魔法手帖百四十四頁
「「「サナ、おめでとうー!!」」」
「ありがとう。」
サナは渡された花束に顔を寄せて、はにかんだ笑みを浮かべる。
今日はお祝いだからと、いつもより上等なワンピースに身を包み、少しだけ華やかな化粧をしたサナは、それだけでため息が出るほどに美しかった。
なんと羨ましい。
風の大精霊様が風のように立ち去った後。
仕込みを終えた私はシロを連れてルイスさんの家へと向かう。
メンバーは、ルイスさん、カロンさん、ディノさん、ゲイルさんと私。
サリィちゃんとリィナちゃんも参加する予定だったのだけど新たな大口の注文が入ったらしい。
遠い目をしたサリィちゃんが「あっれー?お店の中にお花畑が見えるぅー?」と言うのも構わず、リィナちゃんに作業部屋へと回収されていった。何かお手伝いがあるか聞いたら職人さんの表情をしたリィナちゃんにやんわり断られたので、そっと作業部屋の扉を閉める。
骨は拾うよ、サリィちゃん。
仕事に追い立てられる二人の姿を思い浮かべながらテーブルに料理を並べる。
そういえばカウンターに座るメアリさんが回復と浄化の魔紋様の注文を商人さんから超絶いい笑顔で受けているのを見掛けたような…。
明日は我が身か。
うん、精神衛生上、気付かなかったことにしよう。
ところ狭しと料理が並ぶテーブルの最後に食用花を飾り付けたレンズバークを並べる。
洋酒の香りに仄かな花の香りが混じり合い、漂う。
「まあ、タルカッソ!懐かしいわ!!」
サナはテーブルの上に並ぶ料理を眺め頬を緩める。
そして声を出さない彼女の口の動きが『レンズバーク』という言葉を紡いだ。
柔らかい笑みを浮かべながらレンズバークに飾られた花を突く。
喜んでくれたみたいで、良かった。
買っておいて今更だけどレンズバークは帝国の思い出に繋がる。
順風満帆でなく、あまり幸せでもなかった、その記憶を呼び覚ますかもしれないと一瞬躊躇ったのだけどね。お祝いの席に必ず登場するお菓子だそうだから出来れば並べたいと思ったのだ。
ちなみに、タルカッソは平たいパスタのようなものに具を入れて揚げたもの…例のバルザック公国の国民熱愛のソウルフードのことだ。
"油で揚げた小さなパイ"の総称なのだそうで、具材の選択は作り手によって異なるらしい。
具材には必ずチーズを入れるのがお約束だそうだ。
確かに熱でとろけたチーズって美味しいよね!!
こちらは作り方が簡単なので自力で作った。
なお、レンズバークの作り方を聞いたら、材料は手に入りやすいのだけど、仕込んでから完成までとても時間がかかるものらしい。
だからお菓子の扱いなのに、お値段が高めだったのか。
「ではいただこうか。」
皆に飲み物が行き渡ったところで、ゲイルさんの言葉を合図に各自自由に皿へ料理を取っていく。椅子はあるけれど机の上が料理で一杯なので、皆椅子に座らず皿を手に立ったまま食べ進めている。
立食パーティーみたいな雰囲気だ。
これはこれで自由な雰囲気が良い感じ。
サナが思い出を味わうようにタルカッソを頬張る。
「…ねぇ、エマ。このタルカッソ、本場みたいな味よ?どこで覚えたの?」
「今日お店にお客様が来てね、お土産にって皆に振る舞ってくれたの。それを食べて味を再現した。」
仲が悪くとも隣同士の国だ。国交があれば、社交の場で相手国の食べ物に触れる機会はあるだろうし、もちろん食べたことあるだろうしね。
風の大精霊様が持参したタルカッソの具は僅かに使用した香草と、酸味のあるトマト。
香草…バジルみたいな感じかな、これはオリビアの店に乾燥させたものがあったので使ってみました。
ちょっと前に注文に来た他国の商人さんがお土産にと持参したものなのだとか。
