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エル・カダルシアの魔法手帖  作者: ゆうひかんな


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魔法手帖百五十四頁


お店のカウンターに座るオリビアさんへ、ディノさん達への伝言を頼んでから師匠と共に部屋へ戻る。

向かい合わせにソファへ座ると、私を一瞥して、彼は訝しげな表情を浮かべた。


「…エマ、お前、なんだか変な顔してるな。」

「師匠、それは世間一般の常識に照らさずとも、間違いなく口から出てはならないやつです。」

年頃の女子の顔を変とか、相手によっては刺されますよ?!

私のじっとりと見つめる視線を受け流しつつ、師匠はテーブルに置かれた魔法手帖の上に手を翳す。


テーブルの上に置かれた初代女王の魔法手帖。

それは、地味な装丁でありながら、どこか異質な空気を醸し出す。

しかも背表紙に書かれている題名は『貴族名鑑第十二巻』なんて想定外過ぎる。

この異様な雰囲気が、魔法手帖を開くことを躊躇わせた理由。

師匠は小さな声で古語を唱えた。


『偽装解除。』

意外にもシンプルな言葉を鍵にして、淡い光が魔法手帖を包む。

この地味に不気味な偽装は師匠の趣味でしたか!!

捻くれた性格が…っと失礼しました、思考が顔に出てますね。

やがて背表紙の題名と共に異様な雰囲気は消え、光を取り戻したかのように優しい輝きを放つ。

大きさは私の持つ手帖よりも一回り小さな、淡いグレー色をした表紙を持つ手帖。

ああ、これって…。


「シルヴィ様の色だ。」

思わずこぼれ落ちた私の声に師匠は軽く目を見開く。


「なぜ、その名を?」

「こっそり教えてもらったのですよ。そういえば師匠もよく知ってますね?」

「まあ色々あってな。それでこれを今すぐどうにかしたい、その目的は棟梁達の症状の原因を探るためか?」

「それもあります。いつまでも明確な治療法が確立されてないのはまずいですよね。」

「確かにな。城内にある様々な文献を当たらせたが、症状の記述はみられても改善されたという記述はない。つまり、今はまだ治療法がない、という可能性が高いということだ。この症状が城内で留まっているならまだいいが。」

「城の外で、その症状が散見されたら収穫祭どころではなくなりますね。」

「それだけは避けたい。噂が勝手に独り歩きして伝染病扱いされたら、病と関係のない人まで死ぬかもしれないしな。」

「ただ探るとしても目印がないと難しいかもしれませんね。」

「だから今できる事として、この病に"眠り病"という病名をつけた。」

「それは…もしかして。」

「お前が魔法手帖の中で見る未来に、その病名があれば、それは棟梁と同じ症状ということだ。」

師匠は頷く。

このタイミングで急遽病名をつけたのは、それが未来に引き継がれる可能性にかけたからだろう。

そしてそれは、もしかするとその近くに治療法があるかもしれないということを意味する。


「ありがとうございます。」

「お礼をいうならこちらの方だ。それしか今のお前を助けることができない。」


すまない。

そう言葉を添えると師匠は目を伏せた。

責任感の強いこの人のことだ。

できれば自分が魔法手帖から答えを探したかったのだろう。

シルヴィ様が余白に書いた後世へ伝える情報に記載がないのなら、内側を探るしかないということ。


でも彼女はこれを私に託した。

ならば私が探すしかないのだろうな。


「そういえば、師匠は食事をすませたのですか?」

「いや、まだだが。」

「体力をつけるために、私も少し食べておこうと思うのですけど。師匠も食べませんか?」

「それなら、もらおうか。」

「何食べます?」

「ハンバーガーがいい。」

「…師匠、ちゃんと栄養考えて食事してます?私達のいた世界では、これはあくまでも軽食扱いなんですよ。ちゃんとその他の食材を使った料理も食べて、栄養のバランスとか考えないと。」

「興味ない。」

ぶった斬られました。

まあ、確かに一定数存在しますよね。

自分の興味あること以外はどうでもいい人。


「じゃあ、ハンバーガー以外も適当に摘んでください。」

取り分け用の皿に、スプーンとフォークを渡す。

そして収納から作り置きの惣菜を出しテーブルに並べた。

シロが足元に近寄ってきたので、切り分け済みのパンケーキを渡したら大人しく食べている。

コレも食生活が偏ってるな…しかもこちらはこの場に栄養士さんとかいたら卒倒しそうなレベルだ。

試しに茹で野菜を差し出したら、プイと横を向いた。

…くっ、かわいいくせに、態度はかわいくないな!!

