魔法手帖百四十八頁
「よいしょと。」
オリビアの店のポリシーは"休憩時間はちゃんと取れ"だ。
その方が質の良い作業ができ、質の良い商品を生む。
安価な失敗作をたくさん紡ぐよりも高く取引される品を納めることが利益を生む秘訣なのだとか。
そんなわけで今はしっかりと休憩。
何をしているかというと店の裏庭、ちょうどオリビアさんの部屋の窓がある下に置かれた長椅子に腰掛けたところ。
はらり、はらりと地へ落ちる枯葉。
天から降り注ぐように赤と黄色と茶色、秋の色合いが視界を染める。
本当、この世界に緩やかでも四季があって良かったと思う。
それは日々の移ろいを視覚で味わうことができるから。
その美しさは五感を満たすことで更に増すというもの。
そんなわけでオリビアさんの許可を得て山と積んだ枯葉に火を付け、焚き火をしたところです。
焚き火という危険を伴う行為の理由のひとつは、落ちた葉を灰にして良質な肥料の一部とするため。
そしてもうひとつは…わかる方にはわかりますね!!
そう、焼き芋です。
五感を満たすには味覚は外せませんよね、絶対に。
そんなわけで若干硬さのある紙に、採れたてのさつまいもモドキ(見た目は同じだが名前は違う)秋の味覚を包んで枯葉の山に仕込みました。
一応、緊急時を想定してたらいに水を用意し、延焼を防ぐ防御結界を枯葉の山の周りに張って、さらには保護者枠のオリビアさんが部屋で待機しています。
焼き芋が焼けたら一緒に食べる予定だ。
「あれ?エマ、ここで何してるの?」
「あ、ちょっとシロ、さっきは逃げたでしょう!!」
「うん逃げた。オリビちゃんコワイから。」
…ちょっと、アナタそれでも私を守ってる気?
シロは短い足を動かしながらトコトコと近づき、私の足元へ擦り寄る。
柔らかく、ほんのり温かい。
くっ、このモフモフ感と愛らしい仕草にうっかり許してしまいそうだわ。
「あー、エマ、お客みたいよ?」
しばらくしてシロがちょいちょいと足元を指差す。
ん、足元ってことはこの地面の下?
ボコリ。
土が盛り上がり下から顔を出したのは…。
「あらクーちゃん。」
茶色の塊がいつもみたいにヘニャリと頭を下げる。
クゥという種類の生き物だから、クーちゃんね。
「…ねえ、エマ。余計な事かもしれないけど、ちょっと危ない気が…。」
「あっ、クーちゃん!!隣で焚き火してる!!ヒゲ燃えちゃう!!」
クーちゃんが頭を出したのは残念ながら防御結界の内側、山のすぐ隣でした。
隣で盛大に煙を吐く枯葉を見てぎょっと目を向き毛を逆立てたあと、再び土の中へ潜る。
ごめんね、今日来るとは思わなくて言わなかったのよ。
モコモコと盛り上がった土の道が出来た後、私の隣に再びクーちゃんが顔を出す。
「いらっしゃい、クーちゃん。今日もお使い?」
「えっ!また?」
シロにクーちゃんはヘニャリと頭を下げ、土の中から布に包まれた紙を取り出す。
見慣れた紙の色とサイズ。
それは土の大精霊様からのお手紙でした。
そうなんです。
私は土の大精霊様の文通相手になりました。
話すことは苦手でも気持ちを文章にするのは得意とのことでしたので、それならばと提案したところ、手紙をやり取りする事になりました。
シロは嫌がるかと思っていたのですけれど、意外にも寛容で大精霊様から来た手紙を共に読むこと以外は干渉してきませんでした。
ただ、『下手に反対して突拍子もないことをされるより、目の届く範囲で自由にさせた方が安全』などと、子供を持つ親のようなことを言っていたが保護者枠は充分なんだけど?
そう思いながら手紙を開く。
「さて、今日はどんなことがかいてあるかな?」
"チース、エマ!!二日と十五時間三十二分ぶりデスネ!!"
原文のままです。
土の大精霊様、文章が得意っていうよりも人格が変わってますが大丈夫ですか?
「…クーちゃん。このお手紙、配達日とか配達時間指定とかされてたりする?」
瞳がきらりと光り、クーちゃんが真剣な表情でヘニャリと頷く。
無駄に細かいな。
しかも宅配業者さんもびっくりの精度だ。
"急に寒くなったケド、クゥ達のように腹出して寝ていないか超心配デス!!"
