名もなき賢者の世界①
遠くから音楽が聞こえる。
身体が自然と動き出してしまうような軽快でテンポの早い曲だ。
少し離れた場所では宴が催されているのかもしれない。
翻る華やかなドレスの裾と、きらびやかな装飾品の数々。
眩いシャンデリアに照らされて、それらの表面を光の粒が踊る。
舞踏会など見たことはないけれど、きっと夢のように美しい世界なのだろう。
突然、音楽が止まった。
一瞬の沈黙。
それを破る悲鳴と怒号、騒然とした空気。
耳障りな雑音と、人々の戸惑うようなざわめきが聞こえる。
そして廊下を慌ただしく通り過ぎる人の気配と、ぶつかり合う甲冑の音が響く。
「王が殺されかけた。今度は飲み物に毒が盛られたらしい。」
「暗殺?またかっ!!」
「くそっ、今回は誰の指示だというのか?聖国、それとも帝国かっ…もしくはそれ以外の国が…。」
「とにかく犯行に関与した者を見つけ出せ!!話はそこからだ。」
「どこだ、どこに犯人が隠れている?!」
「使われたのは毒なのだろう?まずは厨房、そして会場に出入りした使用人からだ。」
バタバタと慌ただしく通り過ぎる足音が聞こえる。
そして再びの、静寂。
「この場所は、どこですか?」
「未来のどこか、場所はサルト=バルトニア王国城内。殺伐としていて魅力的だと思わないか?」
「どこがですか。繊細な神経の持ち主なら病むと思いますよ?」
「確かにこの状況はまともではないな。だがこれもまた、王国が歩む可能性のある道すじのひとつ。」
城内を漂う空気は夜の帳程度では隠せない程に淀み、不快感すら覚える。
賢者様と共に部屋を出ると、城の入り組んだ廊下を歩く。
先程の部屋は城内にある客間のひとつだろうか。
近付いてくる人をかわすため、灯りの消えた部屋に賢者様と共に滑り込んだ、あの部屋。
私の知る城の客間に比べて数段豪華な部屋の内装は、良く言えば豪華、悪く言えば品がない。
似て非なるものを見せつけられるのは、なんとも気持ちが悪いものだ。
何かが、おかしい。
調律されていないピアノと同じだ。
知る音とどこかズレている、そんな感覚。
訝しげな表情を見せる私に賢者様はニヤリと笑う。
「疑わないのかね?例えばここが城に似せた別の場所であるとか、そもそも未来などではなく、それらしく見せかけた現実世界にある建物であるとか。」
「確かに疑り深い性格ですけどね。疑うには仕掛けが大掛かり過ぎますよ。」
私を試すために城の一部屋を丸々模したなら、十分にありえる。
同じく一階層を似たような造りに、という罠も暇とお金さえあればできそうだ。
「ですが風景まで偽造するのはお金も労力も掛かりますし、そこまでして私を騙す理由がありません。」
そう言って城の敷地内に建つ石造りの塔や、窓から眺める景色に点在する見たことのある建物の名を挙げる。
何度か城に行ったから塔の存在を覚えたし、王都も城下にあるタミヤ食堂に行くついでに大きな建物の名前を覚えるようレクチャーされた。
師匠からは、いざというときのため、目立つ建物は目印になるから覚えておくように、と言われた。
…決して迷子対策のためではないと思うよ、うん。
「まあ私の力を持ってすれば、その程度の偽造はわりと簡単に可能だが。」
「…もしかして、私の知らない理由で騙そうとしてます?」
「騙す側が騙してます、なんぞ正直に言うか。それにそもそも私が君を騙す理由に心当たりがあるかね?」
全くない。
そしてシルヴィ様の思考回路を元にして考えると、私が王国にとって理があるから賢者様を紹介した。
ならば私がそういう立場をとる限りは賢者様は私を排除しないだろう、たぶん。
「疑うのはかまわんが、理屈に合わない疑念は身を縛る。先にも進めないし、後にも引けなくなるぞ。」
