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エル・カダルシアの魔法手帖  作者: ゆうひかんな


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幕間 女王様とわたしと、賢者様①


いつぞやのお茶会とは違い、今日の空模様はぼんやりとした曇り空。

ふわふわなワンピースと、白い猫足のテーブルと椅子、テーブルの上には花柄の茶器に、皿の上には美味しそうなお菓子と一口サイズのケーキが並んでいる景色は同じだけどね。


「まずはお座りなさいな。」

シルヴィ様はそう言うとカップを空いた椅子の前に置く。

彼女の向かいに座ったところで私は深々と頭を下げた。

「助けていただいてありがとうございます。それから各種アドバイスも感謝しています。」

「どういたしまして。それが約束だもの。」

ここは夢と現実との狭間、魂の拠り所とも呼ばれる場所。

思い出に繋がるこの場所で、彼女は私と約束してくれた。

政治的な駆け引きの助言と、今後私の手に余るような事態になったら手伝うことを。


夜、眠りに落ちた刹那もしくは夜明け前のぼんやりとした空間を漂うような意識の隙間で。

以降、不定期ながら、この場所で私はシルヴィ様に助言を受けていた。

ほんのわずかな時間だったけれど、まるで夢の続きみたいに、この場所へ招待されるんだよね。

これは師匠もオリビアさんも知らないことだ。

彼らも、どこからか知恵を授けられているくらいは感じているだろうが、まさかこんな摩訶不思議な手段でとは思ってもいないだろう。

政治的な駆け引きに疎い私が何の知識もなく手持ちのカードを切れるわけがないからね。

他国の姿がある場面では師匠が常に側にいるのも、たぶんこのため。

未だに王様や師匠が『まだまだね』などと言われているくらいなのだ、私なんて彼女の足元にも及ばない。

さて、今日はどんなレクチャーが、とシルヴィ様に視線を向けるが、いつもとはおもむきが違う。

感慨深そうに私を見つめる視線が気になって、妙に落ち着かない。


「やっと手に入れたみたいね、おめでとう。」

「ありがとうございます、と言っていいのか微妙なところですね。」

「まあ本人の意思に関係なく我が国の未来の行く末に巻き込んだことは否定しないわ。」

ごめんなさい、そういいながらシルヴィ様は満足したような表情をみせる。

全く悪いと思ってないのだろうな。

彼女が私を知るように、私にもわかることがある。


本当に、いい性格をしている人だ。

良い意味でも、悪い意味でも。


シルヴィ様にとっては愛した書籍と同じくらいに、王国が存在し続けることが何よりも優先される。

そのためには使えるものはなんでも使う所存なのだ。

私もその手段のひとつ。

だからこそ彼女の存在は私にとっても価値があった。

私が存在することが王国の益となる限り、彼女は絶対に裏切らない。

むしろ積極的に関わりを持とうとするだろうし、私が生き残ることができるよう助けてくれるだろうと。

それがこんな夢の続きのような場所で情報交換とは想像を越えていたけどね。


「当初の心積もりでは貴女に使命感を植え付けて、さっさと魔法手帖を引き継がせようと思っていたのだけど、思いの外覚悟が決まるまで時間がかかったわね。」

「シルヴィ様。使命感を植え付け…のあたりはコメントに腹黒さ全開なので、ぼかすべきところではないですか?助けていただいた恩もあるし、使命感には駆られて必要と思われる作業はしましたよ。」

その時は命を救ってもらった感謝しかなかったから、一生懸命がんばった。

省エネ設定の私がフル回転で作業に邁進した。

そしてシルヴィ様の魔法手帖を引き継いだら国の運命と一蓮托生、と。


どこまでが彼女の計画のうちなんだろう?

私に対する罪悪感など微塵も感じさせないところは見事としか言いようがない。

こんな性格だと知れば、オリビアさん泣くかも…もしくは同類と泣いて喜んだりして。

…あれ、なんだか急に寒気が。

書籍を守る魔紋様まもんようの更新とダンジョンの修繕は、魔紋様まもんようをどうするかは国の判断待ちだし、修繕は棟梁が復活しないと終わらない。

そして今、自分と棟梁のために未来にあるかもしれない治療法を探りに魔法手帖を開いた。

こうしてみると勤勉以外の何ものでもないな、うん。


のんびり異世界生活、カムバーーック!!

