魔法手帖百四十三頁 素敵な主従関係と、嘘と偽り、三粒の魔石
「…同じじゃないからね、エマ。」
頭上から不機嫌そうな声が降ってくる。
温もりの感じられない両手が私の頬を捉えた。
顔が上を向き、声の主と視線が合う。
「君が変な仲間意識を持ちそうだから彼らのことを教えたくなかったんだ。」
「シロ…?」
「いいか、君達人間と精霊は生きる時間が違う。長い時の流れで、彼らを心配し、寄り添おうとした精霊が全くいなかったわけじゃない。それを全て退け、孤立したのは彼ら自身が選んだことだ。」
風の精霊が司るは風と、交通・交易、そして嘘。
だからその能力に特化した精霊が生まれてもおかしくないと異論を唱える者もいた。
また本人達がどうにもできない理由で待遇が変わるのは不憫だと彼らを擁護する者もいた。
それを醒めた表情を浮かべ『気遣いは不要なもの』と言い切ったのは彼らの方。確かに対となる存在が精霊界でいないことと、属性がもたらした個性的な能力は彼らが選べないものだった。
だが選べるものもあった。
それを彼らが拒んだ結果が今に繋がっていると、そうシロは言いたいのだろう。
「だから君がこの国から受けた仕打ちとは全く違うからね。不愉快だから自分の境遇と混同しないでよ。」
フンと鼻息荒く言い切った。
見上げたまま、思わず苦笑いを浮かべる。
「私も同じ選択をしたときもあったよ?」
国同士の確執に巻き込まれるのが面倒だと、伸ばされる手を振り払った。
この気持ちを理解できるものなどいないと勝手に失望して接触を絶とうとした。
すべてが貸し借りなしに円滑に進むほど世界は単純にはできていないのにね。
「君は迷いながらもその気持ちに折り合いをつけた。その時点で彼らとは"違う"。それに我等がついているのだから、完全に孤立することもないだろうし。」
我等、ね。
グレースも含まれるわけか。
光合成連合は結局私に甘いからな。
甘やかしてくれる二人がいる限り、寂しい思いをすることはなさそうだ。
そう言ったらシロは満足そうな表情を浮かべた。
それを見て風の大精霊様が楽しそうに笑う。
『貴方がそんな優しい顔をするの、初めて見たわ!!素敵な主従関係みたいね!!』
「主従…ねえ、そう見えるの?視力おかしいんじゃない?」
『残念ね、正常よ。主従以外にどんな関係が…ああ、飼われてるんだっけ?』
「仲のいい恋人同士だよ、対等な立場の、恋人同士!!」
『え、そうなの??!貴女、いいの?こんなんで?!』
「いいも何も…。」
『彼女嫌みたいよ?』
「なんでエマーーー?!」
ですからね、イヤも何も普段の仕様が真っ白毛並みのモフモフワンコですよ?
どこに恋愛感情が芽生える余地があると?
そう言ったらシロが膝から崩れ落ちた。
我の魅力がとか叫んでいるが、なら魅力ある毛並みを是非ともモフらせて欲しい。
涙目になったシロを放っておいて、ずいぶんと横道に逸れてしまった話を戻す。
「それで話の流れでいくと彼らは見張られていたわけですよね?なぜ探す必要があるんです?」
その言葉に、視線を交わしつつ盛大なため息をついた風の大精霊様とシロ。
…あれ、何かまずいこと言いました?