「心に留めておきます。」
だから今のところは信用して彼と行動を共にするしかない。
そうでなくては話が進まないからね。
とはいえ、心細いよりも、何が起こるかわからない不安の方が勝る。
異世界に呼ばれた時とは違う緊張感が私を包んでいた。
「信じますよ。確かに空気とか、雰囲気のような見えないものもどこか違いますしね。」
「ではなんとなく感じるかね?サルト=バルトニア王国の終焉に至る気配を。」
私は驚いて目を見張る。
サルト=バルトニア王国の終焉。
どれほど栄華を誇ろうとも、栄えるものはいつか衰退する。
それは人だけではない、国だって同じことだと、そう賢者様は言った。
「本来ならば、如何にして滅びるかは、その時代を生きる人々が決めるべきことである。」
シルヴィ様も同様に、国の辿る未来の選択権は生ける者の手にあるものと思っていた。
国が根幹から腐り、朽ちて終わりの時を迎えるのか。
強大な力に屈し、併合され、表舞台から跡形もなく消え去るか。
いつかは王国が亡びるのも運命であり、それも致し方がないと、そう覚悟はしていた。
…アレを見るまでは。
「彼女はある時、未来へと続く道すじで禁忌の魔紋様が使われるのを見た。」
圧倒的な破壊力と、世界にもたらされる後遺症。
暮らしを便利にし、人々を生かすために紡がれる魔紋様を光とするならば、強大な力と引き換えに、凶悪な効果をもたらす禁忌の魔紋様は闇。
人の命を無残に散らし世界を変えてしまう力は、本来ならば称賛されるべき紡ぎ手達が生み出した魔紋様の闇だ。
それは国を滅ぼすだけでなく、生物の営みすら許さない。
世界を変えてしまうほどの傷を負わせ、暴虐の限りを尽くす強大な力。
「シルヴィは言っていたよ。『結末は、あまりにも理不尽だった』と。」
あの時ほど過去に干渉できない自分の力不足を嘆いたことはない、と彼女は言っていたそうだ。
「だが禁忌とされ、権利者に歴史の奥底へと封じられたのだから、いつか跡形もなく消えてしまうだろう。そうであって欲しいと彼女は願っていたのだがな。」
そんなシルヴィ様の願いは叶わなかった。
禁忌の魔紋様が王国や世界を破滅させる未来には、それを白日の元に晒す存在の姿があったのだという。
「アリアドネ=ルブレスト、かつて聖女と呼ばれていた女性ですね。」
「シルヴィは彼女を"聖女なんかではない、傲りに満ちた愚者の方だ"と言っていたがな。」
シルヴィ様は彼女のことを『ブレストタリア聖国建国記』の登場人物になぞらえ、そう呼んだらしい。
聖女として本当に民のことを思うのなら、秘密は秘密のままにしておくべきであったというのに、とシルヴィ様は言ったそうだ。
自らの知識欲を満たすため、開けてはならない箱を開け、魔紋様がもたらす負の魅力の前に屈した。
アリアドネ=ルブレストが禁忌の魔紋様を収集し、研究した目的は自身の技術を向上させるためであるというのだから、他に漏らす意図はなかったのかもしれないが、国に禁忌の魔紋様を収集し研究しているという事実を知られ、結果的には研究の成果を他国に知られることになったのだからガードが甘すぎる。
聖国は新たな武器とするために、彼女の魔紋様の力だけでなく、知識をも利用した。
そう考えると彼女の場合も黒天使と同じように、国が肩書を利用するため聖女と呼ばせたのかもしれない。
アリアドネ=ルブレストの、なりふり構わぬ向上心は、すごいとは思う。
視点を変えれば、もたらす影響力に無関心ともいうが。
彼女の自身の考えを正しいと疑わない態度に、ふと黒天使の姿が思い浮かぶ。
使節団団長もそんな感じだったし、聖国の人々は皆、極端な思考をするのかな?
