魔法手帖百三十七頁 第二手は総力戦
残酷な描写を含みます。
数は力だ。
残酷な現実を突き付け、絶望に塗れた命を無残に奪うもの。
……だがそれは実力の差を頭数で補える場合の話。
「この武器、サイコー!」
青白い炎を纏わせた大鎌。
凄まじい速さで薙ぎ払いながらカロリーヌは叫ぶ。
火はとぐろを巻き、巻き込まれた者を容赦なく焼き尽くす。後には骨肉の欠片も残らない有様に、敵対する者達も迂闊に近づく事が出来ないでいた。
数の差をもって押し潰すという手を使えないように。
その対策のひとつがこれだ。
この武器は魔道具。
大鎌自体は見たことのある一般的な形状をしているが、"強化"と"燃焼"の効果が付与されている。
もちろん斬ることもできるが、"強化"された柄は硬い表皮ごと肉体を叩き潰し、さらに魔力を糧として発する高温の炎は相手を骨まで"焼き尽くす"。彼女自慢の腕力とスピードで大鎌が振るわれる度に、残された者の闘志と生命が削られていき、気付けば当初十数名はいると思われた、人とも魔物ともつかない者達は僅かな間に半数以下までその数を減らしていた。
「はしゃぎ過ぎて壊すなよ?」
カロリーヌの背後を守るゲイルから呆れたような声が聞こえる。
大鎌の驚異から辛くも逃げた者達は彼が使い慣れた剣で地道に倒していく。
彼らは鋭い爪や牙を武器に襲い掛かるも、互いの振り上げた手足が邪魔になり上手く連携を取ることができない。結果、一対一でゲイルに挑むしかなく、あっさりと彼に倒されている。
手応えがあると思ったのは最初だけだったな。
ある程度戦い慣れた者は真っ先に大鎌の餌食となったようだ。
そして戦い慣れていない者が逃げようにも特製の結界が張られているから逃げられない。
とうとう残り二人となった。
うち一人が怯えた表情で叫ぶ。
「こ、こんな一方的な殺戮は聖なる戦いに相応しくない! 恥ずかしくはないのか!」
それを聞いたカロリーヌの動きが一瞬停止する。
生死を分ける戦闘の場において善悪や恥など関係ないだろうに。
強いていうなら生き残ることこそ善だ。
守りたいものがあるなら、尚更。
「…この人、何言ってるか理解できます?それとも私の理解力が不足してるのでしょうか?」
「大丈夫だ。俺にもさっぱりわからん」
カロリーヌが微妙な表情で言った台詞にゲイルが応じる。
明らかに危害を加える目的で近づく者に手加減するわけがないだろうに。
彼は二人とは違う思考回路を持っているらしい。
だからと言ってその理想に応えてやるつもりも更々ないが。
「なんにせよ、やることはひとつだ。跡形も残すなよ」
戦闘の最中、彼らの身体の一部に刻まれた魔紋様が見えた。
解読はできなくとも、その複雑で禍々しい気を発する紋様が聖なる効果を持つものとは思えない。
恐らく禁忌と呼ばれる類の魔紋様だろう。
彼らの体がどのような毒に侵されているかもわからない。
憂いを残さぬために、禁忌の魔紋様が使われた痕跡ごと消す。
そのためには魔紋様の刻まれた肉体も残さず消し去るしかない。
頷いたカロリーヌが炎を纏わせ、真横に薙ぐ。
声にならぬ悲鳴を上げ男が一人消え失せた。
そして、残されたのは一人。
「……人のままで、この場に残るとはな」
この場においては明らかに異質な男だった。
彼の体から発する魔力の流れを読むも、魔物特有の淀みもなければ偏りもない。
恐らく人身のまま、この場に臨んだのだろう。
魔物に変化し、その力を借りてなお倒された者達の中で、唯一生き残ったのが只人とは何たる皮肉。
ゲイルの前に立つ男は仲間が皆倒されたというのに表情一つ変えることはない。
鍛え上げられた肉体に研ぎ澄まされた剣技。
腕の立つ冒険者か、傭兵として死地を潜り抜けてこの場に流れ着いた者か。
正直、命を奪うのは惜しい。
だからこそ、油断できない。
「烏合の衆である割に、時折連携のとれた動きをみせていたのはお前さんが指揮をとっていたからか」
「あれだけのお膳立てを受けながら、思いの外、役に立たなかった。肉体を強化しても中身は素人、忠誠心だけで選んだのが間違いだったか」
「それは残念だった、さて」
ゲイルは男に剣先を向けた。
「戦うか。……それとも降伏するか?」
「戦うなら、私が!」
カロリーヌが男に向かい大鎌を構える。
ゴウッと派手な音がして青白い炎が燃え上がった。
男にとっては圧倒的に不利な状況、そのはずなのに。
彼はにやりと笑った。
「…なっ!」
「!」
「残念だがそのどちらでもない。誇り高き我らはお前らの望むようにはならんよ」
そう言い放つと男は剣先を自身に向け心の臓へと突き立てる。
彼が選んだのは、己の死。
躊躇いのない動きに二人の反応が遅れた。
「ふふ、ざんねん。…に、…え、を」