最近、オリビアの店には他国から訪れる商人さんが増えているらしい。
たぶん聖国の一件で協力してくれた商人さん達なのだろう。
顛末を噂としてバラ撒きつつ、順調に販路を広げているそうだ。元々数が少ないから国内の需要を満たすので精一杯だった回復や浄化の魔紋様も魔石や魔道具に紋様を刻む際、高い精度を保ちつつ繰り返し使用できるという技術の向上によって、少しずつだが他国へ安定して出荷できているという。
ちなみにこの技術を開発したのは帝国の魔道研究所。
サナが憧れ、就職したいと思ってた場所だ。
きっと理解の及ばない、すごい人がいっぱいいるんだろうな。
以前、ダングレイブ商会の御曹司…今は元がつくが、彼が狩り場でお付きの人とやらかした時に扉から乱入してきた研究所の人達のことを思い出す。
…一方向に突き抜けるとああなるのかもな、うん。
でもあれはあれで楽しそうな人達ではあったけどね。
「わう。わう!!」
「さっき一つ食べたでしょう?数が少ないから食べるなら他のお菓子にして。」
見た目も味も気に入ったようで、先程から犬仕様のシロがレンズバークを煩く催促してくる。
甘いお菓子に、ほんのり洋酒の味わいと香り。
彼の好きなものの集合体みたいなお菓子だからね。
…気持ちはわかるけど香り付けの洋酒のアルコールだけで、すでに目つきが怪しいんだが。
「なら私のを半分分けてあげるわ。」
「じゃあ私のも半分あげる。」
サナとカロンさんがシロのお皿へ自分の取皿から分けたレンズバークを転がしてくれる。
それを瞬く間に食べ終わるとシロはキラキラとした瞳でサナとカロンさんの足下に絡みつく。
その仕草は、まるでレンズバークを分けてくれたお礼のようで愛らしい姿なのだが。
「嘘つけ。」
純粋なお礼の気持ちではなく、打算込みだ、アレは。
ボソリと呟いた私の声が聞こえたのかシロがプルプルと震えながら私を潤んだ瞳で見つめ、撫でようと屈み込んだカロンさんの胸元へと縋り付く。
「あらー?ご主人様の嫉妬かな?コワイの〜?そうかー、うんうん。」
カロンさんが撫でながら邪悪な白い毛玉を抱き上げる。
シロがこちらをチラリと見ながらカロンさんの豊かな胸に…しがみついた?!
「イヤ〜ッ!!ダ、ダメですよっカロンさんっ!!ほら、ヤツの瞳に醜悪な欲望の光が!!」
このままだと美しく優しいカロンさんがヤツに穢されてしまう。
「あっ、いいな、カロンさん。私も抱っこしたいです。」
サナが手を伸ばし、カロンさんからシロを受け取り抱き締めた。
彼女の豊かな胸に頬を寄せたシロの表情が緩みきっている。
なななな、なんと見苦しい!!
私は今、飼い主としての資質を問われているのではなかろうか!!
「ほらシロ!!抱っこしてあげるからこっちに戻っておいで!!」
両手を広げ、シロを迎える体勢で待つ。
するとシロは無言のまま私の胸をチラリと見てため息をつくとフイッと横を向いた。
オイコラ毛玉。
今、何と何を比べた?
やわらかーい、とか口の動きだけで十分に何を堪能しているか丸わかりだからな?!
失礼だな、確かにサナの方が豊かな胸をしているけれども、私だって無いわけではないんだ!!
ちょっとサナよりボリュームが足りないだけなんだよ!!
「…ねぇ、サナ。精霊に塩かけると滅するかな?」
「は?精霊?塩?確かどこか地方に生息する軟体生物が塩に弱いらしいけど…精霊はどうかしら?貴女、時々恐ろしく思考が飛躍するわね。」
塩では駄目か。
だけどこの世界にもナメクジみたいな生物がいるってことですね。
サナがシロを撫でながら『ふわふわしてて小さくてかわいいわ』とか喜んでいるが、それは人化すると全くかわいげのない大人の男性ですから。
精霊は性別がない?
そんな事は関係ない、私の気持ちの問題だ!!
