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エル・カダルシアの魔法手帖  作者: ゆうひかんな


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魔法手帖百四十五頁


誰かの吹き出した音に、再び時間が動き出す。


「ごめん、サナ。飼い主として本当に申し訳ない。」

「あら、いいじゃない、賑やかで。余興だと思えばいいわけでしょう?」

クスクス笑うサナの柔らかい表情に安堵する。

彼女は私の耳元へ顔を寄せ囁いた。

帝国の舞踏会よりはるかに楽しいわ、と。

確かに周囲は敵ばかりだったろうしね。

返す私の言葉に彼女は苦笑いを浮かべる。


「成人してからお酒を飲む機会は何度もあったけど、全く酔えなかったの。」

「お酒が強いからじゃなくて?」

「そうでもないと思うわ。酔っているはずなのにどこか醒めている時は楽しくない証拠でもあるのよ。」

そんなものなんですかね。

ふと、自分のグラスに視線を落とす。

私が飲んでいるのは果実水。普通の水のときもあるけど、薄く柑橘類の味がする方が好みだから機会があるときは大抵これを飲んでいる。

皆が飲んでいるのはお酒だ。

色や香りからしてワインのようなものに見える。


「お酒飲んだことないから、その感覚はわからないな。」

「エマはまだ成人前だものね。」

サナの言葉に頷く。

元いた世界では二十歳が成人だしね。

「そういえば、今十七歳なんだろう?誕生日はいつなんだ?」

「うーん。暦が違いますからね。誕生日がこの世界の、どの日に振り替わるのか想像できないです。」

ゲイルさんの言葉に頭をひねる。

大体この世界の一年が三百六十五日なのかも知らない。

閏年みたいなものもあるのかな?

季節の移ろいで夏が過ぎ、秋になったことから日が経つのを感じる程度だ。そして比較的寒暖の差が緩やかとされるパルテナでは、より季節の移り変わりを感じることが難しい。

時間の流れが緩やかに感じるせいか、皆のんびりと過ごしているものね。

きっとこれこそがパルテナの人々が穏やかな性質をもつ所以なのだろう。

ただ誕生日はわからなくとも季節の移り変わりという言葉で思い出したことはあった。


「そういえば、私が生まれたのは雪がたくさん降った日だったらしいですよ。」

「雪が降った日ということは冬に生まれたのね。ちょっと意外かも。」

「そうかな?なんでもそれが私の名前の由来らしいから。」

「…あら、そうなの?」

「そういえばパルテナにも雪は降るんだっけ?」

「降るよ。毎年ではないけれど、稀に雪の降る年はある。たくさんではないけれど、まるで贈り物みたいな淡い雪が降るんだ。」

何事か考え込んだサナの代わりに答えたルイスさんの言葉を聞いてパルテナの冬に思いを馳せる。

雪は地上に届く前、空中で儚く消えてしまうのだという。

決して積もることのない雪。

忘れられない思い出になりそうな、そんな予感がした。


「なら冬がきたら誕生日のお祝いしましょうね!!」


カロンさんが私の肩をポンと叩く。

この世界にいる間にひとつ歳を重ねると私は十八歳になる。

私の周りにこうして異世界で迎える誕生日を祝おうとしてくれる人がいることはとても幸せだ。

ルイスさんやサナ、ゲイルさんも参加してくれるらしい。

「ありがとうございます!!」

私は笑みを浮かべながら頷いた。


「さあ、サナちゃんのお祝いだもの!!ガッツリ飲むわよー!!」

「カロン、程々にしておくんだよ?またエマの魔紋様まもんようのお世話になるのは気が引ける。」

カロンさん、相変わらずお酒好きだなー。

それからルイスさんの言葉で思い出した。

二日酔いを解消する魔紋様まもんよう準備しておかなきゃ、うん。

そして飛び出していったシロとディノさんはまだ帰ってこない。

楽しそうだしアレは放っておくかな。


このあともお祝いは賑やかに続き、夜も深まったところでサナの部屋に移動する。たくさん話したいことがあったはずなのに、ソファに丸くなって二、三言葉を交わした先の記憶がない。

