幕間 女王様とわたしと、賢者様②
その言葉を聞いた瞬間、賢者様は目を見開く。
それからニヤリと笑った。
「『女王の魔眼』か。なら仕方がないな。」
「それではないかもしれませんよ?」
「いや、あれだけの規格外なスキルでもない限りバレないように注意を払って紡いだものだからな。」
賢者様は女王の魔眼のことも、それがもたらす効果も知っているのね。
そして紡いだということは…やったのはこの人か。
長い時間をかけ、分析や解析をしても時間の無駄。
期待に胸を膨らませて魔法手帖に記された魔紋様を調べた結果、有用な効果など何一つ紡がれていなかった。
いや、ひとつだけあったかな。
魔力を、魔紋様を経由して外界に逃がす効果が。
つまり大量の魔力を垂れ流すためだけに紡がれたもの。
無駄に意地の悪い効果だけで、その他の効果が何ひとつ表示されない悲しさといったら…がっかりなんてものではありませんでした。
当然未来なんか欠片も見れませんよ。
貴重な魔法手帖へ記された精巧な魔紋様が実は見掛け倒しだったなんて、よく今までバレなかったと思いますよね。
確かに文字で記された未来の出来事が次々と当たれば、隣に添えられた紋様も本物だと思うだろうし、実際に試したとしても発現しなければ対価の魔力が足りないと考えますよね?
対価に大量の魔力を捧げ、結果力尽きた研究者や己の力不足を嘆く魔術師の皆様の姿が目に浮かぶ。
なんと意地の悪い仕掛けだこと。
ちなみに魔紋様の知識もあり大量の魔力を持つ人物、例えば師匠ならどうだろう。
自前の大量の魔力を捧げても発現しなければ、紋様を読まずともあの人なら気がつくはず。
だが師匠は五年前の一件の後始末に忙殺されている。
魔法手帖を手にしたとしても、一挙手一投足が見張られている彼に、どうやって秘密裏に実験しろと?
誰かの思惑どおりに皆が踊る。
ああ、本当に腹立たしい。
「だから、この魔法手帖の価値は別にあるということなんですね。」
私が魔法手帖を発現させた時、ルイスさんとカロンさんからこう説明を受けた。
"魔法紡ぎの女王"もしくは他国でもそう呼ぶに相応しい人物が発現させる、彼女達が紡いだ魔紋様の覚書。魔紋様を紡いだ後、余剰魔素の力によって手帖に紋様が書付けられると考えられている、と。
つまりあくまでもそうではないかという推測の域を出てはいないわけで、そもそも魔法手帖の発現する条件や仕組みが全て解明されているわけではないということだ。
なぜなら現存するものは二冊、それぞれ別々の国の王室が管理しており、第三大陸の歴史上魔法手帖が現れたのは、失われたとされていた『聖女アリアドネの魔法手帖』を含めても三冊しかない。
そして発現させた場面を直接見ているわけではないのだから本人から聞き取りをした内容を参考に推測したということなのだろう。
私だって聞かれたら『金の繭みたいなものから生まれました!!』という程度の説明しかできない。
ちなみに師匠に聞かれたので、そのとおりに説明したら『頭沸いてるのか』って可哀想なものを見る目で言われた。
…語彙が足りないのは仕方がないじゃないか。
魔法紡ぎとしての知識も足りない上に、こんな摩訶不思議な事象を経験したことが他にないのだし。
では、そもそも何の根拠があって"魔法手帖"と呼ぶのか。
もし卓越した実力をもつ魔法紡ぎが所持していたことを根拠とするのなら、『エル・カダルシアの魔法手帖』は私の知る魔法手帖とは違う条件や仕組みを経て誕生した可能性だってある。
つまり全ての魔法手帖と呼ばれる物が同じような経過を辿り、生まれたとは限らないということだ。
