精霊の血が求めるもの sideリアン
遅くなりました、すみません。
エマが退出した後の執務室では。
「さて改めて問おう。今回の件、侯爵家としてはどう処理するつもりだ?。」
「それについて当主から書状を預かってきております。」
リアンが懐から取り出した書状を王に手渡す。
「なるほど。序列を戻すというのか。」
「はい。今すぐではありませんが当主には私が。」
真っ直ぐに前を向き、言い切った。
もしかしたらと覚悟はしていたつもりだ。
だが伴う苦労と犠牲が大き過ぎて後回しにしていたことも確か。
我が家は遥か昔、初代女王が存命であった頃から続く旧家のひとつ。
特殊な事情があり、今では貴重とされる精霊達が集う丘を含む一帯を領地として与えられている。
昔々、まだ精霊が人の営みと親しい頃。
ある人間の娘が高位の精霊の一人と契り、やがて月満ちて子を産んだ。
その子は精霊譲りの桁違いの魔素を操る器と強靭な肉体を持って産まれた。
やがて自身の実力をもって建国に貢献し褒美として初代女王より家名を与えられたという。
それがフォーサイス。
我が家名の由来。
以降フォーサイス家は王家の影となり精霊と王国の民との関係を取り持ってきた。
不作の年には対価と引き換えに豊かな実りを取り戻すための助力を乞い。
闇の精霊が追い詰められた時のように、人と精霊の争い事があれば仲裁を。
そこまで関係が深まったのはフォーサイス家が精霊に愛された証であるとも言われている。
そしてフォーサイス家にはもうひとつ、独特の決まり事があった。
「精霊の容姿に最も近い者が家名を継ぐこと、か。」
「こちらのお願い事を有利な条件で叶えてもらうため、と聞いています。」
「お前の一件で曲げたものを再び戻そうというのか。」
「そういうことです。今回の一件で当主である父も色々と思うところはあったようですね。」
あの一件以来、精霊界への不干渉を貫いていた父の方針転換。
今回の結果を見て、精霊の力をただ忌避するだけでは国のためにならないと察したのだろう。
リアンはひとつため息をついた。
フォーサイス家の兄弟仲が最悪なのは、ここにも理由がある。
父は正式に跡継ぎを定めたわけではない。
だから誰が指名されてもおかしくはないのだ。
だが世間一般では大抵年長の者が家を継ぐ慣わしがあった。
それに照らせば長男が継ぐはずの当主を次男ではなくさらにその下の三男へと継承させる。
その選定理由が能力ではなく容姿であるなど兄達にしてみれば余計に納得がいかないだろう。
「お前達兄弟は幸か不幸か頭だけなら揃って優秀だからな。」
「本来は第一王子が王となり国を治める時、国政を支えるのが兄達、領地を守り精霊界との橋渡しを行うのが私のはずでしたから。」
「それが五年前の一件で大幅に予定が狂った。」
第一王子の追放と同時に彼の取り巻き達は政治の中枢から遠ざけられた。
罪を犯さなかったとはいえ、主を諌めなかったという咎で。
そして第二王子の側近としては、すでに自分がいる。
その状況で問題を起こした兄達を第二王子に仕えさせる理由がなかった、それに…。
「あの人達はジェイス様を陥れたのは貴方と私だと思っている。なぜ物証もないことを今だに信じているのかとは思いますが…どちらにしろ、貴方をよく思わない人間を側に置くわけにはいかない。そう父は判断して、自らの監視のもと、今は兄達に領地経営の手伝いをさせています。」
「…終わってないんだろうな、彼らの中ではまだ。」
「…そうなのでしょうか?」
「我々だって、つい最近まで囚われたままだったじゃないか。」
忘れてしまうのは罪を重ねるように思えて。
一度覚えた罪悪感から逃れることは、簡単なようでいて難しい。
それこそ、きっかけでもなければ。
例えば我々でいうところのエマのような存在。
「彼女達は何を話したのだろうな。」
「結界内の会話は聞こえましたが、彼女の気持ちは…エマも多くは語りませんでしたから。」
