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エル・カダルシアの魔法手帖  作者: ゆうひかんな


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幕間 さがしもの、さがしびと②


「…自身の魔力で店内にある全ての武具を満たすなんて。」

「全てではありませんわ。これは…この武器の器は満たせませんでしたもの。」

満足げな表情を浮かべ少女は何度も武器の表面を撫でる。

その慈しみ溢れる仕草と柔らかく笑みを湛えた表情はまるで宗教画に描かれる"聖女"のようだと思われた。


「それで、この武器は媒体として使えばどのような効果があるの?」

「それを知らずしてナーダを求めたのですか?」

「詳細は知らない。ただ素晴らしい力を秘めていると聞いていたし、手に取ればそうだとわかるから今更知らなくても別に困らないわ。」

使って検証してみれば良いことだしと彼女は言った。

貪欲に魔力を求め続ける"器"。

それを満たし全ての属性で最上位に近い魔法の力を振るわせるという"見返り"。

その事務的で冷淡にも思える関係は彼女と器にとって存外居心地の良いものなのかもしれない。


そしてその歪にも思える愛は手に持つ武器にも通じたようだ。

 

「これは、私の物。そういうことでよろしいわね?」

「ええ試しは終わりですよ、お嬢様。あとは貴女が相応しいと思う名をつければ…。」

「では虚無(ナーダ)と名付けましょう。」

「ですがそれは仮の名です。」

「仮の名も、本当の名もありません。私達は、私達ですもの。」


それだけが、唯一無二のもの。


その瞬間、ナーダは喜びに身を震わせるように、どろりと溶け、姿を変える。

短剣の大きさはそのままに、刃を失い、中心から均等の長さに伸びる四本の棒。

先はわずか太さがあり平たく潰れてる。

まるで"裁きの鎚"のような姿だな。

聖国の宗教画で聖女が掲げ、悪を打ち破るとされる"裁きの鎚"。

それが十字架と呼ばれる聖具であることをレーブルは最近知った。

聖女は再び満足そうに武具を撫でる。

「ふふ、さすがね。空気が読める子は大好きよ。」

「貴女は…まさか本当に聖女なのか?」

彼女は、その問いには答えず曖昧に微笑んだだけだった。

だがそれが心からの喜びを現す笑みであることは瞳の奥を見ればわかる。


「ではこれで失礼しますわ。」

彼女は収納具にナーダを仕舞い優雅に一礼すると扉を開け店の外へと向かう。

そして振り向きながら言った。

心底楽しそうな笑みを口の端に浮かべて。


「本日は良き買い物ができた故に許してあげますが、次はなくてよ?ご店主。」

「ナーダを手に入れた以上、貴女が別の武器を求めることはない。それは保証するよ。」

「店の品はどれも素晴らしいわ。王国に不満があるなら聖国へいらしてはいかが?贔屓にしますわよ?」

「やめておくよ。命がいくつあっても足りない。」

「まあ正直な方ね。でももういいわ、特に用はないから。」

そう言い放つと軽やかに店を出て行った。

彼女が終始愉快でなかった原因は言動が不敬にあたる、とかかな。

庶民にどんなレベルの礼儀を求めているんだ。

ならば出入りの商人とかから武器を手に入れればよいこと。

権力を持つ家で培われる誇り…見方を変えると彼らの高慢さを絵に書いたようなやり取り。

身分を明かすことはなくとも彼女はたぶん貴族階級にある人間、もしくは位の高い家で育てられた人だ。

彼らは常に敬われ、普段からそのように扱われるが故に、時折人心に鈍いところがある。


名乗らぬ以上、試されても仕方がないとは思わないのか?


