも秘密が多くないか?

じっとりっした視線を向けるも、しらっとした表情で受け流される。

「それと言っておくが、鍵を開けるためには対価をもらう。」

「はっ?対価必要って?!」

「私とシルヴィは違う。君に事後を託したかった彼女は率先して鍵を開けたが、私は特に未来へ繋がる扉を開ける必要を感じない。だから私に扉の鍵を開けさせたいならば、私に依頼するしかない。そして私の持つ力を行使するならば、その労力に見合う対価は必要だ。働きに見合うだけの対価を与えないことは搾取するのと同じこと。君は、そうは思わないのかな?」

聖国領ソルの領主様と冒険者の皆さんと置かれた状況は同じ。

思わず、ぐっと言葉に詰まる。

イタズラが成功した男の子みたいに、賢者様はキラキラとした笑みを浮かべた。

そういう表情をすると整った顔立ちのせいか、一気に若返ったように見えるが…ぜんっぜん可愛くないから。

精霊体とは、不思議な生き物だ。

成熟した器に似つかわしくない純粋な魂を持つ一方で、どのような状況も楽しんでしまう老練さもある。

決して未熟ではないのに、どこか不安定な精神を持つ存在。

賢者様は、やがて笑いを引っ込めると、真面目な表情で言った。

「長く生きるものほど、相手に同等な対価を与え、それを受け取ることの価値を知っている。支払う側にとって、働きに見合うだけの対価を与えることは正しい。そして受け取る側にとっては、奉仕した対価が支払われることで利益を享受する事が正しい。対価の授受は双方の"正しさ"の認識を確認する行為であり、互いが対等である証。それこそが人々の生活を円滑に循環させる根本にあるものだ。それがあることで、人は身分や種族の垣根を超え協力することが可能となる。」

その根本にあるものを人は信頼と呼ぶ、と。

賢者様の指が私を指し、それから自分の胸の辺りを指した。

「まずは君を観察して信頼に足るかを見極める。新しい扉を開けるという取引はそれからだな。」

「念のために聞いておきたいのですが、新たな扉を開く場合、私に求める対価はなんですか?」

一番気になるのはそこだろう。

賢者様は値踏みするように私を見る。

それからつまらなそうに言った。


「髪や手足などの身体の一部、もしくは君自身の命。相応しい対価を貰い受ける。」

「…。」

「だから迂闊に新しい扉をひらけ、などとは言わない方が身のためだ。」

素っ気なく言い放つと興味をなくしたように椅子へと座る。

新しい扉を開けるのは、場合によっては命懸けと言うことらしい。

だが現状開けられる扉は、目の前にある鍵の掛かった扉だけだ。

この状態、いきなり私に命掛けろと言うことですか?

困惑し、眉を顰める私を面白そうな表情で眺める賢者様。

性格悪いな、本当に。

その時、ふと賢者様の言葉を思い出す。

「先程貴方はシルヴィ様が『君に事後を託したかった彼女は率先して鍵を開けた』と言いましたよね?率先して鍵を開けた扉は最初のひとつだけ、なんですか?」

率先して開けたのなら、他にも解錠された扉が存在するはず。

途端に賢者様はため息をついた。


「予想どおりの展開など面白くない、つまらん。」

「いや、だから遊ばないで下さいよ!!まだあるんですよね、解錠されている扉が。」

「叫ぶな、見苦しいから。」

この人は…、という台詞は飲み込む。

怒りを顕にしても相手のペースに巻き込まれるだけ。

それよりも一刻も早く答えを見つけないと。

息を吸い、吐く。

「もう一度聞きます、すでに解錠されている扉はあるのですね?」

「あるぞ。」

そう言って賢者様が軽く片手を振った、次の瞬間に。


真っ白な四面の壁に、軽く百を超える数の扉が姿を現した。

大きさ、色やデザインも異なる扉。

思わず息を呑む。

見た目だけで様々な時代に繋がっているだろうことに想像がつく。

こんなにたくさんの選択肢があるということなの?


「これ、全部?」

「三分のニは解錠されている、といったところか。残りは鍵が必要だ。」

そう話す傍らで、突然、ひとつ扉が消えた。

そして新たな扉が出現する。

「現実世界で新たな選択がなされたようだな。そのために不要となった未来()が消えて、新たな未来()が生まれた。消えた扉はシルヴィが鍵を開けておいたもの、新たに出現した扉には、当然のことながら鍵が掛かっている。」

つまり解錠された扉には時間制限があるというわけか。

そしてもし、今この瞬間にも答えへと繋がる解錠された扉が消えてしまったら…。

焦るなと言う方が無理というものだ。

「この扉全てが、王国の未来に繋がると?」

「もっと存在するのだがな、ここまで絞ってやったのは私の優しさだ。」

いや、ドヤ顔されても。

絞ったとはいえ、扉の数は百を超えている。

しかも現実世界で重要な選択が成されれば、その都度消えて新たな選択肢が生まれてしまうとすれば。

残された時間は想像以上に少ない。


「闇雲に探しても時間と力を消費するだけ。さあ、どうする?次代の魔法紡ぎの女王殿。」


賢者様は高みの見物とばかりに賢者様は椅子の背もたれに身体を預ける。

これ以上、手を貸す気はないらしい。

ならばここから先は私が答えを探すだけだ。

っと、本格的に取り掛かるその前に。


「二、三点確認したいことがあるのですが、聞いてもいいですか?」

「かまわんぞ。答えられることなら答えよう。」

「この場所から、現実世界に戻るのはどうしたらいいですか?」

「帰りたいと、私に言えばいい。そうしたら送り返してあげよう。」

「その際に対価は必要ですか?」

「不要だ。そうシルヴィと契約した。」

「この場所、それから扉の先の世界では魔法や魔紋様まもんようが使えますか?」

「使えんよ。」

「はっ?なんでですか?!」

「私の世界の仕組みは私が決める。私以外の人間は使えないと、私がそう決めたからだ。」

「ですがシルヴィ様の魔紋様まもんようを使用した痕跡が扉に残っています。この扉を開けたのがシルヴィ様なら彼女は魔紋様まもんようを使えたのですよね?彼女は使えたものが私には使えない。この差は何ですか?」