ソルの領館で謀らずもエマとミノリが接触した時のことだろう。
魔物が、たぶん彼女だと、そのことは、王にも伝えてあった。
可憐で優しげな容姿を持つ異世界の少女の末路は、思いの外、凄惨なものだった。
だからといって、それで残されたものの心が救われたわけではない。
失ったものは戻らない。
ただ虚しいだけだ。
「なあ、リアン。容姿が全く違うのに、なぜ魔物がミノリだとわかったんだ?」
思考を遮るように発せられた主の問。
再び出会ったとき、彼女は人ですらなかったというのに。
リアンの口元が歪む。
魔物となった彼女と多く会話を交わしたわけではない。
だがすぐに気がついた。
「それは彼女が変わらず彼女だったからですよ。」
むしろ感心するくらいに過去に囚われて、踊らされて、滑稽なまでに自身の想像に忠実だったから。王子の取り巻きでありながら彼女の用意した舞台で役割を与えられなかった兄達は幸いであったかもしれない。そうでなければフォーサイス家は五年前の一件に巻き込まれ、家名の誉れを失い家格を落としていただろう。
それほどに彼女の闇は深かった。
『やっとお会いできましたわね!!氷の魔法紡ぎ様。たぶん私の罪が冤罪だと証明されたとか、でしょうか?ふふ、なら迎えが遅くなったことは許してあげます。でもあんなふうに私以外の女性を大切に護るなんて許せません。
…これからもあんな姿を見せるなら、あの方がどうなっても知りませんよ?』
そして結界を解けと甘い声でねだる。
それが叶わないとわかると、今度はこちらに非があるような言い方で詰った。
まるで悲劇の女主人公気取りだな。
表情は見えなくともわかる。
澄んだ瞳と優しげな表情で自分の望みを叶えるためだけに悪意を振り撒く彼女の姿が。繭越しに伝わる彼女の声と言葉からは人を死なせた罪悪感など欠片ほども伺えなかった。
あまりにも変わらない彼女の態度が当時の記憶を呼び覚ます。
『"氷の盾"って呼び方、カッコいいと思うわよ?貴方が素晴らしい力を産まれ持った、その証ですもの。だから周りが認めなくても私だけは貴方の存在を誇りに思うわ!!』
まるで貴方の事なら私が一番知っていると言わんばかりの態度が気に障った。
だからこの力は産まれた時から備わっていたものではないと教えてやった。
それも望まぬ経緯で得た力だとも。
途端に彼女は慌てた表情を見せ言い訳を並べる。
バグとかなんとか意味不明な事を言っていたような気がするが、そんなことは関係ない。
結局、彼女は他人が本当のところはどうあろうと興味がないのだ。
自分の都合のよい事実しか知ろうとしないから、"知らない"。
そんな少女を天真爛漫で愛らしいと、清らかで優しいと誉め讃える兄達が理解できなかった。
"氷の盾"とは一部の親しい人間を除いて、彼の特異な容姿を揶揄するために呼ぶ名だ。
それを躊躇いもなく使うなど、無礼と親しみを履き違えたあの女しかいない。
不思議なほどに噛み合わなかった会話の理由がよくわかった。
彼女は事実を自身に都合のいいように解釈しているだけ。
そしてそれが叶わないと他に責任の所在を求める。
自分は悪くない、と。
運が悪かったと境遇を憂うだけの彼の兄達のように。
ひとつため息をついた。
もうそろそろ彼らには現実と選択肢を突きつけても良い頃か。
父もそれを許したからこそ、彼に手紙を託したのだろう。
「とりあえず、家の方針は理解した。
お前の今後と次期当主となるかの裁可については爺さん達と相談して決める。それから。」
アンドリーニは暫し黙った後、重い口を開いた。
「王の名において、婚約者を定める。」
いよいよ来たか。
王の名において定められた婚約者は余程の理由が無い限りは将来の伴侶となる。
当主となる予定の人間が独身のままというのは外聞が悪いからだ。
「お前の特殊な事情を理解してくれる貴族の女子が相手となるだろう。希望はあるか?」
「ございません。アンドリーニ様の心のままに。」