男は途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
その直後、大量の血を吐き出して男は倒れた。
「目的が達せられないと判断した場合、命を断つように指示されていたのかもしれない」
「…人の命をなんだと思っているのかしら」
「彼らの側から見れば彼女に対する悪しき行いも正義なんだろうな。それも命すら懸ける程の……」
熱のこもらないゲイルの言葉にカロリーヌが怒りを顕にする。
エマの存在が国を破滅に導く、とでも言われたのかもしれない。
彼女の拉致が目的か…それとも彼女の死を望んだか。
「全く、物騒な奴等に目をつけられたものだな」
「彼、どうします?」
「身元を示すものがあれば回収、なければその他の者と同じように処理を」
「わかりました」
ゲイルは遺体が焼かれていくのを確認する。
……やはり何も感じないな。
魔物の跋扈する世界では人の死は身近なものだ。
仲間の死に涙し心に傷を負いながら、いつかはそれが当たり前となる。
死に麻痺した彼の感覚ではエマの『厳しくも優しい世界』という意味が理解できないでいた。
怒りを顕にするカロリーヌの方がまだ彼女の感覚に近いのかもしれない。
そんな異分子のようなエマが、この世界において有益な魔紋様を紡ぐことができるのが不思議だ。
紙に記された魔紋様へ魔力を流す。
起点の魔紋様は"アリアの花冠"。
足下ヘ花開くように発現した紋様の持つ効果は浄化。
立ち上る浄化の光が結界内を満たしていく。
やがて結界に触れると同時に、光の粒子が弾けた。
僅かに残されていた呪いの滓が祓われ、清浄な空気が辺りに満ちる。
光の粒子が崩れるように舞う。
ゲイルは、その光景を美しいと思った。
救いという言葉に相応しい眺めだと。
そして同時に思う。
その美しさ故に、なんと脆く儚いものだろうと。
「エマちゃんの魔紋様、いつ見ても綺麗ですね。綺麗すぎて不安になるくらい」
カロリーヌが同じ感想を抱いていることに驚く。
振り向けば彼女は大鎌に魔力を流しているところだった。
大鎌はたちまち一般的な剣の形状へと姿を変え、腰に下げた鞘へと納められる。
「さすが研究所の叡智を結集させた魔道具だな。武器の形まで変えるとは」
「サナちゃんがいたから完成したんですよ。本当に彼女の魔道具造りの技術は抜き出てますね。ここまで差がつくと嫉妬通り越して感心しちゃいます。やはり類まれなる魔道に秀でた一族の血のなせる技なのかしら」
私では到底敵いません、そう言って苦笑いを浮かべるカロリーヌ。
研究者の先輩としての葛藤はあるだろうに。
彼女らしく負の感情にはきちんと折り合いをつけたようだ。
相手の力量を認めることは、なかなか簡単にできることではないと褒めてやりたくて軽く頭を一撫ですれば『子供じゃないんですから』と彼女は恥ずかしそうに笑った。
場を清めると二人揃って集合場所であるルイスの待つ家へと向かう。
戦闘の後であるからか、気が高ぶり普段よりも饒舌になる。
道すがら普段は話さない個人的な内容すら口にする程度には、だが。
「技術は学べばある程度は身に付きます。今は彼女の方が上だったとしても、これからもそうだとは限りませんから。それに彼女の場合、魔法の属性が違いますからね。彼女が目指す先と私の目指すものが違っていればできることも結果も当然違いますし、長けた分野が違って当然です」
「彼女はディノやお前のように戦闘向きの魔法じゃないしな」
「私の場合も、ある種血筋ですからね」
彼女が育ったのは王国の領土ながら自治権を獲得している特殊な地域。
王城を中心として西側にあるパルテナに対し、東側にある一帯の領地はレヴァントと呼ばれている。"特別領"とも呼ばれ、なだらかで肥沃な土地の特性を活かし農業を営む西側と対をなすように、特別区は険しい山岳地帯を持ち狩猟や放牧、鉄鉱石の採掘等を生業とする。そして峻厳な土地柄に相応しく、頑強な体躯、血気盛んな気質を持つ者が多い土地でもあった。
「ちなみに実家あるの辺りは特別領最奥の僻地で、我が一族は『幻の狩猟民族』と呼ばれてます!」
「…そんなドヤ顔されても全く貴重な感じがしないな」
「あら、女性がもれなく強いんですよ?!十分貴重じゃないですか!」
彼女の恵まれた体躯と腕力はまさに血筋の持つ特性らしい。
その彼女が繊細な魔道具造りを愛し、古き魔法を操るなど初めは想像が難しかったが。
「一族の女性が先頭に立って狩りをしますからね。武器の扱いや魔法の習得は必須です。道具の改良なんかも使い勝手が大事だから、やっぱり狩りをする女性の仕事なんですよ」
その代わりに。
「男性は外部との折衝や交渉を担います。あと家事全般は男性の方がもれなく適性が高いんです。うちの父の家事スキルなんかもう神の領域ですよ! 家屋の修繕どころか、一軒家くらいなら余裕で建てられます」