「エマ、これ女の子に聞くことではない気がする。」
そうだよね、おなかだして寝てますなんて本当だったとしても言わない。
っていうか言えない。
乙女の秘密だ。
土の大精霊様なりの親愛の情の現れということだろうけどデリカシーが足りない。
「クーちゃん、おなかだして寝るの?」
クーちゃんが真剣な表情で頷く。
「風邪引かない?」
クーちゃんがちょっと自信なさげに頷く。
風邪は引くみたいだな、うん。
「じゃあこれあげるよ。」
収納から取り出したのは以前使っていたベージュの手袋。
朝晩冷えるからと使い始めたのだけど、うっかり指先を引っ掛けて穴を開けてしまった。
繕うには大き過ぎる穴だということと、そろそろ古くなってしまったから新しい物を買おうかとも思っていたのだけど、捨てるに捨てられなくてなんとなくとっておいたものだ。
「オリビアさん、います~?」
「いるわよ、どうしたの?」
「布切りばさみ貸してもらえますか?」
「いいわよ。」
窓からオリビアさんのはさみが布に包まれ差し出される。
ジョキン。
手首のところだけ必要だから布切りばさみで甲から先の部分を切った。
はさみをオリビアさんに返し、クーちゃんに手袋の手首の部分だけを差し出す。
「おなか周りにちょうどいいサイズだと思うんだよね。」
クーちゃんが瞳を輝かせる。
土の中から出てきて私の差し出した腹巻きモドキを嬉しそうに装着すると、その場でくるりと一周まわって見せてくれた。
おお、やっぱりぴったりだ。
どう?といわれているようだが…。
ベージュの腹巻きが昭和のお父さんを彷彿とさせ、懐かしさを覚えるのは何でだろうね?
これなら黒とかグレーの手袋を買っておけばよかったな。
「と、とにかく夜寝るときはそれを巻けば風邪を引きにくいんじゃないかな?」
瞳を潤ませるクーちゃん。
え、もしかして喜んでくれた?
そういえば。
「シロもい」「いらないからね。」
即答されました。
どうやら彼の美的感覚にそぐわなかったらしい。
そうして待つこと暫し。
焚き火の中にの芋を棒で刺し、火のとおった具合を確認する。
少し皮が焦げたけど中はちょうどよいみたいですね。
入れていた芋を焚き火の中から取り出す。
自分の焼き芋の紙をむいて端を折ると少しだけかじる。
「ふふ、甘い。」
思わず笑みが浮かぶ。
皮の香ばしさと、この甘さの対比がたまりませんね!!
一本を窓越しにオリビアさんへ渡し、一本をシロの前に転がす。
それからクーちゃんに尋ねた。
「クーちゃんも食べる?」
表情を変えることなく首を振るクーちゃん。
嫌いなのかな?
「土は万物を育てる源のひとつ。土の眷属は大地を管理するものとして土を耕すために人間の畑にも行くんだ。その時決して人間の作った作物を食べないようにと、大精霊から戒めらている。それだけ人の食するものは魅惑的なんだよ。」
一度味を覚えてしまうと野性の命ずるままに畑を荒らすようになるから、らしい。
焼き芋の皮を器用に剥きつつシロが教えてくれた。
「そうなんだ。ごめんね、クーちゃん。」
いいんだよーとばかりにフルフルと首を振るクーちゃん。
それから土の中へと姿を消した。
「あれ?私のお返事持ってないのに。」
「また来るんじゃないかな?それよりも焼き芋さめちゃうよ?」
「うんそうだね。」
齧ればほんのりとした甘みが口の中に広がる。
温かさが甘みを増すからだろうか?
ふかしたての焼き芋はとっても美味しい。
「ケホッ、エマ。お水ちょうだい。」
シロの呻き声に慌てて水を用意する。
そう、口の中の水分が取られるのが残念なところだ。
「本当、この季節は美味しいものが多くて困るわよね。」
「本当ですよねー。」
窓越しにオリビアさんと会話を交わす。
あとはしばらく無言のまま焼き芋を堪能した。
食べ終わったところで、収納から紙を取り出し土の大精霊様へ返事を書く。
後少しで書き終わる、そのタイミングで再びクーちゃんが顔を出した…口に何かを咥えて。
それを私の足下にそっと置いた。
「おかえりー、クーちゃん。それな…。」
途中で言葉を飲み込む。
それは丸まると太った立派な…ミミズだった。
クーちゃんが一生懸命おしゃべりするように口をモコモコ動かしている。
しかも恥ずかしいのか声が小さ過ぎて聞こえない。
「…シロさん、通訳をお願いします。」
「"ハラマキくれたおれい"だって。」
「…。」
「"おとなしいから大丈夫"ってさ。」
是非、お友達に?