ただ記憶の最後に『今日はありがとう』というサナの声が聞こえて、それが何よりも嬉しかった。



ーーーーーー



二階の部屋から漏れ聞こえる物音が絶えたところで。

一階の食堂では酒を傾けながら、カロンがさり気なく魔石に魔力を流し家全体を覆う結界を張り直す。

魔力の動きでそうと察しながらも残る二人は何も言わない。


「一応おめでとうと言うべきかしら?ルイス。」

「最終候補に残っただけだよ、カロン。」

「だがこちらの提示した"試し"に対処してみせた。この結果がもたらす差は大きい。」

ゲイルの言葉にルイスは自身の手に握られる連絡用の魔道具に視線を注ぐ。

今も枝葉のように分かれた先には通信機越しに情報を求める者が待っていた。

双星が添え星がひとつ、"猟師"。

管理者や商人から受けた情報を元に自らが狩り、もしくは他者へ情報を流して狩場を提供する者。

あらゆる手を使い王国の不利益となりそうな要因を狩ることが猟師と呼ばれる所以。

猟場は王国国内。

獲物は物や情報に限らず、人も含まれる。

それを長らく務めていた者が引退することとなり、その空位を埋めるための選定にルイスは残ったのだ。


だがこの話にはもう一つ、関係者と国の限られた者だけが知る裏があった。


「添え星がひとつ、"管理者"の仕事はダンジョンの管理とダンジョン内にもたらされる情報の収集、"商人"は他国から得た情報の提供、そして他国への情報操作。そして"猟師"はそれらの情報を精査、必要であれば自らが手を下し、状況に応じて狩場を提供する。決定権、指揮権は双星たる我々にあるも、下準備は全て添え星が担う。」

「王国の情報部門がお粗末だった原因が、ゲルターと関係の深かった前任の"商人"とロイト出身である"猟師"の確執なんて、本当に笑えませんよね。」

カロンがため息をつく。

ロイトとゲルター。

古くからある二つの組織が常に友好的な関係を築いているわけではなかった。

時に水面下の諍いが個人単位で表面化することはどのような組織でも起こりうるものだろう。

「力が拮抗したところで、どちらかが頭一つ抜ける。それを片方が面白くないと思う気持ちはわからないでもないけどね。足を引っ張るために他国の息がかかる勢力と手を組むなんてやりすぎだろう。」

「それも両者共になんて、王国の守りの要たる認識はなかったのかしら。」

「なかったのだろうな。だから今回の騒動で事前に手を打たなかった。いや、己が後ろ盾となる他国の手前、打てなかったが正解か。」

気付けば組織から離れたところで個人による代理戦争のような様相を呈し、それがさらに他国がつけ入る隙を生んだ。そしてそれが帝国の思惑どおり、王国内でダングレイブ商会の増長を招き、聖国の野心に火をつけることとなってしまった。


「この件に限れば管理者がすでに代替わりを済ませていたことも裏目にでたな。」

本来なら管理者へも情報を流すべきだ。

だが代替わりし、後任の管理者であるオリビアは女性でしかも年若い。

お飾りだろうと甘く見た彼らが情報を流さなかったことがダンジョンの混乱にさらなる追い打ちをかけた。

「オリビアの前任は彼らの師匠でもあった。だから彼らも配慮しなくてはならなかったが、その存在がいなくなれば多少役目から外れたことをしても自身の力でカバーできると勘違いしたのだろう。」

