魔法手帖百三十四頁 森の熊さんと、残された理由
「…理解した。それで?」
微妙な空白のあと、盛大にため息をついてから王様は話の先を促す。
おや、意外と寛容ですね。
「表立って彼らに手を貸したわけでも、我が国に損害を与えたわけでもない。結果だけみれば我が国にとっては有利な状況だし、それなら知らなかったことにすればいいだけだからな。」
結果オーライということですね。
師匠はと見れば、すでに明後日の方向を向いている。
早々と諦めたようですね、助かります!!
「オリビアさんには許しを得ていますが、しばらく二十三階層の主さんは精霊界に留まるそうですよ。木の大精霊様が歓迎して下さって、彼に色々教えてくださるそうです。」
「そうか。それから?」
「あとは再び呪いを掛けようとした人を見つけたら彼らがやり返したいそうなので、実験のための魔紋様をいくつか提供してきました。」
フルコンボ再び(笑)。
自業自得ですもの。
しばらくの間、異性にトコトン嫌われるなんて細やかな嫌がらせだ。
シロの徴のように命を奪うわけではないから、病の疑似体験などかわいいものじゃないか。
「証拠は残らないだろうな?」
「おまかせください!!魔紋様は自動的に消滅します!!」
「ならいい。」
師匠はそれだけ確認すると再び無表情のまま前を向いた。
…いいんかい。
同じくあまり寝てないから師匠も確実にテンションがおかしい。
でも、まあ、師匠がいいならいいかな、うん。
「あ〜〜〜〜。いやよくないが、もういい。これも聞かなかったことだな。」
扱いがだいぶ雑になってきましたね、王様。
「そういえば、棟梁達の状態はどうですか?」
呼び掛けても身動きすらしない。
ひたすら眠り続ける彼らの姿を見たのが最後だ。
王様は、小さく首を振った。
「魔力だけで辛うじて生きている状態らしい。若い方の彼はともかく、貴女が棟梁と呼ぶ人は…目覚めない可能性もあると思っておいた方がいい。」
「後でお見舞いに伺ってもいいですか?」
「かまわない。必要な時に部屋まで案内させよう。」
「それから座敷わら…失礼しました。保護してきた若い男性はどんな具合なのでしょうか?」
「診察が終わっていないそうだから、はっきりした事は言えないが体質に問題があるようだな。だからできる範囲で治療を進めているところらしい。」
「そうですか。」
「ちなみに貴女は彼がどういう存在か知って保護したのか?」
「存在…いや、保護した時は知りませんよ。どうみても病人だし、本人も拒みませんでしたから王国へ連れてきましたけど、頑なに嫌がるようならソルに一番近い町へ連れて置いてくる、くらいは考えてましたね。」
さすがに病人を山の中へ捨てるわけにもいくまい。
多少でも治療を受けられる環境で自分の身の振り方を考えるくらいの時間は必要だろう。
その後、彼がどうするかについては本人の自由だ。
「何か問題がありました?」
「いや、こちらの話だ。あとの報告はリアンから聞く。協力に感謝するよ。」
王様が笑みを浮かべたところで無事に解放された。
助かった…部屋に帰って寝よう。
グレースから教わったとおりに礼の姿勢をとり、扉へ視線を向けると見たことのある熊さんがいた。
「お嬢ちゃん、部屋までは俺が案内しよう。」
「ありがとうございます…ええと。」
「おっと女性相手に失礼をいたしました。私はベルナードと申します。」
先日王様の部屋で会った熊さん…ベルナードさんが恭しく手を取りつつ、扉を開けてくれる。
容姿が熊に似すぎて、…森で出会った熊さんに『踊りましょう!!』とか言われたような気分だ。
顔に出ましたか、失礼をしました。
「私の方もすみません。名前はすでに聞いているかと思いますが、エマと申します。」
「なんだか君には妙に親近感を覚えてな。名乗ったつもりになっていた。」
「その気持ち、よくわかりますよ!!」
容姿の特徴が知ってる人に似ていて、既視感があるというアレです。
私の場合、彼は知ってる人ではなくて、熊ですがね。
絵本で見かけるような特徴を強調した描き方で描かれた容姿に近いかな。
「無事に戻ってこれたようでよかったな!!」
彼はガハハと笑い、私の頭を撫でた。
「運があったということでしょうか。」