ちょっと迷った末、賢者様は悲しそうな表情で言った。

「君の容姿が私好みではないから気分が盛り上がらなくて、な。」


気分だと言い切ったよ、この人。


「そうですか、わかりました。」

その台詞に、今まで抑えていた何かが弾けた。

事情があるとかならまだ納得できる。

なのに私の容姿だとか、気分などという、私がどうにもならないことで決めるなんて。

理不尽だ。

それだけ好き勝手言ったのだから覚悟はできているだろう。

どうせ説明しても、のらりくらりとかわして丸め込もうとするだけだ。

私はニヤリと笑った。

開放された気がするという事は、ずいぶんと鬱憤が溜まっていたらしい。

本当はこういう手段は好きではないのだけど仕方がないよね。

相手が私に敬意を払わないのに、私が下手に出る必要もない。

心おきなく試せるというもの。


「さ、気合を入れて受け止めてくださいね!!」

本気で吹っ飛ばしてやろうと、掌に魔力の塊を集める。

賢者様は目を瞠った。

彼の言うことを信用するなら、魔法手帖の中の世界は彼の意向で魔法や魔紋様まもんようは使えない。

だけど魔素は別だ。

この空間がなんらかの魔法の力をもって構築されているのなら力の元となる魔素や、それを体内で変換した魔力がこの空間を満たしているはず。

それを集めるだけなら、容易い。

案の定、掌には、まあるくぼんやりとした塊が膨らむ。

師匠のやり方を見よう見真似しただけなのだけど、なんとかなるものですね!!

「さて、どこにしようかな。」

「ちょっと待て!!それをぶつけたらこの世界は崩壊するぞ?扉も消えるし、答えを探すなどできなくなる。わかっているのか?!」

おや、顔色が変わりましたね。

私は表情を一転させ、ニコリと笑う。

たぶん私の考えなど理解できないでしょうね。

正直なところ私もどんな影響が出るか、わからないままに魔力を固めてますから。

この塊を賢者様にぶつけたら書籍自体がなくなるかもしれないし、私も元の世界に戻れなくなってしまうかも知れない。

それでも。

「こんな言葉遊びみたいなことで時間を取られている間に、現実世界で新たな選択が成されれば答えに繋がる扉がなくなるわけでしょう?もしくは、やっと答えにたどり着いて現実世界に戻ってみたら別の要因から解決できない程のレベルに発展しているかもしれない。どちらの展開になっても国が滅んでしまう可能性が高まるわけで、その結果、私のいた元の世界に帰る手段が失われてしまうかもしれません。それならこの場所があってもなくても同じこと。」

その言葉に賢者様は目を細める。

彼の表情にはありありと不愉快そうな色が浮かんでいた。


「容姿と今の台詞から推察するに、君は異世界から呼ばれた者なのだろう?君達は皆、そこそこに文明の発達した世界から来たと聞いているが…君の言葉は成熟した精神からくるものとは言い難いな。自身の行き当たりばったりの行動の先で起こる結果が、君に対してどんな不利益を生むか想像できないのか?大局を見極めることができぬとは、愚かな。」

「魔物の存在するこの世界は、対応を一歩間違えれば死ぬかもしれませんからね。この世界の人が先を読む力を必要とし、信頼するための試しを好む質なのは理解できます。理解はできますけれど、今は互いの意思を擦り合わせる、その時間すら惜しい。」

「それは君の事情だ。私には関係ない。」

「奇遇ですね、私も同じです。何の事情も知らされずに試されるのは、もううんざりなんですよ。」

どこかに、冷めた自分がいた。

この世界にはこの世界なりのやり方や流儀があることはわかる。

郷に入れば従うことが正しいことも知っている。

でも理解できることと、どこまで許容できるか、は違う。

そのことに賢者様自身が気づいていないから質が悪いのよね。

時間の流れが違うせいか、力を持つが故の奢りか。

賢者様には国が滅んでもどうにでもなる、自分存在を自分の力で維持できるという自負があるのだろう。

だが魔法手帖は私の手元にあって、私の存在が少なからず彼の行く末にも影響を与えているのだ。

例えばシルヴィ様の存在が賢者様進む未来に影響を与えたように。

彼の思考からは魔法手帖の存在に私が影響を与える可能性がある、その事がポッカリと抜け落ちていた。


「だから速やかに魔法や魔紋様まもんようを使えるようにしてくれませんか?」


それだけ彼が私の存在を軽く見ているようなら、仕方ないよね。

益々力を貯めていく。

集まる魔素が身を取り巻き、魔力が渦を巻いていく。

扉がカタカタと音をたて、机が小刻みに揺れる。

このまま魔力を集めれば、いつかはこの世界に影響を与えてしまうかもしれない。

それでも望む結果を得るためなら。

理詰めでねじ伏せることができないなら、力ずくでも、かまわないでしょう?

女王と呼ばれた以上、己の生き筋一つ決められぬとはあまりにも脆弱。

そう呼ばれることは本意ではないけれど、引き継いだ先達の言葉は大切に使わせてもらおう。

「本当、こういうときに殿方は慎重過ぎて困りますね。」

ね、シルヴィ様。



何度も書き直していたせいで遅くなりました。

お楽しみいただけますと幸いです!!

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