緊張が切れ、手近な椅子に腰掛けると深々とため息をつく。

だから身分の高い人間は苦手だ。



「おつかれさま、レーブル。」

「…ローゼもね、魔力を逃してくれてありがとう。」

「あれだけの魔力をぶつけたら普通の店なら壊れてるよ。ずいぶんと配慮に欠けたお嬢様のようだ。」

美女と見紛う程の美貌をしかめ、心底うんざりしたような表情を見せる。

昔、高貴な身分の男性達(・・・)にしつこく関係を迫られたのが余程のトラウマらしい。

その手の逸話に事欠かない彼は、冒険者時代も今の仕事に変わってからも貴族を相手にするのをとても嫌がる。

女性が相手でも気配すら消す。

それ程、彼の貴族嫌いは徹底していた。


「彼女、本当は魔力で店ごと潰すつもりだったのかもしれないな。」

「それをわかっていてレーブルは強気に出るからハラハラしたよ。」

「ナーダは簡単に手放して良いものではないからね。それにローゼがいるからなんとかしてくれるかなと思っていたし。」

肩に手を置いたローゼへと僅かに寄りかかり、身を預ける。

見た目は神々しいまでの美貌、隠し切れていない欲望と発想は変人だが、信用に足る実力を持つ。

魔力操作に関しては彼を超えるほどの実力を持つ人物を自分はいまだに見たことがない。

今回もお嬢様が打ち出した魔力の奔流を強化した壁を伝わせ屋外へと放出した。

魔力を暴走させた客のために設置した仕組みを使ったのだが、それを発動させ、放出する工程を管理するのは全て魔力。

使用される魔力量が多く、且つ工程が複雑であるほど精密な魔力操作を必要とする。

平均を上回る魔力量を持ち、高精度且つ中程度の範囲までを完璧に影響下とする彼と組んでいた冒険者時代、レーブルは背後を気にしたことがなかった。


あの少女は気付いただろうか。


見回せば部屋に置かれた魔道具の類は確かに彼女の流した魔力で満たされている。

だがそれは彼女の魔力量が多いという証だけでなく、強化した壁に導かれ魔力が屋内を循環した結果でもある、ということを。

今のところ彼が魔力操作を誤り失敗したという事例はない。

だから昔も今も背を預けるのはローゼにだけだと決めている。

ローゼは苦笑いを浮かべた。

「…まあ、確かに今回はなんとかしたけど、彼女が本気出したら面倒だからそれは止めて欲しい。」

「心しておくよ。だけどさっきも言ったとおり、たぶん次はないだろうから安心して?」

ナーダは彼女の手の中で、武器の形を取らなかった。

それは彼女が純粋な武器を欲していないと判断したからだろう。

武器よりは媒体のままの方が物理的な破損は少ないからな。

アレは正しく使えば最強の媒体のひとつとなり得る。

それは彼女が余程使い方を誤らなければ他の媒体の必要性を感じない程だ。

希望(エスペランサ)虚無(ナーダ)

共に魔力量と属性に恵まれた人物でなければ選んでも使いこなせないし、そもそも選ばれない。

 

「結局、師匠の言い付けどおりにして正解だったね。」

「そうだね。『売る相手は媒体に選ばせるように』、そして『媒体が望むならどんな相手でも売って構わない』なんて、どこまで作品を愛しているのかとその時は思ったけど、ナーダに関して言えば助かったかな。彼女を説得するとしたら本当に命掛けだ。」

「ちなみに彼女が今、巷を騒がす聖女だとしたら魔紋様まもんようの知識に関しては専門家だよね。ローゼ、店の周りに何か()()()があるかもしれないから一応痕跡を探しておいて貰える?我々だけならまだしも、お客に何かあったら申し訳ない。」

「わかったよ、彼女が残した魔力の残渣を辿れば何かわかるだろうしね。」

辿るなら早いうちがいいだろうと、ローゼが裏口から出て行く。

盗聴、盗撮、追跡、隠蔽、阻害。

残念なことに悪意に満ちた魔紋様(まもんよう)というものが世の中には存在する。

そういった魔紋様(まもんよう)による仕掛けを見破るのは彼が得意とする分野だ。

どれだけ上手く隠そうとも、魔紋様まもんようが精密で高性能であればあるほど維持に使われる魔素の量は多くなる。

魔力操作に長けた者ほど魔素の濃さを正確に計ることができるのだ。

程なくしてローゼが戻ってくる。

「範囲の広いものだと探査系のものが入口の近くに置かれてたよ。これは店の客を探ろうとしたもののようだね。それ以外にもあったけれど少なくとも命に関わるものはなかったよ。」