最終的にはそれ以外ない。
夜明けのタイミングで作物を実らせるなど、賭けの要素しかないからな。
それに舞台となるソルの地を整えたのも、当日魔力を流し作物を実らたのは気まぐれな質を持つとされる精霊だ。
彼らがこちらの思惑のとおりに協力してくれるかは未知数だった。
「そうかもしれんが運だけでどうにもならないことだってある。今回のことは君が自身の切り札を使って上手く切り抜けた結果だ。」
「師匠にもずいぶんと手伝ってもらいましたしね。」
「リアンから聞いているよ。国は君から情報提供を受ける代わりに、君の身の安全を守ると約束したそうじゃないか。だから見方によれば今回の件は我々の不手際であるともいえる。ならば状況が許す限り助力を惜しまないだろう。場合によっては『むしろ手を貸せや!!』と君の方が強気に出ても許される位だな。」
「強気に出たつもりが気付いたときには高利がついた貸しにされそうで嫌なんです!!涼しい顔でそのぐらいの事しそうじゃないですか、あの人。それに聖国から、ああして名指しで罪を問われたら国だけで対応をというのは無理でしょう?実際のところ、多少監視はされていてもそれを感じさせない程度で自由に暮らせているのに今回の件のせいで監視の目や制約が増やされでもしたら暮らしにくくて困るじゃないですか。それを阻止するためならば切り札でもなんでも使いますよ。」
どちらにしても引き出されるなら私の用意した舞台が望ましかった。
残念ながら国の都合を考慮したものではありません。
…なんて、わざわざ言わなくとも気付きますよね。
ベルナードさんは唇の端を歪める。
それは闊達そうなイメージの彼には似合わない影を帯びたものだった。
「ついでにせよ我々が助かったということに変わりはないからな。ここだけの話、この国の軍にとって今や最前線は帝国側の国境じゃない、聖国なんだ。だから今回の食糧支援も、それがどう使われるかわからない以上、慎重な態度をとらざるを得なかった。」
「結果次第で王家が再び王国の人々の恨みを買うリスクもありますしね。しかし軍事的な強国を凌ぐ程に警戒されるなんて一体どれだけやらかしたんでしょうか。」
「彼らは野心を隠さない。君がまだこの世界に呼ばれてもいない頃から聖国は度々我が国を翻弄してきた。今までは戦を仕掛ける正当な理由がなかったからその程度で済んでいたが、今回の対応次第では喜々として戦端を開くつもりだっただろう。そうなれば聖国と我が国との間で泥沼のように底の見えない戦いが、どちらかが斃れるまで続くことになったかもしれない。」
ずいぶんと重い"ここだけの話"だ。
ゆっくりと歩みを進める彼の表情はやはり暗い。
互いに正義は自分にあると思っている。
退けない理由のある双方が最後まで戦い抜いた後、残るものはあるのだろうか。
「本来は君に謝意を示すべきことなのかもしれないが、国としては今回の件について無関係であるという立場を貫く以上、正式な場で君に示すことはできない。聖国の使節団からは心ない言葉をぶつけられ、厳しい状況の中を潜り抜けた君に、この態度は非常に不愉快に感じるかもしれないが、こういう時に謝意を示す以外にしようがない。我々の立場で納得しろとは言えないが理解してもらえると助かる。」
彼は申し訳ないという表情を見せながら、揺るぎない視線を私に向けた。
国としては『勝手に聖国が盛り上がっていたので仕方なしに対応しましたが最初からうちは関係ない』という態度を貫くということかな。
そして関係ないという立場を取ったにも関わらず、私に謝意を示すという対応が新たな疑惑を生むかもしれない。
五年前の一件で、異世界から呼ばれた人間への不信感は今だに根強いからね。
階級が上の人間ほど反発が強いのだろう。
見た目は森の熊さんでも、その言葉は私を甘やかすものではなかった。
とぼけた容姿の裏で冷静な判断を下せる人なんだな。
落とし所を誤れば結局誰も救えない、そういうことなのだろう。
「本当はリアンが君に言わねばならないのだが、ずいぶんと君には甘いようだ。」
「あれで甘いのですか?!」
「っと、まあ、見方によってはな。」
ガハハと笑う。
適当にごまかしましたね!!