「わかった。もう退出してよい。」
礼の姿勢をとると、アンドリーニは一つ頷く。
身を翻し執務室を出ると人目のないところで壁に寄りかかった。
僅かな時間、目を閉じる。
「さすがに…疲れた。」
寝ていないというのもあるが、何より精神力がずいぶんと削られた。
囚われた民を迎えに行くだけのはずが騒動が大きくなったせいだ。
記憶の中のエマが、ふてぶてしい笑みを浮かべる。
…ずいぶんと成長したものだ。
彼女がソルの民の目の前で、即興で紡いだ魔紋様。
地を照らす浄化の光を見たとき、正直驚いた。
そして彼女が"焔"と呼んだ媒体、そして惹き寄せられるように集う精霊達。
活路を見出すためと協力を申し出たが、状況は想定外の連続であったことは否めない。
そしてまたひとつ、この国はエマに救われた。
「そのために、どれだけ振り回されたことか。」
『どれだけ人を振り回せばお前は満足なんだ!!』
エマへと向けたはずの台詞が、最後に会った時に兄達から言われたことと重なる。
全く、その通りだな。
だが振り回されたのはこちらも同じ。
国政に関わる気もなかったのだ、本当は。
"マグルスマフの盾"の起点の魔紋様を得たあの時、すべての道筋が変わった。
ふと転移の魔紋様のある辺りの空間が軋んだ。
虚空に光る点へ手を伸ばす。
「ずいぶんと魔力を削られたようだな。」
捕まえたのは、庭で遊んでいたと思われる一体の精霊。
羽を不器用に動かす小さな精霊は人に近い姿形をとるのも、精霊界から外に出たのも初めての様子。
捕えたリオンを見て怯え、僅かに震えていた。
城の内部を守護する結界は精霊除けの効果が紡がれており、城内に迷い込んだ精霊は魔力を削られ、一時的に力を奪われてしまう。
さすがに力の強い精霊には効かないが、高位以下なら侵入しようと結界に力を加えた瞬間に弾かれるようになっていた。
ただ植物の生育に関わるような場所…薬草園や城の庭などは精霊の力を借りることも多く、彼らを締め出すわけにはいかないからとそれらの効果は付与していない。そんなわけで時折城の外では呑気に庭で遊び空を漂う彼らの姿が見られるのだ。
どうやらこの城の庭が彼らのお気に入りの場所らしい。
そして見慣れない魔道具に持ち前の好奇心を刺激され、そこかしこに設置された転移の魔紋様へ興味本位で近づき、うっかり魔力を流して城内へと吸い込まれる哀れな精霊が跡を断たないのだ。
迷い精霊とでも呼ぶべきか。
大抵がこんな小さな精霊ばかり。
手に捕えた精霊を見つめる
力が弱く、器も脆弱。
そのくせ好奇心だけは強く後先考えずに行動する。
自分だけは大丈夫。
自分本位の思考を持つ、醜く愚かな生き物。
精霊など大嫌いだ。
きっとこの手を強く握れば簡単に彼らを握り潰せる。
瞬く間に彼らの命を狩ることが出来るだろうに。
「…ここは、お前達の来る場所ではない。」
視線を合わせ軽く脅かしてから、もう片手で魔石を砕く。
発現させた魔紋様の転移先は実家の管理する丘の上。
紋様の中心に向けて、ぽいと精霊を放り投げる。
吸い込まれるように精霊が姿を消すと、使用済みの魔紋様が霧散した。
ふと、久々に触れた精霊の怯えた表情を思い出す。
それは怯えもするだろうな。
そう思いつつ、確認するように失われた片手にあるものへ視線を落とした。
びっしりと魔紋様の刻まれた義手。
この義手は家の図書室に残されていた古い設計図を基に研究者が組み立て、後に知識を得た彼自身が改良を重ねた魔道具。表面に数多刻まれた魔紋様は半分が日常生活の動作を補助するもの。
そして残り半分は。
精霊から我が身を守るためのもの。
魔力を流すことで精霊を捕縛し、害する効果を含む魔紋様が刻まれていた。
「そんな俺に精霊の丘を守れとは、皮肉なことだな。」
だが父の思いも理解できる。
人の目は見たいものしか映さない。
