魔法手帖百三十三頁 二十三階層の主が狙われたのは
「おはよう、エマ。」
「んー…っと、シロ?おはよ。今いくつの鐘が鳴ったの?」
「ヨルの五の鐘が鳴ったところ。お腹空いたね、ゴハン食べに行きたい。」
「そうだね…。そうしようか。」
部屋に響くベルの音で覚醒する。
ここはダンジョン内にあるシルヴィ様のお部屋。
だけど徐々に私物が増えて私の部屋になりつつある。
シロが伸びをするのに合わせて私も布団の上で伸びてみた。
は~、やっぱりこの部屋落ち着くわ。
ゆるみきった空気である理由、それはズバリ寝起きだからです!!
長かった一日を思い出す。
聖国領ソルから戻ったときはすでにお昼近く。
寝てないから無駄に高いテンションのまま転移の魔紋様に乗って、何事もなかったようにソルで保護した座敷童子様を避難させた檻…失礼、箱ね、箱、…を回収してから、皆でお城に戻ってきました。
今頃棟梁達や座敷童子様はお城の一室で治療を受けていることだろう。
そしていつもはそれなりに元気いっぱいの師匠も、今回はうっとうしい状態の私を止める余裕がなかったようで、各階を繋ぐ魔紋様の場所を教えてくれた上に、面倒とばかりに魔力を一気に注ぐと上層階へ転移、私を部屋に放り込み、さっさと自分の部屋へと戻りましたとさ。
めでたし、めでたし…で終わらないのが物語とは違うところ。
一度部屋に戻ったのは着替えるため。
そこから師匠と共に王様への報告会となりました。
王様はこの報告を元に各方面へ指示を出さないといけませんからね。
先に帰国した文官の皆様からある程度は報告を受けていたようで、彼らが知る状況まではショートカットできました。
ですが押し寄せた魔物を撃退した件と領館から現れた魔物の一件は追加情報のため、細かい部分まで報告を求められることになりました。
特に魔石の分配については師匠も知らない内容なので目を丸くしてため息をついていた。
お前まで暴走するなとか言われましたがこちらはあくまでも提案しただけ。
三者共に利益を得たのだから今更相手方に分配の仕方について文句を言われる筋合いはありません、とそう反論しておいた。
強気?いえいえ、ただ説明が面倒なだけです。
なお追加情報については映像も提供したので、細かい点はそちらを参照してもらうことにした。
本当は映像の提供だけで報告を済ませたかったのだが、シロを先に現地へ派遣して仕込みをした辺りは映像には残ってない上に、師匠へざっくり解説しただけだったので補足の説明が必要だとのこと。
師匠に求められるがままに答えていると、突然王様が口を開いた。
「なぜ君は書籍の精霊体を連れていった?」
「彼にはお願いしたことがありまして。」
「お願いしたこと?」
「ここから先は不確定要素の多い回答となりますがそれでもよろしいですか?」
「かまわない。予測されることのひとつとして聞いておきたいからな。」
「では、まず確認ですが、オリビアさん経由で二十三階層の主さんが木属性の精霊体へと変化した件はご存知ですか?」
「ああ、聞いている。」
「不思議に思いませんでしたか?そもそも何故彼が襲われたのか。」
二十三階層の主さんが意識を取り戻したあと、襲われた時の状況を聞いてみたのだ。
彼はいつもの場所にいたところを後ろから何者かに襲われたらしい。
しかも魔紋様の効果なのか、気配を微塵も感じさせない状況で。
「実際に手を下したのは例の侍女達だとして、かなり計画的ですよね。」
まず真っ先に考えられる理由は書籍であるからこそのもの。
「計画を立てた者にとって都合の悪い何かが書いてあったのではないでしょうか。もしくは逆に必要に迫られ持ち出そうとして抵抗され失敗したか。ただ持ち出そうとして失敗したにしては、襲われたときの状況では不自然ですし、破損するための刃物を持っているのはおかしい。それなら前者が理由としては妥当ではないかなと予測しました。」
では何が書かれていたのか。
そして何故この本に都合が悪いことが書かれている事を知っていたのか。
「何故知っていたか、について私が心当たりのある出来事はひとつだけです。」
少し前、ディノさんの一件で一時的にダンジョン内から魔物が姿を消した。
書籍を読みたい専門家達がダンジョンに集まって千客万来、満員御礼のあのタイミングだ。
「もちろん違う方法で知った、という可能性もありますが、書籍の中身を知られる程に読まれる機会というのは、そうないでしょう。」
専門家の皆様は独自のネットワークを持っているらしい。