「ちなみに私の知る魔法手帖と異なるのではないか、そう思った理由は、もうひとつありました。私のステータスによると魔法手帖は"未開封"とカッコ付きで表示されています。にも関わらず、中身は問題なく閲覧できているのです。未開封、ですよ?普通に考えれば開けていないのに中身が見られるはずはない。つまり今見せられている内容そのものが"それらしく見せるためだけに記された偽物"ではないかと考えたのです。万が一、こちらが予期せぬ力で魔法手帖を手に入れることができた人間が、魔紋様の先にある本当の価値に気が付かないように。」
ステータスの魔紋様がなければわからなかっただろうな。
わざわざ括弧書きで未開封の文字が表示されるくらいなのだ。
そこには越えられない壁があるということだろう。
この魔法手帖も持ち主以外が手にすると霧散するとは言われている。
だが魔法手帖を手に取ることなく魔紋様を丸ごと偽造できるようなスキルがあれば、持ち主以外が触れたと判断する基準をクリアしてしまうようなスキルを持つ者がいたら。
それを懸念した人物が施した、トラップなのだろう。
確かに五年前、異世界から呼ばれた少女が手に入れようとした手段が明らかでない以上、念には念を入れておいて正解だったのかも知れない。
まあ実際はシルヴィ様の意向を汲んだ主様の手で、すでに書庫にあるものは模造品にすり替えられていたようだけどね。
ちなみにダンジョンでこの魔法手帖を主様から渡された時に、ギリギリ合格とか言われましたが、このレベルの答えを、あの時点で求めていたのなら絶対に無理ってもんですよ。
比較対象がシルヴィ様だとすれば脳味噌のレベルが段違いですね。
そう、シルヴィ様は無駄なことをしない人だ。
その彼女が不自然な状況を演出してまで守りたかったもの。
思わせぶりな名前に本当のことが隠されているなんて、開封するまで想像すらできなかった。
明らかにパーツが足りない、だけど知っている情報で導き出せる答えはこれが精一杯。
「シルヴィ様は、貴方がいたからこれを魔法手帖としたのですね。」
"精霊体は万物に宿る魂が長い年月をかけて意思を持ち、自身の望む形に進化した"もの。
シルヴィ様は収集した書籍の中に彼がいることに気がついた。
人は必ず死ぬ。
だが書籍を媒体にした精霊体ならば、本体が失われない限り、生き続けることができる。
ロイト、ゲルター両組織に見えた未来起こりうる厄災を回避させるべく働きかけただけでなく、彼に未来を見せ、この国が陥る危機を、厄災を回避する手段を残そうと考えた。
そのために賢者様の魂が宿る書籍をシルヴィ様は彼女の"魔法手帖"とした。
唯一無二の貴重な物として、必要以上の人目に触れることなく、できるだけ先の時代へと引き継げるように。
「だから書かれている内容はシルヴィ様と、貴方が見てきたもの。シルヴィ様の魔紋様の力を使い、未来を見たその記憶を貴方が引き継いだ。」
「…なるほど。見た目は地味だが、簡単には死なない程度には恩恵を受けているようだな。」
「見た目は関係ないと思います!!」
「私の士気に関わる重要な要素だ。私は見目麗しく華やかな雰囲気の女性が好きなのだよ。」
しらっとした表情で言い切る賢者様。
なんですとっ!!
まさか私に対する態度が厳しいのはこの地味で平凡な容姿のせい?!
ここまでくると地味は呪いか、呪いなのか?!
「そう気落ちするな。本人にはどうにもできない要素だから、諦めるのが賢明だぞ。」
「本人にはどうしようもない要素が士気に関わるって、どれだけ鬼畜なんですか?!」
「…ふむ、やはり人の子というものは本人の劣等感に紐付いた現実は受け入れ難いものらしい。」
「勝手に納得しないでくださいよ!!」
「君、犬や猫は好きかね?君達の世界でいうところの、肉食動物でありながら家畜化された通称ネコと呼ばれる種と、同じくイヌと呼ばれる種だが。」
突然話の矛先が変わった。
一瞬固まる。
「ええっと…私が知っている犬と猫のことでよければ、好きですね。」
ちょっと考えてから答えた。
ちなみにシロは犬扱いでよいのだろうか?