師匠はと見れば皿に盛ったハンバーガーをすでに平らげ、フライドポテトや唐揚げを摘んでいる。

量は結構食べる人なんだなぁ。

思えばこの人、私より少し歳上なだけで年齢層は同じ、つまり育ち盛りというやつ。

普段の態度がアレだから、つい忘れてしまうけど普段子供扱いされることあるのかな?


「なんか懐かしい感じですね。」

「いきなりなんだ?」

「師匠大人びてるから想像出来なかったのですけど、まだまだ育ち盛りなんだな、って。」

「育ち盛り…ああ、食べる量が多過ぎたか?」

「いや、だめとかではなくてですね。うちに年下の弟と妹がいたのですけど、特に弟が歳重ねるごとに大食いになりましてね、エンゲル係数がとんでもない数値を叩き出すようになったのですよ。たくさん食べてくれて嬉しい反面、食費を預かる身としては頭が痛いという状況を経験したものですから、懐かしいなって思いまして。」

特に肉と米の消費量が半端なかった。

あの細い身体のどこにあれだけの食材が収納されていくのかと不思議だったものな。

「ただ好き嫌いはありませんでしたよ?何でもよく食べる子でしたね。」

「えんげるけいすう…なるものがなんだかわからないが、作り手の気持ちが伝わったからじゃないか?」

色々なものを食べてもらいたいのは、日々健やかに過ごしてほしいと作り手が願うから。

全ての事例が当てはまるというわけではないが、そう前置きしてから師匠は言った。

「自分のためとわかれば、自ずと食べるようになる、ということじゃないか?」

自分のためとわかれば。

その言葉が過去の記憶にひっかかる。


「師匠、食べないのは…自分のためじゃないと思ったからなんでしょうか?」

「全ての事例が当てはまるとは言ってないぞ。ひとつの考え方だ。俺みたいに食べ物に興味が薄い性格だったのかも知れないし、単純に好きな食べ物が固定されているだけだったのかも知れないしな。本人がそのせいで体調が思わしくないならともかく、健康体なら問題ないだろう。」

「それも、そうですよね。」

「気になることでもあるのか?」

「友人というか…幼馴染なんですけどね。ずいぶん変わった考え方してたから。」

彼曰く、好きな物しか食べたくないと言っていた。

だからって母親の手作りは嫌だという理由にはならないと思うの。

こだわりの強いタイプではあったけれど、なんであんなに嫌がるのか理解できなかった。

母親が自分のために作ったってわかってるはずなのにな。

だけど彼の自宅の食卓には買ってきた惣菜だけが並ぶ。


頭がよく、物静かで、誰にでも好かれていた幼馴染の男の子。

私自身が幼くてわからなかったけど、シルヴィ様の言うように、誰にでも好かれるその表の顔の裏には、他人には見せない葛藤があったとでもいうのかな。

そうでなくては説明がつかないだろう。

母親は息子が行方不明になった衝撃で、正常な判断がつかなくなるくらいに愛していたのだという。

その母親が作る食事を拒むなんて。

それが愛情からでないとしたら、なんのために私はあれだけ彼女に責められたのかな。

なんでこんなにもあの時の痛みを忘れることができないのかな。


「…エマ、今日は止めておいた方がいい。」

突然、ふわりと師匠の手が頭の上を覆う。

視線を上げれば、真剣な表情をした師匠と視線が合った。

「表情がいつもと違う。何かあったんじゃないか?その揺らいだ精神状態で未知の領域に踏み込むことに賛同はできない。生き残りたいのなら、もっと自分の身を大切にしろ。」

変な顔呼ばわりしたのは、表情がいつもと違うという意味か。

口は悪いけど、こういうところは鋭い。

そして厳しいことを言うわりに、思いの外、優しい。


「師匠、たぶん私には必要なことなんですよ。揺らいだ精神状態で乗り越えた経験がないから、何かことが起きる度に狼狽えて取り乱すばかり。いつも万全でなければ事に臨めないという、今の私では駄目なんですよ。」

「だが、お前はまだ時が選べる。選べるのなら万全を期すべきだと思うが?」

「…そうやって今まで先送りにしてきたのですよ、色々な局面で。結局解決してないから同じようなことで何度も傷付く。駄目なんですよね、それが。だからもし魔法手帖が私のために残されたのなら私の求める答えも、この魔法手帖の中にあるのかも知れない。手段があるから、そこにある可能性にかけたいといったらだめでしょうか?