だから役目を果たさず情報を秘匿したのだ。

互いに功を立てさせたくないばかりに。

それが今回のダンジョンの騒動から聖国の起こした一件で全て表に出た。

結果、国はロイトとゲルター両組織との契約の見直しを行い、彼ら二人に"不適"とする評価を突きつけた。


つまり表向きは引退だが役目を外されたに均しい。

「今まで諫言を退け、好き放題してきたのだ。文句は言わせない。」

一定の成果を上げてはいただけに、扱いにくいからという理由だけで役目を外すわけにはいかない。

だからこそ歳をとったから引退というもっともらしい理由をつけた。

「ずいぶん抵抗されたけどな。」

最後まで自身の罪は相手の策略のせいだと責任を擦り付けあったのだという。

だがディノルゾがせっせと撒いた魔道具に録画録音された証拠となる映像の数々を突きつけられるとさすがに諦めたらしい。

「まさか互いに同じことをしているとは思わなかったのでしょうね。」

「いや、気付いていたからこそ互いに同じことをしたのだと思うよ。」

カロンの言葉にルイスは苦笑いを浮かべる。

相手がやるから自分も、そう考えてしまうのは人間の性というもの。

どちらが先に情報を隠すようになったのか、今となっては関係ない。

彼らの罪は重要な情報ほど他者へ伝えていなかった、そのことに尽きる。


「…はー、はー。その状況で我々にどうにかしろなんて、ずいぶん甘えてるよねぇ〜。はー。」

全力で掛けてきた風情のままに、ディノルゾが膝をつく。


「ディノ、いつの間に帰ってきたんだ?」

「は~、今。ちなみにムカつく白い毛玉見なかった?」

「見てはいないが…。」

「チッ、逃げられたか。」

「諦めろ。きっと今頃はエマのそばにいるだろう。」

ディノルゾはグラスに注がれた水を一気に飲み干した。

皿に残る料理を摘みながら視線を上に向ける。

少女達はすでに夢の中だろう。

「彼女にも手を出したみたいだし。異世界から呼ばれた人を守る力が働いたのかもね。」

これ以上関わりを持たないという約束の対価に、エマがくれた魔紋様まもんようを刻んだ魔道具が動かぬ証拠を掴んだ。

間接的にではあるが彼女の存在が彼らの罪を暴いたことになる。

『差し出された手を振り払うような真似をしてすみません。』

帝国から戻ると、魔紋様まもんようを差し出して泣きそうな表情を浮かべた彼女。

その姿に己の力不足を恥じた。

守るべき対象であるはずの少女に何を言わせているんだ、と。

そしてもう一つ。


「魔石に細工したものを紛れ込ませたのも彼らだとはね。」

実際に紛れ込ませたのは事情を知らされていない別の者。

だが商人が"身元不明の者と取引をした"ことを"情報として掴みながら報告を怠った"猟師にも責任がある。そしてダンジョンからなんとか生還し、"ヒュノプスの眠り"に命を奪われそうになったディノルゾを助けたのはまたしてもエマだった。

初代女王が道すじに干渉した痕跡はあったがそれは彼女という存在があったからこそのもの。


親しい者に裏切られ、世界を違えた少女に助けられる。


なんという皮肉だろうか。

「自分達が今以上の権利を得るには双星(我ら)が邪魔だからと排除しようとした。それが他国の思惑にピタリと嵌ったんだろうね。結果うまいこと踊らされて、おしまい(・・・・)。」

