魔法手帖百三十九頁 最大の厄災は輝石とともにやってくる
「お疲れさまでした。タイミングバッチリでしたね!!」
「リィナも頑張ってくれてありがとう。お疲れさま。」
生き残った女性陣は笑みを交わす。
それからオリビアは再び魔紋様に魔力を流し、箱を最初のサイズまで縮小させた。
そして再び風呂敷に包む。
念の為と風呂敷包みを抱えながら、館内の生存者の有無を確認する。
残念なことに生存者はいないようだ。
扉を開け、血塗れの食堂らしき部屋の中を見渡しオリビアはため息をついた。
救えなかった命は他国からの移民なのか、それともこの国の民なのか。
どちらにしろ血の量からして少なくない数の人間が犠牲となっているのがわかる。
危険があると知りながら見過ごしたとはいえ、他に手段はなかったのだろうか。
覚悟はしていたつもりでも、この状況を見てしまうと心が揺らぐ。
オリビアの後ろでリィナは風呂敷包みを握り直した。
この箱に捕らえた魔物を決して逃さぬように、と。
箱を包む風呂敷包みは魔素の供給を遮断し、現状維持の効果を持つ魔紋様を織りこんだ魔紋布。サリィとリィナが織ったオリビアの店の人気商品で、今回は魔力の供給を絶ち箱に捕らえた魔物が内側から悪さをしないようにと使用した。
…オリビア様も覚悟はされていたようだけど。
それでも館の惨状を確認した彼女の表情は痛みに耐えているかのようだった。
リィナからすれば、このくらいの血溜まりなら見慣れている。
訓練と称した戦闘ではよくあることだったから。
「これも世間一般の感覚とは違うようね、気をつけないと。」
オリビアには聞こえないようにと、小さな声で囁く。
彼女と片割れは過ごした環境が特異すぎて時折こんな風に感覚のズレを感じることがある。
それを少しずつ世間の感覚に寄せて、出来上がったのが今の自分達だ。
演じているのか、素なのか、本人も分からないほどに馴染んだ癖。
今回は血を見慣れていることと、見たことがある程度では感じる度合いが違うということだろう。
リィナはオリビアを気遣うように、部屋の扉をそっと閉めた。
そして辺りを確認して裏口から二人揃って出ていく。
「ごめんなさいね、狼狽えてしまって。」
「いいえ。それよりもこの箱、本当に便利ですね!!ある程度の大きさまでなら自由自在にサイズを変えられる。」
「ええ、これこそ"ナイナイの箱"に着想を得て、王の盾の技を研究し尽くした後に私が創り出した箱状の"空間"。そこにエマちゃんが勉強の一貫として紡いだ"拡大"と"縮小"の魔紋様を刻みこんだの。そして研究所を脅し…失礼、協力を得て、あらゆる魔道具制作における最新技術を詰め込んだのよ!!入れたいものの大きさに合わせて拡大し、収納した後に持ち運べるサイズまで縮小できるなんて気が利いてるわよね。こうして実際に使ってみて問題がないようなら商品化する手筈は調っている。商品化の邪魔をしようと他店が付け入る隙間など髪の毛ほどもないわ!」
弾むような口調の会話は歩く姿を見られても不審に思われないようにするため。
そしてオリビアの気分が少しでも晴れるようにとの気遣いのつもりだ。
「商品名はなんですか?」
「ふふ、聞いて驚きなさい!!…ズバリ、"収納くん"よ!!」
「…な、なんてわかりやすい!!売れます、売れますよ!!オリビアさんっ!!」
「でっしょー!!新作の目玉商品として売り出すの!!」
二人は手を取り合い、瞳を輝かせる。
ちなみにこの試作機は生きているもの…例えば人間や魔物などを収納できるが、販売商品は生きているものは収納不可としている。よからぬ使い方を考える輩が使用するのを防ぐためだ。だから当面は拡大できるサイズをずっと小さくした"収納くん"を個数限定で販売、問題点や改善点を洗い出して改良を加えたものを"収納くん(改)"として本格的に販売する予定だ。
なお、販売商品は人間だろうが魔物だろうが生きているものは収納しようとした瞬間に弾く予定だ。
弾く原因となるのは空気のように張られた結界。
これは王の盾が紡いだ魔紋様を参考にエマが紡いだものを箱に埋め込んだ。
ちなみに、この魔紋様をどうにかしようとすると、オリビアの店にもれなく箱が自動転送されてくる仕組みだ。そして箱に刻まれた製造番号から誰に売ったかがわかるから、悪いことに使おうとする人間を洗い出すことも可能になると。
なお、エマが『ふるこんぼ』とか訳のわからない言葉と共に、トンデモ機能を追加しようとしたのは全力で阻止した。内容を聞いてみたら、それを受けた当人より施した方が悪人のようだからだ。
そもそも異性に嫌われる効果なんて、必要?