情報の共有というか、『ダンジョンにこんな本があったよ!!』は存分に語られ拡散されているとのことだった。
「というわけで二十三階層の主さんがダンジョンに存在することは、その辺りから情報が漏れたと思われます。」
で、実際にどんな内容が書かれていたのかという点だが。
「主様はこう言っていました。あの書籍は植物についての知識全般が書かれている専門書で、古今東西、植物の色形や種類、育て方、食用や毒性の有無、変異種の存在について書かれていると。そして植物独自の病気のように見せ掛け広く蔓延させる呪いを付与した禁忌とされる魔紋様の存在についても触れているとのことでした。それからもうひとつ、この書籍には秘密があるそうなんですよ。なんでもよほど深く読み込まないと見えてこないものがあるそうなんです。」
深く読み込まないと見えてこないものは何か。
収納から紙に転写した魔紋様を取り出す。
「これはあの本に書かれていた禁忌の魔紋様の複写です。何か心当たりはありませんか?」
「それは今回、問題となった禁忌『侵食』の魔紋様じゃないか。」
「そうです。これそのものに魔力を流せば呪いが発動します。」
王様の言葉にうなずく。
ですが意外なところに思わぬ情報が転がっていること、稀にありますよね。
師匠は私の言い回しに違和感を覚えたようだ。
「その言い方だと、"発動しない場合もある"ということか?」
「当たりです、師匠。」
「なるほど、やはり隠し紡ぎか。」
さすが師匠です、気付きましたね!
こんな身近な場所にヒントが記されているとは思いもしませんでしたよ。
禁忌の魔紋様の一部に手を翳し、魔力を流す。
空中に浮かび上がったのは金色の光を纏う紋様。
そしてたぶんこれが二十三階層の主さんが襲われた理由。
「これは"植物にかけられた呪いを浄化する"魔紋様です。」
薬が毒になるように、毒が薬になる。
そう、呪いの魔紋様の一部に、その呪いを浄化するための魔紋様が組み込まれていたのだ。
「この魔紋様の紡ぎ手は浄化の効果を本体に組み込むことで、万が一使用された場合でも呪いが浄化できるように、後世へ残しておきたかったのでしょう。」
隠し紡ぎは、本来隠しておきたい効果を組み込む技法。
まさか良い効果をもたらす方が隠されているなど考えもしなかった。
この魔紋様が技術の向上を目指し試験的に紡いだ作品なのか、それとも無理やり紡がされた代物なのかはわからない。
だが紡ぎ手が隠そうとしたのは、この魔紋様の存在そのものであることは確かだ。
「紡ぎ手が逆の発想、例えば浄化の魔紋様に呪いの効果を持つ紋様を組み込まなかったのは広まるリスクを恐れたからだと思います。」
禁忌と呼ばれ悪しきものとされたからこそ、必要以上に拡散されることはなかった。
これが浄化の魔紋様であった場合には躊躇うことなく使われ、あっという間に知識として広まっただろう。
そして誰かの目に留まり、その誰かが隠し紡ぎの存在に気が付いたとしたら。
隠したはずの呪いの効果が安易に使われるリスクが高まってしまう。
「大抵の隠し紡ぎには発動させるための鍵となる言葉が必要になるものがありますから、すぐに使われるということはないと思います。ただすべてがそういう作りになっているとは限らないようですね。この浄化の魔紋様、"鍵となる言葉"を使わずに魔力だけで発現できるように紡がれたものなのですよ。」
「…そんなことができるのか?」
「…すみません、紡ぎ方は私にもわからないのですが、さっきお見せしたとおり魔力だけで発動可能です。」
シルヴィ様の書架には『魔紋様入門〈応用編〉』の他に、『魔紋様入門〈上級応用編〉』という教本もあった。表紙に赤い文字で"閲覧不可"と書いてはあったのだが、シルヴィ様の判断によって私が読んではいけない本なら置いてないだろうという勝手な判断基準で迷わず開きました。
そして予想どおり、そこには隠し紡ぎの技法が細かに記述されていたのです。
「ただし記述されているのはあくまでも"鍵となる言葉"を組み込んで完成となる紡ぎ方なんですよね。」
だからこれは教本には載っていない技法で紡がれたものなのだろう。
紡ぎ手の経験と高い技術力による産物、とでもいうべきか。
勘だけど魔法紡ぎLv.MAXと"アリアの花冠"の恩恵があるから私にもできる気はする…のだが。
なんとなくできちゃったものと実際に原理を知って紡ぐものとは天と地ほどの違いがある。
それに私には隠し紡ぎに"鍵をかけない"事など、まだ怖くてできない。
例えばステータスの魔紋様の時のように、自分以外の人間が、どう転用するか想像できないからだ。
