魔法手帖百四十七頁
階段の下ではカロンさんが待っていた。
私の制服にも気がついてくれて絶賛されましたよ!!
サリィちゃん、リィナちゃん、この服売れるんじゃないかしら?
やがて食堂の入り口にルイスさんが姿を見せた。
「ずいぶん賑やかに降りてきたねエマ。サナは…。」
視線が合った瞬間彼が固まった。
狼狽えたような表情で赤面し、視線が泳ぐ。
ん?どうしたのかな?
「サナは後ろにいますよ?…ちょっと距離はありますが。」
一緒に階段を駆け下りてきたはずのサナは、カロンさんと共に柱の後ろに身を隠していた。
二人共完全に、はみ出してますけど?
サナの顔はニヤニヤしていて、カロンさんすごくいい笑顔だ。
どうした、何か悪いものでも食べたのか?
「その…スカート姿が珍しいと思って。きれいだね、とても良く似合ってるよ。」
ルイスさんがいつものように優しい笑顔を浮かべながら言った。
確かにいつもはズボンにシャツ姿だものね。
しかも地味な私がいつもと違ってきれいに見えるのか?
「ありがとうございます!!評判良かったとサリィちゃんとリィナちゃんに伝えますね!!」
満面の笑みで、ガッと彼の両手を握る。
これは男性からの評価が高いとみた。
売れる、売れますよ!!オリビアさん、ヒットの予感がします!!
これで売上が上がれば、またお給料が上乗せされる、かも?
「っと手…。」
「あっすみません!!邪魔でしたね!!」
「あ、いや、そうではなくて。」
思わず握ってしまった手を離す。
しまった、興奮してはしゃいでしまった。
そうだ、ごはん、これから朝ごはんですよ!!
ルイスさん越しに見えた食堂のテーブルに並ぶパンを中心としたボリュームたっぷりの朝ごはんに目が釘付けになる。
テーブルに並ぶのはジャガイモとキノコ鶏肉のクリームスープ、軽く焦げ目をつけたベーコンやソーセージ、目玉焼きと添えられた茹で野菜、酸味のある果実にはヨーグルトと甘みとして蜂蜜がかかっている。
完璧な洋風朝ごはんですね!!
そうだ、入り口に溜まっていてはサナやカロンさんが食堂に入れないじゃないか。
そそくさといつもの場所に座る。
なんでか後から入ってきた二人が残念なモノを見る目で私を見ているが、全然気にしませんよ!!
二人は何か悪いものでも食べたんです!!
それにしても蜂蜜なんて貴重なものをどうやって手に入れたのかしら。
「サミュエルさんの店の店頭で売り出しをしていて、そこに売られていたのよ。」
カロンさんが苦笑いを浮かべながら答える。
なんと売り出し?!
そんな気の利いたことをしていたのか。
さすがサミュエルさん、腹の底は読めませんが、お客様の心を離さない気配り屋さんなんですね!!
「前途多難だね〜ルイスは。ああ、お嬢様方、先にいただいているよ。」
もさもさと茹でたジャガイモを食べているディノさんが片手を上げて挨拶をした。
味付けはなくともそのままでも美味しいのに、なんでか美味しくなさそうに食べているような気が?
「ディノは肉が大好きなんだ。だがその、歳をとって腹周りに危機感を覚えたようでな。」
「ああ、それで先に野菜を食べているわけですか。」
「…違うもん、育ち盛りなだけだもん。」
機嫌のよくなさそうなディノさんに代わってゲイルさんが説明してくれた。
それにしても育ち盛りって。
どこ育てる気ですか?ディノさん。
しかもマヨネーズをそんなにたっぷりつけてたら野菜といえども摂取カロリーが増えてしまうのでは?
「ディノさん、ジャガイモって野菜ですけどそれだけでも意外とカロリー高いんですよ?そういう食べ方をするなら歯ごたえがあって食物繊維が多めの野菜の方がいいんじゃないですか?」
例えばブロッコリーとか、パプリカみたいなものとか。
私の指さした野菜達を一瞥したディノさんがプイと横を向いた。
「こういう野菜嫌いなの。」
…どこのお子様ですか??