黒天使なんかアントリム帝国の地下道で全く人の話を聞こうとしなかったよね。
まるで彼女の言いなりになる以外の選択肢を私が持っていないかのように、転移の魔紋様へと引き摺り込もうとした。
もしかして、過去、彼女も選択を迫られた時があったのかしれない。
そしてその時、それ以外の道を選ぶことができなかった結果、世界の全てを憎むようになったとか。
人は自身の願いを叶えるために邁進することのできる生き物だ。
グレースが教えてくれたのだけど聖国では世界の在り方に干渉することは悪とされているらしい。
だが禁忌の魔紋様は世界を変える力を持つもの。
それを一番知る立場にあったアリアドネ=ルブレストが、禁忌の魔紋様の研究に没頭した。
"アリアの花冠"を起点の魔紋様に持ったがために軟禁生活を送ったという彼女。
彼女も本当のところは自身を取り巻く窮屈な世界を変えたいと願っていたのかな。
取り巻く世界を大きく変える術を手に入れるために、利用されているように思わせて利用していた。
もしそうなら腹黒さ全開じゃないか。
『同じ利用されるのなら、どこにいても同じでしょう。なら、逆に利用してあげるの。』
そう囁いた黒天使の、毒を含んだような甘い声を思い出す。
この似通った思考回路。
実は黒天使とアリアドネ=ルブレストは血が繋がっていたりしてね。
彼女が持つ魔法手帖は失われたとされる『聖女アリアドネの魔法手帖』と言われている。
その魔法手帖は、一体どこから彼女は手に入れたのか。
もし彼女が所有者となれるなら彼女には血の繋がりがあるのでは?
まさか、そんな。
黒天使は孤児のはず。
飛躍した思考を振り払うように、小さく息を吐いた。
…推測だらけだし、証拠は何もない。
今は賢者様の言葉を検証するのが先だ。
並んで歩く賢者様は私の様子には興味がないようで、先程から淡々と話を続けている。
ふと、思ったことがあったので、この際だからと聞いてみた。
「未来に干渉できるなら、アリアドネ=ルブレストが禁忌の魔紋様の存在を知ることのないように干渉することはできなかったのですか?」
「未来への道すじは蜘蛛の巣のように張り巡らされ、些細なきっかけを含めれば数多存在する。言い訳にも聞こえるかも知れないが、禁忌の魔紋様に繋がる全ての選択肢を潰すことはできない。」
「つまり、禁忌の魔紋様が存在する過去が変えられない以上、未来のどこかで露見する事態は避けられない、ということでしょうか?」
「まあ、そういうことだな。私とシルヴィの優れた頭脳をもってしても、今以上の手を打ちようがなかったのだから、仕方があるまい。」
賢者様、しらっとした顔で自分を優れた頭脳とか言ったよ。
そしてその物言いに慣れてきた自分の順応性が怖いわ。
「それに、君にも影響があるからな。」
「は?私ですか?」
「禁忌の魔紋様が存在しなければ、生まれようのない力があっただろう?」
"力には、対となる力が生まれる。それは牽制し、相剋する力"。
風の大精霊様の声が聞こえたような気がした。
「神聖魔法ですか?」
「私とシルヴィが道すじを調べた限りではアリアドネ=ルブレストから禁忌の魔紋様が広まるという状況しか確認できなかったが、別の人物が見つけ、知らずに広めてしまうという未来が存在するかもしれない。そうなると、君のその力が生まれないうちに禁忌の魔紋様が使われてしまう。その未来が最も危険で最悪だ。」
だから禁忌の魔紋様の存在自体には触れなかった、と。
「さらにシルヴィは禁忌の魔紋様を発現させるために必要な膨大な魔力量を持つ者が、この国のたどる道すじの何処かに現れることにも気がついた。国の味方としても、また、敵としてもな。だが点と線が交わらなければ何も問題はない。」
賢者様は指で形を作り、点と線を表す。
禁忌の魔紋様を発現可能とするのは、スキルと魔力量。
秘密裏に受け継がれてきた禁忌の魔紋様の知識を線と例えるならば、スキルと魔力を持つ人間は点、ということかな。
「ところが、その点と線が交わる稀有な時間が未来に存在したのだよ。」
「状況と口調から推測すると、それはまさに"今"なのですね。」
「そう。そしてそれが彼女の予言したとされる最大の厄災の時だ。」
だから彼女は私に魔法手帖を託したのか。
その場になくてはならないもので、関わりのない者に譲り渡しても意味はないものだから。
「ちなみに今君が見ている未来は彼女が知る未来で三番目に悪い未来だ。」
「最悪なのは?」
「気がついたら一瞬で世界の全てが消え失せる、そんな未来だ。」
「…二番目は?」