「すでに家事スキルと呼んでいいか微妙な線だな」
「ちなみに料理の腕前も王都の料理人さんが修行のためと足を運ぶくらいです。どのくらいかというと初めて食べた人の中には美味しすぎて意識を失う人がいるくらいですね」
「……別の意味で凄いな」
なお魔法に対する適性は男女共に同じくらいで、鍛えれば男性も戦えないわけではないらしい。
ただ抜き出て女性の方が戦闘能力に長けているからという理由により、いつの間にか戦う女性陣と家を守る男性陣という棲み分けができたようだ。もちろん家事に長ける女性もいるし、狩りに参加する男性もいるから完全に性別で役割分担が分けられているわけでもない。
その代わり狩りに向かう部隊の選定は完全な実力主義だ。
「狩りは生死と直結してますからね。私は割と幼い頃から狩りに参加していて、武器を渡されれば本能がおもむくままに振り回してましたよ」
そのことを全く不思議に思わなかったという。
つまり実力主義の生んだ結果がカロリーヌということか。
「その実力で、なんで研究者なんて目指したんだ?」
「武器を使うとやはり良し悪しというものがあるじゃないですか。それが魔道具になると性能の差を尚更感じますよね。どうして造り手によって回路が異なるのか、どんな構造をしているのか。それをもっと調べたいと、実際に研究したいという欲求がありまして。色々悩んだ末、山を降りました」
研究所に伝もないまま、知り合いもほとんどいないパルテナに移住する。
彼女の両親も友人達ももれなく反対したという。
ただ心配する内容が主に"この子、ヤンチャンしすぎたらどうしよう"だったらしいが。
「心配性ですよね。ただもっと世界を知りたいと願っただけなのに」
地中深く滾る火の塊を思わせる彼女の情熱と探究心は、まさに燃え盛る炎そのもの。
火属性が司るは火、知恵、そして鍛冶。
ディノが彼女について語った言葉が脳裏に浮かぶ。
『火神に愛された一族の女性を、特別領の人々は火巫女と呼ぶらしいよ。』
人間界で火を司るために生み出された女性達。
体内に炎のような情熱を宿し、武器へ纏わせ操る力に長ける。
「さすが"火神の住処"とも呼ばれる山に好んで住む一族の出身だけあるな」
「ラ・シスタビオ火山に生まれる者は皆、火の属性が持つ気質が強い、とでもいうべきでしょうか。それに村の者はもれなく火魔法使えますからね。でないと一年中炎の息を吐くあの場所には暮らせない」
火魔法が使えること。
それはすなわち火神の加護を受けている証とされる。
加護により身体は頑強で熱に強く、火を操ることに長けるからこそ過酷なあの場所で暮らしていける。
「稀に火魔法を使えない子供が生まれるのですが、そういう場合は山から降ろして麓の村で両親と共に暮らすことになります。それもまた、火神の導きと村長さんは言ってました。」
「村に留まって暮らし続けることはできないのか?」
「できないです。加護もなく生きていけるような甘い環境ではありませんから。」
きっぱりと言い切った彼女の目に負の感情は浮かんでいない。
あるのは誇りだ。
加護を受ける対価として過酷な火神の膝下に暮らし続ける事を選択し、それを誇りとする一族。
その誇りが彼女をサナの能力に正しく向き合わせ、新たな武器を手に入れた。
火神の導きという言葉も、あながち彼らの思い込みだけではないかも知れない。
「そういえば特別領が出身となると、オリビアの店の双子もそうだったな」
「ああ、リィナちゃんとサリィちゃんですよね。国境に近い場所にご両親と住んでいたようですよ」
「かわいいだけじゃないのは、やはり戦闘に慣れた者の多い地域だからか」
「でしょうね、国境の街は真っ先に他国から荒らされますから」
他国からの驚異はなにも大掛かりな侵略だけではない。
盗賊が集団となり国を跨いで襲い掛かることもあれば、大型の野獣や魔物が国境を越えて侵入することもある。
それを自らの意思と力で跳ね返すのが特別領に与えられた義務。
そして外敵を退け続けることが王家に忠誠を誓う証となり、その対価とされたのが自治権。
彼らはこの地を守るために能力のある民間人にも戦闘技術を広く教えているのだという。
ただあの計り知れない強さはそれだけではないと思わせるのだが。
"織姫"ともてはやされ、容姿の愛らしさもあって男性にも人気の高い二人が、ふとした時に見せる瞳の色。
それが一度は絶望を知った者の持つ色だと知る者が、彼らの中にどれだけいるのだろうか。
なかなか筆が進まなくて、予定よりだいぶ遅くなりました。すみません!
お楽しみいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします!