「それよりエマも早く食べないと、今からで仕事に間に合う?」
ルイスさんの言葉に我に返る。
おっとそうでした。
今から朝ごはんを食べて帰るとギリギリだな。
ゆっくりはできませんね。
堪能したいけれど、今回はパンとスープだけで済ませた。
もちろん蜂蜜掛けのヨーグルトと果物は堪能しましたけどね。
砂糖とは違うとろりとした優しい甘みが口一杯に広がる。
ちなみに足元でシロはこの蜂蜜をかけたパンを嬉しそうに食べていた。
ディノさんの攻撃を躱しながら食べるなんて器用だね。
パンを置くついでにカロンさんが撫でても嫌がらないのに、なんでかディノさんは嫌なのね。
とはいえ、目は笑っているから完全に面白がっているだけだろうけど。
「ごちそうさまでした!!後片付けしたらそのまま帰りますね!!」
「後片付けは私がやっておくから早く行きなさいな。」
「でもサナだって慌ただしいんじゃないの?」
「それはこれからの話だもの、今日は書類作成だけだからゆっくりで大丈夫よ。」
「ごめん、ならそうさせてもらうね。」
「ああ、エマ。食後に走るのは体に良くないから扉で送っていくよ。」
「いいんですか!!ならお願いします!!」
席を外していたルイスさんが食堂に戻ってくると、そう提案してくれた。
申し訳ないと思いつつ、ここは甘えさせて貰う。
荷物とシロを抱え玄関の扉の前に立つとルイスさんが扉をノックし開ける。
目の前にオリビアの店のカウンターが見えた。
「店の入り口に繋げてあったのですね。」
「うん、その方が色々と都合がいいから。」
扉を繋げる先は扉の魔法を操るルイスさんが指定できる。
もちろん行ったことがあって、相手に承諾を得ている場合に限るそうだが。
都合がいい…頻繁にオリビアさんへ会いに来る予定でもあったのかな?
いいなあ、オリビアさん。
ことり、と自分の中で何かが動いたような気がした。
「エマ?」
「っと、すみません。ありがとうございました!!」
「仕事頑張ってね。」
手を振るルイスさんに一礼して店内へと足を進めたところで扉が消える。
ほんと、何度経験しても不思議な魔法だ。
「あら扉が繋がった気配がしたから来てみたのだけどエマさんだったのね。」
「おはようございます、ただいま帰りました。ルイスさんが送ってくれたのですよ!!」
「おはよう。ルイスがね、…まあ甘やかしたくもなる気持ちもわかるわ。」
着替えたばかりと思われるオリビアさんの服にも私の魔紋様が織り込まれている。
色はオリビアさんのお気に入りである深紫、私の制服よりも丈は長めでスカートの形は同じだけど襟ぐりや袖の形や刺繍が凝っていて、いかにも淑女の皆さまが好みそうなデザインだ。
しかも彼女が醸し出す雰囲気と容姿の美しさだけで暗い色合いのドレスなのに華やかにみえる。
さすがオリビアさん、ひっそりと流れる王家の血のなせる技なのかな。
これだけ素敵な人なのだ、なら仕方ないよね。
何が仕方ない、なのだろう?
わからない何かが疼く。
「エマさん、新しい制服似合うわね。黒い髪や瞳によく映えるわ。」
「オリビアさんも素敵ですよ!!華やかで威厳に満ちていて、大人の女性って感じです。」
オリビアさんの声に掴みかけた何かが霧散する。
彼女と視線が合って、顔を見合わせると、ふふ、と笑う。
新しい服を着るとテンションが上がるのは、大いに賛同してくれる女子がいるはず。
それがお洒落で綺麗な服なら尚更だ。
「今日からまた気分一新、頑張りましょうね。」
「はい、よろしくお願いします!!っとそういえば、サリィちゃんとリィナちゃんは?」
この制服が評判良かったと伝えなければ。
「二人共に今日お休みよ。最近頑張ってくれていたからね。」
一応二人ともちゃんと定休日はお休みしていたが、やはり忙しさはこの店で群を抜いていた。
彼女達の魔紋布は女性ならドレスに小物、男性なら服はもちろん贈答品にも使われているらしい。二人が織る魔紋布が買えるからとオリビアの店を贔屓にしているというお客様がいるくらいだものね。
「だから今日はエマさんを指導する時間が取れると思うのよ。」
「はい、よろしくお願いします!!」
「あら、やる気に満ちているわね?」
「サナが頑張っているので負けられないと思いまして。」
「よい心掛けだと思うわ!!なら今日はこれを頑張って処理しちゃいましょうか。」
それじゃあ、と言ってカウンターの下からごっそり注文票を取り出す。
…ざっと数えて通常の一ヶ月分はあるのではないだろうか?
