魔法手帖百四十二頁 昔話と理、未知なる力を操る余所者
むかし、むかし。
創造神様は泡立つ青い水の上に、生き物の集うための器をお造りになった。
それが海と、この大陸。
そしてこの器を管理する者が必要であると生み出したのが"精霊"。
彼らはそのために、自然へと直接作用する力を与えられた。
それと同時に各々へ相応しい属性を与え、こう言い残し、何処かへと姿を消したという。
"力には、対となる力が生まれる。
それは牽制し、相剋する力。
力の弱きものよ、怯えることなかれ。
驕り高ぶる強き力は挫かれ痛みを知り、やがて汝を助ける力となろう。
力の強きものは、畏れよ。
汝は最も強きものに非ず。
慈しみ育むものであるか試されていると知れ。"
この言葉は、現実となる。
例えば光の大精霊の対として闇の大精霊が生まれたように、特殊な能力や強い力を持つ精霊には同時に生まれる"対となる存在"がいた。
『"力には、対となる力が生まれる。"これを私達は理と呼んで、それが絶対であると思っていた。だから驚いたのよ。対となる力を持たない、彼ら双子という存在が精霊界へ生まれたことに。』
彼らは一つの魂を分け合って生まれた。
対となる力は同じように魂を分け合って生まれたものでなくてはならない。
だが彼らの対となる力はついに生まれなかったのだ。
『もちろん、前例が全くなかったわけではないの。例えば一つの魂からもう一つ、小さな魂を分けた存在が生まれるとかね。だけど大抵はどちらかの魂は脆弱で、普通なら一つであるものを分け合うことになるから生き残るためには足りない要素があった。だからそんな存在は例外なく共に朽ちるようにして大気に溶け、精霊界へと吸収されていったの。それから再び構築され、一つの魂として生まれ直す。それが真理であり、不変のものと思っていたのよ。…今までは』
この双子は違っていた。
彼らはこの世界とよほど相性が良かったのか。
もしくはそのような定めを持って生まれてきたのか。
不安定な存在のはずなのに、この世界へ魂が定着したのだ。
消えてなくなるものと放置されていたにも関わらず、彼らは生き残った。
そのことに精霊達は戸惑い、大精霊達は頭を悩ませる。
彼らの処遇をどうするか。
属性は風、それは間違いない。
だが彼らの能力が判明すると、それが再び議論の的となった。
彼らの能力が精霊界で異端のものであったから。
「自然に直接作用する力を宿すのが精霊。つまり魔素や魔力を制御し、それを使って作物や植物を繁栄させ、天変地異に対処するための力を宿す。だけど彼らはそういう力を持たなかった。持っていたのは別の力。」
「彼らの能力ってなんです?」
「偽りを操る力と嘘を現実と思わせる力よ。」
偽りを操る力。
それは自然界にあって捕食される側そして捕食する側も持つ能力。
捕食されないよう、ある特定の場所の情報を獲得し、外見を環境に似せることで身を守る力。
そして逆に捕食する側に例えれば外見を多様に変化させ獲物を誘き寄せ捕獲する力だという。
…それを元いた世界では、"擬態"と呼ぶのではなかったか。
そしてもう一つの嘘を現実と思わせる力。
嘘を通じて対象とした相手を内側から徐々に侵食していくのだという。
それは闇属性の操る精神に直接干渉するものとは似て非なるもの。
嘘という言葉を媒体に相手を操り、相手の世界を思うがままに塗り替える。
なんでも相手と親しくなればなるほど大きな効果をもたらすものらしい。
それさえあれば、精霊を…もしかしたら人や魔物すら欺き、操ることができるかもしれない。
カチャン!!