それで更に悪の道へ踏み込んだらどうする。
「洗い出した人物の情報は"王の耳"に報告すればいい。一石二鳥ね。」
どんな理由があるにしろ、禁じている生きたままの状態の生き物を箱に閉じ込めようとしたのだ。
それ以前にも後ろ暗いことの一つや二つはしているだろう。
ついでに研究所にも箱が転送されると同時に通報がいくように設定してもらった。
こうすればわざわざ連絡を取り合わずともディノルゾあたりが吹っ飛んで来るに違いない。
「そこまでして販売すべきか、っていう意見もあるけどね。」
「収納の魔法を使えない人からしたら夢のような商品ですからね。」
誰かの助けになるような夢のある商品を売りたい。
オリビアは五年前、初めてダングレイブ商会の店舗を訪れた時から、いつかそういう店独自の商品を開発したいと願っていた。魔道具の取り次ぎだけでなく、魔道具制作の技術を活かして新たな商品を生み出し、世に送り出したいと。ただこの国にいる魔法紡ぎの紡ぐ魔紋様では実現が難しかった。なぜなら周囲が敵ばかりのこの国で取引される主力商品は戦闘を補助する効果を持つものだったから。
「私が作りたいのは武器ではないのよ。」
そういう商品は武具を扱う店が開発すれば良いこと。
オリビアが目指したのは、生活を便利にする商品の開発だ。
諦めかけたところで現れたのがエマだった。
彼女の起点の魔紋様が持つ効果は"願いを叶える"こと。
彼女に商品化の目的を話し、自身の願いを余すところなく伝えることで、きっちりと必要な効果を付与した魔紋様を紡いでくれた。
「本当に、不思議な子。」
次代の魔法紡ぎの女王かもしれない少女を秘密裏に監視するのが自身の役割。
敏い彼女のことだ、恐らく監視の存在にも気付いているだろうに。
いつもギリギリのところで、私だけでなくこの国を助けてくれる。
魔法紡ぎとしての存在も異質だ。
新人とは思えない程に冴え渡る技術を見せながら、未熟な精神力に引きずられ失敗することも多い。
魔紋様に付与する効果の組み合わせに資質は抜き出ている。
技能面についても、いきなり工程の多い複雑な魔紋様を紡いでみたりと素人ではあり得ないような才能の煌めきを見せている。
ただ商品化するとなると数をこなさなければならない訳で、そうなると技術とは別の根気や経験というものが求められるのだが、そこはやはり素人、力の入れ具合や集中力にバラつきが出て商品に優劣がついてしまう。だから彼女の納品だけでは捌ききれず順番待ち、という状況になってしまうのだ。
「しかもすでに国という最高の顧客がついているから尚更品薄なんだけどね。」
彼女の紡いだ魔紋様の出来が良いものは優先的に国が買い取っている。
しかも契約書には残らないよう、暗黙の了解というやつで。
彼を師匠と呼び、公平な人物と慕う彼女には秘密にしてあるけれど、淡白な振りをして意外と彼女の作品には執着をみせる彼がこっそりオリビアへ手を回した結果だった。エマ曰く彼女の前では腹黒属性を隠さないそうだが、実際本気出したらあんなもんじゃない、と常々オリビアは思っている。
闇が深すぎるのよ、あの人。
時折、思考が飛躍しすぎて本当に同じ人間なのか不安になるくらいだ。
オリビアはひとつため息をついた。
彼女に執着する者が多く、いつまで経っても気が抜けない。
確かに彼女の起点の魔紋様は貴重だ。
だが容姿は取り立てて目立つわけでもなく、魔法紡ぎ以外の能力で測れば平凡だ。
まあ性格は変わってるとは思うけど、それだって個性的と呼ばれる程ではない。
にもかかわらず、これだけの人間に影響を与えるのは魔法紡ぎの女王と呼ばれる者の資質、もしくは異世界から呼ばれた人間の属性か、彼らに与えられた特典のひとつではないかと思う。
今の状況を考えれば、それを恩恵とは呼ばないだろう。
この場に創造神様がいたら手加減と匙加減の見直しをお願いしたいくらいだ。
そもそも今回の襲撃は執拗なまでに彼女を狙う者と王国を貶めたい他国の思惑が合致して起きた。
そしてその活動を支えたのは"統一正国教団"の存在。