二人は取り調べを受けているが、我々が手を下すまでもなく他国の力が働くだろう。

知りすぎた者の末路が平凡なものであろうはずはない。

罪を償う気など、さらさらないだろうし丁度いい。

「王の盾からも『何もするな』と言われているしね。」

ディノルゾの言葉に、ゲイルは頷く。


聖国から戻った彼女に差し向けられた追手。

そして館で行われていた実験の結果とも呼べない惨事。

猟師がきちんと仕事していれば、あの状況に至るまで何も手を打たないのはあり得ないことなのだ。


だからあり得ない状況になることを想定してルイスへの"試し"とした。

彼が猟師たる資格を得るに相応しい能力を備えているか。

そして後ろ盾もなければ、身を縛るしがらみもないはずの彼に接触を図ろうとする勢力がないかを監視するために。


「後任の商人はすでに国が選定し、機能している。彼もまた年若いが能力のある者だ。」

ゲイルは一商店の主である表の顔の裏に、情報屋という裏の顔を持つ人物の顔を思い浮かべる。

王の盾曰く、能力が高く信頼できるということが選定した理由らしいが、情報収集能力は高いがただならぬものを感じさせる何かがあった。

「しかし彼を信頼できる者、とする基準が微妙だけどね。」 

彼は情報に釣り合うだけの対価をきちんと払えば対価に見合うだけの情報をくれる。

つまり対価と多少自身に有利な条件を与えてくれるという条件を守るために役目を果たすだけ。

心からの忠誠とはまた、意味合いが異なるのだ。

「ルイス、お前が猟師の役目を受けようとしたのはエマのため、なのか?」

「確かに彼女の言葉がきっかけとなったことは否定しませんが、安心してください。彼女のためだけではありませんよ。」

少し心配そうな表情を浮かべたゲイルに淡々とした表情のままルイスは答える。

きっとエマが元いた世界へ戻ったあと彼が熱意を失うことを恐れたのだろうが。

そんな簡単に割り切れるものではないのだ、この気持ちは。

「彼女はなんと言ったのだい?」

ディノルゾの問いにルイスは微かな笑みを浮かべる。

この感情の根はもっと深いところから伸びていたのだから。


「異世界に来てすぐの頃でした。『この世界には、私のいる理由がない。私がいなくても、たぶん世界は問題なく廻っていた』と、彼女は言っていました。その時、思い出したんです。自分も孤児として貧民街に暮らしていた頃、同じことを思っていたと。」

今ここで自分の命が尽きても誰の人生に何も残さない。

なんのために生まれてきたのかわからぬままに死ぬのは辛い、そう思っていた。

ロイトとしての役目を果たすうち徐々に薄れていった感情。

自身が孤児となった理由を知らないから誰が悪いのかもわからない。

そして自分が悪いわけでもない。

そんなぶつけどころのない怒りを思い出させたのがエマだった。

だから、せめて彼女は。

彼女だけは。


「彼女がこの世界にある限り、俺が彼女を守ります。」

「この世界(・・)、ね。大幅に権限を逸脱してるけど、まあ、彼女の命を守るためになら許されるかな。」

ルイスの実力は申し分ない。

このままいけば彼が選ばれるだろう。

最終決定権があるのは上層部だが、実力だけでなく、次代の魔法紡ぎの女王たるエマに親しいという状況が彼を選ばせる状況に後押しするに違いない。

あえて教えていないが徐々にエマを取り巻く環境は変わりつつある。

彼女の価値が高まるにつれ、国は彼女を避けるのではなく取り込む方向へと転換している最中。

だから少しでも彼女が過ごしやすいように周囲を彼女と親しい者で固めている。

少しでも長くこの国へ滞在してもらえるように。


「先達として、ひとつ助言を。誰かのためとか、誰かのせい、という理由だけで候補に選ばれるわけじゃない。君が君のために選んだ道の先に君を求める者がいたんだ。そう自分をどこまで信じきれるか、常に試されていると思ったほうがいい。そうすれば自ずと答えに辿り着く。」

「つまりは、これも"試し"ということですか?」

「さあどうかな?君がそう思うならそうなんじゃない?」

片目を軽く瞑るディノルゾに、苦笑いを浮かべるゲイル。

げんなりとした表情のルイスを眺めてカロンが声を上げて笑う。

「貴方がそういう表情をみせるの珍しいわね。エマちゃんとそっくりよ。」

信用するまで時間のかかるエマと、親しい者にしか表情を崩さないルイス。

似ていないようで二人はとてもよく似ている。

ディノルゾは片肘をつきながら僅かに視線をルイスに向けた。

「好きなのかい?彼女が。」

「…そうみたい、ですね。」

でも本人には言わない。

彼女は元いた世界へ帰りたいのだ。

煩わせるのは本意ではないから。



思い悩むのは貴女を求める証拠。

ならばいっそ認めてしまえ。


これは恋だと。




遅くなりました。

少しだけルイスの気持ちを書いてみました。


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