誰かのためだけでなく、自分のためにも、この魔法手帖を速やかに手に入れたいのですよ。」

聞き入れてもらえなかったらどうしよう、なんて思いながらダメ押ししてみました。

師匠は暫く私を眺めた後、深々とため息をついた。


「頑固だな。俺に助けを求めても、助けられるかわからない。」

「だからですよ。自力で乗り越えてきます。」

「誰かに頼るのも、ひとつの手段だぞ?」

「…まあそれは手に入れてみた結果から検討する、じゃダメですか?」

誰に頼るかも検討しないといけないしね。

そう思う側から、ひょっこり浮かんだ顔を振り払う。

「…仕方ないな。なら俺がいるうちに一回試してみろ。」

そう言うと師匠は食器を片付ける私の前に軽く魔法手帖を押しやる。

グレースへ食器を渡し、後片付けをお願いするとテーブルの上から魔法手帖を取り上げ、じっと眺める。


「開き方はわかるのか?」

「たぶん…グレースの時と同じなら、魔法手帖に魔力を流せばいいと思いますよ?」

グレースの時のように、ごっそり魔力を抜かれて意識を失って…そのタイミングで何か起こるのではないかと考えている。

確認のため、足元に丸くなるシロへと声を掛ける。

「それでいいのかな?」

「…ん。それでいいと思うよ。」

「なっ、お前…!!」

「あれ、師匠初めてでしたっけ?シロ、話せますよ?」

そうか、前回この部屋に来たとき、シロは会話には参加しなかったっけ。

同じ精霊でもグレースは人型をとるから話しても違和感ないけど白い毛玉が話すと、慣れるまでは違和感しかないよね。

だけど師匠は違う意味で狼狽えたらしい。

珍しく顔色が悪く、表情が硬い。

大丈夫かな。

心配して顔色を伺うも、やがて普段どおりの表情を浮かべる。

ああ、やっぱり師匠は私と違う。

持ち直すまでがとても素早い。

これが経験値の差なのかな、やっぱり。

シロはソファをよじ登ると私の膝に座る。

そして片付けものを終えたグレースがソファ越しに私の背後へと控えた。

「魔力を流して、あとは魔法手帖の導くままに。いってらっしゃい、エマ。我々はずっとそばにいる。」

「うん。シロ、グレースをよろしくね。」

「エマ、先ずは魔法手帖から意識をこの世界へ戻すやり方を探れ。調べものはそれからだ。」

「はい、わかりました。」


ひとつ頷いてから意識を魔法手帖へと向ける。

偽装を解いた表紙の裏には、グレースの時にもあった見慣れない魔紋様まもんようがあった。

紋様を読むと、"使用者の更新"と、"譲渡"。

つまりこの魔紋様まもんように魔力を流した人物へ権限が譲られる仕組みか。

魔力を流すと、ごっそり魔力が抜けていく気配がする。

薄らいでいく意識の中で、師匠がそっと手を添え、魔力を融通してくれる気配を感じた。

やっぱり温かいな、師匠の魔力。


『使用者を更新します。』

このゲームみたいな台詞、違和感ありすぎだよね。

そう思ったのを最後に意識を失った。


ーーーーー


それから、どれだけ時間が経ったのだろうか。

頬に触れた風から花の香りを感じる。

そして茶器の触れ合う音に眼を開く。


ああ、やっぱりここへ還るのか。

ウバの葉を使った茶の香りが一面に漂う。

見慣れた淡いグレーの瞳が私を捉えた。


「いらっしゃい。さあ、お茶にしましょうか。」




たいへん更新が遅れました、すみません!!

お楽しみいただけると嬉しいです。

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