「えと、オリビアさん?」
「王都の収穫祭が近くなるとこんな感じみたいね。人と物が動くから。」
「…。」
「やる気のある内に、出来るだけ処理してしまいましょうね!!」
「急にやる気が萎んだのですが、何日かに分けて小出しではダメですか?」
「元気なうちに働くものよ!!さあ元気一杯、作業部屋へ行くわよ!!」
…はめられた。
絶対メアリさんの入れ知恵だ。
出掛けに目があった瞬間、なんか嫌な予感したんだよね。
あれか、閻魔様が私逃げるから絶対に逃さないように罠張ってとかっていう、ザックリとした指示をメアリさんがアレンジした上で小鬼二匹を休み取らせて逃げられないようにだな…。
「さあ行くわよ!!新たな境地へ!!」
「いやいやいや、境地どころか新たな異世界への扉が開いたらどうしてくれるんですか?!」
「貴女、魔法紡ぎでしょう?それくらい自分のスキルでなんとかしなさいな。」
「そんなバカな?!」
そうだ、光合成連合がいた!!
助けを呼ぼうとひょいと足元を見た時にはすでにシロはすでにいなかった。
逃げた?
逃げたのね?!
「どれだけ腕が上がったか、楽しみだわ!!」
よし、また侍の呪いを発現…なんてちょっと思った瞬間もありましたね。
私の腕をガッシリ掴み、超絶いい笑みを浮かべたオリビアさん。
…しませんとも、もちろん。
そして一度やる気を見せてしまった分、大した反抗もできずに作業部屋へと誘われたのは言うまでもない。
−−−−−−−−
エマが作業部屋で愛ある厳しい指導を受けている頃。
食後の片付けから戻ったサナに向かいディノルゾが問う。
「そういえば降りてくるまで時間が掛かったけど、なんでだい?」
「そう言われると思ってました。ちょっと待っててください。」
僅かに微笑んだサナが部屋から大小様々な紙の束を自参した。
そして食器を片付けた後のテーブルの上へとそれを広げる。
それから魔紋様の紙と魔道具の設計図を示し、彼女が語った機能や効果、改善点や懸念を次々とサナは伝えた。
やがて皆の顔が一層深く真剣なものへと変わる。
「彼女は本当に痛いところをついてくるね。懸念していた内容を実現してしまうようなものを商品化するとは。」
「ただ通信用魔道具の利便性が格段に上がります。」
ディノルゾは苦笑いを浮かべる。
一方のカロンはすでに商品化する方向で考え始めているような、そんな言い方をした。
「彼女も懸念はしていたようで商品化には消極的でしたね。」
「だが結局、時間の問題だからな。こういう商品が開発されるのは。」
エマの起点の魔紋様が近道だったというだけ。
今後魔道具として商品化される可能性は十分に考えられた。
現に研究所にはそれに近い製品の商品化を目指して研究していた者もいるくらいだ。
「将来的に他国の粗悪品を掴まされるリスクを考えたら商品化を進めるべきだろうな。」
「あと、オリビアさんに確認も必要だと思いますよ。」
ゲイルの言葉にサナが頷く。
話の流れからして、たぶんこの魔紋様の存在はオリビアも知らないに違いない。
もし商品化したいのなら彼女を通してからでないと雇用主としての彼女の面子を潰すことになる。
それは今後も彼女の店と良い関係を築いていきたい研究所としては避けたい事だった。
「ならば数量限定の試作品を関連機関に提供して使ってもらおうか。それで問題点を洗い出す。その上で商品化を進めるか決めたい。そう、上には提案するよ。」
「ありがとうございます。」
サナが笑みを浮かべた。
そして傍らに立つ人物へと視線を投げる。
「試作品を試す良い機会ですよ。今、これを一番必要としている人が近くにいるようですから。ね、ルイスさん。」
「そうだね、あるとすごく助かる。」
ルイスは苦笑いを浮かべた。
連絡用の魔道具は日々精度が上がっている。
その結果、連絡がつきやすくなった分、重要な連絡がいつきてもおかしくないという状況にあった。
おかげで任務についている間は連絡用の魔道具から目を離せず、緊急連絡用の魔石を手放せないでいる。
短期間とはいえ、全く気の抜けない日々を彼は送っていたのだ。
「それが少なくとも目が離せる状態になるのは嬉しい限りだ。」