「我々軍人は国を守るために身を捧げる覚悟はできている。だが君は次代の魔法紡ぎの女王である前に我々が守るべき民だ。そんな君を最前線のさらにその先へ送り出さねばならなかったことは不名誉以外の何物でもない。本来なら個人的にでも謝罪すべきなのだろうが君にしてみたら今更だろうし、そんなもの俺の自己満足に過ぎないからな。だがもし…君が許してくれるのなら君の献身に感謝の気持ちを捧げたい。このまま騒動が終息すれば聖国との国境を守る仲間の命を、今以上危機にさらさずとも済む。そして運という心強い味方を君に授けてくれたのだとすれば、神にも感謝を。君のように汚名を濯ぐために全力で戦う心強い味方を失うのは、それが軍人でなくとも口惜しい。」
「すみません、ついでなんですけどね。」
「結果この国のためになるならそれでいい。綺麗事だけでは国は救えないからな。」
どちらがついでかなんて言わなきゃわからない、そうベルナードさんは笑う。
…なんだか上手く乗せられたような、丸め込まれたような?
ここまで言い切られたら、まあそれでもいいかと思えてしまう。
さすが師匠と共に王様を支える人だ。
ただのいい人でないところが類友ですね。
それとも…そういう人だけが残ったのか。
ん?何か引っかかった気がする。
「さて部屋についた。これから寝るんだろう?扉にはリアンが結界を張っているが、心配なら護衛をつけておくが、どうする?」
「大丈夫ですよ、お気遣いありがとうございます。」
ベルナードさんの声に浮かび上がった何かが霧散した。
寝てないせいか考えがまとまらない。
とにかく寝てからだな。
「じゃあ何かあったら離れた場所に衛兵がいるから声を掛けるように。」
そう言い残してベルナードさんは扉を閉めた。
キンという音がして師匠の結界が発動する。
これで私が扉を開けない限り、師匠に許可された人しかこの部屋へは入ってこられない。
机の上に置かれた鶴の置物が視界に映った。
徳利を掲げ、大きな盃を傘のように被る滑稽な姿に笑みがこぼれる。
酔っ払ったときのシロみたいな動きだな。
「よし、ダンジョンの部屋に戻って寝よう。」
お城のベッドの真っ白なシーツも、ふかふかと思われるクッションにも心は動かなかった。
古い書籍の匂いがするダンジョンの部屋にあるベッドが恋しい。
グレースは書籍に変化して収納に仕舞われている。
シロは私の首に巻き付いたまま寝ていた。
このまま転移しよう。
魔道具に魔力を流すとたちまち黒い空間が開き、潜り抜けた先には見慣れたベッドがあった。首からシロを引っ剥がし、先にシーツの上へと転がす。よく見れば緩んだ口元がムニャムニャと何かを食んでいた。
夢の中で美味しいものでも食べてるのか、ずいぶんと幸せそうだ。
それから私もドレスを脱いで潜り込むと、シーツから、かすかにお日様の匂いがした。
グレースってば、どうやってシーツ干したのかな、そう思ったところで意識が途切れる。
残念なことに、甘く優しい夢は見なかった。
遅くなりました。
お楽しみいただけると嬉しいです。