心の叫びは何故かシルヴィ様にも届いたらしい。


「満足した?」

「はい、かなり。で、今日こそはどうやって私に干渉しているのか教えてくださいね。」

「だからそれは淑女の秘密よ?つまり、ナイショ。」

シルヴィ様は麗しい顔に笑みを浮かべて、形の良い唇の端に指を添える。

美人はどんな仕草でも絵になるなぁ…羨ましい。

「どちらにしても私の魔紋様まもんようを継承したわけではないから同じことはできないの。だから知っても無駄よ。」

笑顔でバッサリと否定されても嫌味にならないのは彼女の蠱惑的な魅力のせいか。

魔紋様まもんようについては、確かにそうなんだろうけど。

にわか魔法紡ぎだけど、それでも体感すればわかる。

できないことは、どう頑張ってもできない。

それは本人の努力や工夫でどうにかなるものではない、与えられた魔紋様まもんようの特性に由来するものだから。

「では私にできることは何なのです?」

「いいわね、その切り替えの早さ。それが貴女を迷いから救うでしょう。」

「シルヴィ様?」

「もっと教えてあげたいけれど、残念ながら時間がないのよ。」

ソーサーに載せたままのティーカップを携え、シルヴィ様は優雅に立ち上がる。

そして私に今日の予定を教えるように、いつもと変わらぬ口調で告げた。


「ではご機嫌よう。貴女とはもう二度と会うことはないわ。」


その内容は意外性に満ちていた。

呆然とする私に彼女は満面の笑みを浮かべる。


「頑張ってね、次代の魔法紡ぎの女王。」

「は?!シルヴィ様、それってどういう…?!」

「対価の代わりにこの方を紹介するわね。…色々面倒だけど頼りにはなるわ。」

「えっ、ちょっ、とまっ…?!」

翻る、真っ白いドレスの裾。

突然、ザッと強い風が吹きつけた。

視界の端を、風に煽られた赤いバラの花びらが舞う。

風はあまりにも激しく吹きつけ、風圧に耐えきれなくて目を閉じる。

遠くから途切れがちに彼女の台詞が聞こえたのを最後に気配が途切れた。

「待って、本当にっ!!本当に、これで…?!」


最後なのか。

伝えられなかった言葉は空に吸い込まれるようにして消える。


もしかしたらと予感はしていた。

唐突に始まったお茶会は、やはり突然終わるだろうと。

シルヴィ様は千年も昔の時代を生きた人だ。

そんな人が未来の、しかも私にピンポイントで繋がるなんてことがお手軽にできるはずはない。

もしそれを可能にする媒体があれば、それは奇跡的に彼女と私を繋ぐこの魔法手帖しかない。

わかっていたのに。

確実に繋がらなくなる日が来るとわかっていたのに、聞けなかった。

あれだけ近くに感じていたシルヴィ様の気配が、今はもう全くわからない。


女王として国のために身も心も尽くした女性。

そんな偏った生き方を象徴するように、愛した書籍を魔物に変えてまで国を守ろうとした。

こんな生き方もあると私に示した人は再び千年の時の向こう側へと消えようとしている。

まだ教えてもらいたいことはたくさんあったのに。

私に繋がるために彼女はどれだけの対価を支払ったのか。

そもそもなぜ私に魔法手帖を残したのか。


絶大な人気を誇りながらも、本当の名を知る人は今はもうほとんどいないと彼女は言った。

誰も自分の名を呼ばない、呼ばれるのは女王という肩書だけ。

…寂しくなかったはずはないのに。


それでも貴女は幸せだったのか、と。


吹き荒れた風が止む。

チャンネルが切り替わるように空気の質が変わった。

目元を覆った腕を退けて、再び目を開く。

屋外にいたはずの私は、これといって特徴のない屋内の一室に立っていた。


シルヴィ様の思い出の場所から弾き出されたのか。


後悔先に立たず。

こんなにも突然接触を絶たれるなら、順を追ってとか段取り関係なく、胸ぐら掴んででも聞きたいことを聞き出しておくべきだった。


「まだ何も始まっていないのに、どうして…。」

「それは彼女との契約に関わることだからだよ。」

背後から響くのは、しわがれたような聞き覚えのない声。

だけど紡がれる言葉は力強く、自信に満ち溢れ意図せず耳を傾けてしまう。

精霊の操る美声とは異なる次元にあって、こちらを深く侵食する危うさ。

思わず声のする方を振り向いた。


王様の執務室で見掛けたような、頑丈な造りの文机。

向かい合うように置かれた椅子のひとつにその人物は腰掛けていた。


「はじめまして。君をなんと呼べばよい?」

「はじめまして。私も貴方がなんと呼ばれているのか知りたいのですが?」


互いが疑問符をつけて会話することの異質さ。

その男性は若くも見えるけれど雰囲気からして…ディノさんと同じ年頃くらいかな。

そしてルイスさんみたいに平凡な茶色の髪色に、同じ色合いの茶色の瞳。

だから警戒するなといわれても、それは無理。

例え彼がシルヴィ様の言い残した"紹介したい人"であったとしてもだ。

彼は面白そうな表情を浮かべ、笑みを深める。


「なら君は今日から"名無し"と呼ぼう。」

「はい?なんでです?」

「名乗らんなら、何と呼ぼうが私の自由。非常に斬新で画期的じゃないか。」

「仮の名をつけるにしても、もう少し親しみやすく呼びやすい名はありません?」

「ポチ。」

「…エマと呼んでください。」

異世界にもポチと呼ばれる生物がいるのか?

まさか…まさか犬をポチ呼びする文化が異世界に根付いたとかか?

誰だ、安易にポチとか、シロとか名付けた異世界人は?!

しまった私か!!