先ほどまでいた館はこの国の貴族が所有するもので、表向きはその貴族の別邸として届出されている。だが実体は教団の息がかかる人物に貸し出され、支部のひとつとしての役割を担っていた。
どうやら信者となった者が使用人として館で働きながら共同生活を送っていたらしい。
そこまではまだ許容範囲だ。
だがこの場所が今回の襲撃犯達の潜伏先として選ばれた。
そして潜伏している間、ここで行われたことは何か。
この箱に捕らえられている、人から魔物となった者の姿を見れば明らかだろう。
つまり、あの館で殺されていた使用人は被害者ではなく共犯者なのかもしれない。
行われた事の残酷さを考えれば関わらなかったから無罪、というわけにはいかないだろう。
彼らだって、少なくとも良からぬことが行われている程度のことくらいは知っていた。
視点を変えれば善悪など簡単に入れ替わる。
だから今回、彼らに対して何もしなかった。
彼らが危ういと予想しながらも救いの手を伸ばす事もしない。
何も知らないこの国の民に危機が及ぶかも知れない状況で何もしなかった、彼らと同じように。
ただ静観し、魔物が解き放たれた時だけ対処する。
しかも誰の目にも触れぬよう、速やかに。
「館の持ち主である貴族は不正への関与の疑惑をチラつかせたら"古い建造物の調査"に協力してくれると言ってたし、今頃手筈通りなら研究所の人間が館内部の証拠や残留物を回収しつつ、浄化と清掃をしてくれる予定だから明日には『何もなかったこと』になってるわね。」
ついでに誰もいなかったことにもなっているが、館の持ち主である貴族でさえ誰がいたのか知らないというのだから調べようがない。
教団側も騒ぎにするわけにはいかないから、現状のままだろう。
こうして少しずつ、この国から統一正国教団の力を排除していく。
表立って禁じれば信仰の篤い国からは反発を受け、信者は地下に潜り場合によっては凶悪化するかもしれない。それならば目につく範囲の中で監視と管理ができる方がマシというもの。
今後は個々の判断で個人的に信仰を守る、ということなら見逃すという立場をとるらしい。
「あとは聖国上層部が調整してくれると助かるのだけど。」
あの国で教団の運営が暴走しないよう諌めることができるのは王族と限られた高位貴族だけだ。
ところが聖国上層部は今、混乱の真っ只中だという。
第二王子を筆頭に高位貴族の男子が聖女を崇め、まるで新たな教団が出来上がったかのようであるという。その溺愛ぶりが五年前の王国での騒動など霞んでしまうくらいの騒ぎになりつつあるらしい。上層部は混乱を収めたくとも宗教と国政が係わりの深い聖国で教えを体現するような存在である聖女を悪と断ずるわけにはいかず、かといって王族や高位貴族の男子を簡単に処罰するわけにもいかない。
一応謹慎という体でそれぞれの親が隔離しているようだが、それはそれで別の騒動を起こしつつあるらしい。
まさに、混沌と混乱の極みだ。
「だから追い詰められてこんな手を使うのでしょうけど。」
今回の件、使われた魔紋様は禁忌と呼ばれる類のものだろう。
禁忌の魔紋様は諸刃の剣だ。
人の魂を傷つけ、更には己の魂を穢すもの。
だからこそ禁忌と呼ばれる。
今回も莫大な対価を支払うために、魔力だけでなく人の命を捧げたのだろうが、いつまでもこのやり方が続くわけではない。回数が繰り返されるほどに信頼を失い、やがて人々の不審を招く。
その行き着く先が平坦なものであろう筈はない。
一度転がり始めた石は坂道を降り切るまで止まらない。
ならば転がり続けた先で、聖国と…聖女に待ち受けるものはなんだろう。
「それが、初代女王の書き記した"厄災"に繋がるのかもしれないわね。」
次代の魔法紡ぎの女王とされたエマに人々が執着するのは、彼女の存在が救いとなるからなのか。
初代女王が書き残した言葉が脳裏を過る。
『私の後継者たる"次代の魔法紡ぎの女王"が現れたら。
警戒しなさい。最大の『厄災』は輝石とともにやって来る。』
これでエマが知らない後始末のお話は終わりです。
再びエマのお話に戻ります。