『そうではなくてね。逃げ出したのは、あの件があった後だと思って。』
「あの件、ですか?」
「どのくらい前だったか…精霊が手を出してはならないとした人間に手を出した事があってね。相手に癒えない怪我を負わせたばかりか、ひどい手段で相手の家族も傷付けた。」
シロの言葉に沈黙が落ちる。オリビアさんは…と見ると驚きの表情を見せていることから、それは限られた人間しか知らないことなのだろう。
『誰を傷付けたかについては本人達の知らないところで面白半分に話すのはいけない事だから言わないけれど、誰が、についてはなんとなく予想がつくのではなくて?』
「その双子、ですか?」
『直接手を下したとされたのは別の精霊なのだけど…双子のうち、一人は厄介な力を持っていたでしょう?』
この場合は嘘を現実と思わせる力の方か。
例えば害したい人間がいたとする。
そして、全く関係のない人間へ『あいつが貴方に酷いことをしようとしている。』とでも囁いたとしよう。やがて、囁かれた人間は嘘を本当のことと思うようになる。
一種の洗脳のようなものか。
『そして精霊はその人を傷付けたばかりか、なりすまして家族も傷付けた。』
これは偽りを操る力の方だな。
直接手を下した人間は別にいるらしいから手を貸したということなのだろう。
確かに相乗効果で残酷さの度合いが増した。
これなら必要以上に警戒するわけだ。
「ならば彼らを罰しなかったんですか?それをしようとして逃げられたとか?」
風の大精霊様はゆるく首を降る。
明るく溌剌とした表情に影が浮かんだ。
『本当はこの機会に厳しい処遇を与えたかったのだけど。厳しく罰しようにも、それだけの証拠がなかったのよ。直接手を下したわけではないし、手を下した精霊が"彼らは目的を知らないで手伝ってくれた"とはっきり言っていた。だから皆が疑わしいと思いながらも厳しく罰することが出来なかったの。』
「それについて二人は何と?」
『"手伝って欲しいと言われたから手伝った"。それから、"それが駄目なことだと誰もおしえてくれなかったから"、とも言っていたわね。』
だから二人に居場所を知らせる魔道具を身に着けさせ、行動を制限するという罰で落ち着いたらしい。
判断の難しいところだ。
教えてくれなかった云々については子供じみた言い訳と取れないでもないけど、手伝ったことについてだけで考えればそれだけをもって厳罰に処すことは難しい。
下手をすれば今後精霊同士助け合う関係の維持が困難になってしまう。
精霊達が自然界に干渉するのが自然なことであるように、彼らが持てる能力で手伝いをするということは何らかのリスクを伴うことだと、初めから皆が気付いていたから監視されていたわけだしね。
『手を下した精霊の方から彼らに近付いたことは皆が知っていた。精霊は好奇心が旺盛だからね。きっとそれが仇になって、その精霊は彼らに利用されたのではないかと私は考えているの。』
「その手を下した方の精霊はどうなったんです?」
『消えたわ。弱って大気に吸収されたと考えられているの。』
ではなぜ消えたのか。
人でいうところの死は精霊にはない。
代わりに力の強弱で、どれだけの期間この世界に留まれるのかが決まるらしい。
だから力が強いものほど長く留まることができる。
かの精霊は火の属性を持っていて、それなりに力は強かった。
だがなぜかその一件以降、力が弱まり、封じ込めていた場所からこつ然と姿を消したという。
そして暴れたり、この場から逃げた様子はない。
それがわかるのは、魂に近い存在である精霊は足跡の代わりに気配を残すから。
現に行方不明である双子も丹念に気配を追うことで足跡が辿れたのだという。
だがその精霊の気配は全く辿ることができないらしい。
だから大気に溶けて消えたと判断したわけか。
『そしてこの一件が終息したと思われた、その時に…彼らは揃って姿を消した。』
「魔道具はどうしたんです?」
『装着させる前だったの。多分身につけたら簡単に居場所がバレてしまうからと機会を狙っていたのでしょうね。翻弄されるだけなんて、風の精霊を従える者としては、本当に情けないわ。』
光すら差さぬ結界を張り巡らせた一室に閉じ込めてあると安心していたのが仇になったらしい。
もぬけの殻になった部屋には一枚の書き置きが残っていたという。
"誰も逃げ出しちゃだめだって、教えてくれなかったから。
だから混沌と混乱に満ちた世界を見にいってくる。"
『その時に気がついたの。彼らにとって世界は遊び場。擬態と嘘は遊戯の延長線上にあって、騙した方ではなく、騙された方が悪い。』
逃げ出したとしても精霊界には居られない。
なら行き先は人間界しかないと気配を辿りつつ行方を追っている。
風の大精霊様は深くため息をついた。
そして表情を真剣なものに変え、私を見つめる。
『彼らの気配を追うとね、だんだん犠牲が大きくなっている気がするの。だからなりふり構っているわけにはいかないのよ。私を手伝ってくれないかしら?彼らを捕獲しろとは言わないわ。来たら教えてくれればいい。彼らの力は年月を重ねる毎に強くなっているから、彼ら独特の気配を察するのは力ある者、例えば大精霊クラスでないと難しいのよ。だから光の大精霊が側にいるときは彼が教えてくれるわ。そうでないときは…そうね、貴女は色々な力に守られているみたいだから、彼らに操られるということはないと思うけど、相手の考え方に違和感を感じたら警戒して。彼らは巧妙に気づかせないように振る舞うけれど、考え方が子供と同じなのよ。善悪の区別が曖昧で思考が歪んでいると知らずに話すことがあるから。』