「それで貴方のお名前は?」

「好きに呼んでかまわないぞ?名はないからな。」

「…ポ」

「ポチと呼んだら返事せんから。」

嫌なのかい。

呼ばれたら嫌な名を人に付けようとしたのかい、この人は。


「ちなみにシルヴィは私を古語で"賢者"と呼んだ。」

良き呼び名だと、彼は顔を綻ばせる。

その呼び名が気に入っているのか。

「なら賢者様とお呼びしますね。」

「…芸がないねぇ。」

あからさまにため息つかない!!

いいじゃない、貴方が気に入っている名前だよ。

他に賢者様と呼ぶ人もいないし、被らないから私も呼びやすいし。

「それでなんですか?契約に関わることって。」

「彼女は私と取引をした。その恩恵が、君と彼女を繋ぐことなのだよ。つまり君が予想したとおり、君に魔法手帖の所有権が移った段階で彼女とは契約完了。それ以上干渉することは契約違反になるから、挨拶もそこそこに退場したわけさ。」

死者の魂が何の媒体もなく生者に干渉することはできない。

魔法手帖が私とシルヴィ様を繋ぐものであったなら所有権が移行すれば契約も終わる。

そんなこと、簡単に想像できただろうに。

居心地の良い空間と一方的でも与えられる情報が貴重なために見過ごしていた。

後手に回ったと、苦く思う気持ちが溢れ出す。


「ならばどうやって私への干渉を可能にしたのです?」

賢者様は私を一瞥し、皮肉げに表情を歪める。

そういう表情をすると急に歳を重ねた老人のようにも見えるから不思議だ。


「シルヴィは言ったはずだ。彼女の魔紋様まもんようを継承したわけではないから同じことはできない。」

「それでも知りたいと言ったら?」

「守秘義務という言葉を知っているかい?彼女と契約した内容に含まれているからね。何人たりともこれを知ることは許されない。だから結論は『言わない』。」

「…。」

「建設的な質問がないなら、これで顔合わせは終了ということでよいかな?」

賢者様はニヤリと笑う。

アントリム帝国の時と同じだ。

私は、何もしなくていいと。

この件について、シルヴィ様は私が部外者でいることを望んでいる。

本当に優しいのか腹黒いだけなのか理解に苦しむ人だ。

私は深く、それはそれは深くため息をついた。

「つまりシルヴィ様との契約内容には触れるなという理解で良いですか?」

賢者様は軽くポンポンと両手を打ち鳴らす。

称賛されているように見えて、これは完全に私をからかうものだ。


「いいねぇ、一歩前進した。歩みは遅いが多少なりとも前に進むのは知性がある証。」


なるほど、シルヴィ様が言っていた色々面倒なというのはこの口の悪さか。

ついでにこの人、意地も悪いとみた。


上等じゃないの。

それが彼なりの気遣い…なんてこれっぽっちも思わないわよ。

おかげでシルヴィ様を失った悲しみが多少紛れたとしても、だ。

優しさなんて余計な感情は期待しない。

彼はシルヴィ様とは違うものさしで他人を測る人なのだろう。


彼の言葉は色々なことを知っている。

だけど全てを話してくれるわけではない。

それでも言葉の末端から情報を得て、事を有利に進めることができるか。


ここから先のやりとりで、彼の私に対する評価が決まる。


「さあ私に知性の欠片を披露してご覧?気が向いたら情報をあげよう。」

「私を満足させる情報を持っているのか、甚だ不安ですね。そこまでの何かが貴方にはあるのです?」

「当たり前だ。なぜシルヴィが私を賢者と呼んだのか、それを彼女の気まぐれだと思うのかい?」

「書いてあることは、知っていること。知っていることは、できること、なんですよね。」


貴方()は。


その言葉に彼の唇は弧を描く。

まるで答えにたどり着けるならどうぞ、とでも言わんばかりの態度。

「シルヴィ様は優秀な魔法紡ぎとされています。魔法手帖を発現させ、魔紋様まもんようを操れる力もあった。研究所に勤めている人が教えてくれたのですけど、シルヴィ様の起点の魔紋様まもんようは過去に存在したけれど今は記録が失われてしまい名前も効果も定かでない未知なるものとされているそうです。彼女が紡いだとされる魔法手帖に記された魔紋様まもんようも同様で、それ故に彼女の魔法紡ぎとしての功績がどの程度のものなのか語ることもできない。」

「それで?」

「これも聞いた話ですが、魔法手帖に書かれている内容は複雑を極めた未知の魔紋様まもんようとその先で見てきた未来の一端を記した記述と言われています。研究所にもほとんど資料が残っていないそうなので多分そう、と言われる程度らしいですが。」

「なるほど、それがどうした?」

「私、ちょっとだけ便利なスキルを持っていまして。魔紋様まもんようの名前や効果がわかるのですよ。だから驚きました。」


魔法手帖に記された魔紋様まもんようのほとんどが見かけだけ、実はフェイクだったなんて。






このお話は分岐のひとつでした。

いくつか想定していた内容のうちのひとつを選択したのですが、思いの外、文章になるまでの時間がかかってしまい更新が遅くなりました。

賛否ありそうな展開ですが、お楽しみいただけると嬉しいです。

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