「一日で他国の手により国が滅ぼされる未来だ。」
理由は違えど全てが変わる未来。
その次に悪い未来とは、一体どんな終焉を迎えるのだろう。
「師匠は?あの人はどうしたのです?」
「この時間軸だとすでに死んでいるな。」
「なっ!!」
「厄災の時を迎え、この国を救うために命を投げ出した。」
そして無条件に信頼できる側近を失った王は、孤独なままに政治を行う。
時を同じくして進行する王の暗殺計画。
計画は全て未遂に終わるものの、結果として彼は誰も信用できなくなった。
疑わしいとされた人物を誰彼かまわず粛清、殺伐とした城内の空気を誤魔化すため、連日行われる宴。
国庫を満たすため、税が上がり、民は飢えて苦しむ。
「最後には民は兵と共に蜂起し、暴徒によって王族は皆殺され、一夜にして国が滅んだ。」
若かりし頃、賢王として尊敬されていた王は、最期には狂王と呼ばれ憎まれたという。
ある一面をみれば、国にとって最悪な結末かもしれない。
「未来への選択肢は数え切れぬほど存在する。だから探せばもっと最悪な未来はあるかも知れないが、シルヴィと私が知る中で、この結末は悪い部類に入るな。」
「なぜ、この景色を私に見せたのです?」
「先程の言葉に、答えの一部が含まれておる。」
「それは?」
「…たまには脳みそを使え。草が生えるぞ。」
「生えませんよ…っというか本気で生やさないで下さいっ!!」
なんですかっ、その口から漏れる禍々しい呪文は!!
そんな冗談みたいなこと現実にされたら普通に死にますよ!!
「…はあ、つまらん。ま、つまりこの国の未来を左右する分岐が"厄災の時"なのだよ。それを上手く乗り切れるかで国の未来の明暗が決まる。そして今この世界を君に見せたのは、この結末を見たときだけ、シルヴィが悲しそうだったからだ。」
「シルヴィ様が悲しそう?」
「彼女は、かつて混乱を収めるために、親兄弟を他国へと追いやった。優しい容姿の裏に、合理的で残酷な一面ももつ女性だ。喜怒哀楽というものを、優しげな微笑みで上手に隠す彼女が、この結末を知ったときだけは、ずいぶんと表情を曇らせていたのだよ。」
そしてぽつりと言ったのだという。
悔しい、と。
「苦労して建てた国を穢されるのは不本意なのかと思ったが、他の結末にはさして表情を変えなかった。残念ながら今だに私には理解できないのだよ、その悔しいと思う気持ちが。君には理解できるかね?」
「…なんとなく、ですが。」
価値観とでもいうのだろうか?
同じ滅ぶとしても、国の内部から腐るように滅びる方が、国を建てた身としては不本意なのだろう。
「まだ人の身を理解するには経験が足りないようだな。せっかく人間に変化して、知識を習得し…」
「は?いつの間に人化してたのですか?!」
「王城の書庫にいた時、たまにな。シルヴィに見つかったのもその時だ。」
笑いながら別室に連れて行かれ、今までの所業を洗いざらい吐かされたという。
グッジョブです、シルヴィ様。
…ってことは。
「精霊体で、侍女の…。」
「バカ侍女のことか?」
「お知り合いでしたか。」
「同類には興味が湧かないから、見かけた程度だがな。そういえばあれは徘徊がひどいので、シルヴィがダンジョンの書庫に隔離したはずだ。それ以降会ってはいないが…まさかアレの知り合いか?」
「諸般の事情がございまして、私は今、ダンジョンにあるシルヴィ様のお部屋に居候しています。」
「憐れな。」
可哀想な生き物を見る目で言われた。
グレース、貴女何したのさ?
「なんで人の姿をしていたのです?」
「"感情"とやらを理解するため、王城から更に城下町、さらに他国へ点々と移動しながら、人々との触れ合いを求めたのよ。いや、素晴らしい時間を過ごしたな!!私から泉のように湧く知識と情熱が新たな文化を生み、名が歴史に刻まれていくのはなんとも言えず刺激的な体験であった。」
「は、城?城下町?他国?持ち出し不可の魔紋様は?結界に弾かれるとかは?」
「ふふん、私には無意味だな。高度な魔法の知識を得た私が、その程度の子供騙しに引っかかるわけがなかろう。」
ドヤ顔が、うっとりとした表情に変わる。
…なんでだろう、とてつもなく嫌な予感がする。
「私の隣に立つために、麗しき美女達が知性と権勢を盾に競い合うなど、実に刺激的な経験だとは思わんか!!それも私の卓越した才能、そして罪づくりなまでの優しさのせいだろう。つまり、そう称賛されても仕方ない程に私は人格者なのだ。」
「どうしよう、全く思いませんね。」
理解不能。
すでに片足は犯罪に踏み込んでるのではあるまいか?