風の大精霊様はチラリとシロの表情を伺う。
確かにその程度の判断基準から私一人で彼らなのか判断するのは難しいだろうな。
シロが手伝ってくれるならできそうだけど…強制はしたくないからね。
視線を向けると面白くなさそうな態度はそのままに、『好きにすれば』みたいな諦めの表情を浮かべていた。
「わかりました。お知らせするだけならできると思います。」
『ありがとう!!本当に助かるわ!!なら、まずはこれを渡しておくわね。』
そう言って私の手に小さな魔石を三粒握らせる。
淡い黄緑色の小さな石には見慣れない魔紋様が刻まれていた。
『連絡用の魔石よ。この石に魔力を流すだけで連絡がくるわ。』
連絡さえすれば後は転移で速やかにこちらへ回収しに来てくれるらしい。
さすが風の大精霊様。
それから彼女はオリビアさんに向かい、何かを渡す。
『これは渡した魔石を魔道具に仕立ててもらうための対価。出来れば仕立ててから渡したかったのだけど時間がなくて。急ぎで仕上げてもらえるかしら?注文は、いつ魔道具として使うかわからないからいつでも魔力が流せる状態にあること。つける場所も重要ね。不自然にならないような仕草で魔力を流してもらいたいから…そうね、女の子だし装飾品がいいわ。』
「承りましたわ。注文書をお作りします。」
どうしようかしら、そう呟きながら風の大精霊様は、まず私の手元に視線を落とす。
『貴女、働き者の手をしているわ。では指輪はダメね、仕事の邪魔になるから。それなら首筋は…先約ありと。光の、すでにライバルいるみたいよ?大丈夫?』
「うるさいわ!!」
彼女はシロをからかいつつ、オリビアさんと話しながら注文内容を詰めていく。
その間にも話題は気まぐれに方向が変わる。
あれだけ話題を変えながら話して疲れないのだろうか。
私の心配を他所にデザインは決まったらしい。
「手首に巻くデザインで、素材は金属。石は間隔を開けて何箇所かに配置することにします。」
オリビアさんの読み上げる注文内容から推察するに…ブレスレットになりましたか。
魔力を流すときは石の辺りへ反対の手を当てるようにする、か。
確かにブレスレットなら位置を直す振りでもすればバレないかな。
細いものなら寝る時に付けていても邪魔にならないしね。
『もしわからない事があれば、この国にいる時はここにいるから連絡してくださいな。』
風の大精霊様が最後に注文書へサインをしながら住所を添え書きする。
あら、この住所って。
「風の大精霊様、通称"サミュエルの店"って知ってます?」
『知ってるわよ!!贔屓にしてるわ。面白いわよね、あの店!!』
あの店の贔屓、つまり本業込みってことだろうな。
もしかしたら私の情報はあの店から?
サミュエルさんの全く思考の読めない笑顔を思い出す。
…私には情報として売られるだけの価値はあるって喜んでおくかな、うん。
『それではお暇するわ。ではよろしくね、貴女…エマさん!!』
「は、はい、ご期待に添えるかどうかわかりませんが、頑張りますね。」
『大丈夫、さっきも言ったとおり、情報源が一つ増えるだけの認識だから。』
にっこりと微笑んで彼女はソファから立ち上がる。
これからいくつかの用事を済ませてから再び眷属を動員して彼らを捜索するそうだ。
忙しそうだな、風の大精霊様は。
隣で欠伸を噛み殺すこともなく堂々と欠伸をした、(一応)光の大精霊を眺める。
手伝ってあげたら?シロさん。
「興味ない。」
あ、そうですか。
さすがですね、ちっともブレません。
『ああ、そう。貴方に会ったら伝えようと思っていて忘れてたわ。』
「ンん?なんかあったっけ?」
『…ちょっと頼んだ本人が忘れるなんて、どれだけいい加減なのよ!!』
「たぶん聞けば思い出すよ。」
『そりゃあ、そうでしょうけど!!まあいいわ、ちょっとこっち来なさい。』
「眠くて、動きたくな…行きます、直ぐに。」
風の大精霊様の口の動きが何やら不穏な言葉を紡ぎそうなところで速やかにシロが移動する。
もしかして、シロの黒歴史とかだろうか…。
今度会えたらその秘伝の技を教わろう。
部屋の奥でコソコソと話し始めた二人はやがて対象的な表情を見せた。
不機嫌そうな表情を隠さないシロと。
シロが浮かべた表情に満足そうな笑みを浮かべる風の大精霊様。
気になるけど、無理に聞き出すのはね。
風の大精霊様が私の視線に気がついて、それはもう、…悪そうな表情を浮かべた。
笑い声はといえば…うわあ、悪役の高笑いって感じ。
…この人ほんっとに精霊なのかな?
彼女は二言、三言、シロの耳元で囁くとポンポンとシロの肩を叩く。
『じゃ、よろしくねー!!また来るわ!!』
「二度とくるな!」
楽しそうだな…主に風の大精霊様が。
こうして初めて会った風の大精霊様は波乱のネタを残して風のように去っていった。
いかがでしたでしょうか。昨日のお話の残り半分です。
風の大精霊様のお話で一話終わってしまいました。
なかなか先に進まないですね。