「そうですね、エマからも商品化できたら、という条件付きで特注品の注文を受けてますし。」
「特注品?」
「ルイスさんに、ですよ。エマ曰く、これのお礼らしいです。良かったですね。」
サナがからかうように笑いながら自身の首元をちょいちょいと指差す。
それをエマに置き換えると、彼女の首に下がるのは、ルイスがあげた魔石のついた首飾り…。
思い至ったのか、ルイスの視線が泳ぐ。
なんでもないふりをしているが、ほんのり頬が赤いのはご愛嬌だ。
「おや、贈り物の交換なんて、ずいぶんと初々しいね!でも私も彼女にあげたのだけどな。」
「お前みたいに手当たり次第じゃ価値が下がる。」
残念そうに空いた手元を見つめるディノルゾに対し、ゲイルは表情を変えず言い放つ。
「うっ、だけど一応重要人物にだけなんだよ?」
「あれだけの人数がお前の重要人物枠に収まるなら女性であれば全員が対象じゃないのか?」
「カロンにはあげてないよ?」
「ちょっと所長、それって私が重要人物じゃないってことですか?それとも女性にカウントしてないとかだったら怒りますよ?きっちり私が納得するように説明してください!!」
「だって君、純粋な戦闘スキルだけなら私より上でしょう?しかも火神の守護受けてるし。守らなくても大抵はなんとかするし、なんとかできるでしょう?」
「…それって褒めてます?」
「そうそう、だから何かあっても自力でなんとかしなさいね。」
「絶対に私と関わるのが面倒だからですよね?!横暴ですよ!!」
「横暴の使い方が間違ってるよ、横暴とはね、権力や腕力を盾にしてだね…。」
「そこじゃありません!!」
完全に横道に逸れたところで炎上した外野を他所に、ルイスはサナに小さな声で尋ねた。
「…エマは俺の状況を知っているのかな?」
「知らないと思います。そもそもの話の内容は装飾品を作ろうと私が提案したことからですし、彼女はその話に乗っただけでしたから。」
「そう、なら良かった。」
彼女を不安にさせるような事は教えないつもりだ。
少なくとも彼女に危険が及ばぬ限りは。
その意志を読み取ったサナは、いつもの硬い表情をゆるめて親しい人物へと向ける表情に変えた。
「ただ単純に貰って嬉しかったから、だと思いますよ。」
意外な言葉にルイスは軽く目をみはる。
例えばディノルゾから貰ったネックレスはこの世界の人からの初めての贈り物だ。
取られてしまったとはいえ、彼女にとっては強く記憶には残っているはず。
そして彼女の黒髪を飾る髪留め。
誰に貰ったかは聞いてはいないが、あれは素材も性能も一級品。
幼い頃から高価なものを身につけ、装飾品の価値を見極める目を養ったからわかる。
その彼女をしても、滅多にお目にかかったことのない価値ある品だ。
安価な店で見た目が同じ様なデザインの商品が売られているから、普段使いをしても意外と目立たないものなのだということを逆に彼女から学んだといってもいい。
「初めて貰った品や、高価な品でなく、装飾品と聞いて彼女が一番先に思い浮かべたのがルイスさんから貰った首飾りだった。そんなふうに彼女の心に残るような贈り物をした、その事を誇っていいと私は思いますね。」
もちろん好みもあるかもしれないけれど、彼女はルイスから貰った首飾りをずっと付けている。
それはサナから帝国で男性が女性に首飾りを贈る意味を知ってからも変わらない。
「…ただ残念なことに、その事を本人が全く気付いていないのよね。」
ルイスには聞こえないように小さな声で呟く。
気付いていないのか、気付かないふりをしているのか。
彼女の思考が顔に出やすい質からすれば後者か。
「彼女は人の好意に疎い。それが彼女の願いを成就させるには最大の壁みたいね。」
なぜ彼女がそうなのかは、本人が言わないからわからないけれど。
未だ少し取り乱しているルイスを眺めながら思う。
できる事なら、彼女が異世界へと戻るまでに。
自分に幸せを掴む機会をくれた彼女が、彼の気持ちに気付くといいと願う。
残酷ではあっても後から失ったことを嘆くよりその方が何倍もマシだと思うから。
いかがでしたでしょうか?
賛否ありそうですが、恋愛面はこの方向でいきたいと思います。
うう、上手く書けるかな。
よろしくお願いします。