ああ想像力が想像することを拒否する。
田舎育ちなめんな!!
ミミズは友達友達友達…。
無理無理無理無理、絶対無理!!
軟体動物系は全般的に苦手なの!!
「ごごごめんね!!気持ちだけもらっとく!!」
そお?と首を傾げたクーちゃんに書き終えた返事を渡す。
クーちゃんは手紙を包むと背負いフニャリと会釈すると再び土の中へと潜る。
だが足元には活きのよいミミズを置いていったままだった。
「これどうするの?」
「このまま自然に返っていただこうと思います!!」
すでに地面の柔らかい場所を探り当て潜り込もうとするミミズを見送る。
彼らもクゥ同様、土を改良してくれる尊い生き物だ。
見えないところでいい仕事をしてくれる彼らを邪険には扱えない。
「嫌なら嫌って言えばいいのに。あれはまた"友達"連れてくるよ。」
「ハッハッハ、甘いわシロ。なら畑や花壇に放してもらおう!!そうすれば植物は喜ぶし、私も出来のいい野菜を手に入れられるから美味しいものが食べられて一石二鳥。」
「友達になってとか言われたらどおするの?」
「どうしたらいいのやら。」
「浅はかだねー。」
うるさい毛玉。
その時がきたら一生懸命考えるからいいんですよ!!
「それにしても作物を食べられないのは切ないのではないのかな?」
「彼らは代わりに土中の魔素を受け取るからね。もちろん自然だけがはぐぐむ魔素の力とは違うけど、人間の手が入るとそこには力が集まりやすくなる。魔素を得る身としてはその方が効率がいいんだよ。」
持ちつ持たれつの関係ができあがっているということですね。
「この辺の関係性は君の"師匠"とやらに聞けばいいよ。」
「ん?師匠?」
「精霊の隣人だからね。」
「それって、どういうこと?」
水の大精霊様も師匠に向かって言っていた。
君は精霊の隣人だね、と。
「君には聞く相手がいるのだから本人に聞くといい。きちんと説明してくれるといいね。」
シロは目を細め、おなかいっぱいになったと言わんばかりにゴロリと私の膝の上に寝そべる。
食べて満足しただろうに、魔力は別腹ということらしい。
魔力を吸収される感覚と共に思い出した。
「ああ、そういえばシロ。これをあげようと思っていたんだ。」
収納から手のひらサイズの魔道具を取り出す。
「ん、何くれるの?美味しいもの?」
「食べ物ではないねぇ。あげるけど、使うかどうかはシロ次第だよ。」
「…それってどういうもの?」
「見れば分かるよ。そうだね、焚き火の上を見ていて、ちょうど火を消そうと思っていたところだから。」
手に魔道具を握り魔力を満たすと、発現させる魔法の効果を想像する。
…水量は少ない、範囲は極小と。
久しぶりに魔法の力を使ったけど、規模や範囲に関するアプローチの仕方が完全に魔紋様を発現させるのと同じになっている。
うーん、想像力だけで魔法の力を発現させるという行為がイマイチ慣れない。
こうして想像力が未熟だった結果、想定以上の大きさの水溜まりが焚き火の上にできてしまった。
でも成功だ。
「これって、魔力が魔道具で切り離されている?」
「そう。わかりやすくいうと仮の器、ということかな。」
理屈は簡単。
これを装着し、この器に貯めた魔力だけで魔法を発現、発動する。
この器は当然、シロの持つ器よりも小さい。
つまり貯められる魔力も、ずっと少ないものとなるのだ。
「魔力をこの器に貯めれば、そこから今のように魔道具経由で魔法を発動、発現することができる。」
「ということは…。」
「魔力操作が格段にしやすくなるからね。練習すれば極小、小、中規模の魔法を使うことができるかも知れないってことだよ、シロさん。」
魔力の器から魔力を切り離す。
拡張ではなく縮小、もしくは"集束"。
そう、グレースの便利魔法を観察していて思いついた。
この世界にもいざという時の予備魔力として魔道具に温存しておくという考え方はあった。
ただ、それはあくまでも魔力を底上げするために魔道具に貯めるというだけで魔力を減らすという発想から作られたものではない。