創造神様、このレベルはうっかりじゃ済みませんよ。
「じゃ、なんでこのタイミングまで大人しくしてたんです?人化できるなら私に直接会いに来てくれればいいじゃないですか。」
そうすれば、主様の攻撃とか、面倒な試しとか受けなくて済んだのに。
その途端、賢者様は、とてつもなく不本意そうな表情を浮かべた。
ん?この反応は、もしかして。
「人化したくてもできなかったとか…例えば師匠が偽装したせいで変化できなくなったとか。」
「…。」
「もしくは主様が偽物作った時、作業の邪魔だからって封じたとか。」
「…。」
「なるほど、両方ですか。意外とダメダメですね。」
「うるさい。」
グッジョブですよ、師匠と主様。
こんな女性を弄ぶようなダメ男は封じておいて正解です。
「…んんっ、まあ、話を戻すが私が君に伝えるよう頼まれたのは、この魔法手帖の価値と使い方だ。」
「旗色が悪くなったからと話を逸しましたね。」
「うるさい!!とにかくよく見ておきなさい。」
そういうと、賢者様は手のひらに再び魔紋様を浮かび上がらせる。
複雑で繊細に入り組んだ起点の魔紋様はシルヴィ様が操るものと同じはずなのに、賢者様の操る糸は不気味な軌跡を描き輝く。
「君には選択肢がある。ひとつは自身で答えを探すやり方だ。扉に魔力を流した時、この紋様が描かれていればシルヴィの見た未来へと繋がる。シルヴィが鍵を開けたままにしてあるから君でも開けることができるし、その場で未来へと干渉することも可能だ。」
「どうやって干渉するのです?」
「至極、簡単なことだよ。」
一際、豪奢な扉の前に立つ。
賢者様が扉に魔力を流すと紋様が浮かび上がった。
つまり、これはシルヴィ様の見た未来に繋がっている、ということか。
「開けてご覧?」
躊躇いながらも扉を開け放つと、そこは見たことのある場所…お城の執務室だった。
現在の整然とした雰囲気とは全く違う。
床へ散らばる書類に、卓上に放り出されたペン、そのペン先から垂れるインク。
垂れたインクが、卓上の紙に滲んだ。
まるで今そこにいた誰かが忽然と消え失せたかのよう。
残る空気の揺れから、直前までこの部屋に誰かがいたのではないかとも思えるくらい。
「演者の消えた舞台。例えるなら、そんな状況だな。」
「登場人物だけが、いないということですか。」
「そういうことだ。シルヴィは"未来に干渉できる、だが人の生死には関与できない"と、そんなふうに説明していなかったか?」
その言葉に、シルヴィ様の言葉を思い出す。
『あくまでも付加するとか、それた道を元に戻すため補正を加えるとか、だけよ。道筋を変える事はできないわ。…それに人の寿命や生死に直接干渉する事も出来ないわ。』
確かに、登場人物が不在の状況で人の生死に直接関与はできないだろう。
では、どうやって未来の道筋に干渉するのか。
「言っただろう?簡単だと。」
賢者様はインクが染みた卓上の紙を取り上げる。
そして、軽く手を振った。
ボッ!!
紙が炎に包まれた。
「なっ!!」
想定外の出来事に息を飲み、無言のまま燃え落ちていく紙を見つめる。
やがて紙は灰となり、床に燃えカスが散らばった
「これは報告書のひとつだ。しかも王に報告されるのだから、かなり重要なのだろうな。」
「だ、だめじゃないですかっ!!そんな大事な情報が書かれた報告書を燃やしたら…。」
ハタ、と気がつく。
そんなことをしたら、本来伝わるはずであった情報が王に伝わらないではないか。
お楽しみいただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします。