「ナーダを手に入れて機嫌がいいというのは本当みたいだね。」

気にしたのは、この店に来る客の情報か、それとも別の何かか。

とにかくもしあの少女が聖女だとしたら噂どおり清らかで慈愛に満ちた存在というだけではなさそうだ。

聖女という呪縛に自ら絡め捕られたようにも見える少女。

あの痛々しいまでに尖った生き方を彼女自身が本当に望んだのだろうか?

彼女の事を何ひとつ知らないというのに、もっと別の生き方を選ぶことはできなかったのか、なぜかそんな風に思えた。


「まあこれで二つの媒体は揃って世に出たことになる。それでこの後はどうする?」

「どうもなにも、エマの焔はともかく、ナーダについては確実にどうにもできないだろうね。修理が必要か判断したくとも、そもそも誰が買ったのかもわからないわけだし。それよりも入口に置かれていたという探査系の魔紋様(まもんよう)、多分痕跡は消してしまっただろうけど紋様は覚えてる?」

「バッチリ。というか一般に流通しているものじゃないけど、裏ルートで以前同じ型を見たことがあってね、その型番覚えてる。」

「裏ルートで型番って…あの数字と記号の羅列をかい?相変わらずそちらの知識はとんでもないね。」

「愛だよ、愛!そしてこの優れた頭脳がそうさせてしまうのだよ、ああなんと罪深い!」

「はしゃいで言う台詞じゃないよね。とにかく覚えているのならそういうものを設置していった客がいたことは領館に報告しないと。ほかの店でも同じ事をしている可能性があるかもしれない。」

「あんなちょっと見わかりづらいように紡がれた紋様を片手間に見つけられるのはうちの店位だけど、それでも言うつもりなのかい?」

「そこからさらに情報を求める者がいればいいのだけど。というか、できればある程度、領の警備に係る人間には知らせておく方が望ましいかな。彼らにはエスペランサはともかく、ナーダの存在と売れた事くらいは教えておきたいんだ。確かに守秘義務は大切だけど、あんな強引な買い方をする人間が正しい使い方だけをするとは思えない。望まぬ使い方をされたらナーダがかわいそうだ。」

「…。」

「なんだい?」

「結局は君も媒体を愛する側の人間なんだなって。つまり師匠と同類。」

「あそこまでではないと思うが?」

「そんな君だから師匠はエスペランサとナーダを託したのだと思うよ。」

まあ確かに、それについてはローゼの言うことは当たっていると思う。

商品を"商品"として扱う真っ当な商人には申し訳なくて託せないだろう。

買う人間を媒体に選ばせろなんて商売としては効率が悪すぎる。


「とにかく念のため、領館へ報告に行ってくるよ。」

「うん?なら私も行くよ。」

「いいのかい?うっかり高貴な身分の男性に出会ってしまうかもよ?」

魔紋様(まもんよう)の魅力にはあらがえないという事さ。ああなんと罪深い!」

「だから声を弾ませて言う台詞じゃな…もういい、行くんだな、じゃあ行くぞ?」

レーブルは口元に笑みを浮かべた。

結局はこうして自分を心配してついてきてくれるローゼに背を預ける事になる。


そして二人は領館に報告へ行くのだがあまり芳しい対応ではなかった。

だが後日、その情報を伝え聞いたディノルゾがゲイルを伴って詳細を聞きにくるのだが、それはまた別のお話。



少し短めですが、後半部分です。

別の小説のこぼれ話を書いていたら話が膨らみすぎてしまい、そちらを書きつつの更新でこちらが停滞してしまいました。

お楽しみいただけると嬉しいです。

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