ただ今回の場合、隠した浄化の魔紋様へ"鍵をかけない"ことは正解だと思う。
そうすることで魔力を流す場所さえわかれば誰でも使えるのだから。
ひっそりとため息をつく。
このあたりの判断は経験に裏打ちされたものなのだろう。
本当に、まだまだ勉強が足りない。
「説明が長くなりましたが、今回の件、被害が拡大したのはこの隠し紡ぎに気付かなかったからなんですよ。気付けば誰でも使えるくらいの魔力量で浄化できる。この禁忌の魔紋様は呪いが広範囲に拡散する前なら比較的簡単に浄化することができたものなのです、本来は。」
そして隠し紡ぎに気付く可能性が高いのはやはり魔法紡ぎと呼ばれる職人達なのだろう。
師匠も一目見て何となくだが別の効果が紡がれている事には気付いたらしい。
こうなるとソルの領主様がおっしゃっていた、『ルブレスト家は魔法紡ぎの名家』という言葉が虚しく聞こえる。
黒天使が清楚な仮面に浮かべた薄ら笑いが想像できますね。
「そして彼らに縁の深い方で、熱意を持って禁忌の魔紋様を調べていた人物がいましたよね。」
「アリアドネ=ルブレストか。」
「彼女の魔法手帖には禁忌の魔紋様について調べたことが書かれていた可能性は高い。このあたりは想像ですけど、そこには『侵食』の魔紋様の転写したものと、対となる隠し紡ぎの存在についても書かれていたのではないでしょうか。」
聖国はある意味では正しい。
禁忌の魔紋様の存在を知らなければ使えない。
ただその意識が過剰に王国へと向いていたから、主犯として私を疑っただけで、冷静に考えれば意外と身近な人物が関与した可能性があったのだ。
もちろん王国へ意識が向くように情報操作されていた面もあるけどね。
その言葉に、王様がうなずく。
「隠し紡ぎの存在を知っているから呪いを一時的にでも浄化することができたのか。」
「本気で浄化する気なら欠片も呪いの痕跡を残さない事が肝要なんだそうです。ところが実際は祭壇のある一帯を浄化しただけだった。だから浄化は一時的なもので呪詛の本体は残ってしまったのでしょう。」
シロ曰く、浄化するということはそういうことなのだそうだ。
それが意図的にしたものであるか、知らずにそうなってしまったものなのかはわからない。
だけど駄目押しとばかりに王国の民を犯人として登場させたことは意図的なのだろう。
そして主語のないままに会話が進んでいるけれど、たぶんこの場にいる者の考えは同じ。
黒天使の魔法手帖は、失われたとされるアリアドネ=ルブレストのものだ。
「話は戻りますけど、これらの理由から考えて二十三階層の主さんが狙われたのは魔紋様の存在そのものを知られないようにするためでしょうね。少し前にディノさん達が魔紋様の調査にダンジョン内へと潜っていますから、知られるリスクが高いと踏んだのでしょう。だから特別製の刃物で魂を切り裂き、修復できないようにした。」
ダンジョンという場所にあっても書籍は書籍。
本体ごと核となる魂を破損してしまえば再生はできない。
「単純に王国の人間に気付かれる前に処分したかったのか、浄化されるのは不都合と思ったのか。そのあたりは推測になりますけど、実際、ヨドルの森の辺りまで魔物が溢れていた。もしかすると状況によっては禁忌の魔紋様による被害は王国まで広がる可能性があったのです。その場合に王国がどんな対応を取るのか、その答えは私が予想せずとも上層部の皆様の心のうちにあるはず。」
抗議だけではすまないだろうな。
王国からすれば聖国が対応を怠った末の被害に思えるだろうし、これまでの軋轢があるから簡単には退けないだろう。
それこそ黒天使の思惑のとおり、戦が起こる可能性が高まる。
「だから色々手を打ちました。そのうちのひとつが当日二十三階層の主さんを連れて行くことなんです。」
「それは、なぜだ?」
「当日以降、再び植物に掛けられた場合に呪いを解く必要があるからですよ。書籍の精霊体である彼にとって"書かれていること"は"知っていること"で、しかも"できること"なのだそうですから。ソルが豊作であれば、聖国としては戦を仕掛けるために必要な"正当な理由"がなくなる。ただしこれは見方を変えれば聖国を利する行為になりますからね。色々わだかまりのある皆さんには協力を頼めないでしょう?だから私から彼らに手伝ってもらえるようお願いしました。」
にこりと笑う。
だから知らないほうが精神衛生上よろしいかなって思ってたのに。
長くなりそうでしたので、途中で切りました。
よろしくお願いします。