「…そういえば、精霊の意志、っていう説はあったわね。」
ふと、サナが呟く。
「彼らの意志?」
「何の本を読んだかは忘れたけど、精霊は意志により姿を保つという説があるのよ。つまりその姿を保つことで作業が効率化でき、かつ自然界に干渉することに都合がいいから姿を可視化させている。」
つまり精霊の意志があって、他者に自身の姿を認識させているというわけだ。
自然界にある精霊は魔素の集合体が意志を持ったものと考えられている。
魔素は本来見えないものだ。
それが集合体とはいえ、目に見える形をとるのは別の力が働いているからではないか。
昔話でいうところの創造神様の力とも考えられるが、研究者からすれば、それはもっと現実的な理由からだ、ということらしい。
例えば精霊の眷属。
彼らはそれぞれ身体に特性を持つがそれは単純に身を守るためだけではないという。
火を纏い、発する熱で体を温め寒さに影響されにくいとされる龍種の身を覆う強固な皮。
水中を泳ぐことで、餌を得ながら他の種が育つため土壌を作るとされる魚類のヒレや鱗。
空を飛び、多種多様なものを運ぶとされる鳥類の羽。
そしてクゥみたいな土を耕すのに便利とされる鋭い爪と歯。
それと同じように精霊同士がコミュニケーションをとり、作業を円滑に進めるには互いの姿が確認できる方が都合がいい。
「なるほど、進化したわけか。」
「しんか…それはどんな意味の言葉なの?」
「うーん。研究者じゃないから正しい使い方かどうかわからないけどね。」
与えられた環境により深く適合するために新たな能力を手に入れた、こんな感じだろうか。
風の大精霊様から聞いた話だと器を管理する力を与えられたことが精霊という種の始まりだとすれば、その使命を果たすために進化したとでも言うべきなのかな。
「サナはそれが精霊を滅することと何が関係があると思うの?」
「逆の発想よ。何らかの力で意志を奪えば彼らを滅することができる。」
ピクリとシロの体が動いた。
たぶん同じことを思っているのだろうね。
『消えたわ。弱って大気に吸収されたと考えられているの。』
風の大精霊様の言葉が蘇る。
ただ裏付けのない仮説だ。
そういうこともあるかもしれない程度の認識に留めておこう。
「ずいぶん難しい話をしているねぇ、淑女諸君。」
ディノさんが話に割って入る。
ふとサナの胸元に取り憑く白い毛玉に気が付いたらしい。
「うわ、フワモコだ〜!!触っていいかい?」
「本人が嫌がらなければどうぞ?」
私の言葉にディノさんは嬉しそうに手を伸ばす。
次の瞬間。
「がるる…!!」
犬仕様のまま、威嚇するシロ。
器用だな。
すでに目元がトロンとしていて酔っ払っているのにそこまで演技ができるのは。
「おっと、嫌われたみたいだねぇ〜。でもちょっとくらいならいいかな?」
負けじとディノさんが手を伸ばす。
やがて触れるか、という距離のところで、シロがひょいと体を捻った。
結果ディノさんの手が空を切る。
「くっ、あと少し、もう一回!!」
スカッ。
ストン。
シロは避けるついでにサナの胸元から床に降りると、おぼつかない足取りでディノさんの手…あれはすでに攻撃だな、から逃げ続ける。
…降りるとき、サナの胸を名残り惜しそうに眺めていたのが腹立たしいな。
お酒のせいで足取りは怪しいのに、神がかり的な読みと的確な体の捻りで避けるシロ。
ここまでくると酔っ払っているのか、そういう技能なのか判断つかないレベルだ。
そういえば、元いた世界にそんな映画があったような気が?
ゲイルさんなんか『手合わせしたい』とか言ってるけど、この酔っ払いがそんなにスゴイの??
「毛玉の癖に生意気な!!表に出ろっ、決着をつけてやるっー!!」
あ、ディノさんがキレた。
意外と負けず嫌いなんですね。
「ディノ、今日はサナのお祝いじゃないか。争い事はナシだ。」
「くっ、そうだな。それならサナに免じて許してやろう!!」
ゲイルさんの台詞に一旦はクールダウンしたディノさんだったが。
よくわからないターンをした白い毛玉は映画などでよく見るあのポーズをかました。
白くモフっとした手をディノさんに向かい差し出す。
いわゆる、"掛かってこい"的なアレですね。
手のひらを上にした状態で二、三回指を曲げるやつです。
「やっぱ表でろーー!!」
くわっと目を見開き怒涛の勢いで白い毛玉と共に扉の外へ出ていくディノさん。
シロの指が毛に埋もれてあるかどうかも判別つかないのに、仕草が完璧にソレをしているように見えるのは奴の喰えない性格のなせる技なのだろうか。
頼むから空気読め毛玉。
一応大気にも影響を与える(はず?)の光の大精霊様なんだから。
私のため息が虚しく響く中、残された者は皆家の外の喧騒が徐々に遠ざかって行くのを唖然とした表情で見送るしかなかった。
遅くなりました。
ちょっと息抜きのお話です。
シロは女性以外に触られたくないため、酔ってなくてもこうなります。