だからサナに相談して魔力を貯める魔道具から直接魔法を発現させる仕組みを考えてもらいました。
もちろん軸となる魔紋様はわたしが心を込めて紡ぎましたよ。
貯めた魔力だけを使用し、行使するものの意図を理解して魔法を発動、発現させる。
こんなふんわりとした紡ぎ手の願いを魔法紡ぎ:Lv.MAX様は叶えてくれた訳です。
ちなみに先程私がやってみたように魔力を魔道具に流せば何度でも魔力を満たすことができるから使い切ったらシロがまた魔力を足せばいい。
つまり通常の魔力を底上げするための魔道具とは逆に、シロの器に貯まる魔力を魔道具の魔力供給源としたのだ。
魔道具作成者からすれば通常と真逆の発想だから目を丸くされたけどね。
全ては調整すべき魔力量を少なくし、シロの安全性を確保するために。
「ただ問題もあってね。」
残念ながら全てを叶えるには足りないものがあった。
魔法を発現させるための鍵は想像力だ。
それは意思を持つ者の頭脳から生まれる。
「頭は一つ、器は二つ。両方の器を同時に使用することはできないんだ。」
どちらも使おうとすると魔道具は意図を自分に対するものとして判断できない。
自身の器も同様。
そして正しく発現できなかった魔法は不発に終わる。
…ただ、もしかしたらだけど。
やってみれば、それを可能にする魔紋様を紡ぐことができるかも知れない。
魔法紡ぎ:Lv.MAXの恩恵を使えば可能なことなのかもしれないけれど、これは禁忌の魔紋様と呼ばれる類のものを生み出してしまう発想と同じなのだという。
自分なら紡げると、邪気のない真っ白な気持ちで難関に挑戦する。
オリビアさん曰く、職人とは元来そういう性質を持つものなのだという。
そしてその結果として、時にとんでもない対価を求めるような悪意に満ちた代物を紡いでしまうのだ、と。
今回の場合、足りないものを補うための対価がシロの身を損ねることになっては本末転倒というもの。
だからそういう結果の予想できないものは紡がない。
手を出さないことが最善な場合もあるということだ。
「この魔道具をつけている間はシロは大規模な魔法を使うことができない。正しくは、できるけど魔道具に膨大な魔力という負荷がかかって壊れる。結果的にはどちらかの器を選ぶことになるからね。」
「その代わり、中規模までの魔法なら魔力が魔道具にある限り使うことができると。」
「そういうこと。」
むむっと言いながら思案するシロ。
それもそうだろう、時に敵に襲われ命がかかることもあるのだ。
だから襲われた時は外して応戦するということも考えたけど現実的ではない。
その時に待ってくれるような相手なら、そもそも敵にはならないだろう。
つけるか、つけないか。
最終的には二択。
なんの前触れもなく、シロが白い毛玉からアンバランスな魅力を放つ美しい男性へと姿を変える。
口元には笑みを浮かべながら、でもその目は笑っていなかった。
私の顎の先を軽く掴む指先がとても冷たい。
だってそうだろう。
だってこれは…。
耳元に響く、甘い声。
「エマ、これは我の能力を制限するものだ。エマは我に枷を付けようというのかい?」
誇り高き彼が許すわけがないだろう。
首筋に彼の指がかかり、偶然にも彼の魔力が肌に触れた。
膨大な魔力の渦を取り込んでしまい自身の体がひくりと反応する。
普段は魔力を分けてあげる側だから知らなかった。
なんて彼の魔力は冷たいのだろう。
凍りつき、まるで全ての熱を失っているみたいだ。
「なんでこんな事を考えたの?エマ。」
「シロは私を選んだ。そのシロの願いなら私が叶えてあげたいから。」
その意義の前に、誇りなど些末なもの。
シロが目を見開いた。
力を持ちながら力を振るうことを拒絶される苦しみ。
そこから救い出せる手段だけは残しておきたい。
彼が大切な仲間のために力を振るうことができるように。
願わくば、私がいなくても彼が再び独りにはならないように、と。
遅くなりました。
お楽しみいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。