「エマさん、大丈夫?」
「す、すみません!!手が滑りました。」
茶器から零した華茶が卓上に広がる。
布でこぼした水分を拭いながら、頭では別のことを考えていた。
ずっと謎であったのだ。
五年前の時も、ダンジョンで起きた騒動のときも。
魔紋様のもたらす効果は限定的なのに、なぜここまで人や魔物騙されるのか。
魔紋様ばかりに拘っていたからこそ、見えなかった答え。
ふと、アステラが力を振るう姿を思い出す。
階層の全てを操るかような圧倒的な擬装。
そしてアステラ自身をオリビアさんと欺こうとした嘘の力。
あれはオリビアさん曰く、狭く薄暗いダンジョンであったからこそ高い効果をもたらす力だという。
太陽の下では霧散してしまう"幻"、幻影に近いもの。
それでも彼女の力だけで、あれだけのことができるのだ。
二人が力を合わせればどれだけのことができるのか。
「彼らの力の範囲は自身だけでなく、自然のもの…植物や木、大地などの広範囲に及ぶ。もちろん、悪天候でも、太陽の下でも効果は変わらない。例えば自然界での役割として、風の精霊は作物の種を運び、繁殖を促す。それはあくまでも媒介とした役割を果たすだけで、水や大地、そして木の精霊のように生育へ多大な影響を与えるような力はない。だけど彼らは別のやり方で作物を育てる…正しくは育てたように見せかけることができるのよ。偽りの力で、麦はたわわに実ったように見え、木に実がなっているように見せることができる。精霊が作物を育てる手助けが自然と身についているのと同じように、彼らにとって正しく力を使うということは、そういうことなのよ。」
実際、本物と寸分違わぬ麦や果物の造形の緻密さに力ある精霊達は絶句した。
しかもどのような仕掛けか、それらを収穫することもできたという。
だが食べても空気のようで味がしないし、腹も膨れない。
そして一日経つと、まるで夢であったかのように作物は跡形もなく消えてしまう。
つまり物質があるように見せかけたり、見た目を変えて本物らしく見せているだけなのだ。
高品質な贋作を作り出す力と表面上の大規模な改変ができる力。
その能力は"何の益ももたらさない不毛な力"と、精霊達に揶揄されているという。
だが私には別の思いがあった。
精霊達には不毛な力と揶揄された彼らの力は、人間にとっては存外使い勝手のよいものであるかもしれない。例えばつい最近、表向き何もないように見せかけ、それらしく偽るという行為を必要としたよね。他でもない、私が。
ぞくり、と背中を悪寒が走った。
ソルの地で私が精霊達の力を借り、成したのは、土を耕し、植物の種を植え、自身の望むタイミングで実らせるということ。手間はかかったけど、間違いなく本当に実ったものだから、見た目で他国から疑われることはない。そして精霊達にとっても実りある豊かな土地を再び取り戻すことができた。
だがもし、彼らの力を借りれば…僅かな投資と下準備だけで同じことができただろう。
はっきり言って浄化する手間が省ける。
そして種を用意する必要もない。
作物が実ったかのように偽装し、一日経てば全てが無に帰るのだから。
主な目的が聖国への仕返しだったから、むしろこちらのほうが都合がいい。
そうなれば精霊達の願い虚しく、あの地は浄化されないまま、さらに荒れ果てることになったかもしれない。
…あのタイミングで彼らからの接触がなくて良かった。
こちらが彼らの事情を知らないうちに、甘く囁かれていたら…手を組んでいたかもな、たぶん。
まあ、シロは彼らのことを色々知っているようだから、簡単には騙されないだろうし、属性が違うとはいえ大精霊である彼がいる時には近付いてこないだろうけど。
それにしても。
「彼らは一つの魂を分け合った存在なんですよね。互いが対となる相手ではなかったのですか?」
『そうであればもっと単純で平和的に解決できたのだけど。』
風の大精霊様はため息をついた。
能力から考えて、彼らの力は相剋ではないのだ、という。
いうなれば、"相乗"。
力を掛け合わせることで一層大きな力を振るうことができる。
川が氾濫する状況で更に大雨を降らせる、二人が共に力を振るうことは、そういう事なのだという。
『彼らは長いこと放っておかれたから…色々拗らせてしまって態度も考え方もずいぶん奔放に育っていてね。何をしでかすかわからない、そんな不安を感じたの。だから私達は彼らに精霊界の掟を教え、手分けして常時目を配ることにした。』
危険度を察知して監視…以降過干渉となったわけか。
国から警戒され、必要以上に接触を図らず放置されていた私と逆の対応。
心臓が大きな音を立てた。
風の大精霊様の声が嫌によく響く。
『前例がなくてどう扱うのが正解か、誰にもわからなかったのよ。』
この頃になると精霊界で、彼らは"未知なる力を操る余所者"扱いだったという。
未知の力を操る余所者。
私と、同じだ。
きりのいいところで切ったので短めです。
残りのお話は明日投稿します。