やつは肉ではなく、小麦と油分と糖、卵のみを摂取しているが。
…油で揚げたドーナツと同じ成分でできているな、うん。
「ちなみに毛並みは?好きな毛色はあるかい?」
「長毛種でも短毛種でもかまいませんが、手で触った時に、ふわっふわのモッコモコの毛並みが堪能できるならどんな種類でも大好物です。ちなみに色は明るい色の方が風景に映えて好きですが、暗い色でも毛並みが堪能できるなら、どんとこいです。」
「例え話をしよう。君の目の前に、そこそこ高い一本の木があったとする。君の大好物というところの毛並みがふわっふわのモッコモコで、毛色の真っ白な子猫が木の枝から降りられなくて君に向かって助けを求めているとしよう。さあ、どうする?助けるか、見捨てるか?」
「…。」
悔しいが言いたいことが理解できてしまった私は天を仰いだ。
賢者様はニヤリと笑う。
目の前にフワモコなご褒美があるわけだ。
もれなく助けるし、モチベーションは最高潮だ。
「まあこの場合、とても高い木ではないことも重要な要素だがな。」
命に関わる高さであればさすがにモチベーションだけではどうにもならないだろうしね。
豚もおだてれば木に登るが、登れる高さはそこそこが限界ということだ。
「話は逸れたが、そんなわけで君を見ていても士気が全く上がらない。そこで君に提案する。私の士気を上げることができれば協力しよう。」
「は?シルヴィ様に私との協力を約束したのではないですか?!」
「彼女は『私に紹介する』、と言っただけのはずだが?その先協力するかは私の気持ちひとつ。」
確かにシルヴィ様はそう言ってたな。
無駄にキラキラした笑顔で『頑張れ』っていう悪魔のような彼女の表情が浮かんだ。
はめられた…完全にはめられましたよ。
私は深々とため息をついた。
仕方ない。
不本意だが、この手を使うか。
「…一応確認しますが、賢者様は人型に化身できます?」
「うむ、可能だ。その知識は私に備わっている。」
「無事に情報を手に入れ魔法手帖から現実世界に戻ることができれば、ご紹介しますよ。」
「うん、誰をかな?」
心の中で手を合わせる。
勝手に手持ちのカードにして、ごめんなさい皆様。
私には皆様の温情にすがるしか選択肢が残されていないのです。
厳かな口調で私は賢者様に告げた。
「ここだけの話ですが…私にはシルヴィ様クラスの美人さんが知り合いにいます。」
「よし、協力しよう。」
早いな!!
そして意外にチョロかった。
ご紹介しますとは言ったが、誰を紹介するかは言っていない。
そして知り合いにシルヴィ様クラスの美人さんがいると言っただけで、誰に会わせるとも言ってないぞ。
「念のため言っておきますが、本人が嫌がればもちろん会わせるなんて却下です。あと、紳士的な態度でお願いしますね?せっかくできた友人とか親身になってくれる知り合いを失くしたくないので。」
とても貴重な書籍なのだ。
そうだな、いっそ研究所に貸し出して色々な実験してもらおう。
ふてぶてしいから大丈夫…っと失礼、耐久性を検査し、必要なら補強しないといけないからね。
研究所で出荷前さながらの厳しい品質検査を受けていただこうではないか。
例えば耐久性だけでなく、耐火性とか、耐水性とかな。
ああ、男性にも協力を仰ごう。
シルヴィ様クラスの美人なら、男性でもいいわけだ。
一人心当たりがあるよね。
女性と見紛うが如き忌々しい…口が滑った、ごめんなさい。
神々しいまでの美貌を持つ男性が。
魔紋様大好きの変人だけど、雰囲気と容姿しか士気に関わるとは言っていないしな。
思わずニンマリと笑った。
賢者様は不穏な空気を感じ取ったのか、眉根を寄せる。
「悪寒が。」
「気のせいだと思いますよ?それでは教えてください。私には何ができるのか。」
シルヴィ様が語れなかった、その先の話を。
賢者様は席を立つ。
「時は金なり。移動しながら話そう。」
「っと、どこへですか?」
「扉の先の世界だよ。」
その時、初めて気がついた。
賢者様の背後に見たことのある扉があることを。
デザインは微妙に異なるが、西洋風で、扉にノッカーの付いた…。
「ロイトの、扉の魔法?」
「古き魔法は網羅している。なぜならば、私は古き魔法を記した魔導書だからだ。」
彼は古き魔法を記した、魔導書。
呆然とした私の前で賢者様は軽く扉を叩く。
「そして鍵はこれだ。」
キン、という音がして魔紋様が浮かび上がる。
シルヴィ様がアントリム帝国のなんちゃって執事を脅かすために発現させた、あの魔紋様と同じ。
あれは彼女の起点の魔紋様ではなかったのかな?
私の疑問をよそに、賢者様は芝居がかった仕草で恭しく腰を折ると扉を開いた。
「さあ、ご覧あれ。過去が紡いだ、未来の世界を。」
このところ忙しくて更新間隔があいております。
お待たせしてしまい、すみません。