精霊のように人が見えないもの…見たくないと忌避するものすら映す彼らが得た情報というものは実は貴重なものなのだ。だから今回のような危機を回避する手段として精霊達との絆を取り戻し、かつてのような親しい関係を再び築くことを彼に望んでいるのだろう。
残酷とも思えるが、我が家の成り立ちと役割を考えれば仕方のないこと。
そう思えるようになるまで、猶予を与えてもらえたことは、父なりの優しさというものかもしれない。
もしもっと早い段階で跡継ぎと定められ、精霊との関係の構築を強要されていたら。
…きっと自分は壊れていただろうな。
そこまで自我を保てるほど強くはない。
それ程に、あの件は自身にとって衝撃的な出来事であった。
そしてあの件を境に兄達との関係が一気に悪くなったのだ。
「だめだな、思考が後向きだ。」
思考が偏る時に思い付いた事は大抵良くない方向へと転がる。
部屋に戻り寝ようと廊下を移動する。
途中、エマの滞在する部屋を通り過ぎた。
軽く扉に触れ結界の状態を確認する。
正しく鍵は掛けられていた。
あれだけ力を使ったのだ。
彼女はもう夢の中だろう。
『理解できないと言うなら、お帰りください。
今の貴方に彼らと共に手伝えとは言えませんから。』
彼女がソルで言ったこと。
真っ直ぐ向けられた視線は揺らぐこともなかった。
思わず口元に笑みが浮かんだ。
「いつの間に成長していたのか。」
初めて会った時はまだ能力に使われているという風情であったというのに。
気付けば、あっさりと自分のものとしていた。
そしてその彼女の姿が王と父に変化を促したのだ。
精霊の求めに応じ彼らを助け、その精霊の力を借り国を支える。
今回の聖国との件でエマが果たした役割はフォーサイス家が代々担ってきた役割そのものだった。
そして彼女が彼らの力を借り、一定以上の成果を上げたことで、今だ精霊の力が必要であると証明したのだ。
再び繋がった縁を失うわけにはいかない。
彼女がいる間はまだいい。
少なからず精霊と人間は繋がっている。
だが彼女が元いた世界へと帰ってしまえば…完全にその縁が切れてしまう。
その前に、フォーサイス家は精霊との関係の再構築を果たさねばならない。
その大義の前に彼のわだかまりは些末なこととされたのだろう。
もうひとつ、ため息をつく。
本当に容赦ないことだ。
憎しみを愛に変えることなど簡単にはいかないというのに。
自身の部屋の扉を開け放つ。
日当たりの良い場所に置かれたベッドへ腰を降ろした。
光を受け、自身の透けた髪が視界の端に映る。
この髪の色は精霊に親しいものの証とされる。
この瞳の色も同じく。
家族の誰も持っていない、この澄んだ色合いが精霊の血を濃く引く証。
「本当は気付きたくなかったんだ。」
彼らを憎んでいるのに、憎みきれないなんて。
体の奥深くに巣食う精霊の血がそうさせるのか。
憎もうとすればするほどに、彼らから目が離せない。
だから厳しい態度で彼らに接した。
そうでなければ再び気を許してしまいそうだから。
彼らに対する憎しみが彼を縛るのと同時に、彼の持つ技術を大幅に向上させる原動力でもあった。
その憎しみを今更なかったことにするなど、自身の努力を否定するのと同じこと。
ベッドに横たわると目を閉じた。
瞬く間に眠りの世界へと吸い込まれる。
『おやすみなさい、リアン。』
あれは誰の声だろう。
その声を懐かしいと、労るような手の温もりに家族のような親しみを感じたのはなぜだろうか。
だがこの事は誰にも言わない。
これがもし精霊の甘い囁きであったとして、それに心を奪われたら。
家族を…優しい母をまた悲しませることになる。
「だっておかしいだろう?」
こぼれ落ちた問いは他の誰かに向けたものではない。
自分の心へ問うたもの。
精霊の餌にされ、片腕を奪われて。
それでも彼らを愛せるというのか?
賛否両論ありそうな展開になりました。このお話は分岐点のうちひとつです。
これでいいのかと散々悩んで迷っては書き直し、結局リアンサイドのお話としました。
お楽しみいただけると嬉